第4話 オロロッポと日傘(ビーチパラソル)
◇
早朝。
刑が開け、俺は晴れて、
自由の身となった。
また、崩れ去ってしまった、
浜辺の神殿も、
隣町との合併により、
立て直しが始まるとのことだった。
迎えには、
金竜ビル夫妻の手配する、
若いメス竜たちがが来てくれた。
皇巫女エルザは、
相変わらず無表情だったが、
俺たちの姿が、遠く見えなくなるまで、
手を振る老巫女たちと共に、
皇国神殿のアプローチで、見送ってくれた。
◇
島は今日も快晴だ。
さて。
一月ぶりに帰ってきた、
俺の店。
町外れの森にある、
小さいが、こだわりの詰まった、
竜防具専門店「南十字星(サザンクロス)」。
さぞ、ホコリを被っているだろうと、
看板の小さな白竜と南十字星の装飾(レリーフ)を撫でたが、
埃一つない。
むしろきれいになっていた。
はて。
埃よけの呪いなんて、かけたっけ?
『シオン!!』
クウ!!と鳴き、
尾っぽをふりふり、
俺の相棒で看板娘、白竜のシオルが、
俺の胸にぎゅうむと抱きついた。
竜鎧の鈴が、シャリン、と鳴った。
そして、俺たちはにっこりと見つめ合った。
彼女は、ポーラレアスター。
希少種だ。
星空を思わせる美しい瞳が、俺を見つめた。
シオルの頭を撫でていると、
店の奥にある居間から、
竜医ミルダや、
シオルのシッターさんたち、
ナースさんたちが、
どやどや、とやってきた。
かまどには火がつき、朝の食卓の匂いがした。
た、たまげた。
何でも、
俺の留守中、
店舗や工房、居間の掃除をしてくれていたとのことだった。
そ、そうか。
今日のミルダは軽装だ。
胸には鳶のネックレスが光っている。
「ミルダ。
いろいろすまなかったな。
ありがとう。
みんなにも、
借りが出来たな。」
みんな、俺の帰還を喜んでくれた。
しかし、シオルが家族の俺以外を家にあげるとは、
予想外だった。
工房の抽斗や書斎の扉には、
日頃、施錠の呪(まじな)いをかけておいて、本当によかった。
皆は、若いメス竜たちに乗り、
丘の邸宅へ帰っていった。
見送りが終わると、
お土産の日傘(ビーチパラソル)を書斎に収めた。
そして、工房に入った。
さて。
フタバ夫人の竜鎧(アーマー)を作らなくては。
強制的な休暇期間を経て、
俺の創作意欲は、もりもりと湧いた。
納期は、一月後の約束だったのだが、
ミルダを通して俺の事情を知り、
フタバ夫人は、納期延長を快諾してくれた。
ありがたい。
のどかな島。
気のいい人々。
スローライフ、
スローライフ。
俺の胸元で、白銀のハモニカが光った。
工房の作業台(クラフティングテーブル)に、
カンカンと小気味よい音が響く。
銅型(トルソー)の竜鎧が、
次々に組み上がってゆく。
時折、回り込み、離れ、
バランスを見ながら、
抽斗の宝玉を選び、
カッティングし、磨き、意匠を施す。
針に糸を通し、糸を咥え、
下唇でツー、と呪(まじな)いをかけ、
刺繍を施した。
そうやって、パーツを組み続けること、
小一時間。
やはり。
控えめに言って、
俺は、
【竜鎧作りのド天才】
である。
よし、
完璧だ。
フタバ夫人の竜鎧が出来上がった。
腰に手を当てて、
しばらく眺めると、
俺は、猛烈にテンションが上がり、
気づけば、
大鏡の前でパンイチになって、
バサリバサリと、ダンスを披露した。
このまま梱包しようかと思ったが、
ふと、手を止めた。
うーん。
長いこと、留守にしてしまっていたしなあ。
決めた。
これで、今日の仕事は終わりにしよう。
◇
工房を出ると、
まだ昼前だ。
喉が渇いたな。
俺は、神殿にいる間、
与えられていた飲み物、
オロロッポを作ってみることにした。
巫女さんたちによると、
オロロナンミシーと、
ポカポカリースエットの果実?ジュース?を、
合わせたものだとか?
ちょうど食料も尽きそうだ。
買い出しがてら、
マーケットへ相棒の白竜シオルを誘ったが、
すっかり、ミルダたちとの生活が板についたらしく、ふるふると首を振った。
断られてしまった。
うう。
わがまま娘。
俺は契約主(マスター)だぞ。
まあ、仕方ない。
そう育てた、俺の責任でもある。
要らぬ苦労もかけたしな。
土産でも買って来よう。
俺は、なまった身体を動かしがてら、
財布を持って、
一人歩いて、マーケットへ行くことにした。
「いってくる。」
シオルは、竜寝床(アルコーブ)に転がったまま、
無言で尾っぽを振った。
◇
島のマーケットはにぎやかだった。
大道芸人が、
高い高い一輪車に乗って、
ボールを交換し合う曲芸を披露している。
火を吹く者、
宙吊りになる者。
俺たちの住む町と、隣町の合併のお祭りだった。
『おい。見てみろ、シオル!』
俺は、クウクウと竜語で話しかけたが、
相棒の姿はない。
そうだ、今日は一人だったのだ。
遠くでは、
町議会議長夫妻、隣町の議長夫妻と、
大会の挨拶をしていた。
ミルダの姿は無かった。
◇
買い物を終え、
長いチュロスを食べながら、ベンチに座る。
いつもの食料の買い出しは終わったが、
オロロナンミシーの実も、
ポカポカリースエットの実も、
このマーケットでは手に入らないようだった。
残念だ。
オロロッポを、
二人にも飲ませてやりたかったのだが、
仕方ない。
すると、
道化師二人組が、風船の束を持ちアコーディオンを鳴らしながら、
おどけて近づいてきた。
おっにいさーん!
どうですうー?
あちらで、懸垂大会をやってまーすよー。
ルールはかんったん!
いっちばん長くぶら下がってたやつが、
勝者だっ!
商品は、なんとなんと!
オロロッポ、一年分!
「やるぞ。」
俺は即答した。
◇
参加費の500エンヌを払い、
「「レディ、
ゴー!!」」
筋骨隆々の他の参加者とともに、
俺は、高鉄棒にぶら下がった。
すると床板が外され、大きな水たまりが俺たちの下に現れた。
何を隠そう、
俺は俺自身に、
軽量化の呪(まじな)いをかけてある。
これは、限られた術師にしか施せない、
大変に価値の高い、
高度な呪(まじな)いだ。
俺の身体は、
鎧無しなら、
羽布団のように軽いのだ。
ふふふ。
◇
「ぐあっ」
「うおっ」
バシャーン!!
ライバルたちが、次々に水に落ちた。
外されていた床板が戻され、
俺は、曲芸師のように、
ぐるりと鉄棒を回り、ストンと着地した。
さすが、元竜騎士。
ギャラリーから拍手が起こった。
見事、オロロッポ1年分を引き当てた俺は、
相棒の白竜シオルを呼んだ。
『おいーシオル!やったぞ!』
クウクウと竜語で話す。
が、シオルの姿はない。
しまった!!
だから、今日は、
徒歩で来ていたんだった…。
会場の空気が凍った。
俺は涙目になりながら、
馴染みのマーケットで代車を借り、
ケースの山を乗せた。
「父ちゃーん!
かっこよかったよ!
汗が輝いてたよ!」
「惜しかったですね!先輩!!
次は絶対、優勝っす!!」
家族連れや、カップル、
男たちが、
互いにツレの健闘をたたえあっている。
俺だけが、一人。
道化師二人は何も言わず、
哀れみを込めた目で俺を見つめ、
肩と組み、
俺の胸をどんどんと交互に叩いた。
俺は、いたたまれなくなって、
オロロッポ十二ケースのうち、
一ケースずつを、彼ら(ライバル)に渡した。
会場は、温かい拍手に包まれた。
道化師二人は、よくやったと顔で語りながら、親指を立てた。
そして、白い風船を一つ、
その場でキュッキュと帆船を描いて、
俺にくれた。
◇
台車を片手にベンチに戻り、
シオルやミルダに、
鷹の魔法封書を送ってはみたが、
一向に、返事も迎えも来なかった。
日が暮れてゆく。
祭りは撤収され、
あたりには、人がまばらになった。
仕方ない。
行くか。
がらがらと、
白い風船を一つくくりつけた台車を押しながら、
家路を急ぐ。
蜻蛉が過ぎ、
烏が飛び去り、
梟が鳴いた。
くそっ。
重くないんかない。
この残り六ケースは、
絶対に持って帰るぞ。
おや。
遠くから、グウグウと、
竜の声がした。
上空を見上げると、
金竜のビル爺さんが、
うろうろと旋回している。
ちょうどいい。
ビルのところの若い衆を、
迎えに呼んでもらおうか、
手を挙げようとしたそのとき、
おやおや。
ちびっこ竜が二頭。
どうやら、孫のお守り中のようだ。
そっとしておこう。
台車の音が再び、
ガラガラと、
通りに響いた。
◇
時は、少し遡る。
シオルとミルダは、
ヒルザの滞在する皇国神殿で、
砂蒸し風呂を堪能していた。
「ん、かあーっ、
やっぱり、風呂といえば、これだねぇ!」
「うん」
日傘(ビーチパラソル)の下、
オロロッポのグラスで乾杯する二人。
隣の日傘の下には、
フタバ婦人と、3人の孫娘のちび竜たち。
ヒルザは、最奥のビーチパラソルの下、
海を眺めながら、
無表情のまま、
グラスのオロロッポを吸い上げた。
左手首には、蝶のブレスレットが光っていた。
女風呂の番台では、
小柄な老巫女と、三羽の鷹が、
うつらうつらと居眠りをしていた。
番台には、注意書き。
「男からの魔法封書は、禁止されております。
マナーモードにするか、
あらかじめ通信をお切りいただきますよう、お願いいたします。」
◇
『シオル、帰ったぞ。』
かまど隣のパントリーに、
オロロッポのケースをどさどさと積んだ。
そして、食卓の上に、
リュックをドサリと置いた。
おや?
卓には、見慣れぬ小包が一つ。
そこには、
俺の魔法封緘を真似たのであろう。
貼られたシールに筆で、
「シオンへ おみやげ シオル」と書かれていた。
『おい、シオル。帰ったぞ。』
もう一度、
シオルに声をかけてみるが、
シオルは、居間の竜寝床(アルコーブ)で、
口元を芋とヨダレまみれにして、
ぐうぐうと眠ったままだ。
腹の下に、ちらりと日傘が見えた。
俺は、芋皿を片付け、
水皿の水を交換し、
口を拭い頭をそっと撫でた。
大きくなったな。
そろそろ竜鎧(アーマー)交換の時期、だな。
枕元に、オロロッポ一缶を置き、
白い風船をくくりつけた。
風船に描かれた帆船の柄が、
ゆらゆらと揺れていた。
そして、
小包みを持って、
部屋を出、
扉を閉めた。
おやすみ。
◇
俺は、工房の書斎に戻った。
体を洗い、歯を磨き、
もう一度、手を洗った。
小包の中身は、
これもシオルが書いたんだろう。
なかなかに個性的な俺の似顔絵を描いた、
マグカップだった。
底には、
嫌になるほど見た、
老巫女(ばーさん)たちの文様があった。
俺は笑いながら、
それを、
両手でぎゅっと抱えた。
すると、
頬を、
熱いものがツーと流れていた。
えっ?
何がどうなって、そうなったのかなんて、
俺にはさっぱりわからない。
しばしの、沈黙。
俺はすごく、
疲れたのだ。
たぶん。
俺は、
ティッシュを手に取り、
チーンと鼻をすすった。
そして、
オロロッポの蓋をプシュ、と開け、
マグカップに注いだ。
壁には、
歌姫マーリーのピンナップ。
乾杯。
天窓には、
木々の間に、たくさんの星が光っていた。
♪
スローラーイフ↑
スローライフ→
スローラーイフー↓
今日も一日↑
安らかであらんことを↓
♪
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