第53話 雷神
【 LOG:アクム 】
時刻は11時。
「アクムっ!おっはよー!!」
入口のドアが開けられ、勢いよくナインが私の部屋に入ってきた。
私は……。
「なーいーんーっ!!!」
体に巻き付けたバスタオルが落ちないように、ナインの左頬に平手打ちをお見舞いする。
ナインは、体の中心線を維持して空中でキリキリ舞う。プロのフィギアスケーターも驚きだろう。
「なんでいつも、このタイミングなのよっ!」
── そう、丁度シャワーから出て来たところだったのだ。
「部屋の解錠コードは、金輪際渡さない方がいいかしらっ!」
その様子に、リヴィアがべットの上で声を上げ笑い転げていた。
昼食をとる為に、皆でホテルの食堂へ向う途中。
その道すがら、ナインは『ごめんなさい』と何度も言ってくるのを聴き流し続けるなか、タイチョーがナインに質問を投げかけた。
「ところで、ハシダはどうだったんだ?」
ナインはそれに、決意のこもった表情で頷く。
── そうか…。いい経験だったみたいね。
何だか急に逞しく見えるナインの背中。
この先、私たちの想いも背負って行ってくれるだろう。きっと、大きな重荷になっても。
「さて、今日の予定や」
食堂で各々に昼食を取りながら、私達はリヴィアの声に耳を傾ける。
「タイチョーは、車でセクター•ナガノのユダさんの所向かってや、ナビは設定しておいたさかい。そこで回復技に磨きをかけとってほしい。頼んだで」
タイチョーは『承知した!』と大きな返事をする。私達のグラスが震える程の音量で。
「ほんで、アクムとナインはセクター•トウキョウから少し離れた所に転送したる。戦闘の覚悟はしとくよーに」
リヴィアは目の前に拳を作り笑顔で言う。
「昨日言ってた侵入者に会うんだな?」
ナインの表情は真剣だった。彼の能力があれば侵入者であっても問題ないだろう。
だからこそ、考えるのは侵入者の安否。
「今の俺は無敵だから『全員』俺が始末する!アクムさんは、離れて見ておくように!」
と、ふざけた感じで言ったのは、その心境を如実に表していた。
ナインと同じ『侵入者』は、こちらで死んでしまうと、現実世界の肉体も死んでしまうのだろう。だから、リヴィアはナインを見殺しにしなかった。
ナインは、私に『殺人』をさせたくないのね。
ほんとに優しい人だ…。でも、私は覚悟を決めている。
「甘く見ないで頂戴!侵入者を殺しはしないわ。ちょっと悪夢を見てもらうだけよ!」
その言葉にナインは嬉しそうに微笑んでいた。
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「さて、準備はええか?」
ナインと私は頷く。
タイチョーはすでに出発した後だった。
「ほんじゃ、行くで!」
その言葉の後、私達の視界が歪むと、捻れた風景が流れ去り、あっという間に目的地に到着した。
そこは、今は使われていないのだろう、風化しかけたショッピングセンターの建物の中だった。壁のガラスは割れて床に散らばっており、床の亀裂からは雑草が生え、虫たちも飛んでいる。
「デートにはもってこいの場所だな」
ナインは辺りの様子を伺い、独り言を呟く。
「もう、相手は来てる筈や。先ずは、話し合い言うてたから、すぐに戦闘にはならんやろう」
照明が無いためか、日中にも関わらず通路の奥は薄暗い。
その先から突然、男の声が響いてきた。
「べらぶっ!!アクムって…メアだったのか!!」
── そんなっ! この声は!!
奥から現れた人物……、それは。
「トオルっ!無事だったの!?」
トオルが姿を現した。 彼は生きていた!
でも、どうしてここに?と、疑問が頭を埋め尽くす中、リヴィアは低い声でつぶやいた。
「『侵入者』雷神トールのお出ましや」
「リヴィア?何を言ってるの?!」
トオルは、あの日、別れたままの姿でそこに居た。 ひとつだけ違ったのは、身の丈もある巨大なハンマーを持っている事だった。
── トオルが…侵入者?
「アクムっ!知り合いなのか?」
その、ナインの問いに返答が出来なかった。
そんな…どうして…?と、私の頭の中を駆け巡っていたのだ。
トオルは私達に向かって口を開いた。
「メア。感動の再開だけど、出会い方が悪かったな……。 そう、俺は『侵入者』なんだ。悪いがメアと蛇は下がっていてくれ」
「私はナイン…いいえ、アルトを守らなければならない!ここにいるわっ!」
精一杯返答するが、頭の中は混乱し続けている。
「じゃあ、外野は黙ってじっとしていてくれ。早速だがアルト、話を聞いてほしい」
トオルがナインに話かける。それに対しナインが私に優しい表情で言った。
「心配いらないよ。戦うことになったら、許してくれ」
そして、ナインはトオルの近くまで歩み寄って行った。
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「はじめまして。俺はトール、セクター•トウキョウからの侵入者だ。宜しく!」
「俺のことは知っているみたいだな。話って、何なんだ?」
「単刀直入……か。真っ直ぐって感じだな。嫌いじゃないぜ!」
「雑談が希望なら、先を急がせて貰う」
「ゴメン、ゴメン!話したかった事は、俺たち『リライト』に協力して欲しいと言う事だ。アルトも色んなセクターを見てきて思わないか。腐りきっていると」
「確かに、ろくでもない連中もいたさ……。でも、それ以上に、必死で生きる者たちも見てきた。俺はそんな人達を守りたいと思う」
「アルトに一つ質問がある、その、必死で生きる者を守るとは具体的にどうするつもりだ?」
「それは……まだ。 だけど、生きることが苦しいなんて、悲しいなんて。あってはいけないんだ。権力に蹂躙されない『法』の力で変えていくしかないと思う」
「平和だの、公平だの。 そう言って何年、何百年たった? 何が変わった? なあ、アルト。もうこの国は取り返しのつかない状態なんだ。 目を覚せ」
「目を覚すのは、トール。アンタの方だ。 身勝手な暴力で解決なんてしない。遺恨は残り、次の争いが起こる!」
「なら、その『遺恨』が残らないよう徹底的に粛清するまでだ。なあ、アルト。俺達が根本からやり直す。世界を一度フラットな状態にして、諸悪を断つ。そして、平和な世界を造るんだ!物事の本質を見てくれ。そして、俺達に協力してくれ」
「………残念だけど、お断りだ!俺は、俺の手でこの国を良くしたい!現実に戻ったら、セクター長になって、自分の手でより良い社会を作っていきたい!」
「何を馬鹿な…! セクター長なんて、所詮コネの塊だろ!一般人がなれる訳が無い!」
「それでも俺は、やってやる。可能性が無い訳じゃ無い!」
「俺達に協力しないと?」
「ああ、しない。それに、お前たちの信じるイヴはこの国を滅ぼそうとしてるんだ。トール、俺たちの仲間になってくれ。一緒にイヴを倒そう」
「アルト。お前はそこにいる蛇に騙されているんだ。そいつこそ、この世界を無に帰すプログラムだ。前にリライトに取り入り、裏切った奴だぞ」
「違う!リヴィアは俺たちを救おうとしてくれているんだ! 騙されているのはお前の方だ!」
「交渉決裂だな。それなら、お前を倒して能力を貰うまでだ!」
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