第31話 絶対絶命

 倉庫の中では、5体の『はにわ』がくぐもった呻き声をあげていた。可愛く作ったつもりだったが、そのアンバランスな光景が逆に不気味さを際立たせていた。


 その中で、センガの入っている『はにわ』に向かい、「好き放題やってくれたな。これからお前たちを地上に『追放』するが覚悟はできているか?」と、凄んでみせる。


 だが、効果はなかったようで、センガは「貴様ら、こんなことしてタダで済むと思っているのか!」と怒鳴っていた。実に威勢のいいことだ。


「アクムをセクター・カガワのどこにやった? 答えないなら、このまま窒息させてやってもいいんだぞ!」


「くそっ、教えたらここから出してくれるのか?」 と、センガが悔しそうに言う。

 ……昔の偉人は『できない約束はするな』と言った。俺に記憶はないが、たぶんそんな感じだろう。

「考えてやるよ」


「あの女はセクター・カガワの地下シェルター、第1ラボに送った!さあ、言ったぞ!出してくれ!」


「聞こえなかったか?『考えてやる』と言ったんだが」

 センガは激昂し、はにわの中から怒鳴り声を上げた。


「センガさんよ…あんた、ずいぶんと酷いことをしてきたんだ。少しは反省したほうがいいぜ」俺は淡々と答えるが、心の中では、彼をこのまま殺すほうがセクターのためかもしれない、という考えがよぎる。


「今からお前たちを地上に出す。そして、この『はにわ』を壊せるハンマーを市民に渡す。お前たちが救われるかどうかは、市民の判断に委ねるつもりだ」


 はにわの素材は、天魔の攻撃にも耐える。お前たちはすぐに染人にはならない。それに、パンドラは明日には破壊してやる。その一晩、天魔と染人を前にして少しは反省することだな。


 他のはにわ達にもその言葉が届いたのか、みな一斉に叫び声をあげた。 その様子に、「こんな奴ら、死んでも治らねえよ!」と少年の怒りに満ちた声が響いた。


 地上に出ると、俺とタイチョーは5体のはにわを外に放り投げた。一瞬にして染人たちがそれを取り囲む。助けられた時に、彼らが改心していればいいのだが……。


「お兄ちゃんたち、ありがとう」子供たちが口々に感謝の言葉を述べるが、俺の心は晴れない。セクターごとにこれほどの違いがあるとは思っていなかった。

 セクター長、そして『ADM』とは一体何なんだ? 今の社会はどうなっているんだろうと腑に落ちない感情が胸の中で渦巻いていた。


「ナイン、アクムの行き先はわかったが、パンドラはどうする? 自分たちだけじゃ中央塔には近づけないぞ! 先にアクムを助けに行くか?」


 イメージする特技が枯渇していた俺は、タイチョーの問いにゆっくりと首を振り、「いや、まず明日にパンドラを破壊しよう。それからすぐにアクムを助けに行こう」と答え、作りすぎた『はにわ』に目をやった。


「なるほど!それを使うんだな!」タイチョーは納得した様子でうなずいた。



 翌日、S・ヒロシマの中央塔前。

2体の『はにわ』が不器用に歩いていた。側から見ればシュールな光景だが、中にいる俺たちは真剣に歩を進めていた。


「もう少しだ…」染人をかき分けながら進む。昨日、センガたちを取り囲む染人の光景が不安をよぎらせたが、予想外に順調に進んでいた。染人に覗き込まれ目が合った時にはヒヤリとしたが…。


 かくして、中央塔に侵入成功し、『はにわ』スタイルを解除すると、俺たちは中央塔を駆け上がる。


「女神タイプは任せてくれ!タイチョーは天使タイプを頼む!」


 上階のパンドラを目指して走り続けるが、不思議な事に天魔が現れない。

「おかしいですな」タイチョーも不審そうに呟く。


 そのまま、タイチョーと共に最上階を目指して進む。そして防衛システムが待ち構えているだろう階まで辿り着いた時だった。


「タイチョー、この扉の向こうに大きな機械、防衛システムがあるはずだ。すぐに攻撃できるようイメージを作るから少し待ってくれ」

 その言葉にタイチョーは頷くと「了解です。ごゆっくりどうぞ!」と、辺りを警戒した。


 しかしその瞬間、大きな振動と共に扉と壁が吹き飛んだ。

 とっさに防壁を展開し、俺とタイチョーを守ったが、イメージしていた『緑の矢』は消えてしまった。


「何だっ!?」

 粉塵が舞い上がり、視界が遮られる中で銃声が鳴り響き、防壁に着弾する振動が伝わってくる。


「読まれていたようですね。一旦下がりましょう!」と、タイチョーが後方に振り返り、体制を立て直そうとした時だった……。


「何だ、あの天魔は!?」

 そこには、通路を埋め尽くすほどの巨体をした女神タイプの天魔が立ちはだかっていた。


「なっ?! ただ的が大きくなっただけだ!」

 俺は石の弾丸を放つが、天魔は胸に穴を開けたまま、槍を構えてこちらに迫ってくる。


「修復しているぞ!」タイチョーが指差す先、天魔の胸の穴が塞がっていくのを見て、俺たちは愕然とした。


 天魔が槍を構え、その一突きによる風圧が俺たちを吹き飛ばした。防壁に叩きつけられ肺の中の空気が押し出されると共に、押しつぶされた右腕から骨が折れる音が頭に響いた。


「ナイン、大丈夫かっ!?」タイチョーの声が聞こえるが、痛みで答える余裕がない。


 折れた右腕に走る激痛を堪えながら、左手で天魔に向かって石の弾丸を放つ。焦りと恐怖が入り混じり、声を張り上げながら攻撃を仕掛けるが、天魔は消えないどころか傷口がみるみるうちに塞がっていった。


「この、ヤロウ…!」俺の叫びもむなしく、天魔は左手をこちらに向けると、指先から複数の矢を放ってきた。


「何でもありかよ!」

 俺はすぐに防壁を展開するが、矢の一つが防壁をすり抜け、左肩に突き刺さる。痛みがあまりにも激しく、呻き声が漏れてしまった。


 同じくして、背後から「がはっ!」と、タイチョーの声が。振り返ると彼の腹には深々と矢が突き刺さっていた。


「くそっ、くそっ!俺はなんでこんなに無力なんだ…!」腕が動かない。攻撃もままならない。


 天魔は槍を再び構え、その切っ先はタイチョーに向けられた。


「やめろ…やめろっ!!」俺は必死に防壁を展開しようとするが、腕が言うことを聞かない。


 そして。天魔は無表情のまま、槍を突き出した。

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