第6話 邸宅のパーティ2、招かれざる客


「あー、いたいた。」


フォーマルドレス姿の竜医ミルダが、

この三階のバルコニーの下にある庭から、

俺を見つけて、声をかけた。


そして、

俺に相棒、

白竜シオルの背中に乗って、

ふわりと飛んで、ここまでやってきた。


俺は、ちょっといじけて、

横を向いたまま、

彼女たちに気づかないふりをして、果物の皮を向いていた。


「お友だちと、楽しそうで。」

「やだなあ。

あいつ?

ほら、ドラゴンミントンのパートナーよ。」


あいつが!

仕事で来られなかった、

本来のパートナー。


…。


ミルダはしばらく、

俺と目を合わせてはくれなかったが、

ちらりと横目で見ると、

胸には、鳶のネックレスが光った。


そして、


「え、

ええー!!

君、やだもう。」


髪も服もグシャグシャ、

腹はパンパン、口元をベタベタにした俺を見て、呆れた声を出した。


俺の隣に来たシオルも、まあ、

似たようなものだった。


「少し、休もっか。」


そ、そうか。

まだ、帰れないのか。


くらくらする。

頭が痛い。


でも、二人が来てくれて、

俺は、心底ホッとした。


俺たちは、二人と一頭で、

紙皿のごちそうを仲良く抱え、

三階にある、竜預かり所へと向かった。

そしてシオルは、みんなと同じように、

平服に着替えた。


しかしミルダは、

小さな鏡の前で素早く身なりを整え、

手をひらひらさせながら、

両親の居るパーティ会場へと戻った。


ミルダは、この竜医院の、

後継ぎ候補の筆頭である。


控えめに言って、

すごくすごく、忙しかった。

しかし、少しも疲れを見せなかった。

タフだな。


俺の、友人兼マネージャーの背中は、

眩しかった。



紫のちび竜は、

口に手を当てて、しーっと、言いながら、

きょろきょろした。


そして、

シオルや俺や、他のちび竜たちを手招きし、

パーティ会場と、竜預かり所の階段を、

こそこそと下った。


そして、

そっと紙皿を掴むと、ごちそうを山盛りにし、

それを、こそこそと三階へ持ち帰った。


それを何往復か繰り返すと、

竜預かり所のソファテーブルは、

ごちそうでいっぱいになった。


俺たちは、

シッターさんたちと、

ソファテーブルでそれを分け合い、

食べ、げらげら笑った。


シオルも、ちび竜たちも、

心底楽しそうに、けらけらと笑った。


シッターさんが俺の袖を、

つんつんとひっぱった。


なんでも、

ミルダの手配で、

今日は、ちび竜たちとの、

お泊り会をセッティングしてくれたとのこと。


かわいらしい紙袋には、

ミルダの魔法封緘(シーリング)。

魔法蝋は赤に金の箔(ラメ)。


中身は、お泊りセットだった。


「じゃっ、そういうことで。」

ミルダの声が聞こえた気がした。


シオルは大喜びで、

お泊りセットを胸に抱えて、

竜穴を模したキッズルームに居る、

ちび竜たちのもとへ、

わーっと飛び込んでいった。

もう、こちらを振り向きもしなかった。


俺は、

手持ち無沙汰になったので、

シッターさんたちにシオルを任せて、

再びゲストルームで、

休憩することにした。



日が陰り、

寒くなり始めた。


俺は、ゲストルームのシャワー室から出ると、

頭を拭き拭き、

ベッドに座って、

小窓から外を眺めた。


昼間の客は、ぱらぱらと帰路につき始め、

会場は、少し静かになった。


おや。

正門の様子がおかしい。

警護に当たっていたはずの、

竜たちの姿がない。


雨が降って、移動したのか?


目を凝らすと、

正門から少し離れたテントの下で、

竜たちの、諍いが始まるのを見た。


「あっちが、

ナンバー2の若頭くん。

あっちが、

大陸から来た大型新人くんだねえ。」


休憩中のミルダが、

俺の隣にひょいと来て、

豆茶を啜りながら、指さして言った。


ガウガウと叫ぶ竜語を聞き取ると、

どうやら、

どちらが正門を警備するかで、

激しく口論をしているらしかった。

酔いが回ったせいもあるのだろう。


二人の近くには、

隣町からのゲストであろうか?

ドレスに身を包む、黒の竜の集団が居た。

闇の竜だろう。

とくに真ん中の竜は、

息を呑むほど、美しい竜だ。


済ました顔で、

酒を片手にご機嫌なビル爺たちと一緒に、

洒落た雨よけの呪いの下で、

二人の喧嘩を、

楽しそうに眺めていた。


先に手が出たのは、大型新人くん。

右ストレートが決まった!

すると、若頭くんも負けていない。

左フックで応戦!


いつの間にか、オーディエンスが集まり、

それぞれの、派閥がぐちゃぐちゃとなり、

もう、しっちゃかめっちゃかだ。


名士たちの、

リアクションもさまざまだった。

楽しむもの、呆れるもの、無視するもの。

俺は、面白くなって、

小窓に鼻をつけて、エキサイトしていた。


ミルダは、

疲れ果てたのだろう。

いつの間にか、

竜医院の私室から持ってきたマイ枕を使い、

ベッドでぐうぐうと眠っていた。


俺のゲストルームなんだけどな。

まあいいや。


そもそも、お前んちだもんな。


俺は、

ミルダに布団をかけて、

豆茶を片手に、観戦に戻った。


もう一度振り向き、

ミルダがよく眠ってることを確認すると、


右手でグーをつくり、

下唇を押し当て、

フッと息を吹きかけた。

右手を輪っかにして、

小窓に押し当て、

望遠鏡の呪(まじな)いをかけた。

そして、小窓をスワイプし、

拡大しながら、

試合を眺めた。

両手を上げて、うおーっと声を上げた。


いつのまにやら、

名士(おっさん)の一人が、

どのからともなく鐘を用意し、

レフェリーを始めていた。

机や椅子を持ち出し、解説席まで出来ていた。



カンカンカン!

決着がついた。


若頭くんの勝利だ。

オーディエンスが、どっと沸いた。


俺も思わず立ち上がり、

両手を上げて、竜語でゴウゴウと唸った。


大型新人くんは、

くるくると目を回していたが、

若頭くんに起こされ、立ち上がった。

そして、抱き合い、

互いの健闘を称え合った。

肩を組む彼らを見て、

俺も拍手した。


美しい闇の竜たちも、満足そうに微笑した。




しかし、喧騒のせいだろう。


いくつかのテントは、

ぺちゃんこに潰れ、傾き、

ごちそうがぐちゃぐちゃにこぼれていた。


それを、エプロン姿のフタバ婦人たちが、

せっせと片付けていた。


オーディエンスはそれに気づくと、

はっとして、たいそうバツが悪そうに、

ぽつぽつと片付けに参加しはじめた。


若頭くんも、大型新人くんも、

ぺこぺことフタバ婦人や若いメス竜たちに頭を下げた。

若いメス竜たちは笑った。



そのときだ。

雨よけの呪いの中で、

美しい闇の竜の目が、鋭く光った。


雨よけの呪いの輪郭が、ガツンと揺れ、

古の呪詛が、放たれるのが見えた。


俺は、あっと思ったが、

エプロンの下の、

フタバ夫人の竜鎧(アーマー)は、

年季こそ経っていたが、

古の宝玉の力は絶大だ。


エプロン越しにもかかわらず、

呪詛を背中でバチーンと跳ね返し、


雨よけの穴をまっすぐに抜け、

闇の竜たちへ、

まっすぐに飛んでいった。


真ん中の闇の竜は、

それをそのまま吸収したが、

とりまきたちは、身じろいだ。


す、

すごい。


竜鎧の見事さに、

俺は惚れ惚れした。

思わず、望遠鏡の呪いを拡大した。


雨よけの中にいた、

ビル爺さんの竜鎧(アーマー)にも、

呪詛のいくばくかが飛んだが、

それは、

俺の施したトキワキの呪いが、

打ち消した。


よしよし。

さすがは、

俺の仕事。


なんたって、

俺は、

【竜鎧づくりのド天才】

だからな!



夜になった。


竜預かり所のシオルをちらりと覗くと、


シオルは、ちび竜たちと、

カードゲームに興じていた。

たいそうご機嫌に過ごしていたので、

俺は、声をかけるのをやめ、

シオルをそこに残し、

再び、ジャケットに袖を通した。

そしてミルダが、

てきぱきと髪をセットしてくれた。

彼女自身も、

いつの間にやら、

肩の出た、光沢のあるドレスに着替えていた。

イブニングドレスというそうだ。へえ。


夜のパーティ会場では、

中庭が開放されていた。


天(そら)には雨除けの呪いが施され、

プールはライトアップされていた。


そこでは、

上着を脱いだビル爺が、竜の来賓たちと、

挨拶を交わし、おどけていた。


が。


突然。


バタンと横に倒れ、

プールにばしゃんと落ちた。


ぷっかりと浮かぶビル爺。


会場は、どっと笑ったが、

だんだん、騒然とした。


ビル爺の顔には苦悶が滲み、

汗が吹き出している。

尋常な苦しみ方ではない。


そばにいたフタバ婦人は、

突然のことに、パニックになった。


大型新人くんが、

上着を脱ぎ、

どぼんとプールに飛び込み、

ビル爺を水中からぐいっと押しあげた。


それを若頭くんが、引っ張り上げた。

そして、振り向いて大声で叫んだ。

『医者を!!』


ミルダはイブニングドレスのまま、

ビルに駆け寄り、

素早くシャツを脱がせはじめた。


研修医の三バカトリオも、

ミルダの友人たちも、ヒールで駆けつけた。

しかし、誰にも理由がわからない。


だが、

俺には、見えた。


肩口から、呪詛が入っている。


俺は、背筋が凍った。


そこは、

先日、彼の要望を聞いて、

俺が削った竜鎧(アーマー)の箇所だった。


思わず、右手で口を押さえた。

激しく動揺した。


これだ。

違和感(ひっかかり)。


なぜ俺は、

あのとき、危険性に気付かなかった?


いや、気付いてはいたのだ。


なぜ、はっきり彼に伝えなかった?

そもそも、止めなかった?



俺の慢心(せい)だ。



くそう!


呪詛の主である、

美しい闇の竜は、つんとすましていたが、

ちらりと見る、

目の奥にあるのは、嘲笑(ざまあみろ)だった。


俺は、かっとなった。

くらくらした。

すごく、頭が痛くなった。


俺は、急いで階段を駆け上がり、

シオルの竜服の上着(ボレロ)を探した。


それは、

三階の、竜預かり所のクロークにあった。


棚の中で、きれいに畳まれていたそれを引っ掴み、

そのまま、バルコニーへ向かった。


そして、シオルの編まれたボレロを急いで解き、

糸に戻し、

フタバ夫人のお下がりの宝玉を外した。


それから、解いた糸を編みなおし、

大急ぎで、ネックレスを作った。


最期に、右手親指をがぶりと噛み、

古の宝玉の一つ一つに、

俺の血を押し当てた。


古(いにしえ)の呪詛(じゅそ)。


いけるか?

呪詛は、ぴくりともしない。


俺は焦ったが、

すぐに思い出した。


違和感(ひっかかり)。

そうだ。


俺は、ネックレスの糸を解き、

一から呪詛をやり直した。

上着を脱ぎ、もう一度、

右手首を握り、力を込めた。



身体が、

眼球が、

燃えるように熱い!!


俺は、

俺の血そのものに、呪詛をかけた。

親指から滴る血を、

糸に変え、ネックレスを編み直し、

古の宝玉たちを通した。


そして、もう一度、

その一つ一つに、

血を押し当てた。


奥からじわじわと、

宝玉たちは、闇をたたえて輝き始めた。


よし。

いける。


俺は、ネックレスを手に、

バルコニーから、一階へ飛び降りた。

そして、

中庭に駆け込み、

ビル爺にネックレスを渡した。


俺の両眼をみた彼は、

ぎょっとしたが、

すぐに、すべてを悟った。


そして、

隣で、

心配そうにする若頭くんを手招きで読んで、

耳打ちをした。


若頭は、大きくうなづき、

ネックレスを受け取った。


そして、ツカツカと、

闇の竜へ近づいた。

会場が、静まり返った。


そして、

膝まづいたあと、

ネックレスを、その首にかけた。


その瞬間。


闇の竜の身体の輪郭が、大きく揺れた。


そして。


チラリと、

ネックレスを見た彼女は、

スン、と無表情になった。


彼女は、

ネックレスを下げたまま、

お供を引き連れ、

しゃなりしゃなりと、

玄関から、外へ出ていった。



彼女の雨よけの呪いは、

先程より、厚みと輝きを増して見えた。


そして、庭の地下から、

ボコンと、

暗闇の扉が現れ、

パカンと開くと、

闇の竜たちは、しずしずとそこに入り、


美しい目を伏せ、


ぱたん、と、

扉を閉めた。


扉は、

黒い水たまりに変わり、

大地に染み込み、

消えた。


彼女は、

闇の竜。


すなわち、

ドラゴンゾンビだ。


そう。

彼女は、

浜辺の神殿に封印されていた、暗黒竜。


町長たちは、

彼女の神殿が完成する前に、

盛大なパーティを行ってしまった。


そのことは、

すごくすごく、

彼女を傷つけたのだろう。


わかる。

わかるよ。


俺たちは、

彼女が消えた大地に向かい、

手を合わせた。


俺は、

呪詛が消え、

けろりと回復したビル爺さんを見て、にっこり笑った。

肩を組み、声を上げて笑った。

「あっはっはっは!」

若頭くんも、

大型新人くんも、どっと笑った。



しかし、だ。

騒ぎを聞きつけて、

会場に来ていた、

俺の相棒、

白竜シオルは、

俺と目を合わせ、固まった。


星空を思わせる美しい瞳。


そして、

わんわんと天を仰ぎ、

大泣きしはじめた。


俺は、ハッとした。


右手で両目を抑え、

その高ぶりを消した。



俺は、慌ててシオルに駆け寄った。


『ごめんな。

疲れたよな。

もう帰ろうか。』

つとめて静かに、優しく言ったつもりだった。


しかし、

俺が、 

シオルの頭を撫でようとすると、


俺の手を、

ふるふると、振り払った。



どうした?


シオルの顔を覗き込もうと、

横に回り込むと、

ぷいっ、ぷいっと、反対方向に顔を背ける。


『おい!!

シオル!!

何だその態度は!!』


俺は、思わず竜語で、

ゴウ、っと声を荒げた。

会場がドンと揺れた。


静まり返る会場。


すると、

人だかりの中、


ミルダと、

フタバ夫人が、

ツカツカとやってきて、

俺と、

ビルに、


バチーーン!!

バチーーン!!


と、


強烈なビンタをお見舞いした。


ミルダの鳶色の瞳には、涙がたまっていた。


…。


フタバ夫人は、

ビルをまだボカボカと叩いている。


え?

なんで?

オーディエンスの、視線が痛い。

シッターさんや竜医院のみんなをはじめ、

ゲストも、ホストも、

うなだれたり、横を向いたり、

頭を抱えたりして、


誰一人、

俺たちと視線を合わせてくれない。

あの、三バカトリオすら、だ。


なんだ。

なんだよ。

俺たちの責任?

何で?


そのとき、

ようやく、

俺は、

シオルが胸に握りしめる、

ばらばらにほどけた、

糸束に気づいたのだ。


あ、

ボレロ?

ボレロのことか?!


『そんなのどうだっていいだろ!

だって、

お前、

あのボレロ、

ちっとも気に入っていなかったじゃないか!!』


固まったあと、

ころりとひっくり返って、

ますます、

大声で泣きじゃくるシオルに代わって、

ちび竜たちが、猛抗議をした。


『そんなわけないじゃん!!

めちゃくちゃ気に入ってたよ!!』


『さっきはさあ、

みんなで、ダンスしてたんだよ!』

『だーかーらー、脱いでたの!!』

『あのボレロ、ミル姉が一生懸命編んだのに!』


『宝玉は、婆ちゃんが、

シオルちゃんにあげたんだよ!!』

『おそろいだったのに!!』

『お爺ちゃんのバカー!!大嫌い!!』


『それに、それに』


『シオルちゃんが、

テンション上がって、

上着を脱ぐのは、いつものことじゃん!』


え。

ええ。

あああああーーー。


俺は、膝から崩れ落ちた。


す、

す、

スイマセンでしたーーー!!!


俺たちは、

シオルに、

ジャンピング土下座をした。



俺たちは、償いのために、

秘蔵のコレクションのあれやこれやを売却し、特大の新しい宝玉を4つ買った。


そして、

隣町の元町長(じーさん)に仲介を頼み、

みんなで、

浜辺の神殿へ向かい、

闇の竜を再訪問した。

ジャンピング土下座の後、

手痛いビンタを貰い、

今度は、ビル、俺、若頭、大型新人くん、

3頭と1人の血を用いて、

新しいネックレスに、

新しい特大の宝石を4つ縫い付けた。


そうして、

ネックレスと、

古い宝玉を返して貰った。


元町長(じーさん)の不義理に対しては、

新町長が、

りっぱな神殿を建て直してくれていたことから、

上棟式の餅3倍で、手を打ってくれた。


ここまで三時間!!


スローライフにも、

例外は、

あるのだ…。



俺はもう、

ふらふらだった。


ビル爺さんも、

みんなに連れられ、

ふらふらと竜穴へ帰っていった。


あ、

あとは、

シオルの、ボレロを…。


竜預かり所へ戻ると、


なんと、


シオルの新しいボレロが、

編み上がっていた。


シッターさんたちによると、


ミルダと、

ミルダの友人たちが、

泊まり込み覚悟で、

協力してくれたとのことだった。


それは、

本当に美しく、

立派なものだった。


メッセージカードには、

ミルダの魔法封緘。


「ごめんね。ホーク。

おつかれさま。」


そして、きれいに畳まれた、

俺のジャケット。


これは、

ミルダの手配してくれたものだ。

胸には紫の布(チーフ)。


隣には、オロロッポ缶。

呪いの紙が貼ってあり、

よく冷えていた。


な、

な、

なんだよ。

それ。


ミルダたちはもう、夜勤に戻ったそうだ。


バルコニーへ行くと、

深夜の別棟の明かりの中、休みなく働く彼らの姿が見えた。


俺は、

本当に、

本当に、

情けなかった。

くらくらした。

頭をぐしゃぐしゃと掻きむしった。


俺は、

最後の力を振り絞り、

闇の竜から取り戻した、

左手の中の4つの古の宝玉を見つめた。


俺が呪詛を込めたそれらは、

俺の手の中で、深い闇をたたえたままだ。


使うのか?これを?


俺は、すごくすごく悩んだ。


違和感(ひっかかり)。


あっ!!

俺は、ジャケットの胸ポケットを、

見直した。

そして、

紫の布(チーフ)は、

白抜きで、


南十字星(サザンクロス)。


四つ角には、

古の4つの宝玉が縫い付けてあった。


お そ ろ い。


シオルの声が聞こえた気がした。


それは、

シオルのいたずらだった。



そして、

祈るような気持ちでそれらの宝玉を外し、

縫い付け、

美しく、

みずみずしく、

新たな輝きを放つ、

ボレロが完成した。



泣きつかれて、眠ってしまったんだろう。


ちび竜たちに囲まれて、

竜預かり所の大きなベッドの真ん中に眠る、

シオル。


俺は、

彼女の布団の上に、

新しいボレロをかけた。


ああ。


すまなかった。 

バカな俺を、

許してくれ。

…。



へなへなと、

ソファに座り込む俺に、

シッターさんたちが、

優しく話しかけた。


「シオルちゃんは、

全部わかってますよ。」


「辛くないわけじゃあ、

ないんですけど、ね。」


そして、

いいこ、

いいこ、と、

両サイドから、

俺の頭を撫で、

両のこめかみに、強烈なデコピンを見舞った。


そして、

左頬には湿布を貼り、

右手の親指には、

絆創膏を巻いてくれた。


左頬と、

右手親指と、

こめかみが、

じんじんした。


くらくらする。

すごく、

すごく、

頭が痛かった。



俺は、

丘の邸宅のゲストルームで、

風呂も入らず、歯も磨かず、

ベッドサイドに、

白銀のハモニカを置いた。


そして、ベッドになだれ込んだ。



スローライフ、

スローライフ、

スローライフ…。



後日。


浜辺の神殿の上棟式は、

皇国神殿から派遣された皇巫女たちの手により、

盛大に行われたそうだ。


俺は、

居間の食卓で、

お土産の餅菓子を食いながら、

熱気冷めやらぬ、

ミルダとシオルの報告を聞いていた。


神殿は男子禁制だが、

キッズたちはべつとのことで、

ちび竜たちも、

みんなで餅まきを楽しんだとのことだった。


また闇の竜たちも、

個数も、サイズも、3倍になった餅に、

それはそれは、上機嫌とのことだった。


きっと、ヒルザや老巫女さんたちが、

うまくやってくれたんだろう。

美しい彼女の存在に、人々は感動したに違いなかった。


餅菓子は、大福だった。

中には、


あんこクリーム。

ぷぷ。


俺の左頰には、

ミルダの貼り直してくれた湿布。


俺の右手親指には、

シオルの巻きなおしてくれた絆創膏。


そして、

竜寝床(アルコーブ)のシオルのコレクションには、

歯ブラシと、コップと、

あのボレロが加わっていた。



今日も、カーアイ島はおだやかだった。

オリオリポンポス山の煙は、

潮風に吹かれ、ゆったりと細く長く伸びていた。


(終)

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