第14話 温室育ちの王子は嫌い

 翌日早朝

 張り切って身支度してたら、私だけ王弟に呼び出されちゃった。

 クレアは次の休みにしようって言ってくれたけど、マルコ達が楽しみにしてたからね、私だけお留守番する事にした。

 悲しいかな…

 朝食後、王弟の執務室で二人きり、気まずい。

 沈黙に耐えられないんですけど、誰か助けて。

 「あの~要件が無いなら、部屋に戻ってもいいですか?」

 茶飲み友達なら、扉の前にいるじゃん、暇人が。


 「本気でリシャーナを、治せると思っているのか」

 視線が、おっかないんですけど、そんな睨まんでもよくね?

 「頭部だけですから、時間もそんな掛からないと思います」

 「辺境伯から、話を聞いている。あれの存在を見て尚、治せると思っているのか、問うている」

 あ~身体の方ね?

 「お爺様には、手を出すなと言われましたが、諦めるつもりはありません」

 救える手段見つけたもんね、後は実戦積んで、成功率を上げるだけよ。フフン(ドヤ顔)

 「あれには手を出すな」

 「嫌です」

 「一個人の力で、どうこう出来る物ではない。諦めなさい」

 「絶対嫌です」

 「………」

 そんな睨まれても、引く気は全く無いんだよ。

 「国を滅ぼす気もありませんし、政ごとに首を突っ込むつもりも、ありません。私は医術師として、一人の患者を救いたいんです。そして呪術師としても、あれを放置する気はありません」

 「辺境伯が、手を出せなかった物だぞ。弟子の其方に、出来ると思うのか?」

 「お爺様は、医術師ではありません。私とは違います」

 「なんだと」

 「お爺様だって簡単に取り除けます。でも王女様の事を思ったら、そんなの可哀想で、出来なかっただけです」

 「其方に策はあるのか?」

 「あります!手伝ってくれる人がいるので、あんな呪詛に絶対負けたくないです」

 「どうするつもりだ」

 「生きたまま捕獲します。あれはまだ、意思を手に入れてません。だから、別の器を与えてあげれば、体内に居ると錯覚する筈です」

 「………理屈は分かる。だが、心臓に寄生している物を、どうやって引き剥がすつもりだ」

 「心臓だけじゃありません、肺も取り込まれてましたから、両方全摘します」

 「心臓だけではなく、肺迄取り除くだと?それでどうやって、娘を救えると言うのだ」

 「臓器はポーションと媒体を使って、医術師の技術で再生させます」

 「ポーションだと?」


 王弟は黙ってしまった、凄く長い時間考えてた。

 時計の短い針が、クルッと回ったよ。

 私は、何度も意識が飛びそうになったけど、耐えた!フフン(疲れ顔)

 「カルティアよ、陛下と面識はあるのか?」

 「へ?」

 陛下…王様?

 会った事も無ければ、顔も知らんよ?

 ポーションの話から、なして王様が出てくんの?謎!

 「いや、いい。切り離した呪詛を入れる器は、どうするつもりだ?」

 「今考え中です」

 「そうか…ならば、封印用の魔道具を、王都から取り寄せよう」

 「あ!大丈夫です。魔道具は信用出来ないので、自分で器作ります」

 王弟は眉間に皺を寄せたけど、その後は何も言わずに、退出の許可を出してくれた。

 うへ~ 人生で一番疲れた。


 何時間拘束されてたんだろ、沈黙してた時間のが長かったよね?

 全く何考えてんのか、分からん!

 王族とは、二度と関わりたくないもんだ。

 宮仕えが扉を開けてくれたので、お礼を言ってから部屋を出た。

 扉くらい自分で開けられるのにって思ったけど、親切は素直に受け取るのが、礼儀ってもんでしょ?フフン(したり顔)

 護衛が突っ立ってた。

 待ち伏せ王子の、部屋の前にも居たけど、ほんと暇人よね。

 「貴方達、いつもそこに居るよね。暇持て余してんなら、訓練場行けば?お父様から、誘われたでしょ」

 「な!さぼってなど…私達は、王弟殿下を御護りする為、待機しているのです」

 屋敷の中で、何から護ってんの?

 「王弟って…ネズミとか苦手な人?ここは古い屋敷だけど、ネズミなんて出ないよ」

 私、なんか気に障る事、言ったかな?

 怒っちゃったよ…

 「我らを愚弄するか!ルイフォード殿下の近衛を拉致した事も、隠し通せると思っていたか」

 「え?」

 拉致???待ち伏せ王子の近衛を、私が?

 何の事言ってんの?

 「何を騒いでいる」

 王弟が顔を出すと、護衛達は頭を垂れて、釈明しだした。

 「王弟殿下、この者が我々を、ネズミ捕りだと愚弄しました。滞在先のご令嬢とは言え、許しがたい」


 「あ~!待ち伏せ王子の、金魚の糞か、思い出したよ。先に足を出して来たから、蹴飛ばしただけじゃん」

 「なんだと?」

 王弟の、私を見る目が、変わったよ。

 だって事実だもん、そんな目で見なくても…

 「手加減したのに、内臓破裂するなんて、思わなかったんです」

 一応、王弟には言い訳してみたけど、護衛には一言物申したい。

 「だって軟弱過ぎなのよ。あんたら全員、モンステルの森に入ったらさ、二度と出て来れなくなるよ。いいの?そんなんで…」

 「なっ…なんて事を!あいつは私の盟友だぞ。遺体を、モンステルの森に捨てるとは、なんと非情なっ」

 何を勘違いしたのか、私の肩を掴もうとしたから、首に剣を突き刺してやったよ。

 勿論私の愛刀では無いし、ちょっと深く刺さったかもしんないけど、致命傷も与えてない。

 「何言ってんの?金魚の糞生きてるし、ちゃんと治してあげた。今朝も元気に、訓練参加してたよ」

 男の喉仏が上下に動いて、赤い血が汗の様に流れてく。

 私は剣を抜いて、護衛に返したよ、何故って?彼の剣だもの。

 そして、黙って見てた王弟に、話しかけた。


 「見ての通り、彼らは訓練不足です。私に剣を抜き取られたのに、抵抗も交わす事も出来なかった。これじゃうちの領民のが、強いですよ」

 私は怪我した護衛に、傷薬を塗ってあげる。

 王弟は、私の様子を伺うだけで、何も言い返さない。

 傷薬は即効性がある。

 出血も止まったし、傷口も消えたし、証拠隠滅!

 「毎日早朝と夕方に、裏門付近で訓練してるから、何時でも来てください。うちは極潰しを野放しにしてる程、優しくないんです」

 汚れた服は、自分で洗ってねって、ちゃんと伝えた。

 間違ってもうちの使用人に、頼むなよ!って念を押す事も、忘れてない。

 王弟の執務室を後にした私の後姿を、護衛と王弟が罰悪そうに眺めていた事は、知らない。


 廊下を進んでくと、私の部屋の前にまた居たよ。

 「なんすか?」

 親子揃ってなんなんだ、ほっといてくんないかな~

 「ここの領民は、一体なんなのだ」

 「え?」

 あんたが何なの?

 「誰も…子供も、大人も皆、リーシャに優しく接して来る」

 怪我人なんだから当たり前じゃん、何言ってんのこいつ。

 「マルコは、言葉が通じない…エルピーダ嬢は、寡黙過ぎる」

 悔しそうな顔してるけど…

 マルコはともかく、クレアはちゃんとした質問には、ちゃんと答えを返してくれるよ?

 「何故だ!何故、皆リーシャを怖がらないのだ」

 知らんがな、擬態した魔物じゃあるまいし、怖がる理由を説明しろよ!

 「あんたは、王女様の何処が怖いと思ってんの?」

 シスコンだと思ってたけど、違うのか?

 「ふざけるな!私の妹だぞ、可愛いに決まっている」

 「意味が分からん」

 こいつ、窓の外に投げても良いかな?

 「君は…リーシャを…その…醜いと、思わないのか?」

 ん???まったく理解出来ないぞ~

 「醜いって何?あんたの性格のが、よっぽど歪んでると思うけど」

 「そうではない、君もそうだった!」

 どっちなんだよ!

 「………さっぱり分からん」

 「初対面なのに、動じる事も無く、薬を飲ませていたではないか」

 何言ってんの?

 「私、医術師だよ。目の前の患者に、薬飲ませるの普通でしょ」

 私は、何と会話してんの?

 そもそも、会話になってんの?これ。

 「全身に、包帯を巻いているだけでは無い…あの皮膚を見て…あの顔を見て、何故平気でいられるのだ?」

 何かの喜劇か?

 役者でも目指してんのかな…

 「平気でいる訳じゃないよ。あのままじゃ、水もまともに飲めないし、一人じゃ何も出来ないでしょ?何とかしてあげたいって、思ってるけど」

 え、なんで?

 待ち伏せの顔が、驚きに変わったよ、目玉零れ落ちそう…

 「私が医術師だからとかじゃなくてもさ、怪我人や病人が居たら、誰だって優しくするでしょ」

 当たり前の事過ぎて、クレアが寡黙になるの分かったわ、途中で面倒臭くなったのよ!ウケル。


 相手するだけ無駄ね。

 私が部屋に入ろうとしたっけ、また話かけて来たよ。

 「あのブレスレットは何だ?何故あのような金額で、販売している。魔力石がどれ程の価値を持っているのか、知らない訳ではないだろう」

 「ブレスレット?」

 「町の雑貨屋で、マルコがリーシャに、プレゼントしていた。私も購入しようとしたら、拒否されたのだ。正規の値を告げ、買い占めてやると言ったのに…無礼ではないか」

 「無礼なのはお前だよ!」

 「何故だ!」

 「あれは領民の命を守る為の物、商人にだって売らないんだ。それを王族のあんたが買い占めるとか、国民を蔑ろにしてるのと同じだ。覚えとけ!」

 今度は真っ青になったよ、これだから温室育ちのボンボンは、嫌いなんだ。

 今度こそ扉を閉めようとしたんだけど、あんまりにも不憫に見えたから、出来なかった。

 面倒臭いけど、お父様の執務室迄、引っ張って来たよ。

 「お父様、なんか動かなくなっちゃった、あと宜しく~」

 「え?」



 置き去りにされた王子は、蒼白な顔をしたまま動こうとしない。

 ティアは一体、彼に何をしたのだ?と、ルーカスは思う。

 放置する訳にもいかないので、執務室に備えているソファーに座らせ、お茶を淹れた。

 「もう直ぐ昼食の時間になりますが、その様な姿では王女殿下が心配されますよ」

 ルイフォードは我を取り戻し、ゆっくりとお茶を飲んだ。

 落ち着いた頃合いを見て、ルーカスは問いかける。

 「ティアと何かありましたか?」

 ルイフォードは深く溜息をついてから、ポソリと呟くように話しだした。

 それを黙って聞いていたルーカスは、この地がどの様な環境にあるのかを、若い王子に語った。


 ここは、周りがモンステルの森に囲まれている為、魔物に襲われる事が多い。

 襲われた人間は、顔を背けたくなる程の怪我を負ってしまう。

 特に幼い子供達が狙われ易い為、身代わり守りを身に着ける用、義務付けていた。

 しかし、本物の魔力石では無い為、致命傷を避ける程度の効力しかない。

 領民は、誰かが襲われたら直ぐ助けに行けるよう、身分問わず戦う術を幼い頃から叩き込まれる。

 医術や薬術も、生き残る手段として、必要不可欠な物。

 怪我を治療する事に特化した技術が、日々開発され続けていた。

 その為他領での常識がここでは非常識で、ここでの常識が他領では非常識である事も、珍しくはない。

 我々の敵は常に魔物であり、人では無いのだから。

 人間同士醜い争いをしている程、余裕のある生活が出来ていないのだと、ルーカスは教えたのだ。


 納得したのか、ルイフォードは礼を言って、執務室を後にした。

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