第33話 再会

 辺りは闇に包まれ、肌を切るような冷気が漂い始める。

 S•カガワまでは、まだしばらくかかりそうだ。

 ふと、空を見上げると満天の星が瞬き、思わずその美しさに目を奪われた。


「タイチョー、こんなに星って見えるんだな……」

 俺の言葉にタイチョーも空に視線を移す。

「暗闇が深いと、こんなに多くの星が見えるんですね。私も、これほどの光景は初めてです」


 ── 本来こうあるべき姿なんだろうな。どこのセクターでも、街の灯りで星なんか見えないから。

 文明の進歩は、人間に本来の姿を忘れさせるのだろうか。


「おかしいですね……」

 タイチョーの眉間にシワが寄り、近づく中央塔を見据えていた。


「何がだい?」


「この距離なら、そろそろ自分の力が使えてもいいはずなんですが…ね」


 中央塔はまだ遠いが、すでに十分電波が届く範囲に来ているはずだ。それなのに天魔も現れないし、確かに不思議だ。


 そしてもう一つ、不思議なことがある。

「街に灯りが点いているじゃないか?!」


 その後、タイチョーの特技は使えないまま、天魔の襲撃もなく、俺たちはS•カガワに到着した。

 そこで目にした光景に、俺は思わず息を呑んだ。


「そこのお二人さん、何か恵んでくれないか…?」

 幹線道路に差し掛かった時、一人の男性が声をかけてきたのだ。


「おじさん! 外は危ない! 天魔が……」


 俺の言葉に首を傾げる男性。少し考えた後に「ああ、あの化け物共の事か?」と中央塔を指差して言った。


「どうやって外から来たのか知らんが、あの悪魔どもは電磁シールドで抑えているんだよ。ほれ。」


 よく見ると、タワーに向かって四方から光線が照射され、光が建物全体を覆っていた。


「なるほど! タワー自体を電磁コーティングしてるんですね。道理で力が使えないわけだ」

 隊長は納得したように小さく頷いた。


「なんで、こんな技術があるのに、他のセクターを助けないんですか?」

 思わず声が荒くなる。


「そんなの知らねえよ。他のセクターもこんなことになってるのか?」


── そうか、通信が遮断されて、他のセクターの様子も分からなかったのか。でも、今はアナログ回線が繋がっているし、何かしらの支援が始まっているかもしれないな。……そうであってほしい。


 隊長が紙幣を一枚男性に渡して尋ねる。

「地下の第1ラボはどこにあるんでしょうか?」


「ありがとよ!第1ラボは中央塔近くの非常口A-7を降りてすぐだ」

 男性はそう言うと、嬉しそうに去っていった。


 街の中は、まるで災厄がなかったかのようだ。

電子機器は使えないため、PICTの通信をしている者はいないが、人々は普通に生活を続けている。

 それよりも…「中央塔は後回しでいいな。まずはアクムだ!」


 男性に教えてもらった非常口を目指す。

しかし、辿り着いた先で思わずため息が漏れてしまった。


「俺たちには残念なお知らせ…か」

「そのようですね!」

 非常口の入り口には「地下シェルター進入禁止」と書かれた電光表示があり、銃を構えた警備兵たちが立っていた。


さて、どうしたものか…。


「ナイン、どうする? 強行突破か!?」

 タイチョーが武器を握りしめる音が『キュッ』と聞こえる。


 何かいい作戦はないか……と、まとまらない考えを巡らせていると、突然、警備兵が慌ただしく小走りで地下シェルターに降りていった。

「タイチョー! チャンスだ、行こう!」

 リスクは承知だったが、本能がこの機会を逃すなと告げていた。深く考える間もなく、俺たちはシェルターに向かった。


「何か爆発でもあったのか!?」

 地下に降りるにつれて粉塵が舞い、視界がどんどん悪くなる。周りは一面の煙。

『ぎゃあ!』

『グアッ!』

 その中、前方から叫び声がこだまする。


「ナイン! 気をつけろ。何かが近づいてくる!」

 その叫び声はどんどんこちらへ迫ってくる!

「防壁を張るぞ!」

柵状の防壁を展開し、叫び声の主に備える。いったいどんな化け物が現れるのか……?


 現れたのは、黄金のたてがみを持ち、全身が爬虫類のような緑色の ──


「ナイン?」

 ── アクムだ。

「アクムっ! 無事かっ!」


「ああ……ナイン! 来てくれたのね! 私は大丈夫! 二人とも無事?」


「大丈夫さ! まずはここから脱出しよう!」

 防壁を解除し、三人で出口を目指す。アクムは安堵の笑みを浮かべ、涙を浮かべているようだったが……。


 地上に出た途端、乾燥した空気が肌に刺さる。数歩進むと、廃ビルが目に入った。そのビルへ走り込んだ瞬間。アクムが静かに、だが強く抱きついてきた。

「ナイン! ごめんなさい! 本当にありがとう!」


 おお! アクムさん、タイチョーが見てますぞ……俺の心拍数が急に上がる。

「ア、アクム……本当に大丈夫だったのか? 何かされてないか?」

アクムの瞳から涙がこぼれる。

「アクム……まさか、『怖かった』なんて言わないよな?」


 アクムは涙を拭きながら、微笑んで答えた。

「本当に一言多いんだから」


 その後、俺たちはアクムにこれまでの経緯を伝え、彼女からは脱出までの状況を聞いた。

「センガ達は……いい気味ね!」

 アクムが吐き捨てるように言う。さっきのしおらしい姿は、幻覚だったのか……?


「でも、二人とも無事で本当に良かった。私がいないのに、よくここまで来られたわね」


「ナインは、やればできる子だからな!」


「おいおい、タイチョー! 子供扱いはやめてくれよ!」


……本当に、再会できて良かった。その思いは、全員が共通していたのだろう。自然と笑顔が溢れる。


「ねえ、これからどうするの?」

 アクムが俺に視線を送ってくる。このセクターの技術は高い、十分に警戒しなければならないだろう……。


「ついでだし、ここのパンドラは破壊してしまおう。その後で、S・オオサカを目指すのがいい」

 天魔たちも日に日に強くなっているし、戦い方も改良してきている。ヒロシマでの大型天魔は一体に集中した姿だったのだろう。俺たちへの対策が早い。こちらも早く対処しなければならないだろう。


「のんびりしている時間はなさそうだからな」


 その時、アクムのPICTが受信を知らせる。発信者はウラギリモノらしい。

『ア……クム! 無……事か?』

 通信状況が悪いのは、このセクターにある電磁シールドのせいだろう。

「ええ、無事よ。心配かけてごめんなさい。ナインたちとも合流できたわ」


『それ……は……良かっ……た……その……セクターは通信状況が……悪い……十分注意し……てくれ……』


 ウラギリモノの話では、ここカガワのモニタリングは困難で、状況はほとんど把握できていないらしい。セクター長の『カグラ』は元科学者で、パンドラの外装を発明した人物だという。それをS・ヒロシマのセンガに技術提供し、量産しているらしい。

 何が起こるか予想出来ない中、パンドラの破壊には特に慎重を期すべきだと伝えてきた。

 さらに、次の目的地であるセクター・オオサカに向かうためのリニア・ラインのハッキングは厳しいため、『カグラ』に協力を頼むか、『アクセラレータ(車)』の燃料、『ガソリン』を地上で調達するかの選択を任された。


「ここに『ガソリン』って油があるのか……」

 PICTに送られてきた座標を確認する。ちょうど車の置いてある場所の近くだ。協力を得られなくても、何とかなるかもしれない……。


 計画は決まった。が、隣で『ぐぅー』と、お腹が鳴る音がして、アクムの顔がみるみる赤くなる。

「あれから何も食べてないのよっ! 悪い!?」


「いや、迎えに来るのが遅かった俺が悪いさ。食料を調達してくるから、二人はここで待っててくれよ」


 俺の何気ない言葉に……なぜだ? アクムの顔がさらに赤くなっている。熱でもあるのか?

「いいえ! ここは自分が行ってきます! お二人はゆっくりして下さい!」

 タイチョーが勢いよく立ち上がり、出口に向かって歩き出す。


『あ、ありがとう』

俺とアクムの声が重なった。


── それにしても、アクムの様子がおかしい。

「どうした? 体調でも悪いのか?」

 俺の問いかけに、アクムは少し俯きながら口を開いた。

「本当に……ありがとう……」


 そして、何か伝えたいという視線を俺に向けると、こう続けた。

「ねえ、ナイン……私のこと、忘れないって約束してくれる?」


……え?

「アクム? どういう……?」


 突然、俺の肩に彼女の腕が絡みつき、そのまま唇を重ねてきた。アクムは瞳を閉じ、目尻に涙を浮かべている。

 俺の頭は真っ白になり、ファーストキスだったにも関わらず、呆然と何もできずにいた。


「ナイン、ごめんなさい……私……」

 嬉しさよりも疑問が勝る。

「アクム、どうしたんだ? 居なくなるような言い方して……何かつらいことを抱えてるんじゃないか?」


「……いいえっ! 忘れて! 今のは気の迷いだったわ!」


「なあ、アクム……俺、そんなに頼りないか? 相談できないほど?」

 その言葉に突然、アクムが声を殺しながら泣き始めた。


「ご……めん……言え……ない。お願い……だから、あ……まり優しくしないで……」

 俺はどう言えばいいのか分からず、ただ呆然としてしまった。


「今じゃなくていい。……いつか話してくれよ」

 その言葉に、アクムは無言で頷いた。


── 俺の記憶が戻ることで、アクムと別れることになるのだろうか?


 それなら、いっそ ──。

『記憶なんて戻らなければいい』

そう思った。

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