第11話 紫のちび竜アトラス


ミルダ!!


ミルダ!!



俺は、

ガチャガチャと、

自分でかけたはずの、

裏口の施錠の呪いを外せない。


身体も動かず、声も出せず、

汗を流し、

涙を流し、

裏口に設けた、

小さな窓から、


みたこともない闇の竜の二人組に、


ミルダの身体が、

俺が呪詛をかけた巻き尺で、

ぐるぐると巻かれて、


闇の回廊の向こう側へ担ぎ込まれていくのを、

ただただ、

見ているしかなかった。


胸の鳶のネックレスは、

ない。


去り際に、

闇の竜の一人は、

がりっと、左手親指を噛み切り、

呪詛をかけた。

そして、指先にじわじわと、黒い魔法蝋が集まってゆく。


そして、

俺に見せつけるように、

いつもなら、

ネックレスのあるはずの場所へ、


じゅうじゅうと、ゆっくり、

魔法封緘(シーリング)をした。

俺の知らない、暗黒竜の文様(レリーフ)。


そして、

邪悪な高笑いをして、

小窓の俺と目を合わせたまま、

隣の竜とハイタッチした。


そして、

こちらを見たまま、

扉を閉めて、

ずぶずぶと、

消えていった。

二人組の男だった。


そう。

闇の竜は、

人型だった。



闇の竜。

かれらは、

いわゆる、ドラゴンゾンビである。

暗黒竜とも呼ばれる。


彼らの一部は、

竜の姿と、

人の姿とを、

自由に行き来することが、

出来るようだった。


例えば、

新月の夜の、ドーラもそうだ。


だから俺は、

浜辺の神殿からの帰還の後、


銅型(トルソー)を人型に変えて、

彼女の為の、

イブニングドレスを、

作っていたのである。



話は、少し遡る。

浜辺の神殿の、上棟式の少し後だっただろうか。


ドーラのとりまきである、

闇の竜の女性二人は、

雨よけの呪詛のともに、

このときは人型をして、

しゃなりしゃなりと、

「南十字星」へ直接やって来た。

アポ無し訪問である。


身なりは美しく、眼光は鋭い。

俺は、くらくらした。

すごくすごく、

頭が痛かった。


だって、パーティの件は和解して、

ヒルザや老巫女さんたちと、

仲良く餅まきをしたことは知っていたけれど、


会場は、男子禁制だったし、

俺は、シオルやミルダのくれた、

お土産のあんこクリーム大福を、美味しく食べただけだったからだ。


俺がこの目で直接、

見たり聞いたりしたわけじゃあない。


だから、

俺は、つとめて涼しい顔をしてはいたけれど、

彼女たちの真意を測りかねて、

すごく、

どきどきしていた。


そして、

彼女たちの要件が、

竜鎧(アーマー)製作の直接依頼(オーダー)なのだと知ると、

すごくすごく、ほっとした。


だからだと思う。

いつもなら、

マネージャーのミルダを通すはずのところを、

二つ返事で、快諾してしまったのだ。

この日は、シオルも不在だった。


だから俺は、

店を固く閉めて、

彼女たち二頭の住むという、

最寄りの小さな森の皇国神殿で、

打ち合わせをすることになった。



そして、

採寸の夜。


ドーラは、

人型をして、現れたのである。


彼女たちが、

なぜそんなことをしたのかは、

さっぱりわからなかった。


ほんとうに、ほんとうにたまげた。


もしかして、

俺の気づいていない、

齟齬があるんじゃないかと、

どきどきした。


でも俺は、

まるで、何でもないような涼しい顔で、

じゃあ、採寸をしよう、とだけ伝えた。


ドーラは目を丸くしたが、

新米の俺の、

竜服作りという新たな挑戦を、


けらけらと、喜んでくれた。



やがて、

金竜ビルと、フタバ夫人が、

ばさばさと、

「南十字星」へやってきた。


まっすぐ、

イモ畑の近くの工房の裏口へ向かった。


工房の裏口の扉は蝶番が外されて、

扉ごと外されていた。


扉には解錠の呪い紙がぺたりと貼られていた。

イモ畑には、白銀の螺子回しも転がっていたから、

彼らはミルダが、やったのだろうと思った。


そして、

すぐにシオンの異変に気づき、

彼を担ぎ、森の神殿に併設されている、診療所へと搬送した。


シオルをぎゅっとしながら、

アトラスは、まかせろ、

と声をかけた。



以前、

呪詛を受けたことのある金竜のビルは、

金色の眼光もあいまって、

すぐにぴんときた。


呪詛を解くため、

すぐさま紹介状を書いてもらい、


島一番の、

皇国神殿の老巫女さんたちに、

ご祈祷の話をつけてくれた。



アトラスが、

すみやかに裏口にやってきたのは、

理由がある。


シオルは、

工房や書斎に入れてもらえないことを、

ちび竜仲間に、こぼしていた。


「え、お前の家じゃん。」

「入れば良くない?」

「看板娘でしょ?」

「二人の家じゃん。」


そうだそうだと、

仲間たちは、

訝しがったり、笑い飛ばしたりした。


また、そのことはかえって、

他のちび竜たちの好奇心をも、煽ることになったそうだ。


シオルは、

工房の中にこそ入らなかったし、

小窓から中を覗くことも、

けしてしなかったが、


ちび竜たちと、

こそこそと、「南十字星」の周りをぐるぐるする、

探検ごっこをするようになった。


子どもだけで森を探検するのは、

とても楽しく、

範囲はだんだん広がったが、


やがて、そのことは、

彼らが持ち帰る、

森の木や種や花から、

彼らの両親や、竜預かり所のシッターさんたちの知るところとなり、


森の探検は、禁止されてしまった。


だが、

このときに、工房の扉や窓の位置を、

おおよそ把握した、とのことだった。


たまげた。


◇ 


結論から言うと、

ミルダは無事だった。


彼女は、アトラスに言われて、

魔法生贄(デコイ)を作った。


そして、

攫われたのはデコイのほうだ。


それは、

オリオリポンポス山の天文台で働いているという、

アトラスのご両親が、

日頃、護身用にと彼に持たせてくれていたものだった。


たしかに、

声は違った気がしたが、

それは本物のようで、


俺は、ほっとしたが、

とてもびっくりした。


彼の小さな鞄には、他にも呪い紙の束がびっしり入っていた。


彼は、天文台にある、

小さな竜のための小学校にある、

寮に住んでいる、一年生とのことだった。



本物のミルダを、

単身残すのは非常に心配だったが、

彼女は、


「行って。」とキッパリ言った。

彼女のポーチにも、呪い紙の紙束が入っていた。いらないといっても、両親が渡すそうだ。


た、

たまげた。


彼女は、

書斎の小窓から、

イモ畑の闇の回廊を、

見張る役を、買って出てくれた。



俺は、ちび竜たちの両親とも、

まるで交流がなかったので、


小学校のことも、

近頃、森に現れるという誘拐犯のことも、

ろくに知らなかった。

情けなかった。



俺たちは、

デコイを攫った犯人を仮に、

人さらいと名付けた。


闇の回廊の入口は、

イモ畑にあることはわかりきっていたが、

どう考えても、罠を張って待っているだろう。

アトラスの手には、金色の糸口があった。

これは、デコイに繋がっているとのことだった。

これをたどれば、

犯人に辿り着けるそうだ。


す、

凄い。


今どきのキッズの行動力に、

俺は、度肝を抜かれていた。



さて、

ご祈祷が終わり、

眠ったふりをした病床の俺は、

しくしくと悲しむシオルに、

ミルダが無事なことを伝えようと、

そっと手を伸ばすと、


アトラスは、

ギョッとした顔をして、俺に体当りした。


口に手を当てて、

しーーっとジェスチャーした。


『この、ボケナス小僧ーーー!!』


なぜか、

ゴンゾー爺さんの声が聞こえた気がした。


『男は黙って、ササッポロッポビールだ!』


なんだそりゃ。


そもそも、

お前は子ども、なんだけどな…。


(続)

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