第54話 すれ違う信念

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 「失礼します!入部希望で来ました!」

トオルが扉を開け、部室に入って来る。そう、彼との出会いだ。

「私達も一年よ。先輩はまだ来てないわ」

 アズサがヘッドコントローラーを拭きながら答えた。


「あなたは?」

 私の質問にトオルは、調子の良さそうな声で答えた。


「セクター•トウキョウから引っ越してきたトオルって言うんだ。同じ一年か、宜しくなっ!」

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 私の目の前でその戦いは唐突に始まった。

トオルが目にも止まらない速さで、ハンマーを振るう。

 ナインは、それを瞬間移動で後ろに回避。振り下ろされたハンマーが床を粉砕し、轟音と共に砂煙が立ちのぼった。


「トール。その程度じゃ、俺には勝てないよ。潔く降参してくれないか。あんたの『世の中を良くしたい』という想いは本物なんだろ。一緒に現実に戻って、地道だけど俺達で世の中を変えて行こう」

 ナインがトオルを見つめる。


「言ったはずだ!お前の理想は叶わない!」

 トオルが鋭い眼光でナインを捉える。


 私の知っているトオルは決して悪い奴じゃない、あのときだって……。


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 私とアズサ、そしてトオル。ある日の帰り道で、トオルが叫んだ。

「おい!何やってんだ!」

 私達の目の前で大学生くらいの三人の男が、道端で物乞いしていた男性に、一方的に暴行を加えていたのだ。

「なんだぁ?ゴミを掃除して何が悪いんだ?」

 男達はニヤニヤとこちらに歩み寄ってくる。

「女はべらかせて、英雄気取りか?あんまり調子に乗るな…よっと!」

 男の拳がトオルの腹に刺さる。


「げほっ!」トオルがうずくまりながら言い放つ。

「お前たち、恥ずかしくないのか!弱い立場の人間を痛ぶるなんて…!」


 三人の男はあからさまに機嫌の悪い表情で、

『何言ってんだコイツ…』と、トオルを囲む。


「あなた達っ!今通報したわ!動画も撮っているから、捕まりたくなかったら消えなさいっ!」

 アズサが毅然とした態度で言い放つと、男達は『くっそ、つまんねぇ奴らだぜ…』などと言い放ち去っていった。

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「俺には大義がある!負ける訳にはいかない!」

 トオルの指先から雷の様な閃光が走る。

それに対し、ナインは今までとは比べ物にならない反応速度で防壁を構築しこれを防ぐ。その動きは余裕すら感じる程だった。


「大義名分があれば、何をしてもいいのかっ!人の命を何だと思っているんだ!」

 ナインが電撃矢を放つ。

それはトオルに直撃するが、まるで、吸収されるようにトオルの体に吸い込まれてしまった。


 トオルは眉間にシワを寄せ吠える。

そんな彼を私は見たことが無かった。

「俺から言えば、お前は意気地なしだ!そんな奴に世の中を変えれるはずが無いっ!お前は見たことがあるか? ゴミ山で鉄屑を拾い、その日を生きる子供たちを!この国の現実をっ!」

 トオルのハンマーが電気を帯び、放電音が辺りに轟く。


「アクムっ!リヴィア!離れろっ!!」

 ナインが叫ぶが、私の脚は地面に根を下ろしたかのように一歩も動けなかった。

 次の瞬間、数多の落雷が辺りを襲う。

私は、シールドを上に展開するも、雷による衝撃が体を震わせた。


「アクムっ!無事か!?」


「え、ええ!ナイン、トオル……。お願い!もうやめて!」

 しかし声は届かない。トオルがハンマーとは思えない速さでナインに振りかかり、ナインも杖でそれを弾く。

 互いの武器が触れ合うたび、その衝撃は体に重く響く。


── 私は…ナインを助けなきゃ。

 その想いとは裏腹に腕に力が入らない。

こんなに刀が重く感じるのは初めてのことだった。


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「ねえ、トオルは何処に住んでるの?」

 アズサは私とジェネシスの対戦中にも関わらず、トオルに質問した。

 そんな余裕があるほど、私とアズサの実力はかけ離れていた。


「おっ!俺の家に泊まりに来るか?熱い夜になりそうだぜ!」


 私の目の前で、アズサのキャラクターが赤面すると、「馬鹿じゃないの!」といい、私に向け火の玉を連発して放ち、避けきれなかった私のキャラクターは敗北してしまった。


「住んでる所を聞いただけで、なんでそうなるのよ!」

 コントローラーを外したアズサはまだ赤面していた。


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「トール!俺はあんたを殺したくない!破壊からは何も生まれない!」

 トオルから放たれる放電を避けながらナインが叫ぶ。

「そう言って、何も変えられない無能をのさばらせた結果が、今の世の中じゃないかっ!上に立つ者自体の水準は下がり、この有様だろうが!この先、衰退しかない世の中を、延命する必要がどこにあるっ!」

 トオルの振り抜いたハンマーから、衝撃波が放たれる。私とリヴィアを守るシールドに亀裂が走った。


「だから、俺達で変えればいいじゃないか!」

 ナインが石弾を放つが、いとも簡単にハンマーで粉砕される。


「お前……。本気じゃないな。俺を舐めてるのか?」トオルはそう言うと、自らに落雷させ、電気をまとった。

 刹那、目に追えない速度でナインに詰め寄り、振り抜いたハンマーがナインの脇腹をとらえた。


「がッはっ!!」

 吹き飛んだナインはエスカレーターに衝突し、砂埃が舞う。


「ナインっ!」

 粉塵の中から現れたナインは、口元から血を流していた。


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「………えっ?俺の夢?」

 アズサが腰に手を当てトオルに詰め寄る。

「そうよ!トオルはチャラチャラしているから、この先心配だわ!」


「そうだな……。本当は農家をやりたいんだ。今みたいなプラント生産の食料でなく、土を耕してさ、そして、みんなに『おいしい』って喜んでもらえたら俺は幸せだな」


「そんな非効率な事、普通するかしら? ……でも、素敵な夢を持ってるじゃない!」

 アズサは嬉しそうに笑顔を浮かべた。

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 トオルがナインを追撃する。電気を帯びたトオルの動きは格段にスピードが増していた。


「雷神、死ぬ気か?」

 リヴィアが眉を潜め呟いた言葉に、「どういう事?」と、尋ねると彼女は言った。


「トールは、自分に電力の過剰供給をしとる。このままでは、長い事持たんわ」


── 何故そこまでして、戦うの!?


「くそっ! ズイムより速いっ!」

 ナインは防戦一方となっていた。その時、トオルの放った足払いがナインを捉え、地面に倒れ込んでしまった。


あいつらガーディアンの理想も甘い!いずれ破綻する!俺達の理想の為に死んでくれ!そして、その能力を俺にくれっ!アルトっ!」


 トオルのハンマーが、緑に輝く。

私は無意識にナインの前に立ち塞がり、身を盾に、その一撃を体に受けた。


 一瞬で、私の意識は、絶たれた。


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「俺さ……。セクター•トウキョウのスラム出身なんだ。 皆が安心して暮らせる社会なんて、犠牲なくして実現出来ないのかな?」

 ある日の帰り道。

いつになく、寂しそうなトオルは夕日を眺めて言っていた。


「トオル…… 辛い思いをしてきたのね」

 アズサはトオルの手を握っていた。


 苦笑いをしてトオルは「…ってのは冗談!」と、駆けて行く。

 アズサは怒らず、その背中を見つめていた。


 それは、私でもわかるくらい下手な嘘だった。


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 トオルは、優しくて、正義感があって。

お人好しの誰かさんと同じ、いい奴だ。


 ── だから。

       争ってほしくなかった。

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