第20話 真の友情
王弟は、存外早く伯爵領に戻って来た。
解決しなければならない問題は山積みだったが、王女の事を優先するように言われたのだ。
国王は、呪詛を取り出せるなら、呪詛師を探し出す手掛かりになるかもしれないと期待していた。
「兄上は、本気であれを取り出せると、信じているのか?」
王弟は半信半疑でいるが、娘の姿を見ていると、期待せずにはいられなかった。
王都を立つ時は重苦しい空気に包まれていて、何処へ行っても受け入れられなかったのだが、ここは違った。
マルコはリシャーナに求婚し、カルティアはリシャーナを見るなり虐待だと言って、罵って来た。
簡単に治せると言った言葉は、嘘偽りではなく、真実となって目の前に在る。
二度と見る事は出来ないと思っていた、笑顔。
二度と聞く事は出来ないと思っていた、笑い声。
そして…二度と呼んではもらえないと思っていた、娘からの言葉。
父の姿を見つけたリシャーナが、声を張り上げて呼びかける。
「お父様~!見ていてください」
伯爵邸に来てから、リシャーナは変わった。
マルコに出会い、優しさを貰えた。
カルティアに出会い、希望を貰えた。
沢山の友人に囲まれ、勇気を貰えた。
変わったのは、リシャーナだけではないのかも知れない。
大切にして籠に閉じ込めていてはダメだと、ここの者達は態度で示している。
顔だけを見ていたら、酷い火傷の跡が残っていた事を、忘れてしまいそうになるが…
身体は、依然動かす事が出来ずにいる。
不自由な身に変わりはないが、それすら感じさせない程、リシャーナは活発にしていた。
マルコと一緒に滑り落ちて来る姿を、愛おしく見つめている。
「ぎゃ~~~~~~~」
王女としてあるまじき行為だが、それを咎める気は無い。
ザバ~ンと言う音と共に、水飛沫が執務室の窓から入って来る。
楽し気な子供達の笑い声が響いた。
水面から顔を出して、気持ち良さそうに笑っている。
王弟はそんな娘の姿を、今は静かに見守っていた。
巨大な滑り台が、池の中に向かって作られている。
子供達は滑り台から勢いを付けたまま、池の中に飛び込んでいくのだが。
その中に娘の姿を発見した時は、心臓が止まったと思った程驚いた。
それだけでは無い。
大木に作られたブランコは、宮殿にあった物の比ではない程巨大だ。
最高到達点が、屋敷の上に来たのを見た時は、一瞬だが気を失ったと思った程だ。
しかし、ブランコは戻って来なかった…
誰が魔術を使っているのか、風を起こし、クルクルと回転していたのだ。
椅子から落ちたら、怪我では済まないだろう。
そんな子供達の遊び場に、着いている大人は居ない。
伯爵に苦言を晒しに行ったが、弁えて遊んでいるので心配無いと言われる始末。
確かにマルコも、他の子供達も、リシャーナから目を離さずにいる。
皆、手となり足となり、行きたい所に連れて行く。
やりたい事を、一緒に楽しんでくれる。
しかし、モンステルの森だけは、どんなに願っても連れていく事はしなかった。
「マルコ様、リーテンの花が見たいの、連れてって下さい」
また始まったと、王弟は見ていた。
「あそこは、ダメなんだもの…」
マルコは眉を八の字にして困った顔をしている。
「伯爵に似ているな…」
王弟が呟く。
此処に来てから、リシャーナの部屋には欠かさず、リーテンの花が飾られていた。
マルコが北の永久凍土まで行き、採って来てくれているのだ。
「僕たちも森には入れないんだよ、マルコは特別なの~」
「そうそう!子供が大好物だから、食べられちゃう」
子供達が諭してくれるが…
「咲いている所を、見たいんですもの!連れてって下さい」
駄々をこねている娘を、王弟は見ていられなくなってしまった。
「リーシャ、友達を困らせるのはいけない事だよ。ルイフォードでさえ、モンステルの森には連れて行って貰えなかったのだから、我慢しなさい」
我儘に気付き「嫌いにならないで、ごめんなさい」と、目に涙を溜めて謝るリシャーナ。
誰も嫌な顔などしていないと言うのに…
魔力暴走を起こし、友人たちが皆離れて行った事が、今でもトラウマになっているのだろう。
そんな娘の気持ちなど、理解しているとは思えないが…
マルコは「大好きだから、泣かないよ」と言ってリシャーナを背負い、ヨシヨシと赤子をあやす様に、何かを口ずさむ。
子供達も励ます様に、歌い出した。
「子守歌か…」
リシャーナは安心したのか、眠ってしまった。
マルコ達はリシャーナを起こさないよう、そのまま屋敷の中へと入って行く。
「真の友情とは良い物だな…」
子供達が居なくなった遊び場を見ながら、王弟はひとり呟くのであった。
王弟夫妻とルイフォードは、リシャーナの形成手術後、伯爵の案内で領地を視察していた。
どんな望みでも、出来る限り叶えてやろうと言った褒美が視察とは、何を考えているのか分からなかった。
しかし、伯爵について行き良かったと思っている。
この領地にスラム街は無かった。
孤児もいない…親を亡くした子供がいても、親戚が必ず引き取って育てると言う。
孤独な老人も、いなかった。
農夫は真新しい農機具を使っている。
老朽化が気になる建物はあったが、壊れた建物は無く、順次建て直しをしていると言っていた。
貴族はいるが、身分制度は無いに等しい。
実際伯爵の姉は、農夫と駆け落ち?をして、目と鼻の先で薬草畑を耕していた。
子供は魔力暴走を起こすまでは親が教育し、暴走後は学校へ通わせる。
学費は無料で、授業も午前中で終わる。
午後からは家業を手伝ったり、師匠の元で技術を磨く。
小さな領地で人口も少ないのに、医術や薬術が発達しているのは、幼少期から受ける高等教育の賜物と言えよう。
一際目を惹く建物は、医術・薬術研究所で、最新技術が惜しみなく取り入れられていた。
治療院の数も多く、領民が受けた治療費は、全て領費で賄っている。
領民だけではなく、辺境伯領の民までもが、この地の治療院を訪れると言う。
オルテンシア伯爵家は、決して貧乏貴族では無い。
魔晶石が採れる地域柄、他領よりも裕福な筈だが。
こういった教育や、厳しい環境を乗り越える為の施設に、惜しみなく領費を使っているのだ。
それを領民達も知っている。
何処へ行ってもオルテンシア一族は歓迎され、土産を持たされた。
富と財産を築く事だけが、裕福とは限らないのだと、王弟は感じていた。
「領民達はみな、幸せそうだ。己の目で確かめないと、分からない物だな」
「ティアが宝石を買い漁り、茶会やパーティに参加してると言うのは事実ですよ」
伯爵は笑いながら、王都での噂を肯定するが、王弟は笑えなかった。
「あのビーズは身を守る為の物であろう?それに…王都で行われる茶会やパーティとは全くの別物だ。そんな噂に踊らされる等、私も青いな」
カルティアとクレアナが参加しているのは、殆どが中央広場で行われている領民の為の年中行事だ。
個人的に誘われる事もあるようだが、普段着で出かけていた。
王都の令嬢たちが身に着けているような、高級なドレスも、宝石も何一つ持ってはいなかったのだ。
ここには、堅苦しさと言う物が無い。
王族は何処へ行っても歓迎されるが、それは肩書があってこそ。
媚びを売り、機嫌を伺う者はいても、喧嘩を売る者はいなかったのだ。
カルティアの口の悪さや態度には心底驚きもしたが、面と向かって物怖じもせず意見を押し付けて来る者は初めてであった。
ルイフォードに対しても、王子と言う色眼鏡ではなく、同世代の男子としてしか見ていない事も…
王族と言う肩書はここの領民にとって、いっさい興味の無いどうでも良い物らしい。
この領地に来て驚く事ばかりだったが、それが心地良くもあり嬉しくもあった。
リシャーナだけではなく王弟もまた、殻を脱ぎ捨て心許せる友人が出来たのだ。
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