第55話 消えた鼓動
【 LOG:ナイン 】
「ア、アクムッ!!」
振り抜かれたハンマーがアクムの体をとらえ、血飛沫と共に彼女は放物線を描いて飛んでゆく。
辺りから音は消え。
俺の目にはその光景がゆっくり映っていた。
俺はトールを救いたいと思った。
そして、その選択がこの結果を招いた。
「そんなっ!!」
俺はトールに背を向け、咄嗟にアクムを追った。
しかし、死角から放たれたトールの電撃を背中に受け、俺はまた地面に倒れ込む。
「邪魔をするなっ!」
俺はアクムを追う事に夢中で、トールに向けて緑の矢を放ってしまった。
それは、トールの胴体を貫くと、彼は『何が起こったのか理解出来ない』といった表情で、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。
俺は痺れた体を引きずり、アクムの元へたどり着いたが。
── アクムが息をしていない。
「頼むっ!間に合ってくれ!!」
俺は急いで腕輪をアクムにあてがう。そう、セクター•オオサカのタワー破壊前に、タイチョーから回復能力をストックしてもらっていた腕輪を。
「アクムっ!戻って来い!頼む!死なないでくれ!」
しかし、願い虚しく彼女の身体は透け始めていた。
「もう、手遅れや。タイチョーの運命とアクムが入れ替わってもた。今回も駄目やったか……」
それは、いつの間にか隣に立っていたリヴィアの声だった。 彼女は拳を握り締め口を固く結んでいた。
「リヴィア! お前なら何とか出来るんじゃ?!」
リヴィアは黙って首を横に振り、「ナイン。すまん、ここまでや。 また、次で会おうな」と、悲しそうな笑みを浮かべる。
腕輪の回復能力が底をついた。しかし、アクムの鼓動は戻らず、透過した彼女の身体が淡く緑に輝き始める。
「アクム!死んじゃ嫌だ!」
俺はアクムを強く抱きしめた。
「── 好きだから?」
「そうさ!俺はアクムの事がっ!……って、あれ……?」
今までが悪夢だったのか?と、思えるような出来事。
アクムが目を開けて、薄ら笑いを浮かべ、俺を見ていたのだ。
「なんやて!?生き返ったんか? まさか……、運命の力を…これで後が無くなったってことか?!」
リヴィアが意味不明な言葉とともに、驚きを隠せない様子で声を上げる。
上半身を起こしたアクムは、「ナイン…トオルは…?」と、弱々しく辺りを見渡す。
俺は振り返ると、トールは先程の姿勢でうずくまっており、視線はこちらに向けていた。
── まだ、生きてはいたが。
「やっぱり…俺には…敵わなかったか……。でも、メアが無事でよかった……」
トールはそう言うと、『がはっ』っと、口から血を吐く。
「トール…俺は…」
歩み寄った俺の言葉を、トールが遮って話し始めた。
「時代がお前を選択したんだ…あの世で見てるから、この世を良くしてくれよ…頼んだ…から…な……」
そう言うと、トールは瞳を閉じ、緑の光と共に消え去ってゆく。 俺とアクムはしばし呆然と、その光景を眺め続けた。
「アクム、よう生き返ったな。うちもびっくりや」
優しく微笑むリヴィアに、アクムは、「ナインは私が居ないと駄目だから仕方なくよ!ホント、トオルごときに…不覚を…取る…なん…ヒック…」と、瞳から涙が溢れていた。
── トール…。強い信念を持っていた。
そして、俺は、この手で亡き者にした。
俺はこれから、自分の選択に責任を持たなくてはならない。約束を果たす義務も。
「二人共疲れたやろ!うちはヤボ用で消えるから、明日まで休んどき」
そう言うと、リヴィアの姿が霞の様に消えてしまった。
「アクム…本当に…良かった」
「ナイン」
彼女を優しく抱き寄せ、そっと口づけを交わす。
喜びと悲しみ、未来への期待と不安の入り混じったキスは、甘く苦かった。
そして、そっとその細い身体を抱きしめた。
その日はリヴィアが戻らないままに、2人だけの夜が明けた。
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「ねえ、ナイン…私思うの」
俺の隣でアクムが囁いた。
「逆境を知らなければ、人が成長できないのは、神様がわざとそうしたんだって」
「神様?」
「そう、辛いことや哀しいこと…世の中を取り巻く理不尽な事があるから、人は幸せでありたいと望むでしょ。その想いが人を突き動かす……。そして、より良い社会を目指す」
「なんだか、悟りを開いた高僧みたいだな」
「真剣な話よ。あなたが、セクター長を目指すって言ったとき、私は嬉しかったの。あなたは日常でない今を生きる事で、その決心がついたのでしょう。だから、困難は人を強くすると思ったの」
「そうだな。現実世界の俺のままだったら、こんな想いを抱く事も無かっただろうな」
「あなたには重荷になるかもしれないけど、私も、ナインの創る未来を期待しているわ」
「ああ、任せといてくれ。俺が偉くなったら、きっと現実世界のメアに会いに行くよ。セクター長夫人にしてやろうか?」
「本当に…一言多い。でも、嬉しいわ。私が彼氏を見つける前に会いに来てね」
建物に光が差し込み、小鳥の囀りが聞こえてくる。 それに混じり、聞き慣れた声が届いた。
「お二人さん、よう休めたか? クククッ…」
それは、限界突破した笑顔のリヴィアだった。もはや、笑顔を通り越し、邪悪と言っても過言ではない。
「リヴィア、気を効かせてくれたみたいね。 お陰で未練はないわ。さーて、
アクムも照れながら悪魔の様な笑みを浮かべるのをみて、女は魔性の生き物って言葉に納得した。
「アクム。この先、回復技のストックは無い。更に侵入者は天魔より強いから、無駄な戦闘は避けよう。目指すはイヴの破壊だ!」
俺の意気込みと対照に、リヴィアが床から生える草を引きちぎりながら呟く。
「せやけど…中央塔の中と外に侵入者が集結しとる。全員で五名様や。正面突破は厳しいやろうな…」
「ふふふ、窮地を掻い潜って来た俺には作戦を立てるという能力があるのだよ。リヴィア、『リライト』の本拠地ってどこにあるんだ?」
「中央塔から少し離れたトコにある。直線距離で5km程や。なんか企んどるな? そんでもって、ナインのニヤけ方ちょっとキモいで…」
── 厳しい事言うじゃないか。
「で、いつもの決め台詞があるんでしょ?」
アクムは腰に手を当てて、半笑いで俺を見つめる。
「そう……。イヴには、残念なお知らせさ!」
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