第5話【クソバンド】
緋の作った新曲を、3人で演奏してみる。
「……どう?」
「前と比べて、それぞれの音が目立つようになったような気がするわ」
「ほんと?紫音はどう思う?」
「私も同じ意見だ。ちゃんと曲になってたと思う」
「よし。じゃあ早速録画するよ」
「あ、待ってくれ緋。ひとつ提案がある」
「なに?」
「コメント欄、解放しないか?」
「…ぇ……」
「……昔の動画はいいよ。けど、私たちはScarletNightとしてこれから上を目指すんだ。……誰かに聞いてもらったなら、その感想が欲しい。それを次に活かしていかないと、バンドとして伸びることがないと思う」
「……紫音……」
「……。そうだよね。私もそう思ってた」
「…だよな」
「いいの?緋…」
「いいよ。紫音の言うことはその通りだし、私も本当はそうしたかった。勇気がなかっただけ」
「……そう。なら、そうしましょう」
「よし。じゃ、いくぞ」
◇◇◇
新曲を動画投稿サイトへ投稿し、翌日早朝。視聴回数は5回。コメントは付かずだ。けれども、最初のうちは仕方がない。ワンチャンを期待しながら、じわりじわりとクオリティを上げながら続けるしかない。
緋たちは、機材を抱えて公園に来た。
土曜日、午前6時。天気は晴れ。
「ごめんね、朝早くから。路上ライブは場所取りが肝心だから」
「……そうだな」
紫音は過去のバンドでの自分を思い出す。「そんな早くに行っても誰も聴く奴いないだろ」と舐めたことを言ったら、いざ来てみれば路上ライブに適した場所は全て埋まっており、空いた狭いスペースで他のバンドや芸人の音に負けながら惨めな路上ライブをメンバーにさせてしまった。
「今日1日で、私たちの曲をどれだけ届けられるか…」
「視聴回数10回にもいかない配信サイトよりは、路上ライブの方が確実に人の目に留まる。今日は1日使ってScarletNightのファンを増やす!」
「やるぞ」
「「「おー!!!」」」
やる気は十分だった。
────“やる気だけ”は十分だった。
◇◇◇
──気付けば時計は10時を回っていた。
過ごしやすい木陰になっている場所をゲットしていたにも関わらず、立ち止まってくれた人はいなかった。
「………」
緋はペットボトルの水を飲み干す。ぬるい。
「……緋、喉は大丈夫?」
「大丈夫。水……というかぬるま湯だけど、ちゃんと飲んでるし」
「ならよかった。紫音も、無理しなくていいわよ」
「無理なんてしてねぇよ。……ただ、こうも素通りされると精神的に来るものがあるな。動画の再生数伸びないよりキツイ現実を押し付けられてるような気がする」
「……休憩なんてしてる暇ない。とにかく歌わないと、ファン1号になるかもしれない人たちを逃がしちゃう」
「……そうね」
「……そうだな」
ただ運が悪かっただけかもしれない。諦めなければ、きっと───。
───昼過ぎ。曲の終わりがけで一瞬だけ足を止めたカジュアルなストリートファッションのお姉さんが一言呟いた。
「つまんな」
ハッとなって彼女のいた場所を見るが、そこにはもう誰もいなかった。
つまらない。つまらないのか…。私たちの音楽は。
「……緋…?」
「………分からないよ……」
「緋、今日はもう休みましょう」
「……嫌だ…」
「緋。蒼の言う通りにしよう。このままやっても意味はないと思う」
「………意味がないって何?」
「そりゃあ、誰も立ち止まって聴いてくれねぇってことは今の私たちじゃそもそも────」
「───頑張って生きてもどうせ死ぬから意味ないよって言われたら紫音は死ぬの!!?」
「………緋…」
「誰だって最後はどうせ死んでこの世から消えて無くなるくせに、やることに意味が無いとか言うのは嫌いだ!!!」
「…あのな……それとこれとは訳が違う」
「何も違わない!!無駄だって、私なんかが歌ってもムダだって、歌とギターにしか意味を託せなかった私がそうならもう私がこの世にいる価値なんて──」
「──緋!!それ以上言うのは許さないわよ!!」
「ッ………」
「──おい、なんだ?喧嘩か?」
「どうしたんだ?」
「なに、バンド?」
「…!!」
人が、いる。
「ッ……」
不本意ではあるが、奇跡的に注目を浴びている。
「紫音!!」
「ああ…!!」
───シンバルが4回鳴るのに続き、緋と蒼の手が動く。
今しかない。私たちの音楽を、どうにかしてその耳に入れてやる───。
───
「───まあ、なんていうか、どこにでもいるインディーズって感じ」
「ボーカルの子可愛いけど、それだけだよな」
「売れない地下アイドルみたい」
「パッとしないよね」
Bメロに入るくらいで、既にこの場を去る人が出始めた。
──まあ、そうだろうなとは思った。
きっと、誰も立ち止まって聴いてくれないのと同じ理由だろう。
サビに入るところで、もう人数は半分以下にまで減り、間奏に入った頃には、最初の4分の1も残っていなかった。
所詮、こんなものか。終緋という少女の人生は、結局、誰にも聴いてもらえないまま───
「──なあ、人減ってきたし俺らも行く?」
「──いや、ワンチャン有名になった時のために最後まで撮っとこうぜ」
「──!!」
諦めるのはまだ早い。まだ4分の1も残ってくれているんだ。
諦めない。諦めてたまるか。
────
「ちなみにさぁ……緋って何で生きてんの?」
彼女は足を組んで偉そうに座りながら、取り巻きに蹴り潰されて地面に這い蹲る私を見下して言った。
「親には見放されて、クラスメイトには虐められて、そして誰も貴女を助けない。うふふっ!惨め過ぎて笑えてきちゃった。ねぇ、何のために生きてんの?死んだ方がマシくない?」
「ッ……」
「生きてても意味ないよ。私らはちゃんとこの先もできることが沢山あるよ?でも緋は何もできないじゃん。好きなこととかあんの?将来やりたい夢とかあんの?ねぇ、ねぇ!聞いてる?」
嫌でも聞こえてる。夢なんて知らないけどやりたいことはある。
「やっぱそうだよねぇ。何も無いよねぇ。ゴミだもんねぇ、緋。もし何かやりたいこと見つけても、結局なにもできないような気がするわー。なんの才能もないゴミ緋だもん、ねッ!」
彼女は立ち上がると、這い蹲った私の顔を蹴り飛ばす。
「ガ…ッ…」
「うわ、可哀想。せっかく顔は可愛いのに……傷付いたら台無しよ?」
「あー、でもそっか。緋みたいな能無しでも、顔だけは良いのよね。…ま、せいぜい諦めずに生きてみれば?ゴミでもできる楽な仕事はきっとあるんじゃない?」
彼女は取り巻きと一緒に、気の済むまで私を痛めつけて去っていった。
───いつまでも思い通りに行くと思うな。
「──私は音楽で生きていく!!!」
これが私の意味だ。私が諦めずに生きてきた証だ。それを、ぶつけて────。
────その1曲が終わった時、そこにはほんの数人しか残っていなかった。
去っていった人が何を思っていたか。何を呟いていたかは大体わかる。昼過ぎにストリート系のお姉さんが吐き捨てた「つまんな」とだいたい同じような事だろう。
「ありがとうございました…。私たちScarletNightというバンドで、今のはオリジナル曲のシティナイトという曲でした」
ほんの数人だけでも、最後まで1曲聴いてくれたのは初めてだった。緋たちは頭を下げて礼を言う。
「………まあ、 良かった……と…思いますよ」
そう言って去っていく。
絶対嘘だ。その顔は「良かった」という顔ではない。
「……ッ…」
握り締めた緋の手が、この日のうちにもう1度ギターを弾くことは無かった。
◇◇◇
家に帰った紫音は、ベッドに倒れ込んでスマホを見る。
今日はダメダメだった。
動画投稿サイトを開く。
「……ん…?」
──自分が元いたバンドの新曲が出ていた。
「……新しいドラム、見つかったのか」
サムネイルには、かつての仲間3人に加え、知らない女の子の姿があった。黒髪に緑のメッシュが入ったショートカットで、耳にはバチバチにピアスが付いている。
4人ともダメージ系の服装で、正直かなりかっこいい。
「………」
画面は『SKYSHIPS - Role of Rock MV』のタイトルを写していた。
「ロックを思い出したのか?今更?ナメやがって」
◇◇◇
「反省会をしよう」
次の日、3人はファミレスに集まった。
「悪かったと思うところと、改善策を言い合いたい」
「そうね。3人とも、思うところがあると思うし」
「ああ。この屈辱を次に活かそう」
「まず私からいい?」
「どうぞ」
「私は……曲のクオリティが低いのがいけなかったと思う。どこにでもいるインディーズ。パッとしないって呟きが聞こえたのを覚えてる」
「それは……そうかもしれないけど……」
「私は……曲作ってそれで満足してたのかもしれない。ギターとベースとドラムを配置して、バンド感を出して、よし、バンドっ“ぽく”なった、って。それだけじゃ足りないのは当たり前だと思った」
「じゃあどうするの?」
「…もっといい曲を作ってみせる。“バンドっぽいもの”じゃない。“バンドらしい”曲を」
「……そうか。じゃあ頼むぜリーダー。…蒼は何かあるか?」
「私は……演奏は凄く良いと思うの。みんな上手だし……きっと、ちゃんと聴けば届くと思うの。だから、まずは足を止めたい。足を止めるキッカケを、無理にでも作った方がいいと思う」
「今日の喧嘩した時みたいに?」
「…喧嘩しろとは言わないわ。思わず足を止めるようなパフォーマンスというか……音楽以外の何かがあれば、きっと曲も聴いてくれると思う」
「じゃあどうするんだ?一発芸でもするか?」
「紫音が逆立ちしながらドラム叩くとか?」
「なんで私なんだよ」
「私も緋も運動からっきしだもの」
「私も運動はできねーし逆立ちは無理だよ」
「そうなの?ドラムって凄く筋肉使いそうなのに」
「筋肉と運動は違うだろ。あと、私そんなに筋肉あるように見えるか?」
「私たちよりは」
「お前らと比べんな」
「っていうコントから入ってみるとか」
「蒼。私たちお笑い芸人じゃないの」
「分かってるわよ。だから、曲以外の要素で前振りを作って、そこから繋げられないかと思って…」
「まあ、確かに、前振りは重要か……」
「闇雲に音楽やるだけじゃそれまでだもんな」
「……うん。分かった。前振りも考えてみる」
「紫音は何かある?」
「私も大体は2人と同じなんだ。そこでというか……いくつか案がある」
「案?」
「蒼の、聴いてもらうキッカケってのは大切だと思った。けど、私は緋の曲も良いと思うし、私たちの演奏だって……自信過剰になってると言われちゃそれまでだけど、プロとも遜色ないと思ってる。……だから、有名な曲のカバーから入るのはどうだ?」
「…カバーから……」
「自分が作った曲をやりたいって緋の気持ちは分かる。私だって、自分のバンドに…ScarletNightに誇りは持ってる。けど、いきなり知らないバンドの知らない曲を聴いて立ち止まるってのは、普通に考えてみるとなかなか難しいんじゃないか?」
「………」
「……だから、最初にカバー曲やって、それで足止めて、その次にオリジナル曲やれば、1曲聴いてもらえるかもしれない」
「……確かに、カバー曲は人の足を止めるキッカケとしては強いかもしれないわね。知ってる曲が流れればファンは嬉しくなるものだと思うし」
「……分かった。カバー曲も考えてみる。…できるだけ有名な曲を選んでやるってことでいいの?」
「そうなるな。それで私たちに興味を持ってくれる人はいるはずだ。……それと、緋の意見について、私からひとつ思う所がある」
「なに?」
「悪かったのは本当に曲だけだったのかってところだ。……私は、第一印象ってのも大事なんじゃないかと思う」
「第一印象……」
「まず見た目を何とかするだけで寄ってくる人はいるんじゃないかと思って。2人ともスタイル良いしそこは問題ないと思うけど、肝心なのは服装だ」
「服装…か」
「確かに、ただの私服じゃ、ね…」
「普通にTシャツとショーパンだと普通すぎるってこと?」
「そういうことだ。緋なんて特に可愛いし、もっと色々やりようがあると思うんだよな…」
「確かに、緋は可愛い。定番だけど、メイド服とか絶対似合うと思う」
「だよな、私もそれ考えてた」
「絶対嫌」
「うわ、すげぇ嫌そう……」
「巫女装束とか」
「アリだな」
「無し」
「チア」
「絶対似合うわ」
「着ない」
「いっその事水着で…」
「着るわけないでしょ!」
「っていうコントはどう?」
「しない!!」
「まあ、冗談はさておき、服装もきっちりしようってことだ」
「まあ。ごもっとも」
「ってことで、緋に似合う服を見に行きたい」
「賛成」
「ちょっと蒼!」
「まあまあ。緋。一生懸命なのは良いけど、無理しすぎるのも良くないわ。たまには息抜きも必要よ」
「……まあ、2人には…というか蒼には特にお世話になってるし、付き合ってあげる」
「やった」
「ボーカルはバンドの華だからな。最強のフロントマンを誕生させてやる」
「…なんだか、紫音ってプロデューサーみたいよね」
「…んなことねーよ。…ただ、今更気付いたんだ。私が前いたバンドで……私は、好き勝手にドラム叩ければ良いって思ってただけだった。バンドの事とか、全部他のメンバーに任せっきりで、私は何もしてこなかった。だからグダグダになって、人の気も知らないで最終的に辞めちまった。……もう、そんな事にはしたくないんだ」
「……そっか」
「だから。……なんていうか、私はお前らと一緒にバンドやりたい。お前らと一緒に、今度こそ、やり遂げてみせたいんだ」
「……ありがとう。紫音。そんなふうに言ってくれて」
「いいんだよ。裏切り者の私が、こんな仲間に出会えるなんて奇跡みたいなもんだし。きっと最後のチャンスなんだ。私の中で、叫んでるんだ。二度と裏切るなよ、って」
「うん。裏切ったら殺す」
「うお、可愛い顔して案外怖いこと言うんだな…」
◇◇◇
次の週の土曜。緋たちはまた早朝、公園に繰り出した。
「スタジオ借りるのもタダじゃないし、新曲は今日の路上ライブでやったのを上げるぞ」
「うん。そのつもり」
「前回の反省会の成果も試されるわ。効果が出れば嬉しいけど」
「きっと大丈夫。前よりは、絶対にライブのクオリティは上がってるはず!!いくよ、2人とも!」
───この日もまた、やる気だけは十分だった。
───寒いコントで初夏の暑さを少し和らげることはできたかもしれないが、それだけだった。
最近のヒット曲をカバーしても、足を止めてくれる人は少なかった。足を止めたとしても、次にオリジナル曲をやる前にこの場から離れていってしまう。
「アウトロから曲を終わらせずに、次のイントロにシームレスに繋げようよ。音が途切れないようにしよう。そうすれば、終わった、帰るか、っていう時間が無くなると思う」
「天才かよ緋」
「それやりましょう。今度こそ私たちの曲を聴いてもらうわよ」
───しかし、それでもダメだった。
“知らないバンド”の“知らない曲”に過ぎない緋たちの曲は、人の気を引くには弱かった。
誰も緋たちの曲は聴こうとしない。途中で離れて行ってしまう。
それでも、試行錯誤を繰り返しながら、Scarlet Nightは約1ヶ月に渡り、雨が降っていない限りは、時間の許す限り、毎日欠かさず路上ライブを行った。
日が進むにつれ、徐々に徐々に気温だけが上がっていった。
場所取りは毎回完璧だった。演者も観客も日陰になる最高の場所を取っていたはずだ。それなのにダメだった。
猛暑日でも構わず、限界領域の中、ただ、必死に音を奏で続けた。
何度も熱中症になりかけながら、誰にも聴いて貰えない歌を歌っていた。
しかし、流石に限界だった。もうとっくに気付いていたはずなのに、自分でそれを考えないようにしていただけかもしれない。
自分たちの音楽は、聴く価値のない音楽ってことなのか。
「………どうしたらいいの……」
……To be continued
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