第3話

 神野さんや天野さんが当店に来るようになって、2週間は経ちましたか。


 季節は進み、11月に入っています。わたくしがいつものように、1人で来店していた天野さんと話していましたら。カランカランとドアに付けたベルが鳴ります。お客様が来たと気づき、わたくしは準備などをしていた手を止めました。声を掛けようと顔を上げます。天野さんも気がついたらしく、ドアの方に顔を向けました。


「……いらっしゃいませ!」


「……ここにいたか」


 ぽつりと低い声で来店したお客様が言います。見たら、茶髪を短く切り揃えてグレーのシャツにブラウンのダウンジャケット、ジーンズと言う格好の男性でした。わたくしは彼を見て、固まります。


「なあ、あんた。この店のオーナーだよな?」


「はい、そうですが」


「久しぶりだな、姉ちゃん。いや、智津ちゃん」


 わたくしの名を呼ぶ男性は。かつて、ケンカ別れをした実の弟でした。持っていたポットを落としそうになりましたけど。


 弟は店の中でも、窓際にある席に座ります。わたくしをじっと見つめました。何かを察したらしい天野さんはお会計を済ませて帰っています。


「……智津ちゃん、何で俺にもここで店をオープンしてたって知らせてくれねえんだよ」


「ご、ごめん。父さんや母さんには大反対されたし、あきらにも言いにくかったのよ。けど、電話かラインで一報入れても良かったわね」


「ふうん、まあ。良い雰囲気の店ではあるけど」


 弟もとい、章はくるりと店の中を見渡しました。そして、わたくしに視線を戻します。


「なあ、智津ちゃん。俺も頼んでいいか?」


「え、何を?」


「……とりあえず、ホットコーヒーとブラウニーを頼むよ」


「分かった、ホットコーヒーとブラウニーね」


「あ、お代はきちんと払うよ。それくらいはいいだろ?」


「うん」


 わたくしは頷くと、コーヒーを淹れるための準備をします。けど、緊張しているためか、手が震えていました。ちなみに、わたくしには両親と弟の章と言うれっきとした家族がいます。けど、今から17年前にわたくしは故郷を出て小さいながらに、喫茶店をやりたいと両親に切り出しました。幼い頃から、近所にあった喫茶店の女性オーナーとは母が親しくて。わたくしにもオーナーは良くしてくれました。そして、わたくしは将来の夢としていつかは港町に喫茶店をオープンさせたいと思うようになります。

 しかし、父や母は大反対しました。章もです。3人は言いました。


『そんな事より、大企業にでも就職しろ!』


 わたくしはあまりの言い様に腹が立ち、荷物を纏めました。ボストンバッグやスーツケースを持ち、実家を出ます。いろんな紆余曲折を経て現在はこの港町で喫茶店を営業していますが。これが17年前、わたくしが21歳の晩秋の頃の苦い記憶です。


 いつものように、マキネッタから抽出したコーヒーをポットに入れました。カップに注ぎます。やはり、芳しい香りが店内に揺蕩いました。

 朝方に作り置きしたブラウニーをお皿に盛り付け、ホイップクリームでデコレーションしたり、ミントの葉っぱを載せます。コーヒーのソーサーに、スプーンやコーヒーフレッシュ、スティックシュガーを添えました。わたくしはトレーにそれらを載せて章が待つ窓際の席に持っていきます。


「待たせたわね、ホットコーヒーとブラウニーよ」


「ありがとう」


 章の前にカップやブラウニーを盛り付けたお皿、カトラリーを置きました。そのまま、カウンターの裏側に戻ります。


「ふうん、悪くないじゃん」


「章、父さんや母さんは元気にしているの?」


「……しているよ、父さんは今は仕事をリタイアしていてさ。母さんも最近はフラワーアレンジメントに精を出しているよ」


 わたくしは意外な話を聞いて驚きました。父はまだ、分かるとして。母がお花に興味を持つとは。昔はあまり、興味がないとか言っていましたし。

 年月の流れを感じたのでした。


 章はゆっくりとコーヒーやブラウニーを食べ進めていきます。しばらくして、完食しました。


「章は大人になったね」


「そりゃそうだろ、俺も今年で30だよ。智津ちゃんもすっかり、喫茶店のマスターが板についてるな」


「確かに、それは言えてるわ」


 笑いながら、言いました。章も笑います。


「俺さ、4年前に結婚したんだ。嫁さんとの間に子供が2人いるんだよ、またここに連れて来てもいいかな?」


「いいわよ」 


「分かった、次は家族4人で来るよ」


 章は穏やかに笑います。わたくしはまだ見ぬ甥っ子や姪っ子に思いを馳せました。




 

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