第13話 爺様のん~まっ

 オルテンシア伯爵領へ来て三日目の早朝

 ルイフォードは戸惑っている。

 昨夜遅くに、カルティアが先触れも無く、部屋に訪れたのだ。

 転移で、部屋の中に迄入って来なかった事は、褒めてやろうと思う。

 他の令嬢と同じく、気を惹く為に何をして来るのか警戒したが、左目が欲しいと言われ絶句した。

 リーシャを出しにして、心を奪う呪術でも掛けるつもりかと?

 そんな事をせずとも、カルティアがルイフォードの妃になる事は、決定している。

 本人がそれを知らず、愚行に走っているのなら、教えるべきではないのかと思う。

 しかし伯爵夫妻は、カルティアが婚約者候補になっている事を、話す気は無いと言っていた。

 あの娘はそれを、望んでいないと…

 王弟も、ルイフォードも、理解出来ないでいる。

 昨夜は何を期待したのか、リシャーナの為にと言われ、左目を渡してしまった。

 してやられたと、今更後悔しても遅い。

 カルティアが、初級呪術師だと言う事は、知っている。

 媒体を使って掛ける呪術は全て禁術扱いだが、彼女がそれを知らない筈がない。


 あの時は確かに己の意思で、左目を抉り取った。

 想像を絶する激痛だったが、リシャーナの苦しみに比べたら、些末な事。

 同じ隻眼になる事で、苦しみを分かち合えるのなら、それも本望とさえ思ったのだ。

 しかし、カルティアはそれを許さなかった。

 気付けば、失った筈の左目が、何事も無かったかの様に再生されていた。

 幻覚を見ていたのかと疑ったが、真っ赤に染まった左手と衣服が、これはたった今起きた現実だと物語っている。

 顔面めがけ乱暴にかけられたポーションは、その効能を遺憾なく発揮したのだ。

 宮殿で使われている上級ポーションでは、欠損した部位を再生させるのは不可能。

 ならば、カルティアが持って来たポーションは、一体何処から仕入れた物なのか?

 何故、国に報告されていないのか?

 故意に秘匿するのは謀反だが、この地で作られている物ならば、領外へ持ち出す事は禁止されている。

 まさかただの初級資格取得者が、優れた物を作り出す等、あるのだろうか?

 粗悪品が出回らない様配慮した法が、仇になっているのだとしたら…

 カルティアは、純粋に上級薬術師免許取得の為、学園へ通う決断をしたと言う事になる。

 ルイフォードは、ここに来て初めて、己の羞恥を自覚したのだ。


 複雑な心情のまま、リシャーナの部屋に向かう。

 ルーク・オルテンシアが、来ると報告があったからだ。

 検査風景は何度も見たが、最低でも1時間は要していた。

 だが、ここの医術師達は皆、本当に診たのかと疑う程に早い。

 カルテに結果を書き込みながら、ルークは告げる。

 準備が整い次第、首から上を先に行い、術後の経過を見てから次を考えると…

 当たり前の様に淡々と説明をし、役目が終わると速やかに部屋を後にした。

 王族相手に何も要求して来ない彼らに、言い表せない感情を抱く。

 今度はリシャーナを、学校へ連れて行くと言う。

 昨日の茶会は、人数も少なく特別な物になった。

 しかし、不特定多数の子供が集まる学校に行けば、拒絶する者が必ず出て来る。

 何故そのような場所に、態々連れて行こうとするのか、理解出来ずにいた。

 真相を確かめるべく、朝食後カルティアを待ち伏せたが、言葉を選んでいるうちに逃げられてしまった。


 致し方なくルイフォードは今、伯爵邸で所持している古びた馬車に乗っていた。

 隣にはリシャーナが、向かえにはマルコが座った。

 リシャーナの前にはクレアナが座り、しきりに窓を眺め何かを警戒しているのか、落ち着きがない。

 30分程で目的地に着くと、馬車の周りに人だかりが出来る。

 勝手に扉を開けたのは、御者では無く子供だった。

 マルコも、クレアナも気にせず馬車から降り、何時もの様にリシャーナを車椅子に座らせる。

 下は4歳位か、上は10歳位なのか?

 年齢も性別も、身分も違う子供達が通う学校。

 皆笑顔で、好き勝手な事を語っているが、不愉快な言動は一切無い。

 賑やかな集団は、マルコに付いて歩き出し、校舎の中へと入って行く。

 「ここは…なんなのだ?」

 ルイフォードの呟きに答えてくれたのは、クレアナだった。

 「学校」

 クレアナは、集団の後ろから付いて行く。

 ルイフォードは、欲しかった答えを貰えなかったが、黙ってそれに習う。


 校舎の中でも、リシャーナは人気者で、昨日会ったばかりの子供達も居る。

 授業内容は驚く程レベルが高く、教えている教師も、素晴らしい人物だった。

 ここでマルコの部屋にあった、パズルを思い出す。

 もっと年齢に合った物を、預けるべきではないのかと、思ったのだが…

 この水準なら、あのパズルをマルコが完成させるのも、時間の問題であったなと考えていた。

 クレアナは校舎の中でも、しきりと窓の外を気にしている。

 「何か、気になる事でもあるのか?」

 「近衛が隠れてる」

 ルイフォードは驚き息を飲む、全く気が付いて無かったのだ。

 「何処に居る、何故分かった」

 クレアナは場所を示すだけで、答える事はしなかった。

 確かに指示した方向で、近衛が待機していた。

 彼もまた、気付かれるとは思っていなかったらしく、動揺しているのが見て取れた。

 父上の命令かと、ルイフォードは思う。

 伯爵領の学校は、午前中で終わる。

 無事に帰宅したルイフォードは、王弟に学校での様子を報告するのであった。




 ルークの治療院・研究室

 ずっと椅子にもたれ掛かったまま天を仰いでたお爺様が、身体を起こした。

 「王女殿下は…昼には戻るのか?」

 私は、研究室にある掛時計を見た。

 「もう戻ってるかも」

 「ならば、行くとするかのう」

 のっそりと、お爺様は立ち上がった。

 「あれ、やるの?」

 「致し方あるまいよ」

 覚悟を決めたようだ、早速チュン太郎に乗って、屋敷に向かう。

 「ルーク、何故お前まで付いて来る?」

 「里帰りだ」

 気にするなと叔父様は言うけど、今朝も来てたよね?


 屋敷に戻ったら、お爺様は王弟の執務室に寄ってから、食堂に来ると言ってた。

 叔父様は、お父様の執務室で、時間を潰すんだって。

 昼食迄、まだ時間あるしね!

 私は虹彩の研究をする為、部屋に戻って来たんだけど…

 ここでも待ち伏せかよ、君はストーカーかっ!

 「なんすか?」

 本日二度目の問いかけである。

 「………」

 またか、ほんとに、人の話聞く気、あんのかな?

 「言いたい事が纏まったら、出直して来いって、言ったよね?聞いて無かったのかな」

 私はこいつの前で、繕うのを止めた。

 大人しくしてたって、意味の分からんたわごと並べて、難癖付けて来るんだもん。

 だったら素のままで良くね?

 「そう…だったな…」

 今度は俯いて考え込んだので、私は部屋に入って扉を閉めようとしたら…

 閉まらない、護衛が足で妨害してたのだ。

 当然キレるよね!

 「そんな小賢しい真似して、簡単に引き下がると思ったか」

 私は、腹を蹴飛ばした。

 一応手加減はしたんだけど、壁に叩き付けられて、意識無くすとか。

 「弱くね?」

 思わず声に出ちゃったよ。

 「誰か、近くに居る人~」

 私は護衛の襟首を掴んで、叫んだ。

 「ここでーす」

 外?

 窓の下を見下ろしたっけ、庭師が居たから、護衛を捨てた。

 「近衛騎士の名折れだ、鍛え直してやって」

 気絶した護衛を受け取った庭師が、ニッコリ笑ってたよ、ご愁傷様。

 「なんて事を…」

 やっと頭の整理が出来たのか、待ち伏せ王子は、慌てて護衛の元に向かった。

 あれ、連れて歩く意味あんの、なくね?

 王族に興味は無いけど、国が滅ぶのは困る。

 私は父様にお願いして、奴らを鍛え直して貰う事にした。

 どうせ暇を持て余して、扉の前で突っ立ってるだけだもの。

 極潰しを置いておく程、家は優しくないのだ。

 働かざる者食うべからず!で、ある。


 いよいよ昼食の時間だ!

 私は急いで食堂へ向かい、特等席に陣取った。

 直ぐ後で、ルーク叔父様がやって来たけど、一歩遅かったわね。フフン(ドヤ顔)

 悔しそうに、私の隣に座ったわ。

 我が家の席は、決まってない。

 お客様が居る時は上座に案内して、お父様達はおもてなしの席に着くだけ。

 後は自由なのだ。

 クレアは叔父様が居る事に何かを察したのか、私達の間に割り込んで、席に着いた。

 「酷いぞ」って言いながらも、可愛い姪っ子に席を譲ってくれる、なんだかんだ優しい叔父様なのだ。

 皆揃った所で王弟一家が入って来た、私のドキドキが止まらない。

 クレアはこれから何が起こるか知らないけど、何となく私と叔父様の雰囲気で察したみたい。

 食堂に居る面々を見まわした王弟が、口を開く。

 「オルテンシア伯爵よ、以前から気になっていたのだが…彼らの席順はおかしいな」

 「「チッ」」

 思いの他舌打ちが響き渡ったので、私と叔父様は素知らぬ振りをした。

 「我が家での楽しみ方です。どうかお気になさらず…」

 ナイスアシスト、お父様!

 「そうか…」

 王弟の視線を感じるけど、無視よ、無視。

 お爺様が立ち上がって、王女様の前で立ち止まった、いよいよ始めるのね。

 「王女殿下。辺境伯領で流行りの…ご挨拶をさせて頂いても宜しいでしょうか」

 「いいよ!」

 何故かマルコが反応した。

 車椅子を、お爺様の方に向けてくれてる。

 片膝を付き、王女さまの右手を、両手でそっと包み込む。

 既に魔力を流し込んで体内を覗いてるのね、私達は固唾を飲んで見守ってる。

 お爺様は深い、深い深呼吸をする……………………… いや、沈黙長いわ。

 その時!

 目をギュっと瞑り、唇を尖らせて、言ったよ!

 「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っま」

 私達は堪えたよ、頑張ってるよ。

 王弟と待ち伏せ王子は、目をまん丸にして驚愕してる。

 お妃様は、流石だわ、あれが王子妃スマイルって奴?

 妃教育の賜物ね、私には真似出来ない芸当だわ。

 そんな中、真っ先に決壊が崩壊したのは、案の定ツボの浅いお父様だった。

 「ブフッ。グッ、グフッ」

 いや、お父様勘弁してよ、せっかく皆必死に堪えてたのに…

 「あっはっはっはっは」

 お母様が豪快に笑っちゃったじゃない、釣られて私達も笑っちゃったよ。

 こうなったらもう誰にも止められない、使用人達まで目に涙溜めて笑ってる。

 喜んでるのは、マルコだけかと思ったけど…

 「フッフフ…」

 小さくて、消えそうな笑い声が聞こえた。

 私達の視線は、王女様に集中する。

 笑ってる!

 笑ってるよ、王女様が笑ってる!

 固まってた表情筋が、微かに動いてた。

 私達から歓声が上がる、今度は嬉し泣きだよ。

 今夜は祝杯にしようと、お父様が言った。

 お爺様は複雑な表情で席に着き、マルコは王女様に語りかけ、王女様はそれを楽しそうに聞いてた。

 お妃様は、大粒の涙を零してる。

 待ち伏せ王子は、固まったままだったけど、王弟が余計な問いを投げかけた。

 「辺境伯よ、その…なんだ。今の挨拶…痛っ」

 え?

 お妃様が今、扇子で叩いたよ、怖っ

 余計な事は、言わないようにしようと、私は固く誓うのであった。

 そして王弟一家が来てから、一番和やかな食事を、済ませたのだ。


 昼食後、私達はクレアを連れて、叔父様の研究室に戻って来た。

 「分かった?」

 私はお爺様に、問いかける。

 「思った以上に深刻だのう…あれが爆発したら、この領地は消える」

 耳を疑った…

 「なんの話?」

 そうだった!

 クレアは午前中、学校へ行ってたから、知らないんだ。


 事のあらましを全て説明しようとしたら、叔父様がミラ伯母様も呼ぶように言ったので、ポチに頼む。

 ポチは転移で、ミラ伯母様を誘拐?してしまった。

 作業着姿で、雑草を手に持ってた。

 「ポーチッ!」

 ミラ伯母様は、ポチの悪戯だと思ったみたい。

 「ごめんなさい伯母様、大事な話があるの」

 「そうなの?ちょっと待って、マーカスが心配するから」

 ミラ伯母様は窓を開けて、水属性の魔術で叔父様の研究室から薬草畑迄伸びる、虹の橋を架けた。

 すると薬草畑の方から、大きな花火がドドーンと上がった。

 「「素敵」」

 私とクレアは、感嘆の声を漏らす。

 「いいよ~で?話って何」


 私は全て包み隠さず、今迄の事を話したよ。

 意外だったのは、二人共あっけらかんとしてた事。

 呪術師にしか見えない呪詛の事を考えても仕方ないから、私に一任するって。

 それよりも、呪詛に侵食されてない頭部の事を、話し合おうってなった。

 私とお爺様の考えは、魔力が予想以上だった事以外は、ほぼ一致と思ってる。

 後は手術の日取りを決めるだけ。

 これは帰ってから、お父様経由で王弟に相談しなきゃ…

 お爺様は、あれには絶対手を出すなと言って帰ってったけど、ごめんなさい諦めるつもりは無いの。

 

 私達は屋敷に戻って来た。

 お父様に手術の日取りを、王弟と話して欲しいって頼んだし、後は待つだけ。

 問題は呪詛だよね…

 私はポチの中に入って、王女様と同じ呪詛を作れないか、研究する事にした。

 禁術でも、この中に入っちゃえば関係ない、ほんと便利空間なの。

 思考錯誤の結果、分かった事がある。

 やっぱしあれは、生きてる生命体。

 寄生して、身体を乗っ取るんだよ!

 でもね頭を乗っ取れなかったら、なんも出来ない唯、生きてるだけの生物。

 寄生元から、呪詛に取り憑かれてる臓器を、取り除く事も出来たけど…

 取り除いてから、一定時間が経つと、爆発した。

 呪詛のクローンを作ってみたけど、連鎖して爆発したよ。

 つまり、王女様から呪詛を取り除いたら、連鎖して爆発する人がいるかもしんない…

 それは、まずいよね?

 だったらさ、別の器に入れてみたら、爆発しなかった!

 なんか明るい未来が見えて来たよ。

 私はポチから出て、今日はゆっくり休む事にした。

 明日は学校お休みだし、マルコ達と中央へ遊びに行くんだ!

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