第30話 ミッション埴輪

 俺とタイチョーは手分けして『箱』を探した。しかし、あれほど大きなものにもかかわらず、見つけることはできなかった。

 ── すでにセクター・カガワに運び出されてしまったのだろうか?


「すみません、今朝、大きな金属の箱が運び出されたりしましたか?」

 ここは地下貨物輸送の管理室。受付の女性にそう尋ねる。


「い、いいえ……そのようなものは出荷しておりません!」

 明らかに挙動不審だ。このセクターの住人は何を恐れているんだろう?

 そういえば、あの『箱』を運んでいた作業員が『追放される』と言っていた。何か関係があるのかもしれない。

 重い足取りで管理室を出ると、見知らぬ少年がこちらをじっと見つめていた。


「どうしたんだ? 少年?」


 その声に、少年の目に涙が溜まる。

 ── しまった! 少年じゃなくて少女だったか? でも、どう見ても男の子に見えるけど。


 少年(少女?)は口を開く。

「魔法使いのお兄ちゃん! お願いがあるんだ!」

 男の子の声だ。よかった……ん? なんて言った?『魔法使い』?


「ここでは話せないんだ、ついてきて!」

 そう言って少年は駆け出す。


「ちょっ、待っ……!」

 仕方ない。そう思いながら、俺は少年を追った。


 辿り着いたのは倉庫のような一室。そこには、先ほどの少年以外にも少年少女が4人いた。


「見つけたよ!」

 先ほどの少年が皆に向かって声を上げる。

『本当に!? やったー!』

 その言葉に少年少女たちは口々に歓声を上げた。


 ── なんだか期待されているみたいだけど、人違いじゃないか……? と、顔を引き攣らせていると、少年は俺に向き直り話し始めた。その内容は耳を疑うものだった。

「お兄ちゃん、あのセクター長……。センガを殺してほしいんだ」


 少年の話を聞き、このセクターで感じていた違和感の正体を理解した。同時に、センガに対しこみ上げてくる怒りを抑える事が出来なくなった。


 ここセクター・ヒロシマは、センガによる独裁政治体制で支配されており、彼に気に入られなければ、投獄されるか『追放』の刑で地上に放り出されるという。災厄後、地下シェルターでの暮らしが始まってからは『追放』は死刑宣告に等しい。つまり、シェルター内の人口が少なく地上には染人が多い理由が……。


「センガは一体、どれだけの人を追放したんだ」


 その上、シェルター内には至る所にカメラやマイクが設置され、住民は常に監視されている。

 だからこそ、挙動不審にならざるを得ないのだろう。

 この少年たちの親も『追放』され、今ではセンガの命令で重労働を強いられているらしい。

──こんな年端もいかない子供たちを。


 目の前で怒りを滲ませる少年は、俺がアクムの部屋を破壊した現場を目撃していたらしい。それを見て、俺がこのセクターを解放するために現れた『正義の魔法使い』だと思い込んだようだ。


「許せないな……」

「じゃあ!」

 少年が目を輝かせる。

「でもな、簡単に『殺す』なんて言っちゃダメだ。確かに、お前たちは本当につらい思いをしてきたと思う。でもな、殺すなんて、それじゃセンガと同じ私刑になっちゃうだろ?」

 俺の言葉に、少年の目に失望が映る。


「でも、センガには罪を償わせる必要がある。殺しはしないが、裁きは必要だ」


「じゃあ、お兄ちゃん、協力してくれるんだね!」

 少年少女たちの表情が一気に明るくなる。


── そうは言ったものの、セクター長を裁ける『ADM』は沈黙している。どうしたものか……。


「よし、目には目を。『埴輪ハオ作戦』だ!」

「お兄ちゃん、それってなに?」

 子供たちが不思議そうな顔をしている。


 センガめ……アクムご一行様に逆らった罪、その身を持って悪夢を知るがいい!

 グフフ……いかん、子供たちが怪訝そうな目をしている。


 俺は子供たちに向かって説明をはじめた。

「センガには、残念なお知らせだ!」と。


 その後。


 俺は、イメージの特技で『はにわ』を量産していた。 それは、人ひとりが十分に入れる大きさだった。

「くっくっく……8体目完成ぃぃ」


「不気味な笑顔はさておき……。ナインの『造形』の特技はすごいな! どうやってるんだ!?」

 タイチョーが完成した『はにわ』をぺちぺち叩きながら、聞いてくる。

「それが、よく分からないんだ。はじめから出来たっていうか……」


 先程の倉庫の一室、タイチョーと合流し、互いに報告を行った。

 やはり、『箱』は見つからず、既にS•カガワに輸送された可能性が高いのだろう。


 こちらの出来事もタイチョーに報告したが、その際、「絶対にッッ許せん!」と、彼は顔を真っ赤にして怒りをあらわにしていた。


「食料と水はこれくらいあれば十分だろ…」

 俺は『はにわ』の内部に食料を詰めると、額の汗を拭った。その時、外から少女が倉庫に駆け込んできた。

『おにーちゃん!相手は5人だよ!センガもいるけど、みんな銃を持っているよ!』


「でかした! 危ないから離れときな」

 俺達は、センガに反乱を起こそうとしていると、子供たちを使って情報を流した。

 そして、この倉庫をアジトにしていると。


「よし! はにわハオ作戦いくぞ!」

 そう言って、俺は5体のはにわを倉庫入り口の上空に浮かべる。

『おにーちゃん、本当に魔法使いなのね…』

 その行動に少女が目を丸くした。


 準備は整った。

タイチョーが倉庫の奥正面にある木箱に腰掛ける。

 俺は入り口付近の物陰で、はにわを浮かせたまま身を隠す。


 間もなく、センガ達が倉庫に入ってきた。


「タイチョー殿。こちらでしたか?」

 4人の男を前に立たせ、後方からセンガが発する。

「ナイン殿の姿が見えませんが、どちらに行かれましたか?」

 前に立っている男たちは懐に手を入れている……。 少女の情報通り銃を持っているのだ。


「おっ!セッ、センガ殿よくここがおわかりで!」

 タイチョー、棒読みだよ……。と、緊張が切れそうなのを堪え『はにわ』を維持する。


「少し気になる話を聞きましてねぇ? ナイン殿にもお伺いしたいのですが」


 ── もう少し、もう少し前に出ろ。


 刹那、倉庫内に響く『ガチャ』という金属音があった。

 それは、タイチョーに向けられた銃の撃鉄を起した音だった。


「一体どういうことですか!?」

 タイチョーの声からもマズイ状況が伝わってくる。しかし、両手が塞がっている今、防壁が展開出来ない状況にある。

 センガが倉庫に入るには、あと一歩及ばない。


「俺はここだっ!」痺れを切らせた俺は、両手を上げた状態でセンガ達が見える場所に歩み出た。

「そんなところに隠れてましたか…」

センガ達が銃を向けたまま、こちらに歩いてくる。

 (入った!)


「センガさんよ……。俺から悪夢のプレゼントだ!」

 手を振り下ろすと、上空の『はにわ』が勢いよく落下する。

 衝撃が倉庫内に轟き、5人を捕らえる事に成功したのだった。

 

 センガ達は何が起こったのか理解出来なかったのだろう。『はにわ』からくぐもった叫び声が響いた。


 埴輪が被さる瞬間、恐らくセンガは『はぉっ!』と言ったはず!『はにわ はぉっ』作戦成功。

 安心しろ…目の部分に穴を空けている。窒息はしない。ハズだ……。


『やったー!』子供達の歓声が倉庫内に反響した。


「さーて、『目には目を』の時間だ! アクムの居場所も吐いて貰おうか!」

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