第11話 紫のちび竜アトラス
◆
ミルダ!!
ミルダ!!
俺は、
ガチャガチャと、
自分でかけたはずの、
裏口の施錠の呪いを外せない。
身体も動かず、声も出せず、
汗を流し、
涙を流し、
裏口に設けた、
小さな窓から、
みたこともない闇の竜の二人組に、
ミルダの身体が、
俺が呪詛をかけた巻き尺で、
ぐるぐると巻かれて、
闇の回廊の向こう側へ担ぎ込まれていくのを、
ただただ、
見ているしかなかった。
胸の鳶のネックレスは、
ない。
去り際に、
闇の竜の一人は、
がりっと、左手親指を噛み切り、
呪詛をかけた。
そして、指先にじわじわと、黒い魔法蝋が集まってゆく。
そして、
俺に見せつけるように、
いつもなら、
ネックレスのあるはずの場所へ、
じゅうじゅうと、ゆっくり、
魔法封緘(シーリング)をした。
俺の知らない、暗黒竜の文様(レリーフ)。
そして、
邪悪な高笑いをして、
小窓の俺と目を合わせたまま、
隣の竜とハイタッチした。
そして、
こちらを見たまま、
扉を閉めて、
ずぶずぶと、
消えていった。
二人組の男だった。
そう。
闇の竜は、
人型だった。
◆
闇の竜。
かれらは、
いわゆる、ドラゴンゾンビである。
暗黒竜とも呼ばれる。
彼らの一部は、
竜の姿と、
人の姿とを、
自由に行き来することが、
出来るようだった。
例えば、
新月の夜の、ドーラもそうだ。
だから俺は、
浜辺の神殿からの帰還の後、
銅型(トルソー)を人型に変えて、
彼女の為の、
イブニングドレスを、
作っていたのである。
◆
話は、少し遡る。
浜辺の神殿の、上棟式の少し後だっただろうか。
ドーラのとりまきである、
闇の竜の女性二人は、
雨よけの呪詛のともに、
このときは人型をして、
しゃなりしゃなりと、
「南十字星」へ直接やって来た。
アポ無し訪問である。
身なりは美しく、眼光は鋭い。
俺は、くらくらした。
すごくすごく、
頭が痛かった。
だって、パーティの件は和解して、
ヒルザや老巫女さんたちと、
仲良く餅まきをしたことは知っていたけれど、
会場は、男子禁制だったし、
俺は、シオルやミルダのくれた、
お土産のあんこクリーム大福を、美味しく食べただけだったからだ。
俺がこの目で直接、
見たり聞いたりしたわけじゃあない。
だから、
俺は、つとめて涼しい顔をしてはいたけれど、
彼女たちの真意を測りかねて、
すごく、
どきどきしていた。
そして、
彼女たちの要件が、
竜鎧(アーマー)製作の直接依頼(オーダー)なのだと知ると、
すごくすごく、ほっとした。
だからだと思う。
いつもなら、
マネージャーのミルダを通すはずのところを、
二つ返事で、快諾してしまったのだ。
この日は、シオルも不在だった。
だから俺は、
店を固く閉めて、
彼女たち二頭の住むという、
最寄りの小さな森の皇国神殿で、
打ち合わせをすることになった。
◆
そして、
採寸の夜。
ドーラは、
人型をして、現れたのである。
彼女たちが、
なぜそんなことをしたのかは、
さっぱりわからなかった。
ほんとうに、ほんとうにたまげた。
もしかして、
俺の気づいていない、
齟齬があるんじゃないかと、
どきどきした。
でも俺は、
まるで、何でもないような涼しい顔で、
じゃあ、採寸をしよう、とだけ伝えた。
ドーラは目を丸くしたが、
新米の俺の、
竜服作りという新たな挑戦を、
けらけらと、喜んでくれた。
◇
やがて、
金竜ビルと、フタバ夫人が、
ばさばさと、
「南十字星」へやってきた。
まっすぐ、
イモ畑の近くの工房の裏口へ向かった。
工房の裏口の扉は蝶番が外されて、
扉ごと外されていた。
扉には解錠の呪い紙がぺたりと貼られていた。
イモ畑には、白銀の螺子回しも転がっていたから、
彼らはミルダが、やったのだろうと思った。
そして、
すぐにシオンの異変に気づき、
彼を担ぎ、森の神殿に併設されている、診療所へと搬送した。
シオルをぎゅっとしながら、
アトラスは、まかせろ、
と声をかけた。
◇
以前、
呪詛を受けたことのある金竜のビルは、
金色の眼光もあいまって、
すぐにぴんときた。
呪詛を解くため、
すぐさま紹介状を書いてもらい、
島一番の、
皇国神殿の老巫女さんたちに、
ご祈祷の話をつけてくれた。
◇
アトラスが、
すみやかに裏口にやってきたのは、
理由がある。
シオルは、
工房や書斎に入れてもらえないことを、
ちび竜仲間に、こぼしていた。
「え、お前の家じゃん。」
「入れば良くない?」
「看板娘でしょ?」
「二人の家じゃん。」
そうだそうだと、
仲間たちは、
訝しがったり、笑い飛ばしたりした。
また、そのことはかえって、
他のちび竜たちの好奇心をも、煽ることになったそうだ。
シオルは、
工房の中にこそ入らなかったし、
小窓から中を覗くことも、
けしてしなかったが、
ちび竜たちと、
こそこそと、「南十字星」の周りをぐるぐるする、
探検ごっこをするようになった。
子どもだけで森を探検するのは、
とても楽しく、
範囲はだんだん広がったが、
やがて、そのことは、
彼らが持ち帰る、
森の木や種や花から、
彼らの両親や、竜預かり所のシッターさんたちの知るところとなり、
森の探検は、禁止されてしまった。
だが、
このときに、工房の扉や窓の位置を、
おおよそ把握した、とのことだった。
たまげた。
◇
結論から言うと、
ミルダは無事だった。
彼女は、アトラスに言われて、
魔法生贄(デコイ)を作った。
そして、
攫われたのはデコイのほうだ。
それは、
オリオリポンポス山の天文台で働いているという、
アトラスのご両親が、
日頃、護身用にと彼に持たせてくれていたものだった。
たしかに、
声は違った気がしたが、
それは本物のようで、
俺は、ほっとしたが、
とてもびっくりした。
彼の小さな鞄には、他にも呪い紙の束がびっしり入っていた。
彼は、天文台にある、
小さな竜のための小学校にある、
寮に住んでいる、一年生とのことだった。
◇
本物のミルダを、
単身残すのは非常に心配だったが、
彼女は、
「行って。」とキッパリ言った。
彼女のポーチにも、呪い紙の紙束が入っていた。いらないといっても、両親が渡すそうだ。
た、
たまげた。
彼女は、
書斎の小窓から、
イモ畑の闇の回廊を、
見張る役を、買って出てくれた。
◇
俺は、ちび竜たちの両親とも、
まるで交流がなかったので、
小学校のことも、
近頃、森に現れるという誘拐犯のことも、
ろくに知らなかった。
情けなかった。
◇
俺たちは、
デコイを攫った犯人を仮に、
人さらいと名付けた。
闇の回廊の入口は、
イモ畑にあることはわかりきっていたが、
どう考えても、罠を張って待っているだろう。
アトラスの手には、金色の糸口があった。
これは、デコイに繋がっているとのことだった。
これをたどれば、
犯人に辿り着けるそうだ。
す、
凄い。
今どきのキッズの行動力に、
俺は、度肝を抜かれていた。
◇
さて、
ご祈祷が終わり、
眠ったふりをした病床の俺は、
しくしくと悲しむシオルに、
ミルダが無事なことを伝えようと、
そっと手を伸ばすと、
アトラスは、
ギョッとした顔をして、俺に体当りした。
口に手を当てて、
しーーっとジェスチャーした。
『この、ボケナス小僧ーーー!!』
なぜか、
ゴンゾー爺さんの声が聞こえた気がした。
『男は黙って、ササッポロッポビールだ!』
なんだそりゃ。
そもそも、
お前は子ども、なんだけどな…。
(続)
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