第5話 邸宅のパーティー


丘の上の邸宅は、賑やかだった。


今日は、

俺たちの町と、隣町の合併パーティだ。


邸宅の一階と二階は、

町議会長夫妻の居宅である。


三階、四階は竜医院。

大きなバルコニーの手摺りや窓には、子どもたちの手で、

合併を祝うカラフルな飾りが、施されていた。



しかしなあ。

なんで俺たちが?


相棒の小さな白竜シオルは、

お祭りの熱気と、

おめかしした自分たちに、

いつになく、ご機嫌だった。


クウクウとテンション高く鳴きながら、

尻尾をぶんぶんと振っている。

竜服(ドレス)の白い鈴が、

シャリン、シャリンと高らかに鳴った。


「いいじゃない。

シオルも楽しいよね。」


慣れた手つきで、シオルの鬣(たてがみ)を撫でながら、

竜医ミルダが、

俺の目を覗き込んで言った。


「それにさ、ホーク、

君って、仕事も全然取ってないでしょう?

暇かなって思ってさ。」


「失礼な。」


やはり、

知られることは、ろくなことにならない。



俺はシオン。

通り名はホーク。


今は、この南の島カーアイで、

しがない竜防具専門店「南十字星(サザンクロス)」を営む、新米店主だ。


矜持は、スローライフ。


森の中にある、

広い工房には、

竜の銅型(トルソー)、ただ一点のみ。


そこには、

一月前に受注した、

赤竜フタバ婦人の、

竜鎧(アーマー)が掛かっていた。

うむ。

やはり俺は、

【竜鎧作りのド天才】!


しかし、

いくつかの点について、

俺は、しばらく考えあぐねていた。

何かが、ひっかかった。


「何かあったらさ、

遠慮なく言ってね。」


「ああ。」


ミルダが、俺の進捗状況について、

口をはさみ、

業を煮やすのは、無理もなかった。

俺の、マネージャー兼友人だからである。


しかも、彼女の本業は腕利きの竜医師で、

常に忙しく、あちこちを飛び回っている身だ。


その点、俺は、

基本的に一点ずつの受注(オーダー)しか受け付けないし、

構想を練っている間は、

シオルを連れて、

島のあちこちの川や海、山や森で釣りをしたり、採集をしている。


彼女からしたら俺たちは、

とんだ暇人にしか見えないに、違いなかった。


彼女と手を組み、

工房に自由に出入りさせるかは、

非常に迷ったが、

半ば強引に押し切られてしまった。


しかし俺は、

あまり数字に明るくないし、

事務作業も好きではない。

社交もまったく得意ではない。


今は、彼女が間に入ってくれて、

本当に、幸運だったと思っている。


実のところ、

俺は、あくせく働く必要のない身だ。


【不労所得】。

若き日に築いた一財産は、

まるで自動回復のように、

今の俺の財布を潤してくれている。


しかし、預けた財産と、

そこから入る利息については、

彼女に伝えるつもりはなかった。


スローライフ、

スローライフ。

俺は、胸をトントンと叩いた。



今日のミルダは、

ビキニアーマーに白衣ではない。

聴診器もない。

フォーマルドレスだ。


胸には、鳶のネックレス。


俺も、彼女に用意されたフォーマルウエアを着せられ、

ジャケットの胸ポケットには、

ご丁寧に紫の布(チーフ)まで入ってる。


シオルは、俺の胸をぽんぽんと叩いて、

口に手を当てて、

くすくすと笑った。


シオルの竜服(ドレス)は、

ミルダが手配してくれ、

そこに俺が、

呪いは抜きにして、

時間をかけ、ゆっくりと手を加えた。


俺の専門は、竜鎧(アーマー)だが、

竜服(ドレス)だって、

縫えないことはないのだ。


ミルダは、俺と腕を組み、

島の名士たちに、俺とシオルを紹介して回った。

ミルダの両親にも、紹介をしてくれたが、

彼らもすごく、忙しいのだろう。

ミルダの母には、聞こえないようだった。


一方ミルダの父は、

見かけはミルダとはまったく似ていない。

まるまるとした紳士だ。

だが、ミルダと同じ、

鳶色の瞳をしていた。


彼は、俺をまじまじと見たあとに、

「君たちが来てから、島がにぎやかでいいね。」

「先日のドラゴンミントン大会も。」

そういって、にこにことシオルの頭を撫でてくれた。ミルダともニコニコと談笑した。


が、


俺を見る眼光は鋭かった。


きっと、

新米の俺がでしゃばったから、

内心怒っているんだろう。


ドラゴンミントン大会は、

工房のリフォームが完成したころに、

俺とシオルで飛び入り参加したものだった。

ダブルスだ。


それは、ミルダのペアが急遽、

大切な仕事で、出られなくなってしまったからとのことだった。

つまり代打だ。


のどかな島の、内輪のお祭りだ。

俺は、おとなしくしているつもりだった。


が、

ついつい熱くなって、

島の人たちを差し置いて、優勝してしまったのだ。


しかも、気づけば雄叫びを上げ、

上着を脱ぎ、

汗だくで、ぶんぶんと腕を振り上げて、客席を煽る始末だった。


ミルダは喜んでくれたし、

シオルのかわいさもあいまって、

会場は大喜びだった。


が、


あれは、

はっきり言って、やりすぎたった。

胸が、ちくちくした。


彼は、

「たのむよ。」と一言言って、俺の肩を叩き、その場を去った。



そんな調子で、

俺たちは、一人と一頭で、ぺこりぺこりと頭を下げて後をついて回った。


シオルは、ポーラレアスター。

希少種だ。

星空を思わせる美しい瞳加えて、

今日は、かわいらしい衣装だ。

彼女を見て、名士たちも目尻を下げた。

当然だ。

竜服の上着(ボレロ)には、フタバ婦人から頂いた、

おさがりの宝玉を細工して、

さりげなく縫い付けておいたからな!


日頃は、

芋をふがふが食い、

竜寝床(アルコーブ)にごろごろし、

ぴーぴーと寝ている、

白いまんまるだが、


今は、どこぞのお嬢様竜にしか見えないだろう!!


俺と違って、

シオルはノリノリだ。

知らんおっさんやご婦人たちを相手に、

クウクウと、愛想よく振る舞っている。


うーむ。

誰に似たのか。

さすがは、うちの看板娘だ。


お、

俺だって。

俺は、ちょっと気合を入れて、

黒いドレスを着た、美しい女性の集団に、

ニッコリと微笑んだ。


彼女たちは、

俺をチラリと見て、にっこりしてくれた。

俺が、でれでれしていると、

シオルが、むっとした顔で、

ぺしぺしと、俺の胸を叩いた。


「あらミルダ、彼氏?」

「えーー!!

何々、すっごいイケメンじゃん!

お肌ツルツル!

アイドルみたい。」

「きれいな眼だねえ。紫?

吸い込まれそう。紹介してよお!」


いつの間にか俺たちは、

ミルダの友人たちに、ぐるりと囲まれた。


彼女たちは、ミルダの研修医時代の仲間で、

今は隣島や、大陸などで、

働いたり、留学したりしているとのことだった。

シオルを撫でる彼女たちの後ろで、

俺は考えた。


アイドル…?


アイドルって、何だっけ?


『モーブくんだよ!』

シオルが、にっこり教えてくれた。


がーーーん!!


モーブくんは、俺の前任者だ。

毒竜の竜穴にアポ無し訪問し、

初日で心を折られた、

二十歳そこそこの、ヘタレ小僧だ。


俺は、腰が砕けそうだった。


童顔の自覚はあったが、

筋トレはしている。

背だってある。

髭の本数は少ないが、

生えてなくもないぞ!


「違うわよお。

ビジネスパートナー。」


ミルダがふるふると横に手を振って、

俺を紹介した。


俺のことは、知っているらしく、

島の竜鎧(アーマー)屋と気づくと、

笑いをこらえたあと、横を向いて、

ふっと、興味を失ったように見えた。


そして、

じゃ、じゃあね、と言い残し、

島の内外の名士(おっさん)たちとの、

談笑の輪に加わっていった。

ミルダもそちらへ行った。


そのうち、

一人のガタイの良い名士が、

ミルダの肩に手をかけ、

俺を見て、ニヤリとした。


は?


ミルダは肩をぐいと上げて、

横にずれたが、

俺を振り向きもせず、

ニコニコと、彼らの輪に居続けて、

談笑を続けている。


…、

まあ、

美人、

だもんなあ。


少し離れたところから、

ドレスを纏った彼女の背を眺めていると、

俺は、ちょっと悲しくなった。


そして、

彼らの輪の中に、

ミルダの母がぐいぐいとやってきて、

彼らに、久しぶり、どうしているのかと、親しげに、にこにこと尋ねだした。


そして再び、

先ほどのガタイのいい名士(おっさん)が、

ミルダの肩を抱こうとした。

ミルダは、

否定していたが、

だからといって、

彼らの輪から、出ていくことはなかった。


俺は、

頭をぽりぽり掻きむしった。

胸が、ぎゅっとした。

そして、心の中で叫んだ。


お、

俺は、

俺だってなあ!!

暮れには、三十六だ!


ここにいる、

名士のおっさんたちと、

たいして、

変わんないんだからなっっ!!


すごくすごくすごく、

頭が痛くなってきた…。


一人暮らしが長すぎたせいもあるかもしれない。

急激に一人になりたくなった俺は、

一足早く、

ゲストルームへ行くことにした。



スタスタと歩きながら俺は、

俺は、金竜ビルの姿を探した。


庭の正門辺りでは、

ビルが、若い衆を連れて、

警備に当たっているのが見えた。

古傷だらけの老竜だ。


彼は、俺が先日納品した、

丹塗りの竜鎧(アーマー)を、

誇らしげに着込んでいた。


うむ。

いい仕事だ!


やはり俺は、

【竜鎧作りのド天才】

だっ!!


彼らの契約主(マスター)は、

ミルダの両親である。


今は、この丘の地下にある、

竜穴に住み、島の警護を主な生業としていた。


『ビル爺、張り切ってるね。』

シオルが、わたあめを食べながら、

クウクウと笑った。


「うん。

島じゃあ、このところ、

大仕事が、続いてるからねえ。」


いつの間にか、

俺の隣に戻ってきたミルダは、

腰に手を当て、

左手をかざし、

眩しそうに彼らを眺めた。


「仕事も増えてさ。

今、

大陸にも、募集をかけてるんだって。

やるよねえ。」


若いメス竜たちを仕切るのは、

ビルの妻である、赤竜フタバ夫人だ。

人足たちに酒や肉を振る舞って、

テキパキと指示を出し、それはそれは忙しそうだ。


挨拶に行こうか迷ったが、

今はやめておこう。


やれやれ。

みんな働きものだな。


俺はなんだか、

居心地が悪くなって、

着慣れない服も相まり、

尻をぽりぽりと、掻きむしった。

ミルダは、そんな俺の手をぴしゃりと叩いた。


そして、

ミルダに、ゲストルームの鍵を借りて、

そちらへ移動した。


清潔な部屋だった。

きちんと上着を掛けて、

ベッドに頭から崩れ落ちた。

少し長めの小窓からは、

海が見えた。



少し眠っていたようだ。


俺は、急激に腹が減り、

パーティ会場に戻った。


実のところ、

タダメシは非常にありがたいが、

もう工房(家)に帰りたかった。


しかしパーティは、

夜まで続くとのことで、

今夜は、このままミルダの邸宅に、

泊めてもらうことになっていたし、


家の食料庫(パントリー)は、

空っぽにしてきてしまった。

金だって、家だ。


くっ。


俺はせめて、元は取ってやろうと、

なるべく高価そうなテーブルの骨付き肉やら、パンやら、果物やらを見定め、掴み、

たっぷりと紙皿に乗せた。


そして、

シオルに声をかけようと会場を見回すと、


シオルは、竜預かり所の仲間だろうか?

いつの間にか、ドレスアップした小さなちび竜たちと、

女子トークに花を咲かせているではないか。


シオルは、俺に気づいたと思うが、

邪魔しないで、言わんばかりに、

尻尾をふるふると横に振った。

俺の縫ってやった竜服の上着(ボレロ)も脱いで、

いつの間にか、

椅子の背もたれに雑にかかっている。


そのうち、

おめかしした小僧のちび竜も、

どやどやとやってきて、

シオルの姿は、見えなくなってしまった。


…。

ミルダは?

ミルダを探したが、先ほどの友人たちと、

けらけらと楽しそうに談笑していた。


何だよ。


俺は、二人をパーティ会場に残し、

大盛りの紙皿を抱えたまま、

階段をそそくさと駆け上がった。

そして、三階のバルコニーに移動した。



席を確保し、ジャケットを脱ぎ、

丁寧に畳んで、隣の席に置いた。


そして、潮風にあたりながら、

たっぷり盛ったご馳走を、

一人で、もりもりと食べた。


うーん。

うまい。

船団時代は、世界中を飛び回った俺だが、

この島の飯は、ピカイチだ、と思う。

固めた前髪を、がしがしと解した。


こんなことなら、

シオルの軽量化の呪いをかけた鞄を持ってくればよかったなあ。


通路を挟んだ向こうの棟では、

筋骨隆々、研修医の三バカトリオが、

パーティとは関係なく、

いつもどおり、忙しく働いていた。


ナースさんたちや、シオルのシッターさんたちの姿も見えた。


空は晴れ、

雲は高かった。

はるか上空で、鷹が旋空しているのが見えた。


まるで俺だけが、

世界から取り残されたようだった。



この丘の邸宅のバルコニーからは、

海がよく見えた。


骨付き肉を食べ終え、手を拭き、

バルコニーの手摺りにもたれて、

あんこクリームパンを齧り始めた。

腹はもうぱんぱんだが、甘いものは別腹だ。


そして、島で一番大きい、

皇国神殿の島分社を探そうと、目を凝らすと、

ここからは屋根と鐘だけが見えた。


ヒルザと老巫女(ばあさん)たちは、

元気にしてるだろうか?


島の合併で、旧隣町の浜辺の神殿の再建は、

またたく間に始まり、

骨組みは組み上がっていたが、

上棟の祈祷は、まだこれからのようだった。


餅をまくなら、

シオルを連れて行かなきゃあな。

どうせ、男は出禁だろうしな。


そんなことを、

とりとめもなくぼんやり考えながら、

俺は手を拭き、水を飲んだ。


そして、

胸に下げた白銀のハモニカを咥え、

祭りの喧騒の中、

誰に聞かせるともなく、吹いた。


遠くの島では、

オリオリポンポスの山が、

細い煙を立ち上らせていた。




スローラーイフ↑

スローライフ→

スローラーイフー↓


今日も一日↑

安らかであらんことを↓



しかしこの日は、

そんなわけにもいかなかった。


潮風に乗り、黒い雲がゆっくりと、

旧隣町から、こちらへ迫っていた。


(続)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る