第5話 邸宅のパーティー
◇
丘の上の邸宅は、賑やかだった。
今日は、
俺たちの町と、隣町の合併パーティだ。
邸宅の一階と二階は、
町議会長夫妻の居宅である。
三階、四階は竜医院。
大きなバルコニーの手摺りや窓には、子どもたちの手で、
合併を祝うカラフルな飾りが、施されていた。
◇
しかしなあ。
なんで俺たちが?
相棒の小さな白竜シオルは、
お祭りの熱気と、
おめかしした自分たちに、
いつになく、ご機嫌だった。
クウクウとテンション高く鳴きながら、
尻尾をぶんぶんと振っている。
竜服(ドレス)の白い鈴が、
シャリン、シャリンと高らかに鳴った。
「いいじゃない。
シオルも楽しいよね。」
慣れた手つきで、シオルの鬣(たてがみ)を撫でながら、
竜医ミルダが、
俺の目を覗き込んで言った。
「それにさ、ホーク、
君って、仕事も全然取ってないでしょう?
暇かなって思ってさ。」
「失礼な。」
やはり、
知られることは、ろくなことにならない。
◇
俺はシオン。
通り名はホーク。
今は、この南の島カーアイで、
しがない竜防具専門店「南十字星(サザンクロス)」を営む、新米店主だ。
矜持は、スローライフ。
森の中にある、
広い工房には、
竜の銅型(トルソー)、ただ一点のみ。
そこには、
一月前に受注した、
赤竜フタバ婦人の、
竜鎧(アーマー)が掛かっていた。
うむ。
やはり俺は、
【竜鎧作りのド天才】!
しかし、
いくつかの点について、
俺は、しばらく考えあぐねていた。
何かが、ひっかかった。
「何かあったらさ、
遠慮なく言ってね。」
「ああ。」
ミルダが、俺の進捗状況について、
口をはさみ、
業を煮やすのは、無理もなかった。
俺の、マネージャー兼友人だからである。
しかも、彼女の本業は腕利きの竜医師で、
常に忙しく、あちこちを飛び回っている身だ。
その点、俺は、
基本的に一点ずつの受注(オーダー)しか受け付けないし、
構想を練っている間は、
シオルを連れて、
島のあちこちの川や海、山や森で釣りをしたり、採集をしている。
彼女からしたら俺たちは、
とんだ暇人にしか見えないに、違いなかった。
彼女と手を組み、
工房に自由に出入りさせるかは、
非常に迷ったが、
半ば強引に押し切られてしまった。
しかし俺は、
あまり数字に明るくないし、
事務作業も好きではない。
社交もまったく得意ではない。
今は、彼女が間に入ってくれて、
本当に、幸運だったと思っている。
実のところ、
俺は、あくせく働く必要のない身だ。
【不労所得】。
若き日に築いた一財産は、
まるで自動回復のように、
今の俺の財布を潤してくれている。
しかし、預けた財産と、
そこから入る利息については、
彼女に伝えるつもりはなかった。
スローライフ、
スローライフ。
俺は、胸をトントンと叩いた。
◇
今日のミルダは、
ビキニアーマーに白衣ではない。
聴診器もない。
フォーマルドレスだ。
胸には、鳶のネックレス。
俺も、彼女に用意されたフォーマルウエアを着せられ、
ジャケットの胸ポケットには、
ご丁寧に紫の布(チーフ)まで入ってる。
シオルは、俺の胸をぽんぽんと叩いて、
口に手を当てて、
くすくすと笑った。
シオルの竜服(ドレス)は、
ミルダが手配してくれ、
そこに俺が、
呪いは抜きにして、
時間をかけ、ゆっくりと手を加えた。
俺の専門は、竜鎧(アーマー)だが、
竜服(ドレス)だって、
縫えないことはないのだ。
ミルダは、俺と腕を組み、
島の名士たちに、俺とシオルを紹介して回った。
ミルダの両親にも、紹介をしてくれたが、
彼らもすごく、忙しいのだろう。
ミルダの母には、聞こえないようだった。
一方ミルダの父は、
見かけはミルダとはまったく似ていない。
まるまるとした紳士だ。
だが、ミルダと同じ、
鳶色の瞳をしていた。
彼は、俺をまじまじと見たあとに、
「君たちが来てから、島がにぎやかでいいね。」
「先日のドラゴンミントン大会も。」
そういって、にこにことシオルの頭を撫でてくれた。ミルダともニコニコと談笑した。
が、
俺を見る眼光は鋭かった。
きっと、
新米の俺がでしゃばったから、
内心怒っているんだろう。
ドラゴンミントン大会は、
工房のリフォームが完成したころに、
俺とシオルで飛び入り参加したものだった。
ダブルスだ。
それは、ミルダのペアが急遽、
大切な仕事で、出られなくなってしまったからとのことだった。
つまり代打だ。
のどかな島の、内輪のお祭りだ。
俺は、おとなしくしているつもりだった。
が、
ついつい熱くなって、
島の人たちを差し置いて、優勝してしまったのだ。
しかも、気づけば雄叫びを上げ、
上着を脱ぎ、
汗だくで、ぶんぶんと腕を振り上げて、客席を煽る始末だった。
ミルダは喜んでくれたし、
シオルのかわいさもあいまって、
会場は大喜びだった。
が、
あれは、
はっきり言って、やりすぎたった。
胸が、ちくちくした。
彼は、
「たのむよ。」と一言言って、俺の肩を叩き、その場を去った。
◇
そんな調子で、
俺たちは、一人と一頭で、ぺこりぺこりと頭を下げて後をついて回った。
シオルは、ポーラレアスター。
希少種だ。
星空を思わせる美しい瞳加えて、
今日は、かわいらしい衣装だ。
彼女を見て、名士たちも目尻を下げた。
当然だ。
竜服の上着(ボレロ)には、フタバ婦人から頂いた、
おさがりの宝玉を細工して、
さりげなく縫い付けておいたからな!
日頃は、
芋をふがふが食い、
竜寝床(アルコーブ)にごろごろし、
ぴーぴーと寝ている、
白いまんまるだが、
今は、どこぞのお嬢様竜にしか見えないだろう!!
俺と違って、
シオルはノリノリだ。
知らんおっさんやご婦人たちを相手に、
クウクウと、愛想よく振る舞っている。
うーむ。
誰に似たのか。
さすがは、うちの看板娘だ。
お、
俺だって。
俺は、ちょっと気合を入れて、
黒いドレスを着た、美しい女性の集団に、
ニッコリと微笑んだ。
彼女たちは、
俺をチラリと見て、にっこりしてくれた。
俺が、でれでれしていると、
シオルが、むっとした顔で、
ぺしぺしと、俺の胸を叩いた。
「あらミルダ、彼氏?」
「えーー!!
何々、すっごいイケメンじゃん!
お肌ツルツル!
アイドルみたい。」
「きれいな眼だねえ。紫?
吸い込まれそう。紹介してよお!」
いつの間にか俺たちは、
ミルダの友人たちに、ぐるりと囲まれた。
彼女たちは、ミルダの研修医時代の仲間で、
今は隣島や、大陸などで、
働いたり、留学したりしているとのことだった。
シオルを撫でる彼女たちの後ろで、
俺は考えた。
アイドル…?
アイドルって、何だっけ?
『モーブくんだよ!』
シオルが、にっこり教えてくれた。
がーーーん!!
モーブくんは、俺の前任者だ。
毒竜の竜穴にアポ無し訪問し、
初日で心を折られた、
二十歳そこそこの、ヘタレ小僧だ。
俺は、腰が砕けそうだった。
童顔の自覚はあったが、
筋トレはしている。
背だってある。
髭の本数は少ないが、
生えてなくもないぞ!
「違うわよお。
ビジネスパートナー。」
ミルダがふるふると横に手を振って、
俺を紹介した。
俺のことは、知っているらしく、
島の竜鎧(アーマー)屋と気づくと、
笑いをこらえたあと、横を向いて、
ふっと、興味を失ったように見えた。
そして、
じゃ、じゃあね、と言い残し、
島の内外の名士(おっさん)たちとの、
談笑の輪に加わっていった。
ミルダもそちらへ行った。
そのうち、
一人のガタイの良い名士が、
ミルダの肩に手をかけ、
俺を見て、ニヤリとした。
は?
ミルダは肩をぐいと上げて、
横にずれたが、
俺を振り向きもせず、
ニコニコと、彼らの輪に居続けて、
談笑を続けている。
…、
まあ、
美人、
だもんなあ。
少し離れたところから、
ドレスを纏った彼女の背を眺めていると、
俺は、ちょっと悲しくなった。
そして、
彼らの輪の中に、
ミルダの母がぐいぐいとやってきて、
彼らに、久しぶり、どうしているのかと、親しげに、にこにこと尋ねだした。
そして再び、
先ほどのガタイのいい名士(おっさん)が、
ミルダの肩を抱こうとした。
ミルダは、
否定していたが、
だからといって、
彼らの輪から、出ていくことはなかった。
俺は、
頭をぽりぽり掻きむしった。
胸が、ぎゅっとした。
そして、心の中で叫んだ。
お、
俺は、
俺だってなあ!!
暮れには、三十六だ!
ここにいる、
名士のおっさんたちと、
たいして、
変わんないんだからなっっ!!
すごくすごくすごく、
頭が痛くなってきた…。
一人暮らしが長すぎたせいもあるかもしれない。
急激に一人になりたくなった俺は、
一足早く、
ゲストルームへ行くことにした。
◇
スタスタと歩きながら俺は、
俺は、金竜ビルの姿を探した。
庭の正門辺りでは、
ビルが、若い衆を連れて、
警備に当たっているのが見えた。
古傷だらけの老竜だ。
彼は、俺が先日納品した、
丹塗りの竜鎧(アーマー)を、
誇らしげに着込んでいた。
うむ。
いい仕事だ!
やはり俺は、
【竜鎧作りのド天才】
だっ!!
彼らの契約主(マスター)は、
ミルダの両親である。
今は、この丘の地下にある、
竜穴に住み、島の警護を主な生業としていた。
『ビル爺、張り切ってるね。』
シオルが、わたあめを食べながら、
クウクウと笑った。
「うん。
島じゃあ、このところ、
大仕事が、続いてるからねえ。」
いつの間にか、
俺の隣に戻ってきたミルダは、
腰に手を当て、
左手をかざし、
眩しそうに彼らを眺めた。
「仕事も増えてさ。
今、
大陸にも、募集をかけてるんだって。
やるよねえ。」
若いメス竜たちを仕切るのは、
ビルの妻である、赤竜フタバ夫人だ。
人足たちに酒や肉を振る舞って、
テキパキと指示を出し、それはそれは忙しそうだ。
挨拶に行こうか迷ったが、
今はやめておこう。
やれやれ。
みんな働きものだな。
俺はなんだか、
居心地が悪くなって、
着慣れない服も相まり、
尻をぽりぽりと、掻きむしった。
ミルダは、そんな俺の手をぴしゃりと叩いた。
そして、
ミルダに、ゲストルームの鍵を借りて、
そちらへ移動した。
清潔な部屋だった。
きちんと上着を掛けて、
ベッドに頭から崩れ落ちた。
少し長めの小窓からは、
海が見えた。
◇
少し眠っていたようだ。
俺は、急激に腹が減り、
パーティ会場に戻った。
実のところ、
タダメシは非常にありがたいが、
もう工房(家)に帰りたかった。
しかしパーティは、
夜まで続くとのことで、
今夜は、このままミルダの邸宅に、
泊めてもらうことになっていたし、
家の食料庫(パントリー)は、
空っぽにしてきてしまった。
金だって、家だ。
くっ。
俺はせめて、元は取ってやろうと、
なるべく高価そうなテーブルの骨付き肉やら、パンやら、果物やらを見定め、掴み、
たっぷりと紙皿に乗せた。
そして、
シオルに声をかけようと会場を見回すと、
シオルは、竜預かり所の仲間だろうか?
いつの間にか、ドレスアップした小さなちび竜たちと、
女子トークに花を咲かせているではないか。
シオルは、俺に気づいたと思うが、
邪魔しないで、言わんばかりに、
尻尾をふるふると横に振った。
俺の縫ってやった竜服の上着(ボレロ)も脱いで、
いつの間にか、
椅子の背もたれに雑にかかっている。
そのうち、
おめかしした小僧のちび竜も、
どやどやとやってきて、
シオルの姿は、見えなくなってしまった。
…。
ミルダは?
ミルダを探したが、先ほどの友人たちと、
けらけらと楽しそうに談笑していた。
何だよ。
俺は、二人をパーティ会場に残し、
大盛りの紙皿を抱えたまま、
階段をそそくさと駆け上がった。
そして、三階のバルコニーに移動した。
◇
席を確保し、ジャケットを脱ぎ、
丁寧に畳んで、隣の席に置いた。
そして、潮風にあたりながら、
たっぷり盛ったご馳走を、
一人で、もりもりと食べた。
うーん。
うまい。
船団時代は、世界中を飛び回った俺だが、
この島の飯は、ピカイチだ、と思う。
固めた前髪を、がしがしと解した。
こんなことなら、
シオルの軽量化の呪いをかけた鞄を持ってくればよかったなあ。
通路を挟んだ向こうの棟では、
筋骨隆々、研修医の三バカトリオが、
パーティとは関係なく、
いつもどおり、忙しく働いていた。
ナースさんたちや、シオルのシッターさんたちの姿も見えた。
空は晴れ、
雲は高かった。
はるか上空で、鷹が旋空しているのが見えた。
まるで俺だけが、
世界から取り残されたようだった。
◇
この丘の邸宅のバルコニーからは、
海がよく見えた。
骨付き肉を食べ終え、手を拭き、
バルコニーの手摺りにもたれて、
あんこクリームパンを齧り始めた。
腹はもうぱんぱんだが、甘いものは別腹だ。
そして、島で一番大きい、
皇国神殿の島分社を探そうと、目を凝らすと、
ここからは屋根と鐘だけが見えた。
ヒルザと老巫女(ばあさん)たちは、
元気にしてるだろうか?
島の合併で、旧隣町の浜辺の神殿の再建は、
またたく間に始まり、
骨組みは組み上がっていたが、
上棟の祈祷は、まだこれからのようだった。
餅をまくなら、
シオルを連れて行かなきゃあな。
どうせ、男は出禁だろうしな。
そんなことを、
とりとめもなくぼんやり考えながら、
俺は手を拭き、水を飲んだ。
そして、
胸に下げた白銀のハモニカを咥え、
祭りの喧騒の中、
誰に聞かせるともなく、吹いた。
遠くの島では、
オリオリポンポスの山が、
細い煙を立ち上らせていた。
◇
♪
スローラーイフ↑
スローライフ→
スローラーイフー↓
今日も一日↑
安らかであらんことを↓
♪
しかしこの日は、
そんなわけにもいかなかった。
潮風に乗り、黒い雲がゆっくりと、
旧隣町から、こちらへ迫っていた。
(続)
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