第13話 南の島のスローライフ計画、悪夢
◇
とある、南の海。
大小百を超える島からなる、火山列島。
その中で、二番目に大きい島、
カーアイ島は、
今日も、抜けるような快晴だった。
◇
俺の名は、シオン。
通り名は、ホーク。
元皇国竜騎士。
今は、町外れの森の、
しがない竜鎧屋だ。
看板娘は白竜のシオル。
ポーラレアスター。
希少種だ。
星空を思わせる美しい瞳をした、
まんまるもふもふだ。
国によっては、シマシマエナガンというらしい。
俺は、
シオルに乗って、
経緯(なんやかんや)があって、
鞄と白銀のハモニカだけをぶら下げて、
過去のしがらみを捨てて、
この長閑な島々で、
悠々自適のスローライフをしようと、
南風に乗ってやってきた!!
はずだった。
◇
が!一旦、
ここまでを、
振り返りたいと思う!
なぜか?
どうも、
いろいろな齟齬で、
また、何かが綻び始めたと感じたからだ。
違和感は、大事にしたほうがいい。
これは、
このカーアイ島に来て、
より深く考えるようになった。
いわば、
経験則だ。
◇
俺は、工房の椅子に座って、
よーーく考えようと、作業台へ紙を広げた。
そして俺の、
南の島のスローライフ計画に、
抜け落ちや、欠けや、漏れがないのか、
誠実に、
書き出してみることにしたのだ。
▶金。
これはまず心配はない。
若き日の労働と倹約で築いた金で、
食いつなぐくらいなら、全く問題ない。
不労所得を得ている身だ。
オーダーもあるし、
新米にしては、
十分すぎるくらいの報酬を得ている。
◯(まる)。
▶カーアイ島の気候。温暖だ。
水もメシもうまい。
海があり山があり。言う事無しだ。
◯(まる)。
…。
あっ、
▶人間関係か!?
まず、
▼俺の店のマネージャー兼友人の、
竜医師ミルダ。
彼女は、
明るくてしっかりものだ。
優しくて、仕事ができる。
シオルもよく懐いてる。
腕利きの竜医だ。
強引で、
多少がめついところはあるが、
不正を働くようやつではない。
見た目はまあ、
美人だ。
これは、
主観じゃなくて、
客観的事実だ。
島の男たちは、
みんな彼女に一目置いている。
男だけじゃないな。
老若男女が、みんな彼女を見る。
鳶色の瞳。
豊満な体。
白衣を羽織った姿は、
眩しいなと思う。
俺の仕事のペースも、
大事にしてくれる。
なんの問題もない。
いい友人だ。
◎(まる)。
▼金竜ビルと、赤竜フタバ婦人。
丘の竜穴に住む、竜のいわばボスだ。
ミルダの紹介というのも大きいのだろうが、
俺の腕を、
高く買ってくれて、
おれになにくれと、良くしてくれている。
他の客まで紹介してくれる。
ご婦人なんて、
シオルの面倒までみてくれる。
孫の五色のちび竜たちとおそろいの、
お下がりの宝玉まで渡すくらいだ。
性格は温厚で優しく、たくさんの若いメス竜に慕われている。ものすごくいい人だ。
◎(まる)。
…。
▼皇国神殿か?
皇巫女エルザ。
そして老巫女(ばーさん)たち。
エルザは一見すれば、
ただの美少女だ。
これも主観じゃない。客観的事実だ。
皇国じゅうの数多いる信者の乙女からよりすぐった、
五十一人の精鋭なのだ。
当然だ。
ランダムのくじ引きと言われているが、
国じゅうの誰もが、
そんなわけないだろ!!と、
確信している。
だって、美少女しかいないのだ。
俺とまともな会話が成立のも、
常に腹をすかせているのも、
さまざまな制約上の都合だろう。
シオルやミルダからの、
又聞きではあるが、
中身は、
もふもふとあんこが好きで、
餅撒きを楽しみ、
オヤジギャグに弱すぎて、
ときにオロロッポをシバく、
ごくごく普通のティーンだ。
先日も、
こっそりミルダから先日の人命救助の際の服、
しかも、島のマーケットで買えるような、
なんてことないムームードレスをもらって、
顔にこそ出さないが、
かなりのハイテンションだったと聞いている。
裏でこっそり着てるのだろうとのことだった。
あんなもんで大喜びするなんて、
三十六の俺からしたら、
なおさら、普通の子どもだ。
老巫女たちか?
彼らは、
いろいろな謎ルールを押し付けてくる。
しかも謎に強い。
ガチったことはないが、
あれはぜったいに普通ではない。
元皇国竜騎士の俺が、
そう感じるくらいだ。
【ととのう100回】はたしかにきつかったが、
俺の耐久性を、見抜いてのことだと思う。
幾度となく世話になっている。
しかも、
普通の人には、
とても真似できない方法でだ。
金はかかる。
教えてくれないこともある。
しかし、
彼らにもきっと、
俺の知らない事情が、
山ほどあるのだろう。
◎(まる)。
…。
▼闇の竜だろうか?
闇の回廊に住む、ドラゴンゾンビたち。
ときに地上に出てきては、
事件を起こしがちではある。
美しい闇の竜ドーラ。
「ここは私の家だから。」
が、彼女のルールのようだった。
身勝手で、自己中で、
旦那に断りなくリフォームしたり、
いじけて、
むくれて、
パーティーの参加者を振り回したりと、
やりたい放題だった。
…。
俺は、頭をぼりぼり掻いた。
…。
でもなあ。
竜って、だいたいそんなもんだ。
むしろ、ビルやフタバが、
レアケースなのだ。
竜鎧屋なんだから、そこは受け入れなきゃ仕事にならない。
親切にもしてくれるし、
知らないこともたくさん教えてくれる。
気づきも与えてくれる。
要求は高く、
緊張感のある相手だが、
応えれば、島の新参者である俺にも、
報酬を惜しみなくくれた。
顧客としては、
言うことのない相手だ。
◎(まる)。
ううむ。
丘の邸宅、
マーケット、
エトセトラ、
エトセトラ。
くっ!!
俺は、
机に突っ伏して、頭を抱えた。
悪人なんて、
ぜんぜんいないじゃないか!!
なんでだよ!!
ゴンゾー爺さんだって、
わけのわからん暴れ方はするけれども、
竜で、ドラゴンゾンビで、
ましてや、
生きていた頃は職人だなんて、
気難しくて当然だ、と俺は思う。
彼らには彼らの、
譲れない矜持があるのだ。
それは、俺だってそうだ。
俺は、
前職の都合上、
竜をよく知ってる。
知ってるなんてもんじゃない。
二十二年、毎日毎日見てるんだ。
眺めてたわけじゃない。
飛行船団に乗って、
ずっとともに仕事をしてきた、
パートナーたちなのだ。
しかも、皇国の世界中の竜をだ。
だから自身を持ってはっきり言える。
これは客観的事実だ。はっきり断言できる。
彼は、
ものすごーーく、
まともなほうだ!!
会話が成立するなんて、
スーパーレアだ。
なんてことだ。
ここは、すごい島だ…。
俺は、泣きたくなってきた。
一つの可能性に、
うすうす気づき始めたからだ。
…。
いや、
まてよ?
◆
イモ畑の闇の竜(人さらい)。
ドラゴンゾンビ。
人型の二人組。
◆
いやいや、
あいつらは、
もう捕まえた。
イモ畑だって、
以降は、
闇の回廊が開くこともない。
俺も呪いをかけて、
以前より意識して見張るようになったしな。
闇の回廊は、
丘だろうが、森だろうが、
建てたばかりの神殿のクローゼットの中だろうが、
出るときは出るのだ。
この世界は、
そういうもんなのだ。
う、
うーーん。
まるでわからん。
泣きたい。
いや、
違うな。
俺は、
俺は、
ものすごーーく、
嫌な予感がしていた…。
それは、
おれの慢心(せい)。
◆
俺は工房からほど近い、
森の皇国神殿で、
思い切って、ご祈祷をお願いすることにした。
ここに来るのは、久しぶりだ。
シオルと一緒に、
屋根にはときどき来ている。体操をするためだ。
工房が完成する前は、
よく来ていたのだが、
それは、
その間は、
シオルを前に住んでいた、
別の島に預けたりしたからだ。
◇
俺は、久しぶりに中に入った。
中では、
神父長はじめ、巫女(シスター)や、
ここに来ている、
みんなが歓迎してくれた。
◇
ご祈祷を申し込む際に、
少し説明を加えた。
俺の矜持は、スローライフ。
なのに近ごろ、こんなことばかりで、
うんざりだと。
そしたら、
彼らは、
ぽっかーーーーん。
とした後に、
いつもどおりの口調で、
つとめて優しく、にこにこ話を聞いてくれた。
でもきっと、頭を抱えてたんだろう。
だって、
邸宅のパーティのときに、そっくりだった。
何か、重大な齟齬があるに違いなかった。
きっと、
俺を、怖がらせたくなかったんだろうな。
そして、
一人で責任を取るのもためらわれたんだろう。
妙に明るく、
みんなで一斉に言い出したんだ。
「お前はさあ、」
「特別なんだよ。」
「そうそう。」
…。
え?
「島に来たときから、凄かったよね。」
は?
「瑠璃色の髪。白い肌。濃紫の輝く瞳?
船に乗ってさ、
うっわー、
すっごいの来たな!!って思ったよね。」
???
「お前はさ、まじですごいんだよ。」
「見た目(ビジュ)がいいんだ。」
は、
はあ?!
誂ってるのか?!
バカにしてるのか?
俺の顔を見て、
みんな、やれやれ、とため息をついた。
「お前の眼だよ。」
「普通じゃない。」
「ぞっとするんだよ。きれいすぎるっていうか。」
「あと美声(イケボ)だ。」
へえ?
「しかも、優しいんだ。」
「怖いんだよ、お前。」
へ?
は?
はあああ?
さてはまた、
何かごまかしてるな?
だって俺は、デコイの俺を何度も見たことがある。
三十六にしては、若いって意味ならわかる。
でも、若いだけだ。
二十そこらの、ボケナス小僧だ。
そして、はっとした。
◆◆◆
デコイには再現できないのだ。おそらく。
◆◆◆
俺は、
ミルダのデコイを思い出した。
みかけはそっくりなんだ。
鳶色の瞳。豊満な体。表情だってよく似ていた。
だけど。
胸の奥の震え。
とでも、言おうか?
俺は、竜鎧作りをするときに、
それに、近いものを感じていた。
それが、まっったく感じられなかったのだ。
それは、
おそらく鏡越しにも、
映らないものだった。
だって俺が見た鏡越しのミルダも、
そうだったからだ。
ぞっとした。
嘘だろ?
お、
俺が、
俺が…?
少し、
心当たりがなくもなかった。
【恩寵】だよ。
神父たちは、優しく教えてくれた。
◆
「つ、つまりさ。気をつけなきゃいけないことが、多いんだよね。」
「変なのに、取り憑かれやすいんだよ。」
彼らは、
すごーく言葉を選んでいるように見えた。
俺の激しい動揺を、汲み取ってくれた。
神父長なんて、俺より泣きそうだった。
俺はきっと、
彼らしか知らない、
大失敗を、
知らぬ間に尻拭いさせているに、
違いなかった。
そして続けた。
「まずね。」
「闇の回廊に、しょっちゅう入ってるでしょう。」
え?
たまげた。
だって、
そのことは、
俺は、
誰にも知られていないつもりだったからだ。
(続)
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