第3話 皇巫女(ひめみこ)エルザの断笑月
◇
『ねえ、シオン!
このお姉さん、巫女さんだよ。』
俺の相棒、
まんまるの白竜シオルが、鼻先で少女をつつくと、
首もとには、金縁のメダイが光った。
年齢は十六、十七だろうか?
俺たちは、隣町の浜で貝拾いをしていた。
『まさか、
貝ではなく、人を掘るとは…。』
グウ、と竜語でシオルに話す。
息はある。
脈もある。
だがここは、人が眠るような場所でもない。
熱さにやられたのだろうか?
周辺をぐるりと見回したが、
ツレの居る気配もなかった。
参ったな。
くらくらする。
頭が痛い。
医者に届けようとも思ったが、
誤解されるのもな。
スローライフ、
スローライフ。
俺は、胸をとんとんと叩いた。
とり急ぎ、シオルとともに、
少し離れた入り江の洞窟に、
巫女らしき少女を担ぎ込んだ。
濃紫の仮設テントを広げ、
ベッドを置き、中に入れた。
砂をぱっぱと払い、コルセットを緩め外した。
濡れた巫女服をそっと脱がせ、
身体を拭き、毛布に包んだ。
美しい少女だ。
青い髪は絹のようにキラキラと光った。
肌は青白く透き通り、手足はすらりと長い。
しかし、身体はやせ細っていた。
前髪をかきあげると、
額には、小さな擦り傷。
シオルが、ぺたりと絆創膏を貼った。
大きな外傷はなさそうだった。
『ピクニックセット、
持ってきて良かったね。』
『うん。』
さて、どうしようか。
そうだ。
ミルダを呼ぼう。
ミルダは、俺のマネージャー兼友人で、
腕利きの竜医である。
人も、診れないこともないだろう。
『シオル。すまないが、
ミルダを連れてきてくれないか。
俺は手紙を送るよ。』
『うん。』
さらさらと一筆箋を書き、
下唇に親指を押し当て、
鷹の魔法封緘(シーリング)を施し、
フッと息を吹きかける。
シオルは、丘の邸宅へ向けて飛び去り、
封書は鷹に姿を変え、
後を追うように、
スウッと飛んでいった。
あんなに楽しみにしていたピクニックが中断になり、
シオルがむくれてしまうかと心配したが、
杞憂だった。
あいつも、大きくなったものだ。
去り際に、
『シオン。その子に、真名(まな)は教えないでね。』
そう、釘を刺していった。
◇
皇国では大昔、
厳しい階級制度があった。
巫女は、その古の制度では、
かなりの格上(ハイクラス)。
竜は、もともと対象外だし、
今なお、熱心なごく一部の信仰者以外には、
日常生活を送る上で、
さして関係ないことだが、
万が一、巻き込まれると、
かなーりめんどくさい、
と、いう噂は有名だった。
シオルは、それを心配したのである。
◇
シオルの背に乗り、
医療鞄を小脇に抱えて、
竜医ミルダはやってきた。
「なに。
巫女さんだって?
どれどれ。」
ビキニアーマーに羽織った白衣を翻し、
洞窟に降り立った。
「ほら、
男は、あっち行く。」
しっしと俺を追い払い、
テントの中へ入っていった。
入口をシオルが、でんと塞いだ。
俺のテントなんだけどな、それ。
やれやれ。
もっと、
俺を信用して欲しいものだ。
「うん。
よく、眠ってるみたい。
目立った外傷はなかったよ。
所属は、わからなかったけど、
衣服を見るに、
上級巫女かな。
まずは、最寄りの神殿に行こうか。」
言い終わるか、
終わらないかのうちに、
巫女の少女が、ぱっちりと目を開けた。
二人と一頭で、ぐるりと彼女を覗き込む。
彼女は無表情のまま、
あたりを見回すこと数回。
そしてまた、
ころっと目を瞑った。
「えっ?!」
『あれっ?』
『「死んだふり?」』
『くまさんだと思われちゃった?』
クーー、とシオルがしょんぼりと鳴く。
揺すっても、くすぐっても反応がない。
「家出少女、かしら?
まあいいや。連れていきましょ。」
取り立てて抵抗する様子はなかった。
◇
一行は、最寄りの海辺の神殿に、
降り立った。
「ごめんください。」
ミルダが門を叩く。
ギィと扉が開くが、
中は、がらんどうだ。
巫女さん少女は、
取り急ぎ、ミルダの持ってきた赤いムームーをすっぽりと被せた。
こうなると、ますます巫女さんの面影はなかった。
ただの、
島生まれの少女に、見えなくもなかった。
まあ、ここまでの美人は、
なかなかお目にかかれないだろうが。
それにしても、きれいな顔だなあ。
シオルの背にうつぶせに乗せた彼女の横顔をを、俺はまじまじと眺めた。
そして、彼女を乗せたまま、
一行は、神殿の中に入った。
「こんにちは。
誰かいませんか?」
「巫女さんですよ。」
「神殿で、死んでんぞー。」
ぼそっと、俺が言ったそのとき、
巫女さん少女の、口元がぴくぴくと動いた。
「へえ。中は、初めて入ったよ。
昔は、こんなにぼろぼろだったかな?
うっわ、かび臭い。
クモの巣?
長いこと、使われてなかったみたい。
扉の文様は、暗黒竜みたいだね。」
「え?あんこクリーム?」
ぷぷっ。
ぐうううーーーーー。
「芋巾着ならあるぞ?ミルダ。」
「私じゃないわよっ。」
『じゃあ、シオル?』
シオルは、首をふるふると横に振った。
巫女さん少女が、
顔を真っ赤にして顔を覆っている。
その瞬間。
ズドン!
ズガン!
なんと。
海辺の神殿は、跡形もなく崩れてしまった。
俺とミルダは、
砂に埋もれて、目を点にした。
そして、シオルの背にいる、
巫女さん少女だけを丸く避け、
あたりには円陣のように、
サラサラとした砂が、
巨大な山のように積もっていた。
◇
そして、
皇国神殿、カーアイ島分社。
広大な大理石の神殿の壇上で、
報奨を受ける竜医ミルダ。
そして白竜シオル。
「皇巫女エルザを救護してくださり、
感謝します。」
一方、その後ろで、
後ろ手に縛られ、
老巫女たちに囲まれ、
睨まれ、裁きを受ける俺。
◇
結局、
俺たちは、巫女さん少女を、
島いちばんの神殿分社へ届けることにした。
入口は男女別。
ミルダとシオルは、柱を隔てて左手。
俺は、右手へと進んだ。
そして、
暖簾をくぐると、
高い高い番台。
その上には、うつらうつらと眠る小さな老巫女さん。
すると、老巫女さんの目が、カッ!!と開いた。
そして、左右と上から現れた、
大量の老巫女さんたちに、
俺は、あっという間に取り押さえられたのである。
◇
「やれやれ。
断笑月に、とんでもないことをしてくれましたね。」
「あなたのせいで、
まじないは、一からやり直しですよ。」
「これだから、男は嫌なんです。」
いやあ。
まさかまさか、
皇巫女(ひめみこ)さまとは、恐れ入った。
皇巫女。
皇国で最も位の高い五十一人の巫女の一人。
超有名人だ。
皇国新聞で、
肖像くらいは見たことがあるが、
まさか、
この島に実物が居るとは、
思いもよらなかった。
今、皇巫女は無表情のまま、
壇上から、俺を見下げていた。
今回の訪問は、完全なお忍びだそうだ。
皇国神殿の信者たちには、
厳格な決まりがある。
一、祈祷期間に神殿を、抜け出してはいけない。
一、断笑月に、笑ってはいけない。
一、男性と、接触してはならない。
いやいや。
待て待て。
最初に彼女を救助したのは、俺だぞ。
何故、こんな扱いを受けなきゃならないのか。
「何で、俺だけ!」
俺が、体を揺すって抗議すると、
再び、左右から老巫女さんたちが現れた。
そして今度は、ぐるぐる巻きにされ、
魔法封緘を施された。
そして、奥の部屋へと連行された。
ミルダとシオルは、報奨の包みを開けて、
中のクッキーをきゃっきゃと交換し合いながら、
横切る俺に、ノールックでひらひらと手を振った。
ひ、酷い。
◇
砂蒸し風呂に埋められた俺は、
日傘(ビーチパラソル)の下、
巫女さん少女と、老巫女(ばーさん)たちの言い分を聞くこととなった。
ミルダとシオルは、立会人として残ってくれ、
涼しい屋根の下、
ふわふわと、魔法団扇(ファン)で仰がれていた。
「皇巫女には、
緊張感が必要なのです。
それを、あ、な、た、は!!」
「祝詞(のりと)に暗黒竜、が、
出るたびに、
皇巫女は、笑いとお腹のぐーぐーが、
止まらなくなってしまいましたよ!」
ぷぷっ。ぐーーーー。
皇巫女は、真っ赤になり顔をそらした。
「暗黒竜を封じる、
貴重な呪(まじな)いがかかっていたんですよ。
一体、どうしてくれるんですか!!」
「おかげで、浜辺の神殿はこなごな、です!!」
お、俺のせいか?
神殿は、老朽化では?
そもそも、手入れを怠った、あなたたちの責任では?
「待てよ、皇巫女を外に連れ出したのは、
俺じゃない、」
言い終わる前に、
皇巫女は後ろを向いたまま、
左手を横に払った。
青い蝶の封書がひらひらと、
俺の眼前へやって来て、パッと開いた。
ででーん!!
【ととのう100回】
高らかに読み上げられ、
刑は、確定してしまった。
「さもなくば、一生アナタの口の中は砂まみれです。」
うえ。
俺は、
膝まづいたまま辺りを伺った。
皇巫女(ひめみこ)と、
婆さんが、1、2、3人、
多く見積もって、奥にあと4、50人だろう。
腐っても元皇国竜騎士。
少女とばあさんだ。
力でねじ伏せれば、なんてことはないだろう。
しかしなあ。
俺は、こっそり砂の中で、
尻をぽりぽり掻いた。
この砂の呪いも、
自力で解くことは出来なくもないが、
手間も、労力も、金もかかる。
なにより俺は、一生懸命な彼らの信仰を、
踏みにじる気は、さらさらなかったのだ。
スローライフ、
スローライフ。
俺は、こっそり砂の中で、
首からぶら下げた、白銀のハモニカを握った。
どうせ、明日の予定もない身だ。
ここは、おとなしくお縄につくとしよう。
◇
俺は、皇国神殿の仮設小屋で、
老巫女さん少女たちに、
シラカバアの木で、背中をシバかれながら、
水風呂、蒸し風呂、水風呂、蒸し風呂とを、
順繰りに入り、
【100回ととのう】
を、履行されることとなった。
その間の、
相棒の白竜シオルのシッター代も、
ここでの飲食代も全て、
皇国公費から出ることになっていた。
あれ、
これって、
ラッキー★
◇
俺は、
神殿のゲストルームという名の、
幽閉室送りとなった。
扉の小窓には、
鉄格子が嵌め込まれている。
老巫女さんたちに案内され、
中に入り、
青い天蓋をくぐると、
人が5人はゆうに眠れるであろう、
大きな寝台が、
これまた大きな部屋に、
どんと置かれている。
いやいや、
恐れ入った。
こんなに、
柔らかいベッドに眠るなんて、
一体、何年ぶりだろう?
扉がバタンと閉まると、
辺りは一層、静まり返った。
窓は小さく、
星は見えない。
参ったな。
頭が痛い。
壁には、
歴代、五十一人の皇巫女さんのピンナップ、
もとい肖像画。
目を凝らすと、
おばあさん、
おばあさん、
一人残らず、
おばあさん。
口の中には、
再び、砂が盛り上がってきた。
ああ。
やっぱり家に帰りたい。
♪
スローラーイフ↑
スローライフ→
スローラーイフー↓
今日も一日↑
安らかであらんことを↓
♪
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