第6話 邸宅のパーティ2、招かれざる客
◇
「あー、いたいた。」
フォーマルドレス姿の竜医ミルダが、
この三階のバルコニーの下にある庭から、
俺を見つけて、声をかけた。
そして、
俺に相棒、
白竜シオルの背中に乗って、
ふわりと飛んで、ここまでやってきた。
俺は、ちょっといじけて、
横を向いたまま、
彼女たちに気づかないふりをして、果物の皮を向いていた。
「お友だちと、楽しそうで。」
「やだなあ。
あいつ?
ほら、ドラゴンミントンのパートナーよ。」
あいつが!
仕事で来られなかった、
本来のパートナー。
…。
ミルダはしばらく、
俺と目を合わせてはくれなかったが、
ちらりと横目で見ると、
胸には、鳶のネックレスが光った。
そして、
「え、
ええー!!
君、やだもう。」
髪も服もグシャグシャ、
腹はパンパン、口元をベタベタにした俺を見て、呆れた声を出した。
俺の隣に来たシオルも、まあ、
似たようなものだった。
「少し、休もっか。」
そ、そうか。
まだ、帰れないのか。
くらくらする。
頭が痛い。
でも、二人が来てくれて、
俺は、心底ホッとした。
俺たちは、二人と一頭で、
紙皿のごちそうを仲良く抱え、
三階にある、竜預かり所へと向かった。
そしてシオルは、みんなと同じように、
平服に着替えた。
しかしミルダは、
小さな鏡の前で素早く身なりを整え、
手をひらひらさせながら、
両親の居るパーティ会場へと戻った。
ミルダは、この竜医院の、
後継ぎ候補の筆頭である。
控えめに言って、
すごくすごく、忙しかった。
しかし、少しも疲れを見せなかった。
タフだな。
俺の、友人兼マネージャーの背中は、
眩しかった。
◇
紫のちび竜は、
口に手を当てて、しーっと、言いながら、
きょろきょろした。
そして、
シオルや俺や、他のちび竜たちを手招きし、
パーティ会場と、竜預かり所の階段を、
こそこそと下った。
そして、
そっと紙皿を掴むと、ごちそうを山盛りにし、
それを、こそこそと三階へ持ち帰った。
それを何往復か繰り返すと、
竜預かり所のソファテーブルは、
ごちそうでいっぱいになった。
俺たちは、
シッターさんたちと、
ソファテーブルでそれを分け合い、
食べ、げらげら笑った。
シオルも、ちび竜たちも、
心底楽しそうに、けらけらと笑った。
シッターさんが俺の袖を、
つんつんとひっぱった。
なんでも、
ミルダの手配で、
今日は、ちび竜たちとの、
お泊り会をセッティングしてくれたとのこと。
かわいらしい紙袋には、
ミルダの魔法封緘(シーリング)。
魔法蝋は赤に金の箔(ラメ)。
中身は、お泊りセットだった。
「じゃっ、そういうことで。」
ミルダの声が聞こえた気がした。
シオルは大喜びで、
お泊りセットを胸に抱えて、
竜穴を模したキッズルームに居る、
ちび竜たちのもとへ、
わーっと飛び込んでいった。
もう、こちらを振り向きもしなかった。
俺は、
手持ち無沙汰になったので、
シッターさんたちにシオルを任せて、
再びゲストルームで、
休憩することにした。
◇
日が陰り、
寒くなり始めた。
俺は、ゲストルームのシャワー室から出ると、
頭を拭き拭き、
ベッドに座って、
小窓から外を眺めた。
昼間の客は、ぱらぱらと帰路につき始め、
会場は、少し静かになった。
おや。
正門の様子がおかしい。
警護に当たっていたはずの、
竜たちの姿がない。
雨が降って、移動したのか?
目を凝らすと、
正門から少し離れたテントの下で、
竜たちの、諍いが始まるのを見た。
「あっちが、
ナンバー2の若頭くん。
あっちが、
大陸から来た大型新人くんだねえ。」
休憩中のミルダが、
俺の隣にひょいと来て、
豆茶を啜りながら、指さして言った。
ガウガウと叫ぶ竜語を聞き取ると、
どうやら、
どちらが正門を警備するかで、
激しく口論をしているらしかった。
酔いが回ったせいもあるのだろう。
二人の近くには、
隣町からのゲストであろうか?
ドレスに身を包む、黒の竜の集団が居た。
闇の竜だろう。
とくに真ん中の竜は、
息を呑むほど、美しい竜だ。
済ました顔で、
酒を片手にご機嫌なビル爺たちと一緒に、
洒落た雨よけの呪いの下で、
二人の喧嘩を、
楽しそうに眺めていた。
先に手が出たのは、大型新人くん。
右ストレートが決まった!
すると、若頭くんも負けていない。
左フックで応戦!
いつの間にか、オーディエンスが集まり、
それぞれの、派閥がぐちゃぐちゃとなり、
もう、しっちゃかめっちゃかだ。
名士たちの、
リアクションもさまざまだった。
楽しむもの、呆れるもの、無視するもの。
俺は、面白くなって、
小窓に鼻をつけて、エキサイトしていた。
ミルダは、
疲れ果てたのだろう。
いつの間にか、
竜医院の私室から持ってきたマイ枕を使い、
ベッドでぐうぐうと眠っていた。
俺のゲストルームなんだけどな。
まあいいや。
そもそも、お前んちだもんな。
俺は、
ミルダに布団をかけて、
豆茶を片手に、観戦に戻った。
もう一度振り向き、
ミルダがよく眠ってることを確認すると、
右手でグーをつくり、
下唇を押し当て、
フッと息を吹きかけた。
右手を輪っかにして、
小窓に押し当て、
望遠鏡の呪(まじな)いをかけた。
そして、小窓をスワイプし、
拡大しながら、
試合を眺めた。
両手を上げて、うおーっと声を上げた。
いつのまにやら、
名士(おっさん)の一人が、
どのからともなく鐘を用意し、
レフェリーを始めていた。
机や椅子を持ち出し、解説席まで出来ていた。
◇
カンカンカン!
決着がついた。
若頭くんの勝利だ。
オーディエンスが、どっと沸いた。
俺も思わず立ち上がり、
両手を上げて、竜語でゴウゴウと唸った。
大型新人くんは、
くるくると目を回していたが、
若頭くんに起こされ、立ち上がった。
そして、抱き合い、
互いの健闘を称え合った。
肩を組む彼らを見て、
俺も拍手した。
美しい闇の竜たちも、満足そうに微笑した。
◇
しかし、喧騒のせいだろう。
いくつかのテントは、
ぺちゃんこに潰れ、傾き、
ごちそうがぐちゃぐちゃにこぼれていた。
それを、エプロン姿のフタバ婦人たちが、
せっせと片付けていた。
オーディエンスはそれに気づくと、
はっとして、たいそうバツが悪そうに、
ぽつぽつと片付けに参加しはじめた。
若頭くんも、大型新人くんも、
ぺこぺことフタバ婦人や若いメス竜たちに頭を下げた。
若いメス竜たちは笑った。
◇
そのときだ。
雨よけの呪いの中で、
美しい闇の竜の目が、鋭く光った。
雨よけの呪いの輪郭が、ガツンと揺れ、
古の呪詛が、放たれるのが見えた。
俺は、あっと思ったが、
エプロンの下の、
フタバ夫人の竜鎧(アーマー)は、
年季こそ経っていたが、
古の宝玉の力は絶大だ。
エプロン越しにもかかわらず、
呪詛を背中でバチーンと跳ね返し、
雨よけの穴をまっすぐに抜け、
闇の竜たちへ、
まっすぐに飛んでいった。
真ん中の闇の竜は、
それをそのまま吸収したが、
とりまきたちは、身じろいだ。
す、
すごい。
竜鎧の見事さに、
俺は惚れ惚れした。
思わず、望遠鏡の呪いを拡大した。
雨よけの中にいた、
ビル爺さんの竜鎧(アーマー)にも、
呪詛のいくばくかが飛んだが、
それは、
俺の施したトキワキの呪いが、
打ち消した。
よしよし。
さすがは、
俺の仕事。
なんたって、
俺は、
【竜鎧づくりのド天才】
だからな!
◇
夜になった。
竜預かり所のシオルをちらりと覗くと、
シオルは、ちび竜たちと、
カードゲームに興じていた。
たいそうご機嫌に過ごしていたので、
俺は、声をかけるのをやめ、
シオルをそこに残し、
再び、ジャケットに袖を通した。
そしてミルダが、
てきぱきと髪をセットしてくれた。
彼女自身も、
いつの間にやら、
肩の出た、光沢のあるドレスに着替えていた。
イブニングドレスというそうだ。へえ。
夜のパーティ会場では、
中庭が開放されていた。
天(そら)には雨除けの呪いが施され、
プールはライトアップされていた。
そこでは、
上着を脱いだビル爺が、竜の来賓たちと、
挨拶を交わし、おどけていた。
が。
突然。
バタンと横に倒れ、
プールにばしゃんと落ちた。
ぷっかりと浮かぶビル爺。
会場は、どっと笑ったが、
だんだん、騒然とした。
ビル爺の顔には苦悶が滲み、
汗が吹き出している。
尋常な苦しみ方ではない。
そばにいたフタバ婦人は、
突然のことに、パニックになった。
大型新人くんが、
上着を脱ぎ、
どぼんとプールに飛び込み、
ビル爺を水中からぐいっと押しあげた。
それを若頭くんが、引っ張り上げた。
そして、振り向いて大声で叫んだ。
『医者を!!』
ミルダはイブニングドレスのまま、
ビルに駆け寄り、
素早くシャツを脱がせはじめた。
研修医の三バカトリオも、
ミルダの友人たちも、ヒールで駆けつけた。
しかし、誰にも理由がわからない。
だが、
俺には、見えた。
肩口から、呪詛が入っている。
俺は、背筋が凍った。
そこは、
先日、彼の要望を聞いて、
俺が削った竜鎧(アーマー)の箇所だった。
思わず、右手で口を押さえた。
激しく動揺した。
これだ。
違和感(ひっかかり)。
なぜ俺は、
あのとき、危険性に気付かなかった?
いや、気付いてはいたのだ。
なぜ、はっきり彼に伝えなかった?
そもそも、止めなかった?
俺の慢心(せい)だ。
くそう!
呪詛の主である、
美しい闇の竜は、つんとすましていたが、
ちらりと見る、
目の奥にあるのは、嘲笑(ざまあみろ)だった。
俺は、かっとなった。
くらくらした。
すごく、頭が痛くなった。
俺は、急いで階段を駆け上がり、
シオルの竜服の上着(ボレロ)を探した。
それは、
三階の、竜預かり所のクロークにあった。
棚の中で、きれいに畳まれていたそれを引っ掴み、
そのまま、バルコニーへ向かった。
そして、シオルの編まれたボレロを急いで解き、
糸に戻し、
フタバ夫人のお下がりの宝玉を外した。
それから、解いた糸を編みなおし、
大急ぎで、ネックレスを作った。
最期に、右手親指をがぶりと噛み、
古の宝玉の一つ一つに、
俺の血を押し当てた。
古(いにしえ)の呪詛(じゅそ)。
いけるか?
呪詛は、ぴくりともしない。
俺は焦ったが、
すぐに思い出した。
違和感(ひっかかり)。
そうだ。
俺は、ネックレスの糸を解き、
一から呪詛をやり直した。
上着を脱ぎ、もう一度、
右手首を握り、力を込めた。
◆
身体が、
眼球が、
燃えるように熱い!!
俺は、
俺の血そのものに、呪詛をかけた。
親指から滴る血を、
糸に変え、ネックレスを編み直し、
古の宝玉たちを通した。
そして、もう一度、
その一つ一つに、
血を押し当てた。
奥からじわじわと、
宝玉たちは、闇をたたえて輝き始めた。
よし。
いける。
俺は、ネックレスを手に、
バルコニーから、一階へ飛び降りた。
そして、
中庭に駆け込み、
ビル爺にネックレスを渡した。
俺の両眼をみた彼は、
ぎょっとしたが、
すぐに、すべてを悟った。
そして、
隣で、
心配そうにする若頭くんを手招きで読んで、
耳打ちをした。
若頭は、大きくうなづき、
ネックレスを受け取った。
そして、ツカツカと、
闇の竜へ近づいた。
会場が、静まり返った。
そして、
膝まづいたあと、
ネックレスを、その首にかけた。
その瞬間。
闇の竜の身体の輪郭が、大きく揺れた。
そして。
チラリと、
ネックレスを見た彼女は、
スン、と無表情になった。
彼女は、
ネックレスを下げたまま、
お供を引き連れ、
しゃなりしゃなりと、
玄関から、外へ出ていった。
彼女の雨よけの呪いは、
先程より、厚みと輝きを増して見えた。
そして、庭の地下から、
ボコンと、
暗闇の扉が現れ、
パカンと開くと、
闇の竜たちは、しずしずとそこに入り、
美しい目を伏せ、
ぱたん、と、
扉を閉めた。
扉は、
黒い水たまりに変わり、
大地に染み込み、
消えた。
彼女は、
闇の竜。
すなわち、
ドラゴンゾンビだ。
そう。
彼女は、
浜辺の神殿に封印されていた、暗黒竜。
町長たちは、
彼女の神殿が完成する前に、
盛大なパーティを行ってしまった。
そのことは、
すごくすごく、
彼女を傷つけたのだろう。
わかる。
わかるよ。
俺たちは、
彼女が消えた大地に向かい、
手を合わせた。
俺は、
呪詛が消え、
けろりと回復したビル爺さんを見て、にっこり笑った。
肩を組み、声を上げて笑った。
「あっはっはっは!」
若頭くんも、
大型新人くんも、どっと笑った。
しかし、だ。
騒ぎを聞きつけて、
会場に来ていた、
俺の相棒、
白竜シオルは、
俺と目を合わせ、固まった。
星空を思わせる美しい瞳。
そして、
わんわんと天を仰ぎ、
大泣きしはじめた。
俺は、ハッとした。
右手で両目を抑え、
その高ぶりを消した。
◇
俺は、慌ててシオルに駆け寄った。
『ごめんな。
疲れたよな。
もう帰ろうか。』
つとめて静かに、優しく言ったつもりだった。
しかし、
俺が、
シオルの頭を撫でようとすると、
俺の手を、
ふるふると、振り払った。
どうした?
シオルの顔を覗き込もうと、
横に回り込むと、
ぷいっ、ぷいっと、反対方向に顔を背ける。
『おい!!
シオル!!
何だその態度は!!』
俺は、思わず竜語で、
ゴウ、っと声を荒げた。
会場がドンと揺れた。
静まり返る会場。
すると、
人だかりの中、
ミルダと、
フタバ夫人が、
ツカツカとやってきて、
俺と、
ビルに、
バチーーン!!
バチーーン!!
と、
強烈なビンタをお見舞いした。
ミルダの鳶色の瞳には、涙がたまっていた。
…。
フタバ夫人は、
ビルをまだボカボカと叩いている。
え?
なんで?
オーディエンスの、視線が痛い。
シッターさんや竜医院のみんなをはじめ、
ゲストも、ホストも、
うなだれたり、横を向いたり、
頭を抱えたりして、
誰一人、
俺たちと視線を合わせてくれない。
あの、三バカトリオすら、だ。
なんだ。
なんだよ。
俺たちの責任?
何で?
そのとき、
ようやく、
俺は、
シオルが胸に握りしめる、
ばらばらにほどけた、
糸束に気づいたのだ。
あ、
ボレロ?
ボレロのことか?!
『そんなのどうだっていいだろ!
だって、
お前、
あのボレロ、
ちっとも気に入っていなかったじゃないか!!』
固まったあと、
ころりとひっくり返って、
ますます、
大声で泣きじゃくるシオルに代わって、
ちび竜たちが、猛抗議をした。
『そんなわけないじゃん!!
めちゃくちゃ気に入ってたよ!!』
『さっきはさあ、
みんなで、ダンスしてたんだよ!』
『だーかーらー、脱いでたの!!』
『あのボレロ、ミル姉が一生懸命編んだのに!』
『宝玉は、婆ちゃんが、
シオルちゃんにあげたんだよ!!』
『おそろいだったのに!!』
『お爺ちゃんのバカー!!大嫌い!!』
『それに、それに』
『シオルちゃんが、
テンション上がって、
上着を脱ぐのは、いつものことじゃん!』
え。
ええ。
あああああーーー。
俺は、膝から崩れ落ちた。
す、
す、
スイマセンでしたーーー!!!
俺たちは、
シオルに、
ジャンピング土下座をした。
◇
俺たちは、償いのために、
秘蔵のコレクションのあれやこれやを売却し、特大の新しい宝玉を4つ買った。
そして、
隣町の元町長(じーさん)に仲介を頼み、
みんなで、
浜辺の神殿へ向かい、
闇の竜を再訪問した。
ジャンピング土下座の後、
手痛いビンタを貰い、
今度は、ビル、俺、若頭、大型新人くん、
3頭と1人の血を用いて、
新しいネックレスに、
新しい特大の宝石を4つ縫い付けた。
そうして、
ネックレスと、
古い宝玉を返して貰った。
元町長(じーさん)の不義理に対しては、
新町長が、
りっぱな神殿を建て直してくれていたことから、
上棟式の餅3倍で、手を打ってくれた。
ここまで三時間!!
スローライフにも、
例外は、
あるのだ…。
◇
俺はもう、
ふらふらだった。
ビル爺さんも、
みんなに連れられ、
ふらふらと竜穴へ帰っていった。
あ、
あとは、
シオルの、ボレロを…。
竜預かり所へ戻ると、
なんと、
シオルの新しいボレロが、
編み上がっていた。
シッターさんたちによると、
ミルダと、
ミルダの友人たちが、
泊まり込み覚悟で、
協力してくれたとのことだった。
それは、
本当に美しく、
立派なものだった。
メッセージカードには、
ミルダの魔法封緘。
「ごめんね。ホーク。
おつかれさま。」
そして、きれいに畳まれた、
俺のジャケット。
これは、
ミルダの手配してくれたものだ。
胸には紫の布(チーフ)。
隣には、オロロッポ缶。
呪いの紙が貼ってあり、
よく冷えていた。
な、
な、
なんだよ。
それ。
ミルダたちはもう、夜勤に戻ったそうだ。
バルコニーへ行くと、
深夜の別棟の明かりの中、休みなく働く彼らの姿が見えた。
俺は、
本当に、
本当に、
情けなかった。
くらくらした。
頭をぐしゃぐしゃと掻きむしった。
俺は、
最後の力を振り絞り、
闇の竜から取り戻した、
左手の中の4つの古の宝玉を見つめた。
俺が呪詛を込めたそれらは、
俺の手の中で、深い闇をたたえたままだ。
使うのか?これを?
俺は、すごくすごく悩んだ。
違和感(ひっかかり)。
あっ!!
俺は、ジャケットの胸ポケットを、
見直した。
そして、
紫の布(チーフ)は、
白抜きで、
南十字星(サザンクロス)。
四つ角には、
古の4つの宝玉が縫い付けてあった。
お そ ろ い。
シオルの声が聞こえた気がした。
それは、
シオルのいたずらだった。
◇
そして、
祈るような気持ちでそれらの宝玉を外し、
縫い付け、
美しく、
みずみずしく、
新たな輝きを放つ、
ボレロが完成した。
泣きつかれて、眠ってしまったんだろう。
ちび竜たちに囲まれて、
竜預かり所の大きなベッドの真ん中に眠る、
シオル。
俺は、
彼女の布団の上に、
新しいボレロをかけた。
ああ。
すまなかった。
バカな俺を、
許してくれ。
…。
◇
へなへなと、
ソファに座り込む俺に、
シッターさんたちが、
優しく話しかけた。
「シオルちゃんは、
全部わかってますよ。」
「辛くないわけじゃあ、
ないんですけど、ね。」
そして、
いいこ、
いいこ、と、
両サイドから、
俺の頭を撫で、
両のこめかみに、強烈なデコピンを見舞った。
そして、
左頬には湿布を貼り、
右手の親指には、
絆創膏を巻いてくれた。
左頬と、
右手親指と、
こめかみが、
じんじんした。
くらくらする。
すごく、
すごく、
頭が痛かった。
◇
俺は、
丘の邸宅のゲストルームで、
風呂も入らず、歯も磨かず、
ベッドサイドに、
白銀のハモニカを置いた。
そして、ベッドになだれ込んだ。
◇
スローライフ、
スローライフ、
スローライフ…。
◇
後日。
浜辺の神殿の上棟式は、
皇国神殿から派遣された皇巫女たちの手により、
盛大に行われたそうだ。
俺は、
居間の食卓で、
お土産の餅菓子を食いながら、
熱気冷めやらぬ、
ミルダとシオルの報告を聞いていた。
神殿は男子禁制だが、
キッズたちはべつとのことで、
ちび竜たちも、
みんなで餅まきを楽しんだとのことだった。
また闇の竜たちも、
個数も、サイズも、3倍になった餅に、
それはそれは、上機嫌とのことだった。
きっと、ヒルザや老巫女さんたちが、
うまくやってくれたんだろう。
美しい彼女の存在に、人々は感動したに違いなかった。
餅菓子は、大福だった。
中には、
あんこクリーム。
ぷぷ。
俺の左頰には、
ミルダの貼り直してくれた湿布。
俺の右手親指には、
シオルの巻きなおしてくれた絆創膏。
そして、
竜寝床(アルコーブ)のシオルのコレクションには、
歯ブラシと、コップと、
あのボレロが加わっていた。
◇
今日も、カーアイ島はおだやかだった。
オリオリポンポス山の煙は、
潮風に吹かれ、ゆったりと細く長く伸びていた。
(終)
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