第3話【引かれ合う不適合者たち】



────つまらない。こんなのは私がやりたい演奏じゃない。


「───やめる」

「え…?」

紫音しおん?」

「…昔はもっとゴリゴリのロックだったよな…。お前ら何とも思ってないのかよ」

「……」

「紫音…。前も言ったけど、これは事務所の意向で、新しいことに挑戦しようって───」

「───それは私が叩きたいドラムじゃないって私も言ったよな」

「………」

「少なからず“バズる”とは思う。けど、私は叩いてて何も感じない」

「紫音…」

「ごめん。悪いけど私、バンドやめるわ」

「…!!」

「ちょっと紫音!!?」

「もうちょっと考えてから発言しなさいよ!ようやくメジャーデビューまで来たのに───」

「──メジャーデビューが何だ!!私は中身の無い使い捨てのポップやるためにドラムやってきたんじゃないんだ!!!」

「ッ……」

「…もう4曲目だぞ…。4曲作ってもまだ新しいことやってると思ってんのか!?求められてるのが偽物なんならそんなのはゴメンだ。ライブで過去の曲もやるから私はやってこれたけど、このままはもう無理だ。新曲はもう叩けない。私はやめる。私みたいなひねくれた奴じゃなくて、スカスカな曲でも喜んで叩いてくれる良いドラマー探せよ」



◇◇◇



「……何やってんだろ、ほんと」

くもり紫音しおん、17歳。高校中退、積み上げたものを捨てて、捨てて、無職。

「……あはは……笑えねー…」

自分自身が社会に適合できない人間だということはとっくの昔から分かりきっている。今更真面目に就職する気もない。

「私にはドラムしか……ロックしかできないんだ」

こうなったら探すしかない。ドラムが欠けている状態のロックバンドの原石を。



─────。





◇◇◇



鳴り止まないギターとベースの音。


「………もう1回やろう」

「ええ」


ストリートミュージシャン時代に作った曲は良くも悪くも1人用で、そのままでは勢いに欠ける。

緋と蒼は何度も何度もリメイクとリテイクを繰り返していた。


「……これ以上ギターをうるさくしても無駄……っていうかもう曲でもなんでもない…」

「ギターにもベースにも良さはあるけど、このふたつだけじゃ求めるものには届かないわね…」

「……やっぱり、ロックバンドやるならドラムは絶対必要か……」

「そうなるわね。ドラムさえ入れば、表現できる幅が一気に広がるし」

「でも、メンバー探しって難しいんじゃない?私も蒼も人間関係終わってるし…」

「そうね……。コミュ障だもの」

「…でも、動かないことには何も始まらないし、頑張って探すしかないか。できるだけ私たちと気が合うドラマー」

「そうね。気が合うかどうかは確かに重要」

「バンドのメンバーのバチギスとかよくあるみたいだし、できれば仲良くできる人…」

「そんな聖人はロックなんてやらないんじゃないかしら……」

「…まあとにかく、ロックバンドやるならドラムは必須…。やるしかない。メンバー探し」

「…といっても、どうやって探すつもり?」

「まずは、これ」

緋は携帯を指で指した。



◇◇◇



「ドラマーはいない…か…」

フォロワー13人の緋のSNSで『バンドでドラムやってくれる人募集 #バンド #メンバー募集 #ドラム』と呟いてみたが、ドラマーの目には止まらなかった。

「じゃあ次はこっちが探すわよ」

蒼がドラマーを検索してみる。確かにドラマーは沢山いるが……。

「……で、どうやって声をかければいいわけ?」

「そうなるわよね…」

「表面だけで見れば、私たち高校中退の家出ギタリストと不登校の根暗ベーシストっていうバリバリの社会不適合者だもん……」

「誘えないし誘ったところで乗ってくれるわけないわよね…」

「……やっぱり、見つけて貰うしかないか……」

「そうね。でもどうするの?ネットじゃ声かけられることも声かけることもできないわよ」

「やっぱり、私たちはミュージシャンだもん。“音楽”で見つけてもらう」




◇◇◇




「───ダメだ。見つからねぇ」


バンド探しを初めて、はや1ヶ月が過ぎた。移動するにも金がかかる。ライブのチケットも安くはない。貯金は早くも底をつきそうだった。


色々なインディーズバンドを探して聞きまくったが、自分に合いそうなバンドは見つからなかった。


つまらない演奏なんかしたくない。もっと、感情のままに叩きたい。私がやりたい音楽は────



────




「………よし」

セッティングを完了させ、音出しに入る。

マイク、チューニング、エフェクター。アンプも問題ない。

「…いつかは最高のロックバンドになってやる。けど、まだその領域にさえいない。私たちには、ドラムが必要なんだ」

緋は、『音楽に全てを捧げられるドラム募集してます。バンド[Scarlet Night]』と書いた紙をテープでアンプに貼り付ける。


「…いくよ」

「…ええ」


「────」



───。



────ふと音が聞こえて足が止まった。ギターとベースのツーピースの路上ライブ。


「───!!!」


──私の目は、耳は、彼女たちに釘付けになっていた。


「────」


感情のままに、楽器に、歌声に、全てをつぎ込んでぶちまける。全身全霊で音を放っていた。

これは、紛れもないロックだ。


「………あの!!」


曲が終わったその時、私は無意識のうちに聞いてしまった。


「ツーピース…だよな?」

「はい…そうですけど」

「私、ドラムやれるんだけど、一緒にやらせてもらえないか!?」

「ドラム…って、ほんと!?」

「はいっ!」

ギターの赤い髪の子にグイッと寄られて、ビビって変な声を上げてしまった。

危ない。顔はよく見ていなかったのだが、よく見るとありえないくらいにビジュが良すぎて死にそうだ。スタイルも良すぎる。この世の奇跡か?非常に良くない。女の私でも一目惚れしそうだ。ロックバンドよりアイドル目指した方がいいんじゃねぇのか…。とも一瞬思ったが、曇紫音という人間にそれを言う資格は無いしむしろそれは嫌いな発想だ。一瞬でもこんな風に思った自分を秒で恥じる。本人のやりたい音楽がロックならそれが1番いい。

「…それにしても良すぎるだろ……」

「……なにが?」



◇◇◇



「とりあえず自己紹介を…。曇紫音です。Scarlet Nightドラム志望です」

「私はひいろ。こっちがあおい

「よろしく。いきなりで悪いんだけど、タメでもいいかしら。慣れなくて」

「あ、ああ。…そっちの方が私も助かる。敬語ってのはどうも苦手で…。でも見たところ同い歳くらいだよな」

「私と蒼は16」

「じゃあ私の1つ下か。高校生?」

「中退」

「不登校」

「ロックだなー」

「紫音はどうなの?」

「え…中退」

「なんだ、同じじゃん」

「やっぱり何か事情が?」

「ああ、実は───」


─────。


「───なるほどね…。ロックバンドやってたのが、バズり重視のポップばっかりやるようにになっちゃったわけか」

「そうなんだよ」

「でも、かなり思い切ったことしたわね。稼げるところまで行って高校もやめたのに。流石にロックね」

「まあ……自分でもバカな事したとは思ってる。でも……自分の信念曲げるのは嫌なんだ。私は、本当の自分でいるためにドラムを叩いていたい。自分のための音楽で、私は上に行きたい。…さっき初めて聴いたばっかりだけど……その音楽が、お前たちの音だって私は思った」

「……そう。…分かった。いいよ。バンド、一緒にやろう」

「いいのか?」

「うん。歓迎する。ちなみに私人間関係終わってるし、人付き合い苦手だと思うんだけどいい?」

「中退と不登校でロックやってる奴が人間関係まともなわけねーだろ。私含めて」

「たしかに。じゃあ、これからよろしくね、紫音」

「ああ、よろしく。緋、蒼」



◇◇◇



「ギターとベースとドラム。ようやくピースが揃った」


「紫音のドラムで曲が何処まで変わるか。早く試してみたいわね」

「任せろ。やめちゃったけど、一応メジャーデビューまで行ったバンドにいたんだ。その辺のドラマーよりは絶対上手いと思うぜ」

「そうだね。期待してるよ。Scarlet Nightのドラムス、曇紫音」

「お前らこそ、私の目が節穴だったとは言わせないようにしてくれよ」

「私は音楽以外全部捨てて音楽だけやってきたの。私の中で音楽は命と同義。貴女の目を節穴にはしないから。この3人で、頂点まで行く。絶対に」

「ちなみに、明確な目標とかはあるのか?頂点ってのは結局は曖昧なぼやけたワードでしかないと思うんだけど…」

「…確かに……」

「それもそうね。なにかひとつ、目安として大きい目標を決めておくのもいいかもしれないわ」

「王道なのは武道館ライブとかだけど…」

「そうだけど……まず、王道の武道館って選択はつまらないから却下」

「おお、ちゃっかりひねくれてんな。好きだぜ、そういうの」

「収容人数で言えば横浜アリーナが有名よね」

「横浜アリーナも…どうなの?ロックバンドのライブとして」

「私たちに聞かれても……」

「横浜アリーナでライブやったロックバンドは結構いるぞ。何か気に入らないことでもあるのか?」

「いや…なんか横浜アリーナ目標にするのってなんかアイドルのイメージ」

「偏見がすぎるだろそれは」

「緋は何かないの?」

「……。…私ね。空が好きなの」

「空?」

「うん。蓋なんてなくて、ただ遥か遠い所まで飛んで行けるような開放感があって。路上ライブもそうだけど。……私、野外のライブに憧れがあるの」

「野外ライブか…」

「行ったことは無いんだけどね。……動画で見ただけなんだけど、それが……本当に、凄くて。何度も、何度も再生して……。……私の憧れのライブはそれなの。大勢のファンとひとつになって、青からどんどん赤くなって、そして暗くなっていく大空の下で歌っていたい」

「良いじゃん。憧れのライブ」

「じゃあ、目標はそのライブがあった場所ってことになるのかしら」

「うん。……武道館でも横浜アリーナでもない。私たちScarlet Nightの目標は────」



「───“ZOZOマリンスタジアム”でワンマンライブ」



……To be continued

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