第8話 ポーション中毒

 カルティアと、クレアナが帰宅した。

 屋敷に入ると、漂う薬剤の臭いが鼻をつく。

 「何この臭い…」

 「どしたの?」

 「ポーション中毒者が、来たみたい」

 「えっ!」

 ポーション中毒者とは。

 傷が癒されて行く時の感覚に快楽を覚え、自傷行為を繰り返し、ポーションを乱用してしまう病の事である。

 長期間使用を続けると頭痛や眩暈、吐き気等が現れ始め、体臭に薬剤の匂いが少しずつ混ざる様になって行く。

 その為、毎日傍に居る者は気付き難く、他者から指摘される事が多い。

 完全な中毒状態になると、意識混濁を起こす為、注意が必要となる。


 カルティアは薬術師だ、日頃から薬草や薬剤に触れている事もあり、人一倍嗅覚が敏感になっていた。

 伯爵邸で雇われている者達の健康状態は、全て把握している。

 薬物中毒の恐ろしさは、嫌と言う程語って来た。

 「使用人じゃないな…」

 考えられるのは、客人として王都から来た王弟一行の誰かだろうと、カルティアは結論付けた。

 「ご飯行こ~」

 クレアナは、急を要する程では無いと、判断したようだ。


 二人は、身体に付いた汚れを叩き落とし、ダイニングへと急ぐ。

 患者は後で探す事にし、晩餐の席に着いた。

 「マルコはまだなの?」

 何時もなら、いの一番に座っている弟の姿が無い事に気付く。

 「王女殿下と遊んでたから、一緒に来るんじゃないかな?」

 先に来ていた伯爵が答える。

 「そうなんだ」

 「マルコは、王女に求婚したのさ」

 カルティアと、クレアナは驚きで伯爵夫人を凝視した。

 「「見たかった~」」

 出迎えをサボらなければ良かったと後悔したが、後の祭りである。

 すると、今度はクレアナが気付いた。


 「え?近づいて来る」

 「ねぇ、お父様も、お母様も気付いてるよね?」

 カルティアの問いに、伯爵夫妻は頷いた。

 「誰?」

 夫妻は曖昧な笑みを浮かべる。

 「もう直ぐ分かるよ」

 伯爵は眉を下げて、困ったような表情になった。

 知っていながら教えてくれなかったと言う事はと、カルティアは、あたりをつける。

 その時車椅子を押したマルコと、王弟一家が入って来た。

 カルティアとクレアナは、リシャーナを見て愕然とする。

 そして、不躾に立ち上がった。

 「ちょっと席外します」

 カルティアは、クレアナの腕を掴んで、ダイニングを出て行った。


 ダイニングには、重苦しい空気が漂う。

 先程迄、マルコとリシャーナの楽し気な光景を見ていただけに、落胆も大きかったのだ。

 やはり、王都での噂は本当だったのか?

 ルイフォードは深い溜息を付き、王弟は不機嫌を隠そうともせずに告げた。

 「不敬罪に問うつもりは無い。晩餐を始めよう」

 しかし、伯爵は王弟の言葉に異を唱える。

 「我が家では、食事は皆で楽しくをモットーにしております。それを破る様な子達ではありません。何か考え合っての行動、もう少しお待ち下さい」

 許しを請うどころか選択肢を与えない伯爵の物言いに、王弟は侮蔑の眼差しを向けるも、沈黙を以て了承した。

 苦言を呈したい衝動を腹の奥に仕舞い込み「息子に救われたな」と、王弟は腹の中で呟いた。


 「リーシャ、良かったね。僕の姉様は凄いんだ、どんな怪我でも治っちゃう」

 何の疑いも無く、マルコは姉が治してくれると信じている。

 リシャーナは、二人が向けた視線は、何時も他者から向けられている物とは明らかに違うと感じていた。

 好奇の目に晒され続けた事で、人の機微に、敏感になっていたのだ。

 もしかしたら、何か救える手立てがあるのかもしれない。

 マルコの自信に満ちた瞳が、それを裏付けているように見えたリシャーナは、淡い期待を胸に抱く。

 せめて、感謝の気持ちだけでも伝える事が出来たならと、思うのであった。

 「すぐ、元気になるからね」

 ニカっと笑顔を向けるマルコに、リシャーナも心の笑顔で返す。

 マルコの声が届いていたのなら王弟も、ルイフォードも考えを改める事が出来たかもしれない。

 しかし家族に対する思いが人一倍強い二人には、カルティアの行動や娘を庇う伯爵の物言いが許し難く、受け入れられない程怒りに満ちてしまっていた。



 カルティアとクレアナは、調剤庫に居た。

 リシャーナの為の、薬剤を取りに来たのだ。

 二人も又、怒りで腸が煮えくり返っている。



 「あれ何!医術師は、何をやってんの?」

 うわ~!何時ものほほんとしてるクレアが、こんなに怒ってる姿って貴重だわ。

 私の怒りが沈下し、冷静さを取り戻せたよ。

 「同行者名簿には医術師と、薬術師の名前もあったよ」

 私はお父様の執務室で見た名簿を思い出し、クレアに教えてあげた。

 「は?は?はあ?怒・怒・怒⤴」

 みるみるクレアが、鬼の形相になってく。

 あ…これ駄目な奴だ。

 「ポチ!」

 クレアから大きな魔力が放出された瞬間、ポチがそれを飲み込んだ。

 危なかった~屋敷が吹っ飛ぶ所だったよ。


 クレアの魔力は計り知れない。

 コントロールも上手いから、本気で魔術を使ったら、ちっぽけな家の領地なんて更地になっちゃうと思う。

 味方にいると鬼に金棒だが、敵にしたら駄目な奴の典型だ。

 そんなクレアが、こうやって感情を爆発させるのは、二人きりの時だけ。

 何とかしてくれると、私の事を信頼してくれてる証なのだ!フフン(ドヤ顔)


 「ねぇ、王弟って虐待癖があんのかな?」

 ちょっと冷静になったクレアに、疑問をぶつけてみる。

 「可能性大!」

 やっぱ考えた事は一緒か。

 「事実確認しなきゃ、事と次第によっては武力行使もアリだよね?」

 物騒な事を考えてる私に、クレアは同意してくれる。

 「うん、アリだね」

 よし、行くぞ!

 戦場に向かう戦士の気分で、食堂へ戻った。


 「お待たせしました」

 晩餐始まってなかった。

 待っててくれると思ってたんだよね。

 急いで王女様にお薬を飲ませようとしたら、マルコに話しかけられた。

 「姉様、明日はリーシャと、お外に行ける?」

 期待に応えてあげたいんだけど…

 「外は…まだ無理だね~」

 「そうなの?」

 しょんぼりするマルコの頭を撫でながら、王女様に飲ませる薬の説明をしようとしたんだけど、横やりが入った。

 「それは何だ!香まで焚いて、リシャーナに何をするつもりだ」

 誰?王子か、う~ん…

 マルコの前で、ポーション中毒の話はしたくないなぁ

 「お香は、呼吸を楽にする物です。効いて来る迄に少し時間がかかるので、王女様の前に置こうと思って持って来ました」

 「勝手な真似をするな、リーシャには薬術師が付いている。許可なく…」

 五月蠅いなぁ、面倒臭いから結界張った。


 ちゃんとこっちの様子見れるし、声だって届く様にしたから問題ないでしょ、そこで大人しく見てなさい。

 こっちからは何も見えないし聞こえないけど、邪魔されず落ち着いて薬飲ませられるから一石二鳥ね。

 私はお香をテーブルに置いて、王女様に話しかけた。

 「王女様、こちらは頭痛や眩暈、吐き気と言った症状を抑える薬です。臭くて苦いんですけど、直ぐに効き目が出るから、飲んでくれますか?嫌なら無理強いはしません」

 濃い緑色でペースト状になった薬を一匙分スプーンに乗せて、目の前に差し出すと僅かに顎が動いたから、飲んでくれるって意思表示だと受け取ったよ。


 薬を舌の上に置いたら苦そうにしてるから、感覚が残ってる証拠だね、良い傾向だわ。

 直ぐにクレアが王女様の口の中を水で洗い、少しずつ薬を喉の奥に流し込んで行った。

 凄~い、流石の魔力コントロールである。

 小さな口の中で水を自在に操るのは、熟練した魔術師の証だ。 

 因みに、私には出来ない芸当である。フフン(ドヤ顔)

 薬、ちゃんと飲んだね。


 「ちょっと失礼します」

 王女様の頬に手を添えて魔力を流し、簡易的だけど状態を確認してみた。

 見た目は酷いけど感覚も残ってるし、中は思ってた程悪くないみたい。

 問題は左目かな、欠損してるけど核が残ってたら再生出来るし、頭部だけなら直ぐ治せそうなもんだけど…

 「姉様?」

 思案してたら、マルコが心配そうに顔を覗き込んで来たので、抱き締めちゃう。

 愛しい弟の初恋相手だ、当然治すつもりだけど、そもそも体内はどうなってんだ?

 クレアを見たら、しかめっ面だ、これは前途多難ってやつ?

 薬を水で流し込んだ時、魔力も一緒に流し込んで体内をさりげなく確認したんだろう、クレアは出来る奴なのだ。



 私は結界の外に出る事にしたけど、二人にはまだここに居て貰おうと思う。

 だってさ、あの様子だと、絶対ひと悶着あるでしょ!

 大人の喧嘩なんて醜いものを、無垢な子供たちには、絶対見せられません。

 「マルコ~お香が消えるまで、お姫様とこの中に居てくれる?」

 「うん、待ってる~」

 私の天使ってホント可愛いなぁ、頭をグリグリ撫で回してから、クレアと結界を出た。


 待ってましたとばかりに怒号の嵐だよ~

 怒ってる人を見たら自分の怒りが静まるって言ってた人、その通りです、私は白目剥いて聞き流してた。

 「貴様!主治医の許可も無く勝手な真似を…」

 「勝手な真似をするとは、王族への不敬罪で首を跳ねられても、文句は言えまい」

 「貴方がカルティアなのね、何故リーシャの状態が分かったの?」

 ええ~!王子に、王弟にお妃様?

 いっぺんに話しかけないでよ、誰の問いから答えたらいいのか分からん、やっぱ王弟から?

 

 「黙っていないで、何とか言ったらどうだ」

 「沈黙は肯定とみなすぞ」

 「お願い、リーシャを助けて!あの子を失いたくないの」

 いや…ホント何なのこの人達、人の話聞く気、全く無いよね?

 私が辟易してると、お母様から助け船が出た。

 「その辺にして食事にしないか?『腹が減っては戦は出来ぬ』詳しい事は、食後で構わんだろ?」

 王弟はチラッとマルコ達の方を見てから、お母様に向かって言った。

 「其方の顔に免じてやる」

 ほんっと偉そうだな!

 いや…王弟だから偉いんだけどさ、だからって好き放題やっていいと、誰が言った。


 ムカつくけど会話にならなかったし、頭冷やす為にも先にご飯食べるか。

 お香はまだ残ってるけど仕方ない、約束守れなくてごめんよ~

 私は、心の中でマルコに謝りながら結界を解いた。


 何時もより豪華な食事が運ばれて来る。

 お妃様は、残さず料理を平らげてくれたよ。

 あんな華奢な体の何処に入ったんだ?って思う位食べてくれた。

 良い人だ、間違いない。

 王女様の口にもあったようで、完食してくれた。

 良き良き、育ち盛りだいっぱいお食べ。

 何処か物足りなそうに見えるな、手紙に書いてたのより多めに用意してたんだけど、足りなかった?

 まさかと思うけど、食事まで減らしてたとか?

 最低だな!

 食欲があるのは喜ばしい事だし、体調見ながら少しずつ量を増やしてあげよう。

 食事が終わったので、私はマルコに声をかけた。


 「マルコ~お姉ちゃん達はお話するから、お姫様と一緒にお部屋行っててくれるかな?」

 「は~い」

 マルコは謎の挨拶をして、車椅子を押して行った…

 「ちょっと待った!」

 私が引き留めたので、キョトンとして振り向く。

 「今のん~まって何?」

 「ジェロが教えてくれたの~」

 ジェロとは、カバジェロの事で、お爺様の所の騎士だ。

 ナルシストで、フェミニストで、マルコに時折変な事を教えて来るとんでもない奴なのだ。

 「お姫様のご挨拶なんだって」

 何だよそれ…私は頭を抱えたよ。


 王都の事は知らんけど、目の前に居る王族が「ん~ま」って挨拶をしてる姿を、全く想像出来ないんだけど。

 「お姉ちゃん、知らなかったなぁ…」

 何となく違うよ?的なニュアンスを込めてみた。

 マルコは、口を大きく開け両手を頬に当て、押しつぶす。

 驚いた時にやるこの仕草も愛おしい…が!

 この後絶対泣くぞ、私は慌ててフォローした。

 「お爺様の所で、流行ってんのかもしんないよ?」

 笑顔が戻った、危なかった~泣かしちゃ駄目でしょ。

 「王都のご挨拶はどんなの?」

 そう来たか~すまない弟よそこまでは分からん、今度誰かに聞いてみようねって事で納得して貰った。




 

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