第12話 意外な犯人、最高のスローライフ、魔法穴埋(パッチ)
◇
結論から言おう。
事の顛末は、あっけないものだった。
◆
工房のイモ畑で、
デコイのミルダが、
攫われた直後。
意識を取り戻した俺が、
書斎を眺めると、
裏口の扉は外されていた。
そして、
呪詛に苦しむ汗まみれのパンイチの俺に、
紫のちび竜アトラスは、
ずんずんと迫ってきた。
意外な来訪者に、
俺は、これは夢じゃないかと思った。
そして、
俺と鼻が、
くっつくくらいに、ぐいっと近づいてきた。
そして、じーっと目を見つめ、
やれやれと首を振った。
次に、
俺の口に、解呪の紙を、
べったん!!!と手荒に貼り付けた。
そして、ビリビリーっ!!!
と、
手荒く剥がした。
彼が、ふうっと息を吹くと、
金色の炎を上げて、呪い紙は消えた。
そんな調子で、
俺は、全身に手荒な呪いをうけた。
100回はやったんじゃないだろうか。
最後に、
びよーーーんと伸びる呪い紙を、
口に咥えさせられ、
アトラスが手を話すと、
バチーーーン!!と顔に叩きつけられた。
鼻血が出て、
全身がひりひりしたが、
俺の呪詛は消え、
けろりと回復した。
あまりの急展開に、
俺は、頭がくらくらした。
ほんとに、
すべてが夢のように思えた。
次に、
ミルダを助けようと、
ふらつく俺に、
『あれは、デコイだ。ミルダは無事だ。』
鞄の呪い紙の束を見せながら、
端的に伝えると、
ベッドに戻り、
なるべく苦しそうにするように指示をした。
敵を油断させるためだ。
ご丁寧に、金のコンタクトレンズまでくれた。
◇
そして、
俺は、うーうーと苦しんだのちに、
老巫女さんたちのご祈祷を受け、
俺は、さぞ具合が良くなった、
というふうに、
ころりと眠る、という演技をしたわけだ。
アトラスは、
俺のそばで、
泣きじゃくるシオルを慰めていた。
うう。
シオル…。
驚いたのが、
この、森の神殿に出入りしている、
じーさんばーさん、
おじさんおばさん、
そして、子どもたちが、
たまに、屋根で体操していたくらいの、
俺たちをよく知っていて、
心配してくれたことだった。
シオルの頭を撫でて、大丈夫だよと、
声をかけ、飴をくれた。
そして、フタバ夫人や、
若いメス竜たちが、
かわるがわる、
シオルの見守りをしてくれた。
アトラスにも、
早く家へ帰るように促すので、
帰宅するフリをしなくてはいけないくらいだった。
そして彼は、
診療所の竜寝床へシオルを寝かしつけると、
枕元に俺の芋巾着と、オロロッポ缶を置いた。
折り紙を折って、メッセージを書いた。
◇
アトラスは、窓からやってきて、
ベッドの俺を素早くカーテンで隠し、
呪い紙を、俺のへその上において、
ブーッと吹いた。
輪郭が揺れて、
俺が起き上がると、
後ろに、俺(ホーク)のデコイが出来た。
げっ。
ほんとに、三十六とは思えない。
ぞっとした。
二十そこそこの、ボケナス小僧がそこに居た。
俺は、みんなを思い出した。
金竜ビルや、ゴンゾー爺さん、
シオルの父親、
三バカトリオ、
ミルダの友だち、、
エトセトラ、
エトセトラ。
俺は、なるべく眉間に力を入れながら、
『…やりなおしてもいい?』
と聞いた。
『…そういうとこだぞ。』
アトラスは、半目で言った。
俺たちは、
森の診療所を窓から抜け出し、
再び、
「南十字星」(俺の店)のイモ畑へ向かった。
◇
書斎のミルダに声を掛け、
アトラスの背に乗り、
糸端をミルダのデコイに括り付けた金の糸束を追った。
こうすれば、回廊に入らずとも、
中を探れるのだそうだ。
そう言って、俺に呪いのかかったゴーグルを渡した。
ゴーグルをかけると、
上空から闇の回廊が透けた。
ただし、俺の通ったことのある場所だけだった。
イモ畑の闇の回廊は、
森の皇国神殿を通り、
丘の邸宅へぼこりと出てくる、ことがわかった。
俺が利用した、
ドーラや、ゴンゾー爺さん、
烏、蜥蜴、蝙蝠夫人たちの住む回廊も見えたが、
それらとは、
まったくの別物だった。
でも、2つの位置はきれいに並んでいた。
アトラスは、こともなげに言った。
『あるあるだ。』
そして、あたりを見回して、
『こことここにスペースがあるから、
あと、3つはあるんじゃないか。』
と言った。
そ、そうか。
そして金の糸は、そのまま三階のバルコニーへと延び、竜医院の中へ抜けていた。
背筋が凍った。
それはアトラスも同じだった。
俺たちは、
猛ダッシュで、
バルコニーへ飛んでいった。
また、ゴンゾー爺さんの声が聞こえた気がした。
『ボケナス小僧!!!』
飛び降り、糸を辿り、
従業員専用通路を素早く開け、
アトラスを待たずに、中に入った。
そこは、竜預かり所のクロークで、
糸は、シッターさんたちの事務室にたどり着いた。
犯人は、シッターさんたちだった。
それは、きかん坊の子どもたちを、
森の探検から連れ戻す、という触れ込みだった。
しかも今なら最大50%オフ!
もちろん、詐欺だ。
シッターさんたちは、闇に魅入られたのである。
すごくすごく、疲れていたんだろう。
だから、
闇の竜の男二人が高笑いしながら、
ぐるぐる巻きにした、
デコイのミルダをどさりと放り投げ、
みんなでごちそうを食べたソファテーブルが(デコイの偽物ではあるが、)
大量の血に染まり、
約束よりも、
はるかに高額な報酬を要求してきたときは、
腰が抜け、ぼろぼろと涙を流し、声も出せなかった。
もちろん俺たちは、
闇の竜(人さらい)の二人を完膚なきまでにぶちのめし、
ぐるぐる巻きにして、
海に投げ捨てるのをぐっと堪えて、
ドーラと、
ゴンゾー爺さんのところへ、
ぶちこんだ。
彼らなら、うまくやってくれると思った。
闇の竜(ドラゴンゾンビ)のことは、
闇の竜(ドラゴンゾンビ)に任せよう。
悲しいが、
シッターさんたちは当然、
誘拐の片棒を担いだ罪で、
皇国神殿のプライベートルームに幽閉されることになった。
島のみんなは悲しんだ。
ちび竜たちは、とてもとても悲しんだ。
俺たちだって悲しかった。
◇
だけども、
皇国神殿の老巫女さんたちは、
んっ、と手のひらを出した。
なんでも、
真名さえ提出すれば、
皇巫女エルザたちの力で、
魔法穴埋(パッチ)というものが、出来るらしい。
こ、
怖!
それって、この島、だけ?
それとも、
皇国全土で行われるのだろうか??
いくら聞いても、はぐらかされた。
でも、ありがたかった。
が、
料金は、
いくら聞いても教えてくれなかった。
お気持ちで。
お気持ち?!
お気持ちって、なんだ?
アトラスと、目を見合わせた。
くらくらする。
過去一、
頭が痛くなった。
だって俺は、
そういう難しいことは、
相棒(ミルダ)に、
任せているんだもの。
◇
後日。
俺、
しがない竜防具店「南十字星の」
新米店主ホークは、
ちびっこ竜たちのリーダー、
紫のアトラスくんが、
ご両親からくすねた呪い紙で、工房の裏口にある水樽を、
サロッポロッポビールへと変えているなーんてつゆとも知らず、
しかもアトラスは、ビールと、
聖水の呪い紙と間違えているなんて、
まぁったく気付きもせずに、
いつもどおり、
イモ畑に聖水をたっぷりと撒き、
なんとなんと!
闇の回廊を発見っ!!
恐る恐る中に進んでみると、
やや!これは!
出るわ出るわ、
大量の詐欺広告。
こりゃ、島中で噂の人さらいだ!
俺は、
【ただの竜防具屋】だ。
だけど、聖水で目を回す闇の竜ならば、
いつものとおり、ぐーるぐる!
からの、
特大の【白竜と南十字星】の魔法封緘を、
ぺったん!!
見事、
そいつらを
ドーラと、ゴンゾー爺さんに、
引き渡して、あとは任せましたと一言。
そして、
颯爽と立ち去るものの、
あっというまに、
島中の知るところとなりました!
お手柄お手柄!
めでたしめでたし!
一件落着!
◇
そうして、
俺は、
皇国神殿で皇巫女エルザから、
盛大な表彰を受けた。
腕には、蝶のブレスレット。
段下には、
ドレス姿のシオルとミルダ。
シオルの白金の鈴が、シャリンと鳴った。
ミルダの胸には、鳶のネックレスが光った。
俺は、彼女たちを壇上に呼び、腰に手を回した。
そして、階下に居る、
人型をしたドーラも壇上に上がるように促した。月下美人のピアスが光った。
彼女の付き人や、ナースさん、シッターさん、
島や、竜医院、竜穴、闇の回廊のみんな。
エトセトラ、
エトセトラ。
ミルダの両親も誇らしげだ。
例の名士(おっさん)と、三バカトリオ、なぜかモーブくんが、ぐぬぬと歯噛みしながら、
彼らにうちわを仰いだり、お茶を出したりしている。
島中の人たちが、俺たちに拍手した。
俺は、白銀のハモニカを取り出し、
みんなに高らかに、歌った。
隣のアトラスだけが、半目で俺を見ていた。
やがて、
頭を抱え、
膝から崩れ落ちた。
っはっはー!!愉快愉快ー!!
そして、
式典はさくっと終わり、
オリオリポンポス山の麓で、
白竜シオルやミルダとともに、
お祝いの慰安旅行に出かけよう、
ということになった。
◇
一方、ちび竜アトラスは。
竜預かり所で、
にこにこ顔のシッターさんたちに、
折り紙のごほうびメダルを貰っていた。
お利口さんにくれるらしい。
「がんばったで賞」は、緑だった。
『な、なんでだよ!!おれもキラのがいい!!』
いいかけて、はっとした。
だって、
俺たちだけには、更新前の記憶があるのだ。
きれいなソファを見ると、
自然と、涙がこぼれた。
『ごめん。』
その声が聞こえたかは、わからない…。
ちなみに、
ほかのちび竜はおそろいの、キラをもらったそうだ。
シオルたちは、そんなアトラスを励まし、慰めて、
ちょっと得意げに、誇らしげにおどけてみせた。
シッターさんたちは、
なぜか俺にも緑の、
「がんばったで賞」をくれた。
◇
俺たちは、入江の洞窟にいた。
『お前さあ、
いくら出したんだよ。』
『あの呪い紙だって、高かったんだぞ。』
アトラスが、呪い紙を数えながら、
ぷりぷり怒って、涙目でいった。
『半分、払えよな!!』
『あとさ、
デコイの呪い紙さあ、
数が合わないんだけど、知らない?』
アトラスが俺を、半目で睨んだ。
俺は、ぎくっとした。
だから、
俺は、頭をぼりぼり掻きむしりながら、
『一人になりたかったんだ。』
と、伝えた。
ふーんと、
アトラスが興味なさそうに言った。
『買って返せよ。』
◇
ミルダの提案で、
慰安旅行は、アトラスを含めた、
二人と二頭でいくことになった。
天文台で働くアトラスのご両親という人たちは、
杖を持ったシュッとした博士と、
恰幅の良い眼鏡の女性だった。
どちらも人間だったから、
たぶん、俺とシオルのような関係なんだろう。
俺たちを歓待してくれ、
たくさんの、星を見せてくれた。
そして、白い風船をくれた。
そして、
一旦アトラスの寮の部屋に寄って、
俺は、
すごーく、びっくりした。
だって、
彼もまた、
金の歌姫マーリーの人形(フィギュア)を、
飾っていたのだから!!
俺のじゃないかと思って、
思わず裏返して、シリアルNo.の刻印を確認したくらいだ。
俺たちは、黙って固い握手を交わし、
ハグをした。
シオルやミルダを待たせていたので、
また、ゆっくり話そうと誓い合った。
◇
そして、
コンドミニアムの貸し切り温泉で、
体を洗い、歯を磨いた。
眼前に広がる、
巨大なオリオリポンポス山と、
満天を眺めながら、
白銀のハモニカを吹いた。
それに合わせて、アトラスがクウクウと歌った。
すると、壁の向こうの女風呂から、
コーラスが聞こえてきた。
♪
スローラーイフ↑
スローライフ→
スローラーイフー↓
今日も一日↑
安らかであらんことを↓
♪
露天風呂でごろりと横になり、
目を上げた。
南十字星が輝いていた。
目をつむると、優しい潮風が吹いていた。
大きなビーチパラソルの下、
みんなで、オロロッポのグラスで乾杯すると、
つっと、涙がこぼれた。
アトラスは、キンキンに冷えた瓶のサロッポロッポビールを、グラスに注いで飲んだ。
子どもビールだった。
ああ、
歌姫マーリー。
ありがたや、
ありがたや。
南の島の、
最高のスローライフ。
そして、
お土産のオリオリポンポス饅頭を
山のように買い、
アトラスを天文台の寮に見送って、
大きな竜車(タクシー)に乗り、
南十字星へ帰ったのだった。
◇
書斎のベッドに転がり、
小さな天窓を開けると、
満月が見えた。
くらくらする。
頭が痛かった。
でも、
今夜の月は綺麗だな。
相棒。
◇
サイドテーブルの【自動回復の財布】。
それは、
以前より、
ずいぶん軽くなったようだった。
(終)
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