ももちゃんからの電話

ヤマシタ アキヒロ

第1話

  ももちゃんからの電話



 ももちゃんはおもちゃの電話に今日も話しかけます。


「もしもし。パパですか?早く帰ってきてね。今日はパパの大好きな肉じゃがですよ」


 それはいつかママが言っていたセリフを、そのまま覚えていたのでした。


 ももちゃんの電話は、だれかと話すのではなく、神さまへのお祈りのように、ひとりごとをしゃべっているのです。


 じっさいママが電話に向かってお願いした日には、パパはいつもより早く帰ってきました。


「おっ、ももちゃん。今日は保育園、楽しかったかい?お友だちと仲よく遊べたかい?」


 パパのおひざの上で、ももちゃんは保育園で起きた出来事を、いっしょうけんめい話します。


 ママはそんなとき、パパとももちゃんを幸せそうに見つめ、ホクホクの肉じゃがをよそうのでした。


 ところが、ある時から、パパとママはあまり目を合わせなくなりました。


 パパもママも、ももちゃんとしゃべる時にはいつもの笑顔になりましたが、二人だけの時はあまり話をしません。


 ももちゃんはさみしく思いながらも、そのことについては、あまり聞いてはいけないような気がしていました。想像すればするほど、悲しい気持ちになってしまうのです。


 そしていつの間にか、この家からパパがいなくなりました。


 ももちゃんは「りこん」という言葉は知りませんでしたが、周りの大人たちのヒソヒソ話のなかで、その言葉がよく耳に入ります。ママからは、


「パパはお仕事でしばらく帰れないのよ。ももちゃんがいい子にしてたら、いつか帰ってきますからね」


 といい聞かせられ「うん……」と答えるしかありませんでした。


 ママはいつしか泣きながらお酒を飲むことが多くなりました。


 ももちゃんはそんな時、ママがやり忘れたお片づけや簡単なお掃除を、見よう見まねで手伝います。


 ママはももちゃんを、ぐしゃぐしゃの顔で抱きしめ、「ごめんね。ごめんね」をくりかえします。


 ももちゃんは思いました。「わたしだけは元気にしていなければ。でも、ママをなぐさめるのは、やっぱりパパしかいない」


 そして神さまにお祈りすることを思いついたのです。


「神さま。どうかパパとママを、もとの仲良しにしてください」


 そんな意味をこめて、ももちゃんは今日もおもちゃの電話に話しかけます。ママに聞こえないように、お部屋の隅で、小さな声で。


「もしもし、パパですか?早く帰ってきてね。ももちゃんはいい子にしています。今日はパパの大好きな……」


                           

                            (了)

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