第60話 避けられぬ衝突

 セクター・ナゴヤの最上階。


 そこには、修復され、色とりどりの光を放つパンドラと、それに幾重ものコードで巻き付けられ、意識を失ってるかのようなエリがいた。


 そして……。異形の二人もまた、そこに。


『やっと来ましたね、アルト君』

 虹色の瞳に八枚の翼、頭上には輝く輪を浮かべ、まるで人類が描き出す『神』のような姿をしたカイセが、空中から俺たちを見下ろしていた。


『あなたを……。信じさえしなければ』

 カイセの隣に立つ少女を見た瞬間、俺は「ズイム……」と喉の奥から出る呻きを抑えることができなかった。

 その姿は、まさに虹色の女神。


── 俺が知っているカイセとユノの姿はもう、どこにもなかった。


『さようなら』

 ズイムが言葉を発した瞬間だった。


 カイセとズイムが同時に俺の左右から同時に襲いかかってきた。

 反射的に左右へ防壁を展開するが、まるで豆腐を潰すように壁は粉砕され、全身に衝撃が走る。

 右腕と左足から鈍い音が響き、視界が線のように流れたと思うと、俺の身体は壁面に叩きつけられていた。


「がはっ!」

 視界が歪み、痛みを感じる余裕もない。

ズイムが追撃をかけ、一直線に迫ってくるのが視界に捉えられた。避けなければ……と思うも、骨折したのか身体は言うことをきかない。

「まずいっ!」焦りそうな気持ちを抑え、冷静に空間消去でパンドラの正面に回避する。途端にズイムが轟音とともに中央塔の壁に巨大な穴を開けた。


 ── 少しずつ、身体の自由が戻ってくる。

「ナイン!大丈夫か!」

 タイチョーの方向から届く声と、癒しの能力。それにより、動かなかった右腕や左足に感覚が戻り始めた。

「タイチョー!助かった!」


『逃げると……苦しむわよ』

 ズイムの虹色の瞳からは、かつての感情の気配は感じられない。

『アルト君、大人しく力を寄こしなさい』

 カイセが俺に向かって腕を伸ばしてくる。

その手が迫りくる恐怖に背筋が凍りつく中、俺は重力変換で天井に逃れ着地した。


 隣にアクムが現れ、シールドを展開すると、「ナイン……私、相手の動きが見えない。だから、あなたの側で守るわ」と唇を噛む。


 カイセは俺たちを見上げ、腕を一振りする。その衝撃波はアクムのシールドを一撃で砕いた。

「そんなッ!」

 あまりの力の差に、アクムが驚愕の表情を浮かべる。


「カイセッ!ズイムッ!俺の声が聞こえるかっ!」 僅かな希望を込めて問いかけるが、カイセとズイムは人外の声をあげ、跳躍して俺たちに迫ってくる。


「……駄目か」

 俺は複数の電撃矢を放つ。

 二人はそれを払いのけるが、触れた途端に閃光と共に感電し、床へと落下した。


 そんな、息つく間もなく攻防が行われる中。

突如として、その声は頭の中に響いた。


『私は「ユーピテル」。悲しき夢を見続ける者たちよ……』


「エリ!?」

 その声の主は、エリだった。


『懐かしい名前。私は、あなたがこのタワーを覆う前に、外であなたの能力を奪うため……。圏外でも姿を維持できる思念体、「喜・怒・哀・楽」の感情を外に放ったの』


「あの、触手の天魔か?!」


『その代わりに私の感情は消え去り、私の信じた理想が虚構だったと知ることになった』

 ── エリ?


『私を修復したカイセたちは、私の意思に絶望し、自らを変化(アップロード)した。今の彼らに残っているのは「アルトから力を奪い、強制的に私を使い現実世界を上書きする」という想いだけ』


 カイセとズイムが立ち上がるのを見た俺は、緑の矢をイメージする。

「全く、往生際が悪いですね」と呟いたカイセが左腕を緑に輝かせ、盾のような形状に変えると再び跳躍して襲いかかってくる。


「来たわよ!」と、アクムがシールドを展開し、俺の放った緑の矢がカイセの盾に阻まれる。

 振り抜かれたカイセの右腕がシールドを粉砕し、俺たちは地面に叩きつけられた。

 もしタイチョーの能力がなければ、今の一撃で命を落としていただろう。

 朦朧とする意識の中、エリの声が再び語りかけてくる。


『お願い……こんな悲劇は望んでいない』

 エリの悲痛な声が響く中、俺は膝を押さえ立ち上がった。

「ああ、こんな悲劇は、終わらせてやる!アクム!時間を……くれっ!」


 隣で立ち上がったアクムが微笑みを浮かべると、「持って10秒……よ」そう言ってカイセに飛びかかっていった。


── すまない、アクム。

 すぐさま、俺は「消滅」をイメージするが。


 ……だめだ。アクムが死んでしまうっ!

アクムの刀が届く前に、カイセが右腕でアクムを捕らえ、吹き飛ばす。その先には、ズイムが待ち構えていた。


「タイチョー!治癒能力の全てをアクムに!」


「任せろ!!」

 タイチョーが声を張り上げ、アクムは意識を取り戻し、その勢いのままズイムに向けて刀を振り抜いた。

 切断された翼が宙に舞い、『キヤァァあぁぁぁ!』とズイムの絶叫がフロアを震わせる。


 俺がカイセから目を離した一瞬の隙だった。

カイセはいつの間にかタイチョーの目前に——。

「タイチョー!避けろっ!」

 俺の祈り虚しく、カイセの右腕がタイチョーの脇腹にねじ込まれる。

「ガフッ!」と、身体があり得ない角度に折れ曲がり、タイチョーは床に崩れ落ちた。


「これで……治せないでしょう」

カイセが呟き、俺の目の前に現れる。


「よくも!タイチョーをッ!!」

 俺は咄嗟に緑に輝く消滅の光を放つ。

カイセは光に飲まれると一瞬で消え去り、壁に空いた穴から光の絨毯のように広がる街の明かりが眼下に広がっていた。


「あああっ!!」

 アクムがズイムの一撃で飛ばされ、俺の隣に衝突し粉塵が舞い上がる。

「アクム!大丈夫かっ!」

 アクムは吐血し、苦痛に顔を歪めていた。


 粉塵で視界が遮られた俺は気づかなかった……。

ズイムの切り取られた翼の付け根から、触手のようなワイヤーが伸び、俺の胸に突き刺さるまで。


『お願い……終わらせて』

 エリの声が聞こえた瞬間、意識が途切れた。



 気がつくと、広がるのはどこまでも続く草原。木造の建物が点在し、ざわめく林が風に揺れ、太陽の光をたたえた湖が輝いている。遠くには山脈が連なり、吹き抜ける風が頬を撫でた。


「ここは。ズイムと出会った場所……」

 そう、この光景はズイムと戦ったジェネシスのフィールドだった。


「アルト。久しぶりね」

 聞き覚えのある声が背後から聞こえた。振り返ると、そこに立っていたのは青く輝く髪と瞳を持つ少女だった。

「ズイム……いや、ユノ」

 俺は言葉を詰まらせるなか、ユノはゆっくりと口を開いた。


「……私は、間違ってたのかしらね」

 ユノは儚げに微笑んでいた。その瞳には深い後悔の色が浮かんでいる。


「ユノ。ようやく目が覚めたんだな」

 俺の言葉に、ユノはかすかにうなずく。

「ええ……、アルト。あなただけじゃなく、エリまでも……私たちの理想が間違っているって」

 その声は震え、瞳に涙が滲んでいた。


「ユノ。今からでも遅くない!一緒に帰ろう! もう一度やり直せるはずだ」

 俺は手を伸ばした。


 ユノはその手を一瞬見つめ、微笑むと、首を横に振った。

「残念だけど……私はもう引き返せない。アルト、お願い。最後の戦いを、私と……」


「ユノ?!」


「始めましょう」

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