第12話 王女様の体内にあった物

 翌日朝食前、ルーク叔父様が王女様の部屋にやって来た。

 「はじめまして王女殿下、ルーク・オルテンシアと申します」

 軽く挨拶をした後で、体内をくまなく探ってく。

 検査は5分程で終わり、学校は問題ないと告げ早々に帰ってった。

 私は昨日、お父様から預かってた入校許可証を王弟に渡し、急いで自室に戻ったよ。

 勘違い王子から貰った、半分目玉の研究がしたいのだ。


 ここで、私の最後の秘密を、解き明かす事にしよう。

 私は、ポチの中に入れる。

 正確に言うと、ポチが作り出してる空間?

 お爺様達が知ってるのは、この空間の中が無限大って事だけ。

 その後に発見した事は、口封じの呪印が刻まれてるから、他言出来ない。

 つまり、ここからの事は、私しか知らないのだ。

 で、この無限に広がる空間には、時間と言う概念も無かった。

 ここで何十年、何百年と、研究や訓練をしてても…

 一切歳を取らないし、疲れもしなければ、生理現象も起きない。

 そしてこの空間から出る時は、どの時間帯の現実世界に戻るのかも、私の自由だ。

 勿論、成果もちゃんと持ち帰れる。


 例えば、魔術師が私に、魔術を教えてくれてたとしよう。

 初めて見る全く使った事の無い魔術を、ポチの中に入り訓練する。

 習得するのに数年かかったとしても、ポチの中に入った瞬間の、現実世界に戻る。

 そこに居た魔術師は、私が消えた事に気が付かない。

 つまり、一瞬で魔術を習得したように見えるのだ。


 まだある。

 ポチの中では、時間を自由に操れた。

 例えば、コップの水を零しても、時間を戻せば零さなかった事になるの。

 実験が失敗しても、実験する前に戻せば、何度でもやり直せた。

 つまり、時間を戻したり進めたりする事で、無限に使えてるのだよ。

 ここで、勘違いしないで欲し事が、ひとつ。

 ポチは、タイムマシンでは、無い。

 昨日に戻りたいと思ってポチの中に入ったとしても、戻れるのは入った瞬間の、現実世界迄なのだ。

 逆も然り。

 世の中、そんな上手く出来てないって事。


 幾つだったかな?

 ポチの中で剣術の稽古をしてた時、夢中になり過ぎて気が付いたら、半日以上過ぎてたんだよね。

 出たら深夜だったし「晩御飯食べ損ねた」って、暢気に思ってたの私だけ。

 家族だけじゃなくて、使用人も私を心配して探し回ってたよ。

 そりゃそうだ、ご飯時間に帰って来なかったんだから。

 でもさ、呪印のせいで説明出来ないし、ポチの中に入って過去に戻ろうと思ったの。

 無かった事にすればいいやって、でも出来なかった。

 そん時に分かっちゃったんだよね、100年後の世界に出たら、浦島太郎になるって!

 興味本位で未来を覗きに行かなくて、本当に良かったって思ってる。

 取り返しの付かない事に、なってたかもしんない。

 だからね、ポチの中に入った瞬間に戻るよう設定したの。

 二度と心配かけたくなかったからさ。


 お陰で私は、周りから超人だと思われてる。

 本当はね、凡人以下だ…

 人の何十倍も努力しないと、普通になれない。

 クレアは違う、限られた時間で、大きな成果を出してるよ。

 でも私と何時も一緒に居るから、霞んでしまうの。

 それが心苦しくないと言えば嘘、狡いと言われたらそうだと思う。

 それでも私は、研究も、訓練も大好きなんだ!

 だからこれは、私が持って産まれたスキルだと、割り切る事にした。

 使える物は、何でも使う主義なのだ。


 で、今は半分目玉をまん丸目玉にする為、ポチの中で研究に没頭してる。

 核、目玉の元みたいなもん?

 これを再現しようとしてんだけど、難しんだよね~

 先人達の研究資料なんかを読み漁ってんだけど、皆苦労してんな…

 目の色変えたり、髪の色変えたりする薬剤はあるのに。


 そんなこんなで、気が付いたら50年近く経ってたよ。

 私はポチの中に入った瞬間の、現実世界に戻って来た。

 当然、研究成果は持ってる。

 別室の棚に、ズラリとサンプル容器を並べた。

 「ふっ…ふっふっふっふはははははははは!!!」

 笑いが止まらない、半分目玉が、まん丸目玉になったよ。

 これ見てると、勘違い王子を思い出すが、まぁいいだろう。

 問題は虹彩なのよ。

 幾ら兄妹とは言え、全く同じ遺伝子を持ってる訳じゃないからね。

 こっからどうやって、王女様の目玉に近づけるかが、次の課題だ。

 没頭してたら、朝食の時間なの忘れるとこだった。

 言い忘れてた!

 ポチの中で50年過ごしたからって、私の精神年齢が歳を取る訳じゃない。

 皆、50年振り~!とは、ならないの。

 ポチの空間て、摩訶不思議だよね。


 朝食後、ルーク伯父様の所に行こうとしたら、何故か勘違い王子に待ち伏せされてた。

 「なんすか?」

 私は警戒心マックスになってるよ、目玉ちゃんと復活してんじゃん!

 今更文句とか、言わないで欲しんだけど?

 「いや…その…」

 横を向いて口元に手を当てて、何やら考え込んでるから、待つの止めた。

 長くなりそうなんだもの。

 「考えを纏めてから、出直して!」

 私は逃げる様に空を飛んで、ルーク叔父様の所に急いだ。

 「え?ちょっ、待って…」

 待ち伏せ王子が呆気に取られて、見送ってたのは、知らない。


 研究室を覗いたら、既にお爺様が眼鏡をかけてたよ。

 転移で中に入ると、ルーク叔父様と目が合ったから「えへっ」て、可愛い子ぶってみた。

 そんな白い目で見なくてもいいじゃん。

 「ティア、クレアはどうした?一緒じゃないのか」

 お爺様が眼鏡を外して、問いかけて来た。

 「今日は王女様の付き添いで、学校行くの」

 「そうか…」

 「ねぇ、呪詛でしょ?呪詛だよね?呪詛って言って!」

 私はお爺様の肩を掴んで、前後に揺すったが、動く訳が無い。

 まだまだ現役のソードマスターだ、私程度の力でどうこう出来る程、落ちぶれてなかった。

 「よく分からんな~」

 何処見てるのお爺様、私はここだよ。

 「ルーク叔父様は、見えた?」

 今朝の検査で確かめた筈だけど、首を横に振った。

 「クレアと同じだな。不快感があるだけで、目視は出来なかった」

 「無理も無かろう、呪術師にしか見えん物もある」

 お爺様は、ぼそりと呟く…

 それは、あれが呪詛だと言ってるようなもんよ?


 呪詛とは何かって?

 頭の毛が薄くなれ~とかって可愛い物から、絶対許さない!復習してやる~って物騒な物を、一括りにした呪いの事だ。

 では、どうやって呪詛を掛けるのか?

 簡単な物なら、神様に祈ればいい。

 流れ星でも構わない「禿げろ!禿げろ!禿げろ!」と、三回唱えてみよう。

 叶うかどうかは運次第、誰でも一度位は、経験あるよね?

 次に本気で人を呪い倒そうとして、爪だの髪だのって呪詛の媒体となる物を、集めるやつ。

 集めてるだけなら、呪詛は掛けられないんだけど…

 媒体を使って、呪詛を掛ける専門職がね、結構いるんだわ。

 私達はそんな奴らを、呪詛師って言ってる。


 当たり前だけど、人を呪うなんて事は禁止されてるよ。

 呪詛を掛ける為の呪術は全部禁術扱いだし、呪詛師になった瞬間、罪人として指名手配もされる。

 顔も、年齢も家族構成迄、ぜ~んぶ世界中に晒されるんだ。

 捕まれば、悲惨な末路を辿る事になるから、呪詛師になんて絶対なりたくない!

 それに、呪って下さいって頼んだ人も、罪人として捕まるのだ。

 ほんっと、迷惑行為極まりないんだけど、なかなか撲滅出来ないんだよね~

 何故なら、呪詛師って元は呪術師って奴が多いらしい。

 呪術を習得する為に、禁術も習う。

 知らなければ、呪詛を祓う事が出来ないからね。

 そんで、真っ当な呪術師になりますって誓った筈なのに…

 闇落ちしたり、お金欲しさで、禁術に手を出す輩が出ちゃう。

 一度禁術に手を出したら、二度と呪印は刻めなくなるから、呪術師には戻れなくなるの。

 リスクだらけに思うけど、意外と儲かるんだって!ケッ。


 次に呪術師の説明もさせて欲しい。

 呪術を使って呪印を刻んだり、呪詛を祓ったりする人の事。

 師匠に弟子入りする時、一番最初に誓いの呪印を刻まれる。

 そんで一人前になった事が認められたら、国に登録して免許皆伝になるのだ。

 途中で挫折した場合は、覚えた事は全部綺麗さっぱり忘れさせられる。

 なら呪詛師は何故、忘れずに禁術を使えるのかって?

 それは、分からん…

 呪詛師に弟子入りしたら、誓いの呪印なんて物は刻まれないだろうしね~

 お金貰って呪詛師を育ててる輩が、沢山いるんだと私は思ってる。

 当然だが私も、お爺様も、真っ当な呪術師として登録済。


 意外に思うかもしんないけどさ、呪詛って結構身近にあるんだよ。

 だから妬まれたり、恨まれたりしそうな人は、先手を打ってる。

 だって嫌じゃない、誰が好き好んで呪われるのを、待ってると思う?

 病気になったり、怪我したり、不幸な目に会いたくないよね?

 避ける事が出来るならさ、呪詛返しの呪印を身に刻むって人、結構多いの。

 王族も然りだ。

 何なら、一番呪詛に掛けられる確率が高いとすら思ってる。

 だからお抱えの呪術師が、ちゃんと呪印を刻んでる筈!

 呪印は使い捨てだから、一回発動したら刻み直す必要があるからね。

 もし呪われたとしてもすぐに分かるから、そん時は呪術師に頼んで祓って貰えばいい。


 では、祓った呪詛は何処に行くか?

 呪詛師に帰って来る、倍返しになって…

 呪った筈が、逆に呪われちゃうってパターンだ。

 じゃあ、倍返しにされた呪詛を跳ね返せるか?

 それは絶対無理。

 呪詛は跳ね返した相手でも、呪われた相手でも無く、最初に掛けた者に戻るから。

 じゃあ意味無いじゃんって思うよね?

 身体張って迄やる事じゃない、それはそう。

 だったらなんで、呪詛師になるのか?

 やってける自身があるからだ。

 厄介な事に、術者にも力量ってのがあるんだよ。

 能力が高い者程、呪詛師になりやすい傾向があるって、お爺様が言ってる。


 つまり呪詛師の力量が、呪術師より高ければ、呪詛を祓う事が出来ないのだ。

 でもね、呪詛って必ずしも人間相手とは限らない。

 だから能力が低くても、呪詛師になれちゃう。

 実際こっちのが面倒くさいし、需要も多いのかな?

 跳ね返って来ても、問題無い呪詛ばっか掛けて来る。

 どこぞの貴族家を没落させるだとか、農作物に被害を与えるだとか、そんなんばっか。

 何が楽しんだろね?

 最近商売が上手くいかないな~とか、不作が続いて食料危機だってなったら、呪術師に祓ってもらおう!

 これが一般的、誰もが知ってる知識だよ。


 だけど私が見た物は、教えられた物とは、かけ離れてたの。

 まるで、呪詛自体に意思があるかの様に…

 王女様の身体中に、触手の様な物を張り巡らせてさ、蠢いてたのだよ!

 全身に鳥肌立ったわ、初めて魔物見た時みたい。

 言葉では言い表せない程、信じらんない光景なのさ。

 しかも、魔力を吸い取って、成長してる様にも見えた…

 そんな事ってある?

 無いでしょ!

 あり得ないんだよ、何もかもが!

 だからね、ほんとに呪詛なの?って疑っちゃうレベル。

 信じたくないってのが本音だけど…

 だから、ちゃんと自分の目で見て、耳で聞いて確かめなきゃって思った。


 「お爺様、知ってる事全部教えて、あれは何?生きてるの」

 お爺様は目を瞑り、寝た振りをした。

 ちょっと~黙秘かよ、まぁいい、話せない事もあるよね。

 「あれを、祓っても良いの?」

 「駄目じゃ」

 即答で来たか…危険な奴って事で決定したな。

 「………祓った瞬間、爆発すんの?」

 「………」

 寝た振りしてっけど、ちゃんと聞いてくれてるのは、知ってる。

 沈黙は肯定だよね、分かった。


 私はお爺様に次から次へと、疑問をぶつける事にした。

 「あの呪詛、魔力吸い取ってるよね?そして溜め込んでるよね」

 「………」

 やっぱし!

 私の考えに、信憑性が出て来たよ。

 「もしかして今は…停滞してんの?だから魔力を、溜め込んでんの?」

 「………」

 お爺様は、まだ寝た振りを決め込んでる。

 「本来なら吸い取った魔力で、何かするんじゃないの、違う?」

 「………」

 なるほど…これは信じ難いが聞くしかないだろ。

 「王女様は、あれと三日三晩戦った結果、勝ったのね?」


 お爺様は天を仰ぎ、ルーク叔父様は私達のやり取りを、黙って見てた。

 「だから、洗脳されてないんでしょ?今でもあれを、止めてるんだよね?首から上に触手が伸びて無いって事はさ、戦い続けてるって事じゃない?」

 「………」

 「じゃあさ、呪詛師からしたら王女様って、失敗作って事よね?まさか呪詛返しの呪印を失った後で、呪詛に抗う者がいるなんて、想定外だったんじゃない?」

 お爺様は諦めたのか、私の目をじっと見つめて来た。

 「宮仕えの呪術師が、あれを放置してるのは何故?まさか、知らない訳じゃないよね」

 溜息付いちゃったって事は、概ね当たりって事か。

 凄く嫌な気分だ、違うって言って欲しかったのに…

 「もしかして呪術師があれを祓おうとしたら、証拠隠滅する為、爆発するって事?つまり、王女様一人位なら恐れる程じゃないけど…」

 私は、お爺様の目を真っ直ぐに見つめて、確信を突く。

 「呪詛を持った人が、他にも居るんだね。一人が爆発したら、他の人も連鎖するって事?もしかして、全国に広まってる?各地で一斉に爆発したら、国が亡ぶかもしんないって事、違う?」


 「はぁ…かなわんのう」

 ここでやっと、言葉を貰えたか…お爺様は苦笑いしてる。

 「マジかよ…」

 横からはルーク叔父様の、絶望にも似た嘆きが聞こえた。

 私だってこんな事信じたくなかったけどさ、あれを見てたら考えちゃうじゃない。

 幸い?な事に、時間は沢山あるんだもの…

 「お爺様はさ、何時から知ってたの?誰から聞いたの?王女様以外で呪詛を持ってる人に会った事はあるの?」

 「勘弁してくれ」

 お爺様は困った顔をしてるだけで、詳しい事は教えてくれなかったけど、あれが一般的な呪詛とは違う変異種だってのは分かった。

 「直接確認してみないとなぁ、どれ程の物か映像だけでは、判断出来ん」

 そうだよね…

 幾らお爺様だって、映像を見ただけじゃどんだけ魔力を溜め込んでるのか迄は、分からないもんね。

 ルーク叔父様も、深刻な顔をしながら、思案してる。

 「しかし…相手は王族だ。いくら爺さんでも体内を覗きたいなどと言えば、警戒されないか?」

 医術師の資格を取っておけば、良かったかの?と、お爺様は呟いてた。


 体内を覗く方法かぁ…

 クレアみたいに、魔力をコントロールして、水でも飲ませる?

 土属性にそんな芸当は無理だなぁ、砂なら操れるけど…

 直接手を触れて、魔力を注ぐしか無いのかな?

 「ねぇ~なんか良い魔道具は無いの?誰にも気付かれずにさ、体内見れるやつ」

 「おまえな~」

 「なによ!」

 叔父様は、心底呆れたって顔してる。

 「ティアよ…例えそんな魔道具があったとしても、わしは使わんぞ」

 「え~お爺様まで」

 なんでよ!

 便利道具は、使ってこそじゃないの?

 ルーク叔父様は医術師だし、手術の補佐も頼んでるから、真っ当な理由で確認出来たんだけど…

 お爺様は、魔道具でも使わない限り無理でしょ!

 いきなり体内覗かせて下さい、なんて言ったらさ、変態扱いされちゃうじゃん。

 私だって気持ち悪いわ、カバジェロじゃあるまいし…………

 いや…

 まって………?

 何かあった筈………

 なんだ???

 思い出せ私!

 ほら、あれだよ………

 あれ………!

 「いや、あるわ!誰にも疑われずに、確かめる方法が」

 「「え?」」

 私は説明したよ、やるかやらないかは、お爺様次第。

 腕を組んで黙っちゃったよ、そりゃそうだ。

 私とルーク叔父様は、お爺様を見守った。

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