第4話 オロロッポと日傘(ビーチパラソル)


早朝。

刑が開け、俺は晴れて、

自由の身となった。


また、崩れ去ってしまった、

浜辺の神殿も、

隣町との合併により、

立て直しが始まるとのことだった。


迎えには、

金竜ビル夫妻の手配する、

若いメス竜たちがが来てくれた。


皇巫女エルザは、

相変わらず無表情だったが、

俺たちの姿が、遠く見えなくなるまで、

手を振る老巫女たちと共に、

皇国神殿のアプローチで、見送ってくれた。



島は今日も快晴だ。


さて。

一月ぶりに帰ってきた、

俺の店。


町外れの森にある、

小さいが、こだわりの詰まった、

竜防具専門店「南十字星(サザンクロス)」。


さぞ、ホコリを被っているだろうと、

看板の小さな白竜と南十字星の装飾(レリーフ)を撫でたが、

埃一つない。


むしろきれいになっていた。


はて。

埃よけの呪いなんて、かけたっけ?


『シオン!!』


クウ!!と鳴き、

尾っぽをふりふり、

俺の相棒で看板娘、白竜のシオルが、

俺の胸にぎゅうむと抱きついた。

竜鎧の鈴が、シャリン、と鳴った。


そして、俺たちはにっこりと見つめ合った。

彼女は、ポーラレアスター。

希少種だ。

星空を思わせる美しい瞳が、俺を見つめた。


シオルの頭を撫でていると、

店の奥にある居間から、

竜医ミルダや、

シオルのシッターさんたち、

ナースさんたちが、

どやどや、とやってきた。

かまどには火がつき、朝の食卓の匂いがした。


た、たまげた。


何でも、

俺の留守中、

店舗や工房、居間の掃除をしてくれていたとのことだった。


そ、そうか。


今日のミルダは軽装だ。

胸には鳶のネックレスが光っている。


「ミルダ。

いろいろすまなかったな。

ありがとう。

みんなにも、

借りが出来たな。」


みんな、俺の帰還を喜んでくれた。


しかし、シオルが家族の俺以外を家にあげるとは、

予想外だった。


工房の抽斗や書斎の扉には、

日頃、施錠の呪(まじな)いをかけておいて、本当によかった。


皆は、若いメス竜たちに乗り、

丘の邸宅へ帰っていった。


見送りが終わると、

お土産の日傘(ビーチパラソル)を書斎に収めた。


そして、工房に入った。


さて。

フタバ夫人の竜鎧(アーマー)を作らなくては。


強制的な休暇期間を経て、

俺の創作意欲は、もりもりと湧いた。


納期は、一月後の約束だったのだが、

ミルダを通して俺の事情を知り、

フタバ夫人は、納期延長を快諾してくれた。

ありがたい。


のどかな島。

気のいい人々。


スローライフ、

スローライフ。

俺の胸元で、白銀のハモニカが光った。


工房の作業台(クラフティングテーブル)に、

カンカンと小気味よい音が響く。


銅型(トルソー)の竜鎧が、

次々に組み上がってゆく。


時折、回り込み、離れ、

バランスを見ながら、


抽斗の宝玉を選び、

カッティングし、磨き、意匠を施す。


針に糸を通し、糸を咥え、

下唇でツー、と呪(まじな)いをかけ、

刺繍を施した。

そうやって、パーツを組み続けること、

小一時間。


やはり。

控えめに言って、

俺は、

【竜鎧作りのド天才】

である。


よし、

完璧だ。


フタバ夫人の竜鎧が出来上がった。


腰に手を当てて、

しばらく眺めると、

俺は、猛烈にテンションが上がり、


気づけば、

大鏡の前でパンイチになって、

バサリバサリと、ダンスを披露した。


このまま梱包しようかと思ったが、

ふと、手を止めた。


うーん。

長いこと、留守にしてしまっていたしなあ。


決めた。

これで、今日の仕事は終わりにしよう。



工房を出ると、

まだ昼前だ。

喉が渇いたな。


俺は、神殿にいる間、

与えられていた飲み物、

オロロッポを作ってみることにした。


巫女さんたちによると、

オロロナンミシーと、

ポカポカリースエットの果実?ジュース?を、

合わせたものだとか?

ちょうど食料も尽きそうだ。


買い出しがてら、

マーケットへ相棒の白竜シオルを誘ったが、

すっかり、ミルダたちとの生活が板についたらしく、ふるふると首を振った。

断られてしまった。


うう。

わがまま娘。

俺は契約主(マスター)だぞ。

まあ、仕方ない。

そう育てた、俺の責任でもある。


要らぬ苦労もかけたしな。

土産でも買って来よう。


俺は、なまった身体を動かしがてら、

財布を持って、

一人歩いて、マーケットへ行くことにした。


「いってくる。」


シオルは、竜寝床(アルコーブ)に転がったまま、

無言で尾っぽを振った。



島のマーケットはにぎやかだった。


大道芸人が、

高い高い一輪車に乗って、

ボールを交換し合う曲芸を披露している。

火を吹く者、

宙吊りになる者。


俺たちの住む町と、隣町の合併のお祭りだった。


『おい。見てみろ、シオル!』

俺は、クウクウと竜語で話しかけたが、

相棒の姿はない。

そうだ、今日は一人だったのだ。


遠くでは、

町議会議長夫妻、隣町の議長夫妻と、

大会の挨拶をしていた。

ミルダの姿は無かった。



買い物を終え、

長いチュロスを食べながら、ベンチに座る。


いつもの食料の買い出しは終わったが、

オロロナンミシーの実も、

ポカポカリースエットの実も、

このマーケットでは手に入らないようだった。


残念だ。

オロロッポを、

二人にも飲ませてやりたかったのだが、

仕方ない。


すると、

道化師二人組が、風船の束を持ちアコーディオンを鳴らしながら、

おどけて近づいてきた。


おっにいさーん!

どうですうー?

あちらで、懸垂大会をやってまーすよー。

ルールはかんったん!

いっちばん長くぶら下がってたやつが、

勝者だっ!


商品は、なんとなんと!


オロロッポ、一年分!


「やるぞ。」

俺は即答した。



参加費の500エンヌを払い、


「「レディ、

ゴー!!」」


筋骨隆々の他の参加者とともに、

俺は、高鉄棒にぶら下がった。

すると床板が外され、大きな水たまりが俺たちの下に現れた。


何を隠そう、

俺は俺自身に、

軽量化の呪(まじな)いをかけてある。


これは、限られた術師にしか施せない、

大変に価値の高い、

高度な呪(まじな)いだ。


俺の身体は、

鎧無しなら、

羽布団のように軽いのだ。

ふふふ。



「ぐあっ」

「うおっ」

バシャーン!!


ライバルたちが、次々に水に落ちた。

外されていた床板が戻され、

俺は、曲芸師のように、

ぐるりと鉄棒を回り、ストンと着地した。

さすが、元竜騎士。


ギャラリーから拍手が起こった。


見事、オロロッポ1年分を引き当てた俺は、

相棒の白竜シオルを呼んだ。


『おいーシオル!やったぞ!』

クウクウと竜語で話す。

が、シオルの姿はない。


しまった!!

だから、今日は、

徒歩で来ていたんだった…。


会場の空気が凍った。


俺は涙目になりながら、

馴染みのマーケットで代車を借り、

ケースの山を乗せた。


「父ちゃーん!

かっこよかったよ!

汗が輝いてたよ!」


「惜しかったですね!先輩!!

次は絶対、優勝っす!!」


家族連れや、カップル、

男たちが、

互いにツレの健闘をたたえあっている。


俺だけが、一人。


道化師二人は何も言わず、

哀れみを込めた目で俺を見つめ、

肩と組み、

俺の胸をどんどんと交互に叩いた。


俺は、いたたまれなくなって、

オロロッポ十二ケースのうち、

一ケースずつを、彼ら(ライバル)に渡した。

会場は、温かい拍手に包まれた。


道化師二人は、よくやったと顔で語りながら、親指を立てた。

そして、白い風船を一つ、

その場でキュッキュと帆船を描いて、

俺にくれた。



台車を片手にベンチに戻り、

シオルやミルダに、

鷹の魔法封書を送ってはみたが、

一向に、返事も迎えも来なかった。


日が暮れてゆく。

祭りは撤収され、

あたりには、人がまばらになった。


仕方ない。

行くか。

がらがらと、

白い風船を一つくくりつけた台車を押しながら、

家路を急ぐ。


蜻蛉が過ぎ、

烏が飛び去り、

梟が鳴いた。


くそっ。

重くないんかない。

この残り六ケースは、

絶対に持って帰るぞ。


おや。


遠くから、グウグウと、

竜の声がした。


上空を見上げると、

金竜のビル爺さんが、

うろうろと旋回している。


ちょうどいい。


ビルのところの若い衆を、

迎えに呼んでもらおうか、

手を挙げようとしたそのとき、


おやおや。

ちびっこ竜が二頭。

どうやら、孫のお守り中のようだ。

そっとしておこう。


台車の音が再び、

ガラガラと、

通りに響いた。



時は、少し遡る。


シオルとミルダは、

ヒルザの滞在する皇国神殿で、

砂蒸し風呂を堪能していた。


「ん、かあーっ、

やっぱり、風呂といえば、これだねぇ!」


「うん」


日傘(ビーチパラソル)の下、

オロロッポのグラスで乾杯する二人。


隣の日傘の下には、

フタバ婦人と、3人の孫娘のちび竜たち。


ヒルザは、最奥のビーチパラソルの下、

海を眺めながら、

無表情のまま、

グラスのオロロッポを吸い上げた。

左手首には、蝶のブレスレットが光っていた。


女風呂の番台では、

小柄な老巫女と、三羽の鷹が、

うつらうつらと居眠りをしていた。

番台には、注意書き。


「男からの魔法封書は、禁止されております。

マナーモードにするか、

あらかじめ通信をお切りいただきますよう、お願いいたします。」



『シオル、帰ったぞ。』


かまど隣のパントリーに、

オロロッポのケースをどさどさと積んだ。


そして、食卓の上に、

リュックをドサリと置いた。


おや?

卓には、見慣れぬ小包が一つ。


そこには、

俺の魔法封緘を真似たのであろう。

貼られたシールに筆で、

「シオンへ おみやげ シオル」と書かれていた。


『おい、シオル。帰ったぞ。』


もう一度、

シオルに声をかけてみるが、

シオルは、居間の竜寝床(アルコーブ)で、

口元を芋とヨダレまみれにして、

ぐうぐうと眠ったままだ。

腹の下に、ちらりと日傘が見えた。


俺は、芋皿を片付け、

水皿の水を交換し、

口を拭い頭をそっと撫でた。

大きくなったな。

そろそろ竜鎧(アーマー)交換の時期、だな。


枕元に、オロロッポ一缶を置き、

白い風船をくくりつけた。

風船に描かれた帆船の柄が、

ゆらゆらと揺れていた。


そして、

小包みを持って、

部屋を出、

扉を閉めた。

おやすみ。



俺は、工房の書斎に戻った。

体を洗い、歯を磨き、

もう一度、手を洗った。


小包の中身は、

これもシオルが書いたんだろう。

なかなかに個性的な俺の似顔絵を描いた、

マグカップだった。

底には、

嫌になるほど見た、

老巫女(ばーさん)たちの文様があった。


俺は笑いながら、

それを、

両手でぎゅっと抱えた。


すると、

頬を、

熱いものがツーと流れていた。


えっ?


何がどうなって、そうなったのかなんて、

俺にはさっぱりわからない。


しばしの、沈黙。


俺はすごく、

疲れたのだ。

たぶん。


俺は、

ティッシュを手に取り、

チーンと鼻をすすった。

そして、

オロロッポの蓋をプシュ、と開け、

マグカップに注いだ。


壁には、

歌姫マーリーのピンナップ。


乾杯。


天窓には、

木々の間に、たくさんの星が光っていた。



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