第59話 結末を望む蛇

『ナイン、アクム…いよいよだな』


 セクター・ナガノに戻り、ユダさんの執務室に向かうエレベーターの中、ウラギリモノの穏やかな声がPICTから流れてくる。


『ナイン、いや、アルト君。改めて聞くよ。君は世界を救ってくれるかい?』

 その問いかけに、「ウラギリモノ、実は…」と、俺は口を開いた。

「リヴィアから聞いたんだ。この先の結末によっては、俺はそっちに戻れないかもしれない。その時は……。両親や貴志たちに伝えてほしい、俺は精一杯生きたって」


『……ああ、ログで確認したから、内容はわかっている。ガーディアンとの戦いの後、君たちは創造主と戦うんだね。僕たちの世界を救うために。約束すると言いたいところだが、最後まで諦めずに、必ず帰ってきてくれ』

 ウラギリモノの声は震えていた。

それが感謝から来るものか、それとも後悔からの自責の念かは、知ることはできなかった。


 エレベーターの扉が開くと、ユダとタイチョーの笑顔が目に入る。


「ああ、裏切り者のユダさん。俺は終わらせるよ。そして…みんなを救ってみせる」


 沈みゆく夕日の光が室内のガラス越しに差し込む。俺はその光を掌で遮りながら、タイチョーに向かって「さあ、行こうか」と声をかけた。


「まだ早いが!楽しかったぞ、ナイン!」

 帰ってきた言葉は、いつも通り大きく、そして温かかった。


 ユダに別れを告げると、リヴィアの転送で大きな球体の建物へ。セクター・ナゴヤ中央塔を俺たちは見上げていた。

 数カ月しか経っていないはずなのに、ガーディアンを封印したあの日が遠い過去のように感じられるなか、仲間たちとの短い旅の終わりを感じていた。


 その最中、背後から聞き覚えのある声が。

「待ってたわよ!」

 そこには、真紅の瞳を真っ直ぐに向ける、ハデスの姿があった。振り返りざまに杖を構えたが、彼女はお手上げのポーズをとっていた。

 そのほかにも、マルスや見慣れない3人の男の姿もある。


「なぜここに?! あんたら、全員侵入者か?」

 警戒しながら問いかけると、リヴィアが「コイツらには戦意はない。現実世界に返すためにここに転送したったんや。イヴの作戦は失敗したからな」と、割って入ってきた。


 ハデスは身をくねらせ「アルト、本当に素敵。帰ったら付き合ってよ!」と、俺に色目を使ってくるが。

「先約がいるんでね」

 そう言ってアクムに視線を向けると、小さな声で『バカ』と聞こえた。


── そして、その声が頭の中に響いたのは突然の事だった。

『やっと来たわね…寂しかったわ』


 その声の主は、上空に浮かんでいた。


「触手の天魔よ!」アクムが叫ぶ。

そこには、エリの姿をした天魔の姿が。


『また会えたわね……。悲しいけど、あなたから力を奪わなきゃ』

 この話し方と雰囲気は、セクター・ヒロシマで遭遇した個体だろう。

 だが──。

「再会するのが遅かったな」

 俺は空間消去で天魔の背後に回り込んだ。

『そっか、強くなったんだね』

「ああ、さよならだ」


 俺は天魔に向けて杖を振り抜いた。

触手の天魔は虹色の破片に変わる刹那、『皆の悲劇を終わらせて…』という言葉を残した。


 アクムたちの元に戻ると、ハデスが「アルト、素敵っ!」と、抱きついて来るのを華麗にかわす。他の侵入者たちも『戦わなくて良かった…』と口々に呟いていた。


「相手も総力戦で来るやろうから、侵入者あんたらにも手伝ってもらうで。役目は、天魔の相手や」

 リヴィアがそう語るときの表情には、いつもの笑みはなく、五人の侵入者たちはゆっくりと頷いた。


「それとな。タイチョーは中央塔に入った後、すぐにアクムとナインを治癒できるように『新技』を使ってや」


「リヴィア!ひどいじゃないか、バラすなんて!」

 タイチョーはどうやら、俺たちがいない間に、新たな能力を習得していたらしい。

 彼の近くにいるだけで治癒されるという、心強い能力を。


「アクム、準備はいいか?」

 俺はアクムに目を向けると、彼女は無力化し、うずくまってる染人の一人を悲しそうに見つめていた。

 その染人は、アクムと同年代の少女だった。


「ええ。終わらせましょう」

 アクムは、その染人から視線をそらすと俺の手を握った。

「ナイン、最後のお知らせは?」


 俺はもう一方の手でタイチョーの手を握る。

「そうだな。最後のお知らせは、みんなのこと……。絶対に忘れないからなっ!」


 球体の防壁に入り口を作ると、中央塔の外壁が姿を現した。


「みんな、いくぞっ!」

 中央塔に侵入した瞬間、夥しい数の天魔が襲いかかってくる。

「雑魚の相手は侵入者に任せて、上に行くで!」

 侵入者たちが次々と天魔を殲滅して活路を開く中、俺たちは駆け抜けた。


「お嬢さん、お行きなさいっ♪」

 マルスが前に立ち塞がった天魔を両断し、「雑魚は大人しくしてなさい!」とハデスが鎌で複数の天魔を一網打尽に切り裂く。

 宙を舞う、七色に輝く天魔の残骸が降り注ぐ中、俺たちはただひたすらに駆け続けた。


 そして、辿り着いた防衛システムのフロア。そこには、かつて『アルト』の時に両断した防衛システムがそのまま残っていた。

 侵入者たちが後ろから迫る天魔を防いでくれている中、このフロアにいるのは、俺とアクム、タイチョー、リヴィア……。


 ── そして、見覚えのある二人の男女だった。


 それは、「久しぶりね…」

 ヤナセの視線と、「アルト、待ってたぞ!お前はまだ俺たちの理想に賛同するつもりはないようだな!」両手の銃を器用に回す、鋭い眼光のトヨダだった。


「ああ、俺の気持ちは変わっていない!二人とも、現実に帰ろう!そして、一歩ずつ世の中を変えていこう!」


 俺の願いに対し、「駄目だ」と、トヨダが冷たい光を瞳に宿しながら答えた。

「現実のセクター・トウキョウには、俺の家族が人質として捕まっている。俺は、救わないといけないんだ」…と。

 だからこそ、ガーディアンの理想の世界を実現しなければならないと。


「トヨダさん、リライトの中枢イヴは破壊した!現実世界でリライトの悪事を公表しよう!ADMだって、黙っていないはずだ!きっと家族も助かる!」


 必死の説得にもかかわらず、「アルト君。多くの不幸をすべて救えないわ。それでも、現実を受け入れるの?」と、ヤナセが悲しそうな声で問いかけてくる。


「だからこそ、俺たちが変えていくしかないんだ!頼む、一緒に帰ろう!」


 トヨダはなぜか嬉しそうに微笑んで、「若さって素晴らしいな……。でも、駄目だ!歴史が繰り返すのは目に見えている。根本から作り直す必要があるんだ!」と言い放ち、銃を構えた。


 ── 戦いが始まってしまう。

 どうあがいたって、今の俺に敵わないのに。それでも、二人は襲いかかってくる。


 俺は攻撃をかわし、杖を首筋に打ち下ろした。

失神させる程度の力加減で。

 決着がついたのはわずかな時間だったが、俺にはそれが長く続く苦行のように思えた。


 床に倒れた二人を見据えながら、「リヴィア。この二人も現実に戻せるのか?」と俺が問いかけると、「望んでなくてもか?」とリヴィアが答える。

 俺が無言で頷くと、「なら、ユダのお父さんに伝えとくわ」と、彼女は八重歯をのぞかせ微笑んだ。


 そして、リヴィアは言った。

「ナイン、この上にいる二人は……もう、人ではない。『ELIイーライ』いや、『ユーピテル』のデータを体に組み込んどる。もう、現実には戻されへんかもしれん。覚悟しといたほうがええ」


── ユノ。カイセ。なぜ、そこまでして。いや、それほどの覚悟なのか。


 リヴィアはその後、俺たちを見渡すと、「ほんでもって、一時的にお別れや」と、意外な言葉を呟いた。

 俺たちは『えっ?!』と、声を詰まらせリヴィアに注目するなか、彼女は。

「セクター・トウキョウの侵入者を帰す段取りと、『観測者』にお願いに行かな…あかんからな。あんたらが、ここのパンドラである『ELIユーピテル』を破壊できたら……。きっと、また逢える」

 リヴィアは八重歯を覗かせ、いつもの笑顔で語った。

「ナイン、アクム、タイチョー。短い時間やったけど、楽しかったわ。ありがとな。そして──キッチリこの物語を終わらせてや!」


 どうして。また、すぐに会えるはずなのに?

「なぜ、最後の別れみたいなことを言うんだよ?」

 その問いに、リヴィアはただ優しい眼差しを返すだけだった。

 リヴィアの身体が緑に輝き始め、姿は細くゆらめく。それは美しく、まるで光の蛇のようだった。

『じゃあな……。がんばるんやで』

 その言葉を残し、リヴィアと侵入者たちは緑の光に包まれて消え去った。


「ナイン。リヴィアを信じて…進みましょう!」

 隣のアクムが俺の手を握る。その虹色の瞳の中には、結末を覚悟する意思が宿っていた。

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