第23話 転移する魔物

 こいつは、ここで処分するつもりだったけど、駄目な気がする。

 いや、絶対駄目でしょ、生け捕りしなきゃならないよね…

 仕方ない、取り合えずこっから出て、封印してみるか。

 その前に、この魔物から、ポチの中での記憶を消さないとね。

 私は印を結んだ。

 「夢の内 絶望の内 光の内 闇の内

理想を見て現実を知り、朝日を浴びて月夜に眠る。実相、忘却の彼方へ、緘黙かんもくせよ」


 呪術を使った痕跡も、全て消してポチの中に入った瞬間の、現実世界へと戻った。

 クレア達が消えた、魔物が転移しようとする。

 「遅い!」

 私は、マジックボックスから持ち出した愛刀で、切りつける。

 一瞬で魔物の表面に六芒星が浮かび上がり、分裂した。

 転移は失敗したみたいだけど、くっつくの、これ?

 「分裂した魔物が復活する前に封印しなきゃ」


 仕方ないから、略術式を使った。

 『開け土の門』

 「時の狭間に落ちた 忘れ去られし神の異物 光無き世界で祈りを捧げよ!『土偶』」

 黄色に染まった地面に、亀裂が入る。

 大木を薙ぎ倒し、轟き音と共に大地が揺れ。

 魔物の両脇から、蟻塚の様に土が盛り上がって来る。

 もう少しで六芒星が消えかけた時、バチンっと大きな音を立てて魔物を挟み込み、封印が完了した証である土偶の姿になった。


 「危なかった~ギリセーフ?」

 土偶の中では時間が止まる為、転移は出来ない筈…多分?

 自信が無いのは、結界を破られたからだ。

 「急いで尋問しなきゃ!」

 私は記録を残す為の魔道具を発動させ、先程同様、印を結び呪文を唱える。

 誓いの刻印が赤く光出した、これは判定中って事だ。

 ここは現実世界、失敗したら呪詛師になっちゃうけど…

 大丈夫、相手は魔物、落ち着け~。

 聞きたい事を聞き出し、しっかり録画もしたし、音も撮れてる筈だ。

 印を解くと、刻印の赤も消えた。

 セーフって事だ、緊張した。


 「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」

 一緒に安堵してくれたのは、お母様だ。

 「ありがと~来てくれると思ってた。何処から見てたの?」

 「六芒星の辺りから。クレアと王子はどうした?」

 ほぼ最初っからって事ね…

 流石お母様、不穏な気配を察知して来てくれたんだ、助かったよ。

 私は土偶をマジックボックスに入れて、ピーちゃんに乗りルーク叔父様の所へ急いだ。


 「クレア、叔父様、目玉は?」

 治療院を見まわしたが、目玉の姿は無い。

 「奥の部屋よ~。静かにしなさ~い」

 ステラ叔母様に怒られちゃった、ごめんなさい。

 部屋を覗くと難しい顔をした叔父様と、泣きそうなクレアが居た。

 「王子は寝てるのか?」

 お母様が問いかける。

 「いや…意識が戻らない」

 「チッ」

 叔父様の言葉を聞いて、お母様が舌打ちした。


 やっぱ呪詛か…

 私は目玉の体内を詳しく調べる。

 あった。

 心臓に埋め込まれ、静かに時が満ちるのを、待ってるかの様だった。

 魔力を吸い込めず、触手も伸ばせて無い。

 私は呪詛を、マジックボックスの中に転送した。

 この段階なら、問題なく取り除けることを、知ってたから。


 リーシャの次は目玉を狙った。

 しかも、頭部を…

 心臓から触手を伸ばすより直接洗脳した方が早いとか、考える事がえげつないんだよ。

 あの魔物は、操られてた。

 捕まった事を知ったら、放った奴は、どうすんだろ?

 今は封印してるから、消滅したと思ってるかもしんないけど…

 目玉はまた、狙われるのかな?

 いや…

 王子って他にもいたよね、確か。

 なんでリーシャと、目玉なの?

 あの魔物は、そこまでの情報をくれなかった。

 王都にいる王族は、大丈夫なのかな?

 私が目玉から離れた事で、三人の緊張が少し緩まった。


 「祓ってないね?マジックボックスに入れたのか」

 お母様は、お爺様から聞いて知ってる。

 私は頷いて、目玉の中にあった呪詛をハニワに封印してから、お母様に渡した。

 目玉の顔色が戻って、目を覚ました。

 叔父様が再び診察を始め、安堵の息を漏らす。

 「次は王子かと思ったぞ、勘弁してくれ…」

 「良かった。る~いごめんね、守れなくて…ごめんね」

 クレアが零れた涙を、袖で拭いながら謝ってる。

 「ク…レア?す…まない」

 目玉は、呆然としてクレアを見つめている。

 「王子、無事で良かった。ティア、私は報告もあるから、先に帰ってるよ。クレア、詳しい話が聞きたいから、一緒に戻ろう」

 「はい」

 お母様は、涙が止まらないクレアの頭を撫でて、二人で帰ってった。


 まだ、呆然としたまま、無言で自分の胸を摩ってる目玉に話しかけた。

 「大丈夫?何処か違和感とかあるなら、教えてくれない」

 「……刺された感触が残っているのに…私は、私なのか?これは、夢ではなく、現実なのか?」

 「混乱してるみたいだね。魔物に襲われたんだから、仕方ないよ。大丈夫ちゃんと現実だから、安心して。」

 「そうか…現実か…」

 叔父様は、精神が落ち着く薬茶を出してくれた。

 私は、状況を説明してあげたよ。


 「あんたが刺された時、呪術師が刻んだ呪詛返しの呪印は、ちゃんと発動してたよ。でもさ、それを跳ね除けて心臓に呪詛が埋め込まれたから、少しの間仮死状態になってたの。呪詛は触手を伸ばせずにいたから、私が取り除いた。多分お妃様のブレスレットが、呪詛を抑え込んでくれたんだと思う」

 私は、目玉の腕にあるブレスレットを指さした。

 「真っ黒に染まったの、初めて見たよ。本来なら、心臓を貫かれた時点で、砕けてる筈だもん。もし砕けちゃってたら、あんたは今頃、呪詛に洗脳されてたかもしんないよ」

 「そうか…」

 目玉はまだ、何処か上の空だった。

 ショックがでかかったみたい、明日帰るのに大丈夫なのかな?

 「そのブレスレット、調べたいから回収させて。呪詛取り込んでるなら、身に着けてると危険だし」

 「分かった、頼む」

 目玉がブレスレットに手をかけようとしたから、止めた。

 「あ!触らないで、私が外す。後さ…呪詛返しの呪印、無くなっちゃったから、私が刻んでも良いかな?王都へ帰る迄の間心配だし、向こうに着くまでの応急措置と思って欲しいんだけど…」

 「分かった、頼む」

 やっぱ、目玉の様子、おかしいな…

 ブレスレットは、証拠品として回収した。

 「これが無かったら、目玉は目玉じゃなくなってたと思うと、他人事でもゾッとする。当事者である、あんたの気持ちは想像付かないけどさ…取り合えず無事だったんだから、元気出して欲しいな。無理にとは言わないけど、そんな感じで帰ったら、リーシャが心配するよ?」

 「リーシャ…リーシャは、無事なのか!手術は…手術はどうなった」

 「落ち着いて、リーシャの手術は成功したし、元気だよ」

 両手を掴んで安心する様に話しかけたら、目玉の瞳から大粒の涙が零れてった。

 ハンカチを出そうかと思ったけど、今度は私の両手を握り返されて、離してくれない。

 薬茶を飲んだから、少しずつ現実が見えて来て、恐ろしくなったんだろね。

 その様子を見てた叔父様が、即効性のある薬剤を投与してくれた。

 初めて魔物に襲われた人は、精神が混乱するのは、当たり前なのよ。

 私達はもう慣れっこだけど、目玉は立ち直るまでに、何か月かかるのかな?

 このまま王都へ帰して大丈夫か心配してたんだけど…

 やっぱ王族なんだね、杞憂に終わりそう。


 目玉は落ち着きを取り戻したみたいで、叔父様からタオルを貰って、顔を拭いてる。

 「そうだね…これが現実世界で…僕は無事だ。そして、人として生きている」

 さっきから、変な言い回ししてるな…

 「うん。生きてるよ」

 「君達に迷惑をかけてしまった、本当に申し訳ない。素直に屋敷で訓練しておけば、良かったのに…後悔しても遅いね」

 「それは…違うと思う。あの魔物は、間違いなく目玉を狙ってたもん、何処にいても襲われてたよ。むしろ、モンステルの森にいた事で私達も警戒してたし、直ぐ治療出来たから助かったんだよ。だから、後悔はしないで欲しい」

 「ありがとう。ティアは、何時も、僕が欲しい言葉をくれるんだね。この恩は一生忘れないよ、僕に出来る事があるなら、どんな相談でもして欲しい」

 良かった、何時もの明るさが、戻ったわ。


 「王族は特別な教育を受けると聞いていたが、それでも凄い精神力だな。驚いたよ」

 「え?あ…いや。私は、まだまだ未熟者だ…」

 叔父様からの誉め言葉に、顔を真っ赤にして俯いちゃった、何故照れるんだ?


 「それじゃ、呪詛返しの呪印、刻むね」

 「あ、うん、宜しく頼む」

 私は印を結ぶ。

 「天界の守り人 地獄の守り人 幽世の守り人 時の守り人

鉄壁の盾・戦う鉾・強靭な器・揺るがぬ魂。現しおみより、邪悪なる念を、跳ね返せ!」

 目玉に、呪詛返しの呪印が正常に刻まれた証である刻印が浮かび上がって、消えた。

 「ありがとう。ティアは、呪術師としても、とても優秀だって事が分かる呪印だね」

 何処か寂しそうに感じる笑顔だな…

 「ねぇ…どして一人で討伐する事に、拘ったの?」

 私は、何となく気になってた事を、聞いてみた。

 「強くなりたいんだ。誰にも負けない位、強く…」

 凄い真面目な顔で答えてくれたけど、目玉は何に取り憑かれたんだ?

 「あんたは王族なんだから、そこまで強くならなくても良くない?」

 「今のままでは駄目だ。何一つ護れなかった…家族も、民も、国も…僕は無力なんだ」


 うちに来てから己の無能さを実感したんだって。

 だから私達みたいに、一人で魔物討伐出来るようになりたかったみたい。

 気持ちは分からなくもないけどさ…

 だからってねぇ?

 民だってさ、全員助けるなんて無理だし、国も滅んでないけど… 

 一体何と戦うつもりなんだろ?


 「王族は、殿下だけではないでしょう。国や民を思って頂ける事は有難いと思いますが、一人で全てを抱え込む必要は無いと、僕は思いますよ」

 目玉は、叔父様を敬愛の眼差しで見つめてた。

 「うん、私も叔父様と同じ気持ちだわ。前から思ってたけど、目玉って真面目過ぎじゃない?極端から極端に考える人ってさ、闇落ちしやすいんだよ」

 「僕は…真面目過ぎるのか?」

 「うん、も少し砕けようよ」

 「お前は砕け過ぎだ、手本にさせるな」

 私は反射的に頭を押さえたけど…ゲンコツは来なかった。

 あれ?



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る