第3話 皇巫女(ひめみこ)エルザの断笑月


『ねえ、シオン!

このお姉さん、巫女さんだよ。』


俺の相棒、

まんまるの白竜シオルが、鼻先で少女をつつくと、

首もとには、金縁のメダイが光った。

年齢は十六、十七だろうか?


俺たちは、隣町の浜で貝拾いをしていた。

『まさか、

貝ではなく、人を掘るとは…。』

グウ、と竜語でシオルに話す。


息はある。

脈もある。

だがここは、人が眠るような場所でもない。

熱さにやられたのだろうか?


周辺をぐるりと見回したが、

ツレの居る気配もなかった。


参ったな。

くらくらする。

頭が痛い。


医者に届けようとも思ったが、

誤解されるのもな。


スローライフ、

スローライフ。

俺は、胸をとんとんと叩いた。


とり急ぎ、シオルとともに、

少し離れた入り江の洞窟に、

巫女らしき少女を担ぎ込んだ。


濃紫の仮設テントを広げ、

ベッドを置き、中に入れた。


砂をぱっぱと払い、コルセットを緩め外した。

濡れた巫女服をそっと脱がせ、

身体を拭き、毛布に包んだ。


美しい少女だ。

青い髪は絹のようにキラキラと光った。

肌は青白く透き通り、手足はすらりと長い。

しかし、身体はやせ細っていた。


前髪をかきあげると、

額には、小さな擦り傷。

シオルが、ぺたりと絆創膏を貼った。

大きな外傷はなさそうだった。


『ピクニックセット、

持ってきて良かったね。』

『うん。』


さて、どうしようか。


そうだ。

ミルダを呼ぼう。

ミルダは、俺のマネージャー兼友人で、

腕利きの竜医である。

人も、診れないこともないだろう。


『シオル。すまないが、

ミルダを連れてきてくれないか。

俺は手紙を送るよ。』


『うん。』


さらさらと一筆箋を書き、

下唇に親指を押し当て、

鷹の魔法封緘(シーリング)を施し、

フッと息を吹きかける。


シオルは、丘の邸宅へ向けて飛び去り、

封書は鷹に姿を変え、

後を追うように、

スウッと飛んでいった。


あんなに楽しみにしていたピクニックが中断になり、

シオルがむくれてしまうかと心配したが、

杞憂だった。

あいつも、大きくなったものだ。


去り際に、

『シオン。その子に、真名(まな)は教えないでね。』

そう、釘を刺していった。



皇国では大昔、

厳しい階級制度があった。


巫女は、その古の制度では、

かなりの格上(ハイクラス)。


竜は、もともと対象外だし、

今なお、熱心なごく一部の信仰者以外には、

日常生活を送る上で、

さして関係ないことだが、


万が一、巻き込まれると、

かなーりめんどくさい、

と、いう噂は有名だった。


シオルは、それを心配したのである。



シオルの背に乗り、

医療鞄を小脇に抱えて、

竜医ミルダはやってきた。


「なに。

巫女さんだって?

どれどれ。」

ビキニアーマーに羽織った白衣を翻し、

洞窟に降り立った。


「ほら、

男は、あっち行く。」


しっしと俺を追い払い、

テントの中へ入っていった。

入口をシオルが、でんと塞いだ。

俺のテントなんだけどな、それ。


やれやれ。

もっと、

俺を信用して欲しいものだ。


「うん。

よく、眠ってるみたい。

目立った外傷はなかったよ。

所属は、わからなかったけど、

衣服を見るに、

上級巫女かな。

まずは、最寄りの神殿に行こうか。」


言い終わるか、

終わらないかのうちに、

巫女の少女が、ぱっちりと目を開けた。

二人と一頭で、ぐるりと彼女を覗き込む。


彼女は無表情のまま、

あたりを見回すこと数回。

そしてまた、

ころっと目を瞑った。


「えっ?!」

『あれっ?』

『「死んだふり?」』


『くまさんだと思われちゃった?』

クーー、とシオルがしょんぼりと鳴く。

揺すっても、くすぐっても反応がない。


「家出少女、かしら?

まあいいや。連れていきましょ。」


取り立てて抵抗する様子はなかった。



一行は、最寄りの海辺の神殿に、

降り立った。


「ごめんください。」


ミルダが門を叩く。

ギィと扉が開くが、

中は、がらんどうだ。


巫女さん少女は、

取り急ぎ、ミルダの持ってきた赤いムームーをすっぽりと被せた。

こうなると、ますます巫女さんの面影はなかった。

ただの、

島生まれの少女に、見えなくもなかった。

まあ、ここまでの美人は、

なかなかお目にかかれないだろうが。


それにしても、きれいな顔だなあ。

シオルの背にうつぶせに乗せた彼女の横顔をを、俺はまじまじと眺めた。

そして、彼女を乗せたまま、

一行は、神殿の中に入った。


「こんにちは。

誰かいませんか?」

「巫女さんですよ。」

「神殿で、死んでんぞー。」


ぼそっと、俺が言ったそのとき、

巫女さん少女の、口元がぴくぴくと動いた。


「へえ。中は、初めて入ったよ。

昔は、こんなにぼろぼろだったかな?

うっわ、かび臭い。

クモの巣?

長いこと、使われてなかったみたい。

扉の文様は、暗黒竜みたいだね。」


「え?あんこクリーム?」


ぷぷっ。


ぐうううーーーーー。


「芋巾着ならあるぞ?ミルダ。」

「私じゃないわよっ。」

『じゃあ、シオル?』

シオルは、首をふるふると横に振った。

巫女さん少女が、

顔を真っ赤にして顔を覆っている。


その瞬間。


ズドン!

ズガン!


なんと。

海辺の神殿は、跡形もなく崩れてしまった。

俺とミルダは、

砂に埋もれて、目を点にした。


そして、シオルの背にいる、

巫女さん少女だけを丸く避け、

あたりには円陣のように、

サラサラとした砂が、

巨大な山のように積もっていた。



そして、

皇国神殿、カーアイ島分社。


広大な大理石の神殿の壇上で、

報奨を受ける竜医ミルダ。

そして白竜シオル。


「皇巫女エルザを救護してくださり、

感謝します。」


一方、その後ろで、

後ろ手に縛られ、

老巫女たちに囲まれ、

睨まれ、裁きを受ける俺。



結局、

俺たちは、巫女さん少女を、

島いちばんの神殿分社へ届けることにした。


入口は男女別。

ミルダとシオルは、柱を隔てて左手。

俺は、右手へと進んだ。

そして、

暖簾をくぐると、

高い高い番台。

その上には、うつらうつらと眠る小さな老巫女さん。

すると、老巫女さんの目が、カッ!!と開いた。

そして、左右と上から現れた、

大量の老巫女さんたちに、

俺は、あっという間に取り押さえられたのである。



「やれやれ。

断笑月に、とんでもないことをしてくれましたね。」


「あなたのせいで、

まじないは、一からやり直しですよ。」


「これだから、男は嫌なんです。」


いやあ。

まさかまさか、

皇巫女(ひめみこ)さまとは、恐れ入った。


皇巫女。

皇国で最も位の高い五十一人の巫女の一人。

超有名人だ。

皇国新聞で、

肖像くらいは見たことがあるが、

まさか、

この島に実物が居るとは、

思いもよらなかった。


今、皇巫女は無表情のまま、

壇上から、俺を見下げていた。


今回の訪問は、完全なお忍びだそうだ。


皇国神殿の信者たちには、

厳格な決まりがある。


一、祈祷期間に神殿を、抜け出してはいけない。

一、断笑月に、笑ってはいけない。

一、男性と、接触してはならない。


いやいや。

待て待て。

最初に彼女を救助したのは、俺だぞ。

何故、こんな扱いを受けなきゃならないのか。


「何で、俺だけ!」

俺が、体を揺すって抗議すると、

再び、左右から老巫女さんたちが現れた。

そして今度は、ぐるぐる巻きにされ、

魔法封緘を施された。

そして、奥の部屋へと連行された。


ミルダとシオルは、報奨の包みを開けて、

中のクッキーをきゃっきゃと交換し合いながら、

横切る俺に、ノールックでひらひらと手を振った。

ひ、酷い。



砂蒸し風呂に埋められた俺は、

日傘(ビーチパラソル)の下、

巫女さん少女と、老巫女(ばーさん)たちの言い分を聞くこととなった。


ミルダとシオルは、立会人として残ってくれ、

涼しい屋根の下、

ふわふわと、魔法団扇(ファン)で仰がれていた。


「皇巫女には、

緊張感が必要なのです。

それを、あ、な、た、は!!」


「祝詞(のりと)に暗黒竜、が、

出るたびに、

皇巫女は、笑いとお腹のぐーぐーが、

止まらなくなってしまいましたよ!」


ぷぷっ。ぐーーーー。


皇巫女は、真っ赤になり顔をそらした。


「暗黒竜を封じる、

貴重な呪(まじな)いがかかっていたんですよ。

一体、どうしてくれるんですか!!」


「おかげで、浜辺の神殿はこなごな、です!!」


お、俺のせいか?

神殿は、老朽化では?

そもそも、手入れを怠った、あなたたちの責任では?


「待てよ、皇巫女を外に連れ出したのは、

俺じゃない、」


言い終わる前に、

皇巫女は後ろを向いたまま、

左手を横に払った。


青い蝶の封書がひらひらと、

俺の眼前へやって来て、パッと開いた。


ででーん!!


【ととのう100回】


高らかに読み上げられ、

刑は、確定してしまった。


「さもなくば、一生アナタの口の中は砂まみれです。」


うえ。


俺は、

膝まづいたまま辺りを伺った。

皇巫女(ひめみこ)と、

婆さんが、1、2、3人、

多く見積もって、奥にあと4、50人だろう。

腐っても元皇国竜騎士。


少女とばあさんだ。

力でねじ伏せれば、なんてことはないだろう。


しかしなあ。

俺は、こっそり砂の中で、

尻をぽりぽり掻いた。


この砂の呪いも、

自力で解くことは出来なくもないが、

手間も、労力も、金もかかる。


なにより俺は、一生懸命な彼らの信仰を、

踏みにじる気は、さらさらなかったのだ。


スローライフ、

スローライフ。

俺は、こっそり砂の中で、

首からぶら下げた、白銀のハモニカを握った。


どうせ、明日の予定もない身だ。

ここは、おとなしくお縄につくとしよう。



俺は、皇国神殿の仮設小屋で、

老巫女さん少女たちに、

シラカバアの木で、背中をシバかれながら、

水風呂、蒸し風呂、水風呂、蒸し風呂とを、

順繰りに入り、

【100回ととのう】

を、履行されることとなった。


その間の、

相棒の白竜シオルのシッター代も、

ここでの飲食代も全て、

皇国公費から出ることになっていた。


あれ、

これって、

ラッキー★



俺は、

神殿のゲストルームという名の、

幽閉室送りとなった。


扉の小窓には、

鉄格子が嵌め込まれている。


老巫女さんたちに案内され、

中に入り、

青い天蓋をくぐると、


人が5人はゆうに眠れるであろう、

大きな寝台が、


これまた大きな部屋に、

どんと置かれている。


いやいや、

恐れ入った。


こんなに、

柔らかいベッドに眠るなんて、

一体、何年ぶりだろう?


扉がバタンと閉まると、

辺りは一層、静まり返った。

窓は小さく、

星は見えない。


参ったな。

頭が痛い。


壁には、

歴代、五十一人の皇巫女さんのピンナップ、

もとい肖像画。


目を凝らすと、

おばあさん、

おばあさん、

一人残らず、

おばあさん。


口の中には、

再び、砂が盛り上がってきた。


ああ。

やっぱり家に帰りたい。



スローラーイフ↑

スローライフ→

スローラーイフー↓


今日も一日↑

安らかであらんことを↓


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