第32話 再来の天魔
── 何が起こったのか、自分でも理解できなかった。
目の前にあったはずの壁、床、天井、そしてあの巨大な『天魔』。
それらすべてが消え失せ、代わりに広がっていたのは、切り取られたような中央塔の壁と眼下に広がる地上の景色、そして大きな空。
「ナイン……凄まじい力を持っているんだな……」
タイチョーが意識を保っていることに安堵する。しかし、彼は重傷を負っているはずだ。
「タイチョー!俺は大丈夫だから、早く自分の手当てを!」
「ああ、済まない……」
タイチョーは腹に刺さっていた矢を抜き、「がぁっ!」と叫び声をあげると血が吹き出す。 それでも自らの腹に手を当てると、すぐに傷は癒えた。その後、俺の怪我も治してくれた。
「ナイン、命拾いしたよ。本当にありがとう!」
「こちらこそ……それより、まずはうるさい防衛システムを黙らせないと!」
防壁に向かって防衛システムが依然として発砲を続けていた。防壁が持ちこたえてくれていたが、そこから覗き込むと、防衛システムが手当たり次第に発砲していて、動きも乱れているようだった。エラーが発生したのだろう。
緑色の矢をイメージし、防衛システムに向けて放つ。爆音とともに銃声は止んだ。
「あの天魔には驚いたが、ナインにあんな技があるなんて、もっと驚いたぞ!」
タイチョーが笑顔で肩を叩いてくるが、それが意外に痛い。
「た、タイチョー、また骨が折れるって……。ところで、これは本当に俺がやったのか?」
目の前に広がる光景を見渡し、天魔に『消え去ってしまえ!』と願った瞬間、緑の光に包まれた記憶しかない。
「そうなのか?でもナインが放った技だとしか思えないぞ! こんなことができるなんて、まさに『救世主』だな!」
──救世主。タイチョーの言葉はどこかで聞いたことがある気がした。過去の記憶だろうか?
「さて、さっさとパンドラを破壊して、アクムを迎えに行かないと」
「そうだな!」
その後、パンドラを破壊し、市民に報告を終えると、俺たちはS•ヒロシマを後にする事にした。
「ナイン、あの子たちがいるぞ」
タイチョーの視線の先には、少年たちが千切れそうな勢いで手を振っている姿があった。俺もそれに応えて手を振る。
不条理な社会を体験した子どもたちだ。だからこそ、彼らには正しい社会を築いて欲しいと願いを込めた。
「しかし、アクムさんは本当に強いですね。自分たち二人じゃ苦戦ばかりで……。ナインにもずいぶん苦労をかけて、申し訳ない!」
「俺こそ、タイチョーには助けてもらってばかりだよ。感謝してる」
そう言いながら、俺たちは『アクセラレータ』に乗り込んだ。
セクター•カガワ(四国地方)に向かうには、瀬戸大橋を渡ればいい。アクムを救出するため、タイチョーがアクセラレータを発進させる。『どうか無事でいてくれ』と願いながら。
街の景色を眺めながらしばらく走る。ビルや道路に反射する太陽光がギラついて目を刺す。自然にはありえない不自然な光だ。そんなことを考えていた時、──嫌な予感がした。この感じは……?
後ろを振り返ると、そこには浮遊しながら追ってくる『奴』がいた。
「タイチョー、飛ばしてくれ! 後ろにあの天魔がいる! パンドラを破壊したのに、どうしてまだ存在してるんだよ!?」
そこには、上空から見下ろす『触手の天魔』の姿があった。
「逃げた方が良さそうだな! しっかり捕まれ!」
タイチョーが踏み込み、アクセラレータが急加速する。
『何故逃げるの……?私、寂しいわ……』
天魔の声が頭の中に直接響く。
「何を言ってんだ!そりゃあ逃げるさ!」
俺は窓から身を乗り出し、緑の矢を放つが、軌道を読まれ完全にかわされてしまった。
「タイチョー、捕まったら終わりだぞ!」
「わかってる!」
アクセラレータがさらに加速し、幸いにも天魔との距離が開いていく。
『不思議な車ね……干渉できないなんて……。私の力が足りないのかしら……?ああ、哀しい……』
天魔は悔しそうに表情を歪めると、大橋の前で止まった。小さくなる天魔の姿に安堵したのも束の間、『また逢いましょう……』という言葉が頭に響いた。
「ナイン、あの天魔は複数いるようだな?さっきの奴は、自分の仇だった天魔とは違う雰囲気だった」
タイチョーは冷静に観察していたようで、その対応に感心する。
「……そういえば、アクムも言ってたな。さっきの天魔は哀しげだったし。まあ、天魔の考えなんてわからないけどさ」
巨大な橋に差し掛かると、タイチョーが話題を変えた。
「それにしても、すごい橋だな! しかも、ずっと昔に作られたらしいぞ。反重力エネルギーもない時代にどうやって作ったんだろうな?」
車が空を飛ぶ前からこの橋が存在していたなんて、昔の人はすごいな。と驚きつつ、俺たちは橋を渡りきろうとしていた。そして、遠方に見える中央塔。
「あそこにアクムが……」
「そうだ!どうやって地下シェルターに入るんだ?」
「…………」
「…………」
──考えてなかった!どうしよう!?
「俺たちには……」
「自分たちには!?」
タイチョーが期待のこもった目でこちらを見てくるが。
「残念なお知らせだ!」
「つまり、ノープランってことだな!」
「いざとなったら掘り進んでシェルターにたどり着くしかない!」
俺の勢い任せの言葉に、タイチョーは笑う。
その明るさが、俺を少なからず支えてくれていた。
「ところで、ナイン……このモニターに『給油してください』って表示が出てるんだが、わかるか?」
「給油?何のことだろう?」
……………………………………………………
── 一方、セクター・フクオカでは ──
「しまった! 給油のことを伝えてなかった!」
S•フクオカのキサラギが突然、大声で叫ぶ様子に、隣にいた年配の次長は驚いて目を丸くする。
「なんて初歩的なミスを……!」
そう言って、キサラギは頭を抱えていた。
「キサラギ様……何か大変なことが起きたのですか?」
「ああ、大変なことだ……」
……………………………………………………
橋を渡りきると、『アクセラレータ』が突然、プスン、プスンと不機嫌になり、動かなくなった。
「彼女がいないから機嫌が悪いわけじゃなさそうだな」
「動力源が不足したんだろう!『給油』と書いてあるから油がいるんだ!何の油かは知らないが!」
仕方なく、俺たちはアクセラレータを置いて歩き始めた。S•カガワの中央塔は見えているが、到着するのは夜になりそうだ。
「タイチョー、力は使えそうか?」
タイチョーが力を使える場合、天魔のテリトリーという事になる。 あの『触手の天魔』を除いてだが。
「まだ使えないな! そうなったら教えるから安心しろ!」
しかし、遠い。向かっているにも関わらず、進んでいる気がしない。
沈みかけた血の様な赤色をした夕日が不安を煽る。アクムの行き先を、センガは『ラボ』と言っていた…何かの実験を目論んでいるのだろう。
アクムは強い……。でも、時折見せる弱さが、気丈に振舞っているだけという事実を物語っている。
そう、アクムは同年代の少女なんだ。
何かを抱えている彼女を、頼りないかもしれないが、俺は力になりたいと思う。
天を仰ぐと夜の帳が降り始めていた。
同様に暗く沈みそうな気持ちを振り払い、中央塔をしっかりと見据えると、自分にこう言い聞かす。
── 笑顔で……、アクムを迎えに行こう。と。
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