第7話 マルコとリシャーナ
リシャーナが目を覚ますと、眼前にマルコが居た。
ニカっと、屈託のない笑顔で「起きた?」と、問う。
宮仕え達は眉根を下げ、申し訳なさそうにしている。
マルコは部屋の前で待機していた護衛が止める間もなく部屋に入り、侍女達が気付いた時には、ベッドの傍にあった椅子へ、腰掛けていたのだ。
幼いとは言え、王女の寝室に許可なく入室する等、言語道断。
伯爵邸では、一体どの様な教育をしているのかとも思うが…
首を跳ねられて当然の行動をしたマルコに、誰も叱責しなかったのは、今迄の経緯があったからだった。
去る者はいても、来る者はいなかったのである。
ここに残っている宮使え達は皆、リシャーナに忠誠を誓い最後の時まで傍で仕えると、強い絆で団結した者達だけだ。
そんな彼らが主を侮辱する者達に、怒りを覚えない筈は無い。
王弟一家だけではなく、行く先々で辛酸を舐めて来たのは、彼らも同じだったのだ。
そんな彼らの前に現れたマルコは、一筋の希望と言えよう。
生い先短いであろう幼い主の、唯一無二の存在になるかもしれないのだから。
足をプラプラさせながら起こす事なく今か、今かと目を覚ますのを待っていたマルコに、出て行け等と言える者はいなかった。
リシャーナは大層驚いたが、不思議と嫌だとは思わなかった。
むしろ、嬉しいとさえ思えたのだ。
先程までの出来事が、夢ではないと教えられたようだったから…
何時もならルイフォードが目の前にいるのだが、この時はまだソファーを占領し、熟睡していた。
彼もまた、旅の疲れや心労が溜まっていた為、カルティアのお茶を飲んだ事で眠ってしまったのだ。
マルコはリシャーナが起きた事を確認すると、魔術で車椅子へと座らせる。
椅子とリシャーナの間には、やはり水で作られたクッションが敷いてあった。
本当なら、晩餐の時間まで待っているつもりだったが、一人で遊んでいるのがつまらなくなったのだ。
その為、予定より早く迎えに来てしまったのは、仕方のない事なのかもしれない。
そして、やっぱりやるのだ。
「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~っま!」と…
何度も見せられると、これが北国での挨拶なのかと、半信半疑になり始める。
何故なら、伯爵夫妻だけではなく屋敷の使用人達迄も、誰も異を唱えないのだから。
「リーシャ、僕のお部屋で遊ぼ」
宮仕え達は着替えさせようとしたが、マルコはそれを拒んだ為、オロオロしながら後を付いて行く。
着ている物が寝間着なのか、部屋着なのかの区別が付いていなかったのだ。
一刻も早く遊びたかったマルコにとって、宮仕え達の行動は、邪魔をする行為に映ってしまった。
リシャーナも宮仕え同様戸惑っていたが、あまりにもマルコが平然としていた為、気にする事では無いのかと錯覚した。
車いすを押しながら、マルコは暇なし喋っている。
「リーシャは何が好き?僕はね~鬼ごっこと~学校と~訓練も好き」
「リーシャは嫌いなご飯ある?僕はね~無いの~残すと母上が怒るんだぁ」
「姉様はね、凄いの!クレアちゃんも好きなの」
返事が無い事を気にもせず、思った事を口にしているようだ。
それなのに、後ろから護衛と侍女が付いて来ている事が気になるのか、時折振り替えっては不思議そうな顔をしていた。
部屋に着くと、絨毯の上に無造作に置かれている、大きなクッションがある。
リシャーナは、そのクッションを背当てにするような形で、仰向けに寝かされた。
護衛も侍女も王女に対しその様な扱いをするとは想像もしておらず、部屋へ入ろうとしたが、見えない何かに阻まれる。
良く見ると、薄い水の膜で塞がれていたのだ。
マルコは、二人の時間を邪魔されたくなかったので、部屋に入ろうとする者を拒絶する結界を張ったのだ。
何時張ったのかは、誰にも分からなかった。
マルコは読みかけの本を持ち、リシャーナの横にゴロンと寝転がる。
まるで幼子に、読み聞かせする母親の様に、朗読?を始めた。
「えっとねぇ…」
ページをめくりながら、何処まで読んだのか探し始める。
「ここだ!いくよリーシャ。おま~え~は~どこか~らきた~♪
う~みの~む~こう~から~♪やって~き~た~?
う~み~の~むこ~には。なに~が~あるぅ~…ん?」
何故か、普通に朗読しないマルコであった。
それを聞いていた者達は皆思った、不思議な旋律だと…
リシャーナは、朗読が楽しくて笑っている。
声も出ず表情も変わらないが、幼い頃から仕えている者達には、直ぐに分かった。
「楽しいねっ」
マルコにも気持ちが伝わったのか、嬉しそうに横を向きリシャーナを見て、ニカっと笑う。
宮仕え達の中には、ほのぼのとした光景に、大粒の涙を零す者もいた。
マルコは本に飽きたのか、今度はリシャーナを横向きに寝かせる。
バラバラになったままの、木材で作られたパズルを持って来て、リシャーナが見える所に置いた。
「僕これ出来ないの…」
悲しそうに眉を八の字にして、パズルを組み立てようとするが、上手くいかない。
リシャーナも、難しそうだなと思いながら見ていた。
「姉様が作ってくれたの」
嬉しそうに目の前に、パズルのピースを翳す。
姉の手作りとは凄いなと思った時、部屋に血相を変えたルイフォードが入って来た。
誰かが結界を解いていたようだ。
「リーシャ…」
楽しそうにマルコと遊んでいる妹を見て、目を疑った。
「だ~れ?」
今しがた迄寝ていた彼が、リシャーナの兄だと言う事をマルコは知らない。
ルイフォードは、お互いに自己紹介をしていなかった事に、気付く。
「私はルイフォード、リーシャの兄だ」
「ぼく、マルコ~パズルできる?」
何故マルコと名乗るのか、理解に苦しむルイフォードを他所に、パズルを差し出して来る。
彼も王族だ、絨毯に直接座る等、品位に欠ける行動をした事が無い。
しかし眼前では寝間着姿の妹が、クッションがあるとは言え、横になって楽しそうにしている。
何時もより、顔色も良く見えた。
リシャーナは、椅子に座っているより、横になっている方が楽だったのだ。
しかし、それを伝える術を持っていなかった為、誰も気付く事が出来なかった。
マルコもその事を、知っていた訳では無い。
唯ケガ人や病人は、ゆっくり休ませなさいと、カルティアから教わっていたのだ。
その為、全身に包帯を巻いているリシャーナを、ケガ人と認識しての行動であった。
ルイフォードは躊躇いながらも、絨毯に腰を下ろし、差し出されたパズルを組み立て始めた。
二人は、食い入るように見ている。
ルイフォードは、パズルを難なく完成させて見せた。
「リオンだ~」
マルコはこのパズルの正体を知らなかったので、嬉しそうに組み上がったパズルを、リシャーナと一緒に見て喜んだ。
正式には、フランベルジュ・リオンと言う。
鋭く長く伸びた犬歯が特徴の、北国に生息する白い魔獣だ。
二本の犬歯は薬剤や、魔道具の材料になり、美しい毛皮は貴婦人達に人気がある。
その為乱獲された過去があり、一時期は絶滅寸前に迄追いやられたが…
北国で魔獣の狩猟が禁止された事により、今は少しずつ頭数を増やしていた。
「る~い、かっこい~ね」
マルコは屈託の無い笑顔を、ルイフォードに向けた。
「る~いとは…私の事か?」
戸惑いながらも確かめてみる。
「うん」
マルコは即答する。
何故だ?と、あだ名を付けられたルイフォードは、眉間に皺を寄せた。
誰かが呼びに行ったのか、この様子を静かに王弟夫妻は見守っていた。
大粒の涙をボロボロと零すルミアの肩を、王弟は込み上げる物をグッと堪えながら、抱き寄せていた。
ここに来て、遊び相手が出来るとは、誰も想像していなかったのだ。
超人だと思われているけれど、実は凡人以下の私は、異世界で無双する。 紫 @sasuke1231
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