第17話 シリウスおじいちゃん

◆◆◆


「はい!ご挨拶!!」

ミルダが、

ラケットを渡しながら、俺に指示をした。


フン、俺に指図するな。


ぷいっと顔を横に向けて、

ラケットを受け取った。


邸宅が、

丘が、

島が、

どっと湧いた。

キャーー!!と、歓声が湧いた。

丘の邸宅も、大騒ぎだ。


丘がライトアップされて、

島中から、丘に人が集まってきた。


いつのまにか金竜ビルが、会場の警護をせっせと仕切っていた。

大陸から、竜を増やしたのだろう。

若頭くんや、大型新人くんが抜けていても、

たくましい若い竜たちが、小気味よく働いた。


竜医院の子どもたちが、窓ごしに手を降ってくれた。痩せた子も、太った子もいた。

俺は、にっこりと手を振り返した。


そして、

牙を舐めながら、

ミルダの元相棒を睨みつけて、


「おらぁ!!」


俺は、シャトルを、

容赦なく叩きつけた。


言っとくけどなあ!!俺は強いぞ!!


しかし、ミルダの元相棒はさすがだった。

反応して、すばやく打ち返してきた。


おおっ!!と、会場が湧いた。



パカーン、パカーンと、小気味よい音が続く。


ミルダの母は、複雑だった。

また、父が来た、と思った。


神出鬼没。

カーアイ島一のお騒がせ男。


七十七くらいになるはずだ。

もはや、

人なのか?

人型のドラゴンゾンビなのか?

よくわからなかった。


母を泣かせ続け、

夫に恥をかかせ続けた男。

島のみんなにもそうだ。

何度、頭を下げて回ったかわからない。


はああーー。


でも、

今日は違った。


思わず、

私室の窓を全開にして、

丘を見た。

目を見開いた。

本当に、本当にたまげた。


赤い月をバックに、

瑠璃色の髪をした、

美しい青年が、

紫の美しいちび竜に乗って、ドラゴンミントンをしていたのだから。


娘のミルダが居ることにすら、

気づかなかったぐらいだ。

これは、お芝居なのか?と思った。

とてもとても、この世のものとは思えなかった。

あっ、ドラゴンゾンビなんだろうか??

きっと、そうなんだわと思った。


血に飢えた眼光。

不敵な笑み。

赤い月の下で、

彼は心底幸せそうに、

美しい輝きを解き放っていた。


しかしいつしか、

パカーン、パカーンという、

シャトルの音すら、

なぜか、もの悲しく胸を打つのだった。


 俺を傷つけてくれ。もっと!!


そんなふうに彼女には、聞こえた。

すごくすごく、不思議だった。


あっ!!と思った。

そのとき、

父のことが、少しわかった気がした。


彼はこの丘に、

自らの血を、血肉を、臓物を捧げに来たのだ。

みんなとは、回廊が違うのだと思った。


彼はきっと、

吸い込みすぎた全てのものを、

みんなに返すことを、強く望んでいるのだと思った。


けれども、

彼の放つ、光輝く身体はパワーを欲していて、

再び血肉が足りない、もっと臓物を寄越せと、

いつも飢えて乾いて。

一人ぼっちで泣いているのだ。


ああ。

あれじゃ、身が持たないと思った。

かわいそうだなと思った。


瑠璃色の髪の彼もまた、

似たような代償を抱えているのだろう。


恩寵。


それは、祝福だろうか?


誰よりも光り輝き、それを強く望み、

血肉を欲してしまう、

削れゆく身体。

…。



その圧倒的な輝きに、

オーディエンスは吸い込まれてゆく。


もう、

ほとんどの人が、

ホークのことしか、

見ていないのだった。


最後のスマッシュが、

ズバーーー!!

っと決まり、


ホークは振り返って、

ミルダと固く握手を交わして、

肩を抱いてハグをした。


会場が、どかんと揺れた。

キャーーーーと大騒ぎした。

ミルダの元パートナーや、若頭くんたちが、

丘の芝生で、

がっくりと項垂れていると、


それをホークが、

こともなげに、ぐいっと起こした。

みんな起こした。


しかしだ。

元パートナーくんにだけは、違った。

彼をまっすぐに見下げながら、


たいそう意地悪く、

目を離さないまま、

再び、隣に来たミルダの肩を、

ゆーーっくりと引き寄せて、

ゆーーっくりと頬をくっつけたのだものだから、

『やめろ、ボケナス小僧!!』と、

アトラスが大慌てでクウクウと、

彼らを隠し始めた。


キャーー!!と湧く会場。

げらげらと、笑い声がした。


そして、

ミルダがやめてと両手で押し返すほどに、

彼は、

ムッとして、

今度はミルダに意地悪く、

ゆーーっくり鳶のネックレスを噛み切ってやろうと食らいつき出した、


そのとき、

はるか上空から、


「勝負ありーーー!!」


ずどーーーーーん!!と、

巨大な白竜とともに、

一人の紳士が現れたのだった。


頭にはシルクハット。

真っ白な燕尾服。

手には白い杖。


ミルダとホークは、目をパチクリした。

アトラスもだ。


でもミルダは、

ぱあっと笑って、その胸に飛びついた。


「おじいちゃん!!」


それが、

シリウスおじいちゃんだった。


丘の主役は、完全に彼らに移った。


(続)

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