第13話 南の島のスローライフ計画、悪夢


とある、南の海。


大小百を超える島からなる、火山列島。

その中で、二番目に大きい島、


カーアイ島は、

今日も、抜けるような快晴だった。



俺の名は、シオン。

通り名は、ホーク。

元皇国竜騎士。


今は、町外れの森の、

しがない竜鎧屋だ。

看板娘は白竜のシオル。

ポーラレアスター。

希少種だ。

星空を思わせる美しい瞳をした、

まんまるもふもふだ。

国によっては、シマシマエナガンというらしい。


俺は、

シオルに乗って、

経緯(なんやかんや)があって、

鞄と白銀のハモニカだけをぶら下げて、


過去のしがらみを捨てて、 


この長閑な島々で、

悠々自適のスローライフをしようと、

南風に乗ってやってきた!!

はずだった。



が!一旦、

ここまでを、

振り返りたいと思う!


なぜか?


どうも、

いろいろな齟齬で、

また、何かが綻び始めたと感じたからだ。


違和感は、大事にしたほうがいい。

これは、

このカーアイ島に来て、

より深く考えるようになった。


いわば、

経験則だ。



俺は、工房の椅子に座って、

よーーく考えようと、作業台へ紙を広げた。


そして俺の、

南の島のスローライフ計画に、

抜け落ちや、欠けや、漏れがないのか、

誠実に、

書き出してみることにしたのだ。


▶金。

これはまず心配はない。

若き日の労働と倹約で築いた金で、

食いつなぐくらいなら、全く問題ない。

不労所得を得ている身だ。

オーダーもあるし、

新米にしては、

十分すぎるくらいの報酬を得ている。

◯(まる)。


▶カーアイ島の気候。温暖だ。

水もメシもうまい。

海があり山があり。言う事無しだ。

◯(まる)。


…。


あっ、


▶人間関係か!?

まず、


▼俺の店のマネージャー兼友人の、

竜医師ミルダ。


彼女は、

明るくてしっかりものだ。

優しくて、仕事ができる。

シオルもよく懐いてる。

腕利きの竜医だ。


強引で、

多少がめついところはあるが、

不正を働くようやつではない。


見た目はまあ、

美人だ。

これは、

主観じゃなくて、

客観的事実だ。

島の男たちは、

みんな彼女に一目置いている。

男だけじゃないな。

老若男女が、みんな彼女を見る。

鳶色の瞳。

豊満な体。

白衣を羽織った姿は、

眩しいなと思う。


俺の仕事のペースも、

大事にしてくれる。

なんの問題もない。

いい友人だ。

◎(まる)。



▼金竜ビルと、赤竜フタバ婦人。

丘の竜穴に住む、竜のいわばボスだ。

ミルダの紹介というのも大きいのだろうが、

俺の腕を、

高く買ってくれて、

おれになにくれと、良くしてくれている。

他の客まで紹介してくれる。

ご婦人なんて、

シオルの面倒までみてくれる。

孫の五色のちび竜たちとおそろいの、

お下がりの宝玉まで渡すくらいだ。

性格は温厚で優しく、たくさんの若いメス竜に慕われている。ものすごくいい人だ。

◎(まる)。


…。



▼皇国神殿か?

皇巫女エルザ。

そして老巫女(ばーさん)たち。

エルザは一見すれば、

ただの美少女だ。

これも主観じゃない。客観的事実だ。

皇国じゅうの数多いる信者の乙女からよりすぐった、

五十一人の精鋭なのだ。

当然だ。

ランダムのくじ引きと言われているが、

国じゅうの誰もが、

そんなわけないだろ!!と、

確信している。

だって、美少女しかいないのだ。

俺とまともな会話が成立のも、

常に腹をすかせているのも、

さまざまな制約上の都合だろう。


シオルやミルダからの、

又聞きではあるが、

中身は、

もふもふとあんこが好きで、

餅撒きを楽しみ、

オヤジギャグに弱すぎて、

ときにオロロッポをシバく、

ごくごく普通のティーンだ。

先日も、

こっそりミルダから先日の人命救助の際の服、

しかも、島のマーケットで買えるような、

なんてことないムームードレスをもらって、

顔にこそ出さないが、

かなりのハイテンションだったと聞いている。

裏でこっそり着てるのだろうとのことだった。

あんなもんで大喜びするなんて、

三十六の俺からしたら、

なおさら、普通の子どもだ。


老巫女たちか?

彼らは、

いろいろな謎ルールを押し付けてくる。

しかも謎に強い。

ガチったことはないが、

あれはぜったいに普通ではない。

元皇国竜騎士の俺が、

そう感じるくらいだ。

【ととのう100回】はたしかにきつかったが、

俺の耐久性を、見抜いてのことだと思う。

幾度となく世話になっている。

しかも、

普通の人には、

とても真似できない方法でだ。

金はかかる。

教えてくれないこともある。

しかし、

彼らにもきっと、

俺の知らない事情が、

山ほどあるのだろう。

◎(まる)。


…。


▼闇の竜だろうか?

闇の回廊に住む、ドラゴンゾンビたち。

ときに地上に出てきては、

事件を起こしがちではある。


美しい闇の竜ドーラ。

「ここは私の家だから。」

が、彼女のルールのようだった。

身勝手で、自己中で、

旦那に断りなくリフォームしたり、

いじけて、

むくれて、

パーティーの参加者を振り回したりと、

やりたい放題だった。


…。


俺は、頭をぼりぼり掻いた。


…。


でもなあ。

竜って、だいたいそんなもんだ。

むしろ、ビルやフタバが、

レアケースなのだ。

竜鎧屋なんだから、そこは受け入れなきゃ仕事にならない。

親切にもしてくれるし、

知らないこともたくさん教えてくれる。

気づきも与えてくれる。

要求は高く、

緊張感のある相手だが、

応えれば、島の新参者である俺にも、

報酬を惜しみなくくれた。

顧客としては、

言うことのない相手だ。

◎(まる)。



ううむ。


丘の邸宅、

マーケット、

エトセトラ、

エトセトラ。


くっ!!


俺は、

机に突っ伏して、頭を抱えた。


悪人なんて、

ぜんぜんいないじゃないか!!


なんでだよ!!


ゴンゾー爺さんだって、

わけのわからん暴れ方はするけれども、

竜で、ドラゴンゾンビで、

ましてや、

生きていた頃は職人だなんて、

気難しくて当然だ、と俺は思う。

彼らには彼らの、

譲れない矜持があるのだ。

それは、俺だってそうだ。


俺は、

前職の都合上、

竜をよく知ってる。

知ってるなんてもんじゃない。

二十二年、毎日毎日見てるんだ。

眺めてたわけじゃない。

飛行船団に乗って、

ずっとともに仕事をしてきた、

パートナーたちなのだ。

しかも、皇国の世界中の竜をだ。

だから自身を持ってはっきり言える。

これは客観的事実だ。はっきり断言できる。

彼は、

ものすごーーく、

まともなほうだ!!

会話が成立するなんて、

スーパーレアだ。


なんてことだ。

ここは、すごい島だ…。


俺は、泣きたくなってきた。


一つの可能性に、

うすうす気づき始めたからだ。


…。


いや、

まてよ?



イモ畑の闇の竜(人さらい)。

ドラゴンゾンビ。

人型の二人組。



いやいや、

あいつらは、

もう捕まえた。


イモ畑だって、

以降は、

闇の回廊が開くこともない。


俺も呪いをかけて、

以前より意識して見張るようになったしな。


闇の回廊は、

丘だろうが、森だろうが、

建てたばかりの神殿のクローゼットの中だろうが、

出るときは出るのだ。

この世界は、

そういうもんなのだ。


う、

うーーん。


まるでわからん。

泣きたい。


いや、

違うな。


俺は、

俺は、


ものすごーーく、

嫌な予感がしていた…。



それは、




おれの慢心(せい)。






俺は工房からほど近い、

森の皇国神殿で、

思い切って、ご祈祷をお願いすることにした。


ここに来るのは、久しぶりだ。

シオルと一緒に、

屋根にはときどき来ている。体操をするためだ。


工房が完成する前は、

よく来ていたのだが、

それは、

その間は、

シオルを前に住んでいた、

別の島に預けたりしたからだ。


◇ 


俺は、久しぶりに中に入った。

中では、

神父長はじめ、巫女(シスター)や、

ここに来ている、

みんなが歓迎してくれた。


ご祈祷を申し込む際に、

少し説明を加えた。


俺の矜持は、スローライフ。

なのに近ごろ、こんなことばかりで、

うんざりだと。


そしたら、

彼らは、


ぽっかーーーーん。


とした後に、

いつもどおりの口調で、

つとめて優しく、にこにこ話を聞いてくれた。

でもきっと、頭を抱えてたんだろう。

だって、

邸宅のパーティのときに、そっくりだった。

何か、重大な齟齬があるに違いなかった。


きっと、

俺を、怖がらせたくなかったんだろうな。

そして、

一人で責任を取るのもためらわれたんだろう。

妙に明るく、

みんなで一斉に言い出したんだ。


「お前はさあ、」

「特別なんだよ。」

「そうそう。」


…。

え?


「島に来たときから、凄かったよね。」 


は?


「瑠璃色の髪。白い肌。濃紫の輝く瞳?

船に乗ってさ、

うっわー、

すっごいの来たな!!って思ったよね。」


???


「お前はさ、まじですごいんだよ。」

「見た目(ビジュ)がいいんだ。」


は、

はあ?!

誂ってるのか?!

バカにしてるのか?


俺の顔を見て、

みんな、やれやれ、とため息をついた。


「お前の眼だよ。」

「普通じゃない。」

「ぞっとするんだよ。きれいすぎるっていうか。」

「あと美声(イケボ)だ。」


へえ?


「しかも、優しいんだ。」

「怖いんだよ、お前。」


へ?

は?

はあああ?


さてはまた、

何かごまかしてるな?

だって俺は、デコイの俺を何度も見たことがある。

三十六にしては、若いって意味ならわかる。

でも、若いだけだ。

二十そこらの、ボケナス小僧だ。


そして、はっとした。


◆◆◆


デコイには再現できないのだ。おそらく。


◆◆◆


俺は、

ミルダのデコイを思い出した。

みかけはそっくりなんだ。

鳶色の瞳。豊満な体。表情だってよく似ていた。


だけど。


胸の奥の震え。


とでも、言おうか?


俺は、竜鎧作りをするときに、

それに、近いものを感じていた。

それが、まっったく感じられなかったのだ。


それは、

おそらく鏡越しにも、

映らないものだった。

だって俺が見た鏡越しのミルダも、

そうだったからだ。


ぞっとした。

嘘だろ?


お、

俺が、

俺が…?


少し、

心当たりがなくもなかった。


【恩寵】だよ。


神父たちは、優しく教えてくれた。



「つ、つまりさ。気をつけなきゃいけないことが、多いんだよね。」

「変なのに、取り憑かれやすいんだよ。」


彼らは、

すごーく言葉を選んでいるように見えた。

俺の激しい動揺を、汲み取ってくれた。

神父長なんて、俺より泣きそうだった。


俺はきっと、

彼らしか知らない、

大失敗を、

知らぬ間に尻拭いさせているに、

違いなかった。


そして続けた。


「まずね。」

「闇の回廊に、しょっちゅう入ってるでしょう。」


え?


たまげた。

だって、

そのことは、

俺は、

誰にも知られていないつもりだったからだ。


(続)

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