第4話【チグハグ】
血が滲みまくって黒くなった学校指定の上履きを履いて、1年教室のある4階を目指し階段を上る。
「──緋ってさぁ……ネットに動画上げてんだね」
「え……?」
4階まで登った時、数人の同級生に足止めされる。
「これ、 緋でしょ。本名晒してやってるとかウケる」
「……」
彼女の携帯の画面に映し出されたのは、動画投稿サイトの緋のチャンネル。ギターの弾き語りの動画が何本か上げられている。
「……よく見つけてくるね………」
「マジの偶然。私結構音楽聴くからさ。それでたまたま上がってきたんだろうけど………目障りすぎたよね」
「ぁ…ッ……」
階段から蹴り落とされる。
「とりあえず、動画は見てないけど低評価しといた。まあ、どうせクソ下手で聴くに耐えないんでしょ。何せ、あんた自体がこの世のゴミ過ぎるし」
「…………」
「おっと、そろそろ時間か。ほら、はやく立ち上がらないと遅刻するよ?ひ、い、ろ」
「………」
◇◇◇
スタジオ内に音が響き渡る。
曲を引っ張っていくドラム。ベースの音が入り、ギターが重なっていく。
緋のボーカルにハモる蒼のコーラス。
感情のままに歌って、鳴らす。
何の遠慮もなくただ自分の出したい音を放った後の爽快感に酔う。
「……楽し……」
「ほんと……紫音のドラムが入って一気にロック感が増した」
「ありがとな。一緒にやってみて改めて思ったけど、お前らかなり上手いじゃん」
「ほんと?」
「ああ」
「元プロにそう言われるのは光栄ね」
「今はもうプロじゃねぇよ。私は今はScarlet Nightのドラムス。あいつらの足元にも及んでない、底辺のアマチュアだ」
「……底辺」
「あ…悪い。お前らの事まで悪く言うつもりは無かった」
「…いいよ。事実だし。……メンバーが集まって、ようやくバンドになったばかり。まだ何もできていない」
「これから始めるために、今ここで音を合わせているんでしょ、緋。大丈夫よ。私たちは確実に前へ進んでるわ」
「……そうだよね。ごめんね、沈んじゃって」
「気にするな。私の方こそ、口が悪いのは何とかしなきゃと思ってる。…次、録画と録音するけど、いいか?」
「うん」
「ええ」
◇◇◇
「……これが、Scarlet Night最初の1歩。いくよ」
緋は動画投稿サイトの自身のチャンネル名を『ScarletNightChannel』へ変更し、3人の演奏を録画した動画をアップロードする。
「最初だから再生回数は伸びないだろうけど、落ち込むなよ」
「分かってる。このサイトの仕様くらい知ってる」
「人気があるものが上に上がってきやすい仕様なのよね」
「そ。だから私たちみたいに知られてないチャンネルの動画は人に見つけてもらえないっていう負の連鎖が起きる」
「詳しいな、まだ名前付けたばっかりだろ」
「あれ、言ってなかったっけ。私、1人でやってたから」
「ああ、だから開設じゃなくて自分のチャンネル改名したのか……。登録者は持ち越しになるしその方がいいな。調べれば出てくるのか?」
自分のスマホで検索をかけ、チャンネルを見つけた紫音は、過去動画を遡る。
「……へぇ、何本も上げてたんだな」
最古の動画は1年前。有名バンドの曲のカバー動画。再生回数は120回。
そして今気づいた、登録者数13人。
「…13人」
「……それをどう思うかは任せる。ただ、私は嬉しかったよ。私みたいな誰からも必要とされなくて、誰にも愛されなかった人間の歌でも、聞いてくれた人がいた。それだけで私は救われてた」
「……そうか」
紫音は『コメントはオフになっています。』の表示を見つめながら、言葉にならない胸の苦しさを飲み込んで画面を閉じた。
◇◇◇
家に帰った紫音は、鞄を置くとベッドに倒れ込んだ。
「………」
明かりもつけずにスマホで動画投稿サイトを開く。
Scarlet Night - Citynight
ScarletNightChannel・4回視聴・2時間前
「……まあ、こんなもんだよな…」
前いたバンドでも最初はそうだった。
再生回数は1桁台で当たり前。登録者も中々増えなかった。ライブのチケットもノルマまで届かなくて、必死に全員でバイトして払って………。
「……ここから、私たちはどうやって上がっていった……?」
思い返せば、リーダーに全部丸投げだったような気がする。私はただ、好きにドラムを叩いていただけだったような気がする。努力も、何も、してなかったような気がする。
「………。………クソが……。自分勝手な都合で人の頑張りを無駄にしやがって……」
手にいつの間にか力が入っていた。
何が「気がする」だ。事実だろ曇紫音。
「裏切り者だ…私は………最低の……クズだ………」
行き場のない想いを拳に乗せてベッドに叩きつけた。
◇◇◇
夜。
緋は、蒼から「好きに使って。空き部屋だし」と言われた部屋でひとり、先程投稿した動画を再生してみた。
「……こんなのだったっけ……?」
演奏している時に感じた感動が湧き上がってこない。
「…紫音も仲間になって、ロックバンド感は出たけど……」
──何かがおかしい。
「………下手ではない。下手じゃないんだけど……」
頭の中をぐるぐると回る違和感。
自分が書いた曲は、果たしてこんな曲だっただろうか。
「………いい。今日はやめにして明日考えよう」
出るようで出ない答えに憤りを覚え、緋は体を休めることを優先した。
◇◇◇
翌日。蒼はバイトで来れないらしく、紫音は緋と2人でバンドの今後を考えるべく公園で待ち合わせていた。
土曜日のとある公園は、至る所で路上ライブが開かれており賑わいを見せていた。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たとこ」
「ん。じゃ行こっか」
カップルかよと1人でツッコみながら、2人で歩く。
可愛い容姿を持ちながら、その内に深い闇を抱えているであろう終緋という少女の扱いがまだ分からない。彼女の書いた歌詞からある程度察している。恐らくかなり繊細な少女だろう。一緒にバンドをやるならば、お互いの事はよく知っておいた方がいいのは当たり前だが、踏み込みすぎると彼女の傷口を広げかねない。
人のことを考えるのは苦手だ。何でも思ったままに口に出してしまう性格のため、今までもかなりの人に嫌われてきた。褒めるより先に文句や嫌味が出るのが良くないと分かってはいるが、元から人とは他人の良い所より悪い所を探すほうが得意な生き物だ。…だからといって、それを言い訳にして自分の欠点をどうにかしようともしないのは間違ってると思っている。じゃあどうすればいい。何か思うがままに口に出して人を傷つけるなら、何も喋らなければいいという極論に従って、自分を封じ込めるしかないのか。
彼女が傷付いてきた人なら、私は傷付けてきた人だ。
私と緋は相性が悪いのかもしれない、と、ほんの少し思ってしまう自分がいる。
「………」
「──紫音?」
「…ん?……ああ、なんだ?」
「大丈夫?何か考え事?」
「いや、別に…」
「…そう。なにか困ってることがあるなら言ってね。私なんかでよければ聞くよ」
「いや……ほんとなんでもないんだ。大丈夫」
絶賛お前のことで悩み中ですとは言えず言葉を飲み込んだ。
「2人で合うのは初めてだね」
「そうだな。お前いつも蒼と一緒にいるし」
「……まあ、ね。一緒に住んでるし」
「ルームシェアか何か?」
「よくわかんないけど……この場合は何、居候?」
「居候って……」
「蒼の家に泊めてもらってる」
「ふーん。いろいろ訳ありっぽそうだとは思ってたけど、訳ありまくりな感じか」
「まあ…そんなところ」
「居候ね……。まあ実家なら家賃とかも気にしなくていいし楽そうだな」
「………楽……ね……」
緋の表情が分かりやすいくらい曇る。
やっちまった。楽なわけないよな…。
「……蒼は蒼で必死になって頑張ってるのに、楽とか言わないで欲しいな」
「……悪かった。失言だった。不登校でバイトしてロックやってて、楽に生きていけてるわけないよな」
「………いい。私もちょっと過剰だった。蒼のこと悪く言われるのは自分のことよりも辛いから」
「……私、昔からこうなんだよ。何でも思ったことすぐ口に出して、誰かを傷つけちまう……。気をつけちゃいるんだが、ふとした時には言っちまうんだ」
「……だからドラムにぶつけてたんだ」
「……そうだな」
「………私といると苦しいでしょ」
「……何でそう思う?」
「だって、いつも気を張ってるでしょ。私、そんなに傷つきやすそうに見える?」
「……まあ」
「あはは……だよね……」
「………緋は顔によく出るんだよ。普段よく分かんない顔してるけど、何かあったらすぐ悲しそうな顔する」
「3回しか会ってないのによく分かるね」
「分かりやすいんだよお前は」
「……そんなに分かりやすいかな」
「ああ。……でも、喜んでるような顔は見たことねぇな」
「………そう…?」
「…まあいいや。そのうち見れるだろ。これから先は長いんだし、仲良くやろうぜ。私が言える立場かどうかはしらないけど」
「私も、仲良くやれるように頑張る。この人生で仲良くなれた人2人しかいないけど」
「じゃあ私も、その3人目になれるように頑張るよ」
笑い慣れていない緋に笑って返す。
今、ほんの少しは、仲良くなれたような気がした。
蒸し暑くなってきた公園を離れ、緋と紫音はクーラーの効いたショッピングモールの中へと逃げ込む。
「それで、今日はどうするんだ?蒼はいないし、合わせは無理だけど」
「今日は練習でも曲作るわけでもない。……昨日投稿した動画の事で少し」
今日紫音と会ったのは、昨日、スタジオを借りて演奏したものを撮って上げた動画について思うところがあったからだ。
緋は、いつになく真剣な顔で紫音の目を見つめて聞く。
「紫音は、見た?」
紫音は「いや……」と目を逸らした。
「そうだよね……」
「なにかマズかったのか?」
見てないことではなく、内容が、ということだろう。
「私ね、演奏してる時は最高だと思ってた」
「私もそうだけど……」
「…1回見てみて。…ううん、見なくていいから聴いて」
「ああ……分かった」
「はいイヤホン」
「え?いいよ、自分のあるし」
「あ、そう?まあその方がいいか」
緋と紫音はそれぞれの端末で動画を再生する。
────。
「……どう思った?」
緋はイヤホンを外し、紫音に問いかける。
「正直に言って」
「……聴いてて面白くない」
「よかった。私がネガティブなだけじゃなかった」
「緋もそう思ったのか」
「うん。……でも、なんでそう思うのか分からなくて。3人で演奏してた時は、これがバンドだ、これがロックだ、って盛り上がってたのに、後から聴き直すと全く良いと思えなくて……」
「……」
紫音は緋たちと出会った時のことを思い出す。確かにあの時に感じた彼女たちの音楽にかける想いを、この動画では感じられない。生音と動画の違い?いや、決定的に違うのは………ドラムスの紫音がいることに他ならない。
「……もう1回聴かせろ」
紫音は再生回数を8回から9回に増やす。
「何が違う……?あの時のScarlet Nightと、私が入った後のScarlet Nightで、何が………」
緋のボーカルは変わらない。蒼のコーラスも。じゃあ何が────
「───音の主張が……違う……」
「………そういうことか…」
ようやくしっくりきた。何故こうも曲としての完成度が低いのか。
「……3人とも好きなようにやっているだけで、纏まりがない。楽器の音がごちゃごちゃしてて息が合ってない。ギターはギター、ベースはベース、ドラムはドラム、それぞれが独立した曲を同時にやっているような気持ち悪さがあって、ボーカルも目立ってないんだ」
「…今の私らは、3人で3人の個性を潰し合ってるってことだよな…」
「そう。……この曲は元々私1人の弾き語りだった。それを、蒼と一緒に2人用にアレンジして、それをさらに3人用にリアレンジした。……ドラムさえいれば“バンドっぽくなる”って傲りが曲をダメにした。もっと真剣にやるべきだったんだ」
「緋……」
「……ありがとう、紫音。貴女のおかげで気付けた」
「いいよ…私は何もできてないんだ。むしろ、なんで気が付かなかったんだ、私は……。昔からバンドやってた私が1番最初に気付くべきだろ……」
「ううん…。これは私の落ち度。バンドのリーダーとしての自覚が足りなかった。曲を“作って”満足していた。……それじゃダメなんだ。1人だった時とは違う。私だけなら好きにやっても問題なかったけど、バンドはメンバーの音が全て合わさってできるものだから。最初から最後まで全員で好きに音鳴らしても、それじゃあ曲にならないのは当たり前だった」
緋は大きくため息をつく。
「私、頑張るよ、紫音。次は絶対、ちゃんとしたいい曲作るから」
「……ああ。…期待してる」
「うん。………あ、それともうひとつ」
「いい感じに終わる流れだったのにまだあったのかよ」
「ある。そっちも結構大事な話」
「大事な話を蒼抜きで話していいのかよ」
「蒼と昨日話した内容を紫音に伝えるんだけど」
「そうかよ……」
負けた、みたいな顔をする紫音。
「…まず、知名度を上げるための手段として動画投稿は弱いかもしれないってこと」
「…そうか…」
「もちろん、なんの意味もないわけじゃないから、動画の投稿自体はやるけど、やっぱり私たちには路上ライブが合うと思う」
「路上ライブか…。確かに、お前らには路上ライブの方が向いてるかもな。私との出会いのきっかけもそうだったし」
「うん。だから、活動の方針としては、路上ライブをメインにして、動画も路上ライブのを上げていこうと思う。スタジオ代もかからないし。…紫音は大丈夫?路上ライブ」
「……任せろ。昔何度かやってる」
「ありがとう」
◇◇◇
「緋。私からもひとつ聞きたいことがあるんだ。……いいか?」
「なに?」
「コメント欄のこと……聞いてもいいか」
紫音から言い辛そうに切り出されたのは、動画サイトのコメント欄のことだった。
「…普通、コメント欄ってオフにはしないと思うんだ。昨日の動画もオフにしてあるし、今までの動画も全部。……何かあったのかな、って…」
「……」
「言い辛かったらいい。……お前の顔見てると私も辛くなってくる」
「……荒らし。それだけ」
「荒らしって……出るもんなのか?登録者13人しかいないのに」
「私のことを嫌いな人間はこの世界に100人以上いる!!!」
「………緋…」
「……これ以上は言えない。…私が壊れる」
「……分かった。これ以上は聞かない。ごめんな、思い出したくもないこと思い出させて……」
「いい。毎日頭の片隅にずっといるから。こびり付いて取れないんだよ。いい加減しつこいよね」
「………緋」
「……ん?」
「私もドラム頑張るから。お前も負けるな。絶対に。何で負けても、音楽だけは負けるな」
「……うん。絶対に。…私はいつか必ず、ZOZOマリンでライブやるんだから」
……To be continued
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