第12話 意外な犯人、最高のスローライフ、魔法穴埋(パッチ)


結論から言おう。


事の顛末は、あっけないものだった。



工房のイモ畑で、

デコイのミルダが、

攫われた直後。


意識を取り戻した俺が、

書斎を眺めると、

裏口の扉は外されていた。


そして、

呪詛に苦しむ汗まみれのパンイチの俺に、


紫のちび竜アトラスは、

ずんずんと迫ってきた。


意外な来訪者に、

俺は、これは夢じゃないかと思った。


そして、

俺と鼻が、

くっつくくらいに、ぐいっと近づいてきた。


そして、じーっと目を見つめ、

やれやれと首を振った。


次に、

俺の口に、解呪の紙を、

べったん!!!と手荒に貼り付けた。


そして、ビリビリーっ!!!

と、

手荒く剥がした。

彼が、ふうっと息を吹くと、

金色の炎を上げて、呪い紙は消えた。


そんな調子で、

俺は、全身に手荒な呪いをうけた。


100回はやったんじゃないだろうか。


最後に、

びよーーーんと伸びる呪い紙を、

口に咥えさせられ、

アトラスが手を話すと、

バチーーーン!!と顔に叩きつけられた。


鼻血が出て、

全身がひりひりしたが、

俺の呪詛は消え、

けろりと回復した。


あまりの急展開に、

俺は、頭がくらくらした。


ほんとに、

すべてが夢のように思えた。


次に、

ミルダを助けようと、

ふらつく俺に、

『あれは、デコイだ。ミルダは無事だ。』


鞄の呪い紙の束を見せながら、

端的に伝えると、

ベッドに戻り、

なるべく苦しそうにするように指示をした。

敵を油断させるためだ。


ご丁寧に、金のコンタクトレンズまでくれた。



そして、

俺は、うーうーと苦しんだのちに、

老巫女さんたちのご祈祷を受け、

俺は、さぞ具合が良くなった、

というふうに、

ころりと眠る、という演技をしたわけだ。


アトラスは、

俺のそばで、

泣きじゃくるシオルを慰めていた。


うう。

シオル…。


驚いたのが、

この、森の神殿に出入りしている、

じーさんばーさん、

おじさんおばさん、

そして、子どもたちが、


たまに、屋根で体操していたくらいの、

俺たちをよく知っていて、

心配してくれたことだった。

シオルの頭を撫でて、大丈夫だよと、

声をかけ、飴をくれた。


そして、フタバ夫人や、

若いメス竜たちが、

かわるがわる、

シオルの見守りをしてくれた。


アトラスにも、

早く家へ帰るように促すので、

帰宅するフリをしなくてはいけないくらいだった。


そして彼は、

診療所の竜寝床へシオルを寝かしつけると、

枕元に俺の芋巾着と、オロロッポ缶を置いた。

折り紙を折って、メッセージを書いた。



アトラスは、窓からやってきて、

ベッドの俺を素早くカーテンで隠し、

呪い紙を、俺のへその上において、

ブーッと吹いた。


輪郭が揺れて、

俺が起き上がると、

後ろに、俺(ホーク)のデコイが出来た。


げっ。

ほんとに、三十六とは思えない。

ぞっとした。

二十そこそこの、ボケナス小僧がそこに居た。


俺は、みんなを思い出した。

金竜ビルや、ゴンゾー爺さん、

シオルの父親、

三バカトリオ、

ミルダの友だち、、

エトセトラ、

エトセトラ。


俺は、なるべく眉間に力を入れながら、

『…やりなおしてもいい?』

と聞いた。

『…そういうとこだぞ。』

アトラスは、半目で言った。


俺たちは、

森の診療所を窓から抜け出し、

再び、

「南十字星」(俺の店)のイモ畑へ向かった。



書斎のミルダに声を掛け、

アトラスの背に乗り、

糸端をミルダのデコイに括り付けた金の糸束を追った。


こうすれば、回廊に入らずとも、

中を探れるのだそうだ。


そう言って、俺に呪いのかかったゴーグルを渡した。


ゴーグルをかけると、

上空から闇の回廊が透けた。

ただし、俺の通ったことのある場所だけだった。


イモ畑の闇の回廊は、

森の皇国神殿を通り、

丘の邸宅へぼこりと出てくる、ことがわかった。


俺が利用した、

ドーラや、ゴンゾー爺さん、

烏、蜥蜴、蝙蝠夫人たちの住む回廊も見えたが、

それらとは、

まったくの別物だった。


でも、2つの位置はきれいに並んでいた。


アトラスは、こともなげに言った。

『あるあるだ。』


そして、あたりを見回して、

『こことここにスペースがあるから、

あと、3つはあるんじゃないか。』

と言った。


そ、そうか。


そして金の糸は、そのまま三階のバルコニーへと延び、竜医院の中へ抜けていた。

背筋が凍った。


それはアトラスも同じだった。


俺たちは、

猛ダッシュで、

バルコニーへ飛んでいった。


また、ゴンゾー爺さんの声が聞こえた気がした。

『ボケナス小僧!!!』


飛び降り、糸を辿り、

従業員専用通路を素早く開け、

アトラスを待たずに、中に入った。

そこは、竜預かり所のクロークで、

糸は、シッターさんたちの事務室にたどり着いた。



犯人は、シッターさんたちだった。



それは、きかん坊の子どもたちを、

森の探検から連れ戻す、という触れ込みだった。

しかも今なら最大50%オフ!



もちろん、詐欺だ。



シッターさんたちは、闇に魅入られたのである。


すごくすごく、疲れていたんだろう。


だから、

闇の竜の男二人が高笑いしながら、


ぐるぐる巻きにした、

デコイのミルダをどさりと放り投げ、

みんなでごちそうを食べたソファテーブルが(デコイの偽物ではあるが、)

大量の血に染まり、

約束よりも、

はるかに高額な報酬を要求してきたときは、

腰が抜け、ぼろぼろと涙を流し、声も出せなかった。


もちろん俺たちは、

闇の竜(人さらい)の二人を完膚なきまでにぶちのめし、

ぐるぐる巻きにして、

海に投げ捨てるのをぐっと堪えて、


ドーラと、

ゴンゾー爺さんのところへ、

ぶちこんだ。

彼らなら、うまくやってくれると思った。


闇の竜(ドラゴンゾンビ)のことは、

闇の竜(ドラゴンゾンビ)に任せよう。


悲しいが、

シッターさんたちは当然、

誘拐の片棒を担いだ罪で、

皇国神殿のプライベートルームに幽閉されることになった。


島のみんなは悲しんだ。


ちび竜たちは、とてもとても悲しんだ。

俺たちだって悲しかった。



だけども、

皇国神殿の老巫女さんたちは、

んっ、と手のひらを出した。


なんでも、

真名さえ提出すれば、

皇巫女エルザたちの力で、

魔法穴埋(パッチ)というものが、出来るらしい。


こ、

怖!


それって、この島、だけ?


それとも、

皇国全土で行われるのだろうか??


いくら聞いても、はぐらかされた。


でも、ありがたかった。

が、

料金は、

いくら聞いても教えてくれなかった。


お気持ちで。


お気持ち?!


お気持ちって、なんだ?

アトラスと、目を見合わせた。


くらくらする。

過去一、

頭が痛くなった。


だって俺は、

そういう難しいことは、

相棒(ミルダ)に、

任せているんだもの。



後日。


俺、


しがない竜防具店「南十字星の」

新米店主ホークは、


ちびっこ竜たちのリーダー、

紫のアトラスくんが、


ご両親からくすねた呪い紙で、工房の裏口にある水樽を、

サロッポロッポビールへと変えているなーんてつゆとも知らず、


しかもアトラスは、ビールと、

聖水の呪い紙と間違えているなんて、

まぁったく気付きもせずに、


いつもどおり、

イモ畑に聖水をたっぷりと撒き、


なんとなんと!

闇の回廊を発見っ!!


恐る恐る中に進んでみると、

やや!これは!

出るわ出るわ、

大量の詐欺広告。


こりゃ、島中で噂の人さらいだ!


俺は、

【ただの竜防具屋】だ。


だけど、聖水で目を回す闇の竜ならば、

いつものとおり、ぐーるぐる!

からの、


特大の【白竜と南十字星】の魔法封緘を、

ぺったん!!


見事、

そいつらを

ドーラと、ゴンゾー爺さんに、

引き渡して、あとは任せましたと一言。

そして、

颯爽と立ち去るものの、


あっというまに、

島中の知るところとなりました!


お手柄お手柄!

めでたしめでたし!

一件落着!



そうして、

俺は、

皇国神殿で皇巫女エルザから、

盛大な表彰を受けた。

腕には、蝶のブレスレット。


段下には、

ドレス姿のシオルとミルダ。

シオルの白金の鈴が、シャリンと鳴った。

ミルダの胸には、鳶のネックレスが光った。

俺は、彼女たちを壇上に呼び、腰に手を回した。


そして、階下に居る、

人型をしたドーラも壇上に上がるように促した。月下美人のピアスが光った。

彼女の付き人や、ナースさん、シッターさん、 

島や、竜医院、竜穴、闇の回廊のみんな。

エトセトラ、

エトセトラ。


ミルダの両親も誇らしげだ。

例の名士(おっさん)と、三バカトリオ、なぜかモーブくんが、ぐぬぬと歯噛みしながら、

彼らにうちわを仰いだり、お茶を出したりしている。

島中の人たちが、俺たちに拍手した。

俺は、白銀のハモニカを取り出し、

みんなに高らかに、歌った。


隣のアトラスだけが、半目で俺を見ていた。

やがて、

頭を抱え、

膝から崩れ落ちた。


っはっはー!!愉快愉快ー!!


そして、

式典はさくっと終わり、

オリオリポンポス山の麓で、

白竜シオルやミルダとともに、

お祝いの慰安旅行に出かけよう、

ということになった。



一方、ちび竜アトラスは。


竜預かり所で、

にこにこ顔のシッターさんたちに、

折り紙のごほうびメダルを貰っていた。

お利口さんにくれるらしい。

「がんばったで賞」は、緑だった。


『な、なんでだよ!!おれもキラのがいい!!』

いいかけて、はっとした。


だって、

俺たちだけには、更新前の記憶があるのだ。


きれいなソファを見ると、

自然と、涙がこぼれた。


『ごめん。』

その声が聞こえたかは、わからない…。


ちなみに、

ほかのちび竜はおそろいの、キラをもらったそうだ。

シオルたちは、そんなアトラスを励まし、慰めて、

ちょっと得意げに、誇らしげにおどけてみせた。


シッターさんたちは、

なぜか俺にも緑の、

「がんばったで賞」をくれた。



俺たちは、入江の洞窟にいた。


『お前さあ、

いくら出したんだよ。』


『あの呪い紙だって、高かったんだぞ。』


アトラスが、呪い紙を数えながら、

ぷりぷり怒って、涙目でいった。


『半分、払えよな!!』


『あとさ、

デコイの呪い紙さあ、

数が合わないんだけど、知らない?』


アトラスが俺を、半目で睨んだ。

俺は、ぎくっとした。


だから、

俺は、頭をぼりぼり掻きむしりながら、


『一人になりたかったんだ。』

と、伝えた。


ふーんと、

アトラスが興味なさそうに言った。


『買って返せよ。』



ミルダの提案で、

慰安旅行は、アトラスを含めた、

二人と二頭でいくことになった。


天文台で働くアトラスのご両親という人たちは、


杖を持ったシュッとした博士と、

恰幅の良い眼鏡の女性だった。

どちらも人間だったから、

たぶん、俺とシオルのような関係なんだろう。


俺たちを歓待してくれ、

たくさんの、星を見せてくれた。

そして、白い風船をくれた。


そして、

一旦アトラスの寮の部屋に寄って、

俺は、

すごーく、びっくりした。

だって、

彼もまた、

金の歌姫マーリーの人形(フィギュア)を、

飾っていたのだから!!


俺のじゃないかと思って、

思わず裏返して、シリアルNo.の刻印を確認したくらいだ。

俺たちは、黙って固い握手を交わし、

ハグをした。


シオルやミルダを待たせていたので、

また、ゆっくり話そうと誓い合った。



そして、

コンドミニアムの貸し切り温泉で、

体を洗い、歯を磨いた。


眼前に広がる、

巨大なオリオリポンポス山と、

満天を眺めながら、


白銀のハモニカを吹いた。

それに合わせて、アトラスがクウクウと歌った。


すると、壁の向こうの女風呂から、

コーラスが聞こえてきた。



スローラーイフ↑

スローライフ→

スローラーイフー↓


今日も一日↑

安らかであらんことを↓



露天風呂でごろりと横になり、

目を上げた。


南十字星が輝いていた。

目をつむると、優しい潮風が吹いていた。


大きなビーチパラソルの下、

みんなで、オロロッポのグラスで乾杯すると、

つっと、涙がこぼれた。

アトラスは、キンキンに冷えた瓶のサロッポロッポビールを、グラスに注いで飲んだ。

子どもビールだった。


ああ、

歌姫マーリー。

ありがたや、

ありがたや。


南の島の、

最高のスローライフ。


そして、

お土産のオリオリポンポス饅頭を

山のように買い、


アトラスを天文台の寮に見送って、

大きな竜車(タクシー)に乗り、

南十字星へ帰ったのだった。


書斎のベッドに転がり、

小さな天窓を開けると、

満月が見えた。


くらくらする。

頭が痛かった。


でも、


今夜の月は綺麗だな。


相棒。



サイドテーブルの【自動回復の財布】。


それは、

以前より、

ずいぶん軽くなったようだった。


(終)

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