第10話 魔物の集団行動
私達は調剤室に来た。
今夜から使う、眠りを深くするお香を作ってるのだ。
「ねぇ、王女様の体内に何があったの?」
私は薬研をゴリゴリさせながら、クレアに聞いてみた。
「多分…遺物?」
「え?」
「なんか、凄く気持ち悪かった」
「千里眼で見たの?」
クレアは首を横に振った。
千里眼を使いこなせてないから、見たい時に見れないのは悔しいんだろう、それでずっとしかめっ面だったのか。
「明日、魔道具付けてくれる?」
クレアの願いを、聞かない訳がない。
「分かったよ」
私は就寝中に焚くお香と、睡眠前に服用する薬茶を宮仕えに渡してから、自室に来た。
ポチを抱きしめながら、今後の事を考えてる。
「クレアが言ってた気持ち悪いのって何だろう?」
呪詛かな…
「だったら呪術師が祓ってるよね?」
医術師達が言ってた、ケロイドの成長って…
「ケロイドって成長すんの?」
なんか、ケロイドが邪魔して手術が出来なかったって、生き物みたいな事言ってたけど。
「さっぱり分からない。なんで記録映像残してないんかな!」
それに、あの
夕食の時は車椅子に座ってたから気付かなかったけど、あれじゃ熟睡出来ないの当たり前だわ。
身体の向き変える時に目が覚めちゃうだろうし、お世話する人も大変だよね
「ゆっくり寝かせてあげたいなぁ、私も水属性だったら…」
属性関係ないか、魔力コントロール出来なきゃ意味ないしね。
「クレアに頼む?」
夜遅く迄勉強してんのに、邪魔しちゃ駄目じゃん。でも、手術までには体力付けて欲しいし、睡眠て大事よね。
声出せないのも気になる、あれは精神面が大きんだろな。
「何があったんだろ???考えてても仕方ない、やっぱ頼むかぁ」
私は、マルコの部屋に来た。
「マルコ、もう寝ちゃった?」
「ん~?起きてる~zzz」
ごめんよ~朝の訓練早いし、そりゃ寝てたよね。
マルコは目を擦りながらベッドから起き上がったよ、なんか罪悪感。
「ちょっと頼みたい事があるの」
分かった~って、王女様の部屋にぬいぐるみを抱えて走ってった。
「枕じゃないんだ…」
リシャーナの部屋
王弟一家は毎日欠かさず、就寝前にリシャーナの部屋を訪れていた。
眠るまで傍に付いているためだ。
今夜からリシャーナの主治医が、宮仕えからクレアナとカルティアに変わった事を伝えた。
そして宮仕えが、カルティアから渡された薬茶を飲ませると、やはり口から零れ落ちてしまう。
皆それは仕方の無い事だと思っていたが…
夕食前の光景を思い出すと、クレアナの魔力コントロールが別格だと、認めざるを得なかった。
香を焚くと、程なくしてリシャーナは眠りに就いた。
毎日飲ませていたポーションで、薬物中毒を起こしていた事を知った宮仕え達は、言葉を失った。
本来なら、用法や容量を守れば、中毒など起こす筈は無いからだ。
それに加えて、毎日リシャーナの体調管理をしていたのだから、中毒症状が出たら気付く筈。
だが、宮仕え達には分からなかった。
特に薬術師は、カルティアの調合した薬茶と香を見て、愕然としていた。
何故なら、使われている薬剤が、一般的に常用されていた物だったからだ。
薬草は、調合次第で用途や効き目が変わって来る。
一種の薬草から作り出す、幅広い用途の薬剤や薬茶などは、薬術師の経験と技術から成る物。
その為限界が無く、日々新薬が誕生している。
宮殿で仕えているのだから、一早く新薬を使えるのも当然の事だった。
しかし、新しい物が必ず良いとは限らない。
古くからある薬剤でも、効果は十分に得られる。
そんな初歩的な事を、すっかり忘れていたのだ。
これでは、主治医を変われと言われるのも、無理は無い。
暇を告げて、王都へ帰ろうとした宮仕え達を止めたのは、王弟でも王弟妃でもなくカルティアだった。
『人手不足なんだから、仕事しなさい』その言葉が鋭い刃となって、胸に突き刺さったのだ。
一からやり直そう。
宮仕え達は、己の孫娘の様に年若い娘達から、学び取る事を決意したのだった。
王弟一家が部屋を出ようとしたその時、マルコが入って来た。
「マルコよ、リシャーナは眠った所だ。明日出直して来なさい」
「姉様に………お願い…」
マルコは欠伸をしながら、たどたどしく答える。
「あのね……リーシャと…おやすみなの」
王弟は意味が分からず引き留めようとしたが。
もう限界だとばかりに、リシャーナのベッドへと潜り込んだ。
「シャボン…」
たった一言で略術式が展開されると、シャボン玉がリシャーナを包み込んだ。
マルコはぬいぐるみを抱えて眠ってしまったが、略術式が解ける事も、魔術が解ける事も無かった。
リシャーナは、シャボン玉の中で、気持ち良さそうに眠っている。
その場にいた者達は皆、眼前の出来事に驚愕していたが、唯一人王弟妃だけはその光景を微笑ましく見つめていた。
マルコの底知れぬ能力にも驚いたが、それ以上にリシャーナが熟睡出来るよう配慮した事だと、理解出来たからだ。
翌日早朝。
リシャーナの事が気になって眠れなかった王弟とルイフォードが、まだ眠そうな王弟妃を伴い部屋を訪れた。
昨夜は綺麗なシャボン玉だったが、今は白濁色に変わっていた。
当直に就いていた宮仕えの話では、時折寝返りをするかの様に、リシャーナはシャボン玉の中で動いていたと言う。
香の煙はシャボン玉の中へ吸い込まれて行き、深夜に何度かカルティアが様子を見に来て香を焚き直したが、やはりシャボン玉の中へと吸い込まれ白濁色になってしまったと言っている。
話を聞き終わった時、部屋中に香の煙が霧散して徐々に消えていった。
ベッドへ視線を向けるとリシャーナはまだ眠っており、マルコがそっと布団を掛けている所だった。
「おはよ~ございます」
小声であいさつし部屋を出て行こうとした所を、ルイフォードが呼び止めた。
「部屋に戻るのか?」
「うん、またね~」
ぬいぐるみを抱いて走って行くマルコの後姿を、ルイフォードは見つめている。
あの状態で一晩寝ていた事が、信じ難かったのだ。
「マルコ~今日ね、お茶会やろうと思うの」
私は朝食後、マルコの部屋に来た。
王女様の声を取り戻す為に、お友達増やそう作戦を実行してみようと考えたのだ。
「やる~何処で~」
「温室が良いな。お姫様はまだ、お外に出られないからね」
「まだ駄目なの?可哀想…」
しょんぼりとしてるね、マルコは活発な子だから、早く外で一緒に遊びたいんだろうなぁ。
「お姫様ね、お友達いないでしょ?」
「僕がいるよ~」
「お友達、いっぱい欲しくない?」
「欲しい!」
「でしょ?だから学校で、お友達になってくれる子を連れて来て欲しいの。お姫様が驚かないように、最初は3人位がいいかな?」
「分かった~」
「お茶会は一時間だけだよ、お姫様が具合悪くなっちゃうからね」
マルコは元気よく返事をしてたし、準備もやるって張り切ってたから、任せて問題ないね。
私は検診の為、王女様の部屋へ行く事にした。
扉の前で、護衛が門番的な事をしてるのは謎だけど…
部屋に入ると、クレアの診察が終わった所らしくて、まだしかめっ面だわ。
「カルテ見せて~」
クレアから受け取って、詳細を確認したけど、頭部は直ぐにでも治せそう。
ただ…
「やっぱ核無かったかぁ」
体内は、思ってた以上に深刻だわ。
「はいこれ」
クレアが昨夜話してた魔道具を渡して来たので、受け取った。
これは眼鏡型で、私が見た物を記録映像として残せる、大発明品だ。
誰が発明したのかは知らんけど、自称行方不明の伯父様が送って来てくれた戦利品の一つなのである。
ちゃんと王弟の許可も取ったよ、体内の記録大事だからね。
私は早速クレアが気にしてた、謎の異物を確認する事にした。
信じたくはないけど、心当たりがあったのだ。
王女様の足元から少しずつ魔力を長し込み、隅々迄行き渡らせる。
本日二度目の検査だから、あんま時間かけたく無かったんだけど、最悪だ…
30分後、検査を終えた私にクレアが問いかけて来た。
「分かった?」
私は頷く、これでクレアも確信したのか、頷き返した。
そして王弟達に向き合い、ルーク叔父様と相談してから、手術の日取りを決めたいと伝えた。
この場で説明出来ない事があったからなのだけど、お妃様は何故か感激してる。
王弟一家が我が家を訪れたのは、王女様の終の棲家にする為だったからだなんて、この時の私達はまだ知らなかったのよ。
だってねぇ、王都で余命宣告受けてるなんて思わないじゃん?
外見だけならそこまで酷く見えなかったし…
準備を整え、急ぎルーク叔父様の治療院に向かう。
「あ!お茶会の事伝えるの忘れた」
「お茶会?」
「今朝、マルコにお友達連れて来るよう頼んだんだ」
「声の為?」
「そう!先ずは精神を安定させてあげないとって思ったんだけど、どう思う?」
「いいと思う」
王女様が言葉を失った大きな原因は、精神的な物だと検査ではっきりした。
今回のお茶会が、王女様の心を癒す手助けになったら、次は学校にも行かせてあげたい。
同世代の子供たちと交流しながら、声を取り戻してくれたら良いなと、思っているのだ。
治療院に来ると、叔父様は相変わらず研究室に籠ってて、小難しい顔で何かを読んでる。
「叔父様、これ見て!」
何時もなら突然の訪問に小言を言われるんだけど、今日は資料から目を離す事無く、手だけ差し出して来た。
何真剣に読んでんだろ?
私は叔父様に今朝撮った動画を手渡したら、固い物の感触に驚いたのか、視線を書類から手元に向けた。
「王女様の体内映像なんだけど、今直ぐ見て!」
「へ~、よく撮らせてくれたな」
叔父様は早速眼鏡をかけたので、私達はドキドキしながら待った。
クレアは此処へ来る迄に、映像内容を確認済みだ。
30分後、眼鏡を外した叔父様の顔から、血の気が失せていた。
「マジかよ…」
「カルテもあるけど」
私がカルテを差し出すと、無言で受け取った、やっぱビックリするよね。
「なるほどなぁ…」
叔父様は一通りカルテに目を通すと、腕を組んで暫し考えてから、視線をクレアに向けた。
「クレアは、見えたのか?」
首を横に振りながら答える。
「嫌な感じだけ」
今度は、私とクレアを交互に見ながら聞いて来た。
「だろうな…この事は、誰かに話してないよな?」
「「うん」」
話せる訳ないよなって、ブツブツ独り言の用に喋った後で、私を見た。
「明日は、僕が検査に行ってもいいか?見えないと思うが、確認したい」
待ってました、そのつもりで此処に来たのよ。
「そうしてくれると嬉しい、お爺様にも報告するつもりだけど、お母様のがいい?」
叔父様は難色を示した。
「いや~ルディアは… 爺さんのが、情報持ってるんじゃないか?」
「あんま広めるべきじゃないと思う?」
やっぱ私達と、考える事同じかな?
「そうだな…必要があれば爺さんが直接ルディアに話すだろうし」
叔父様は立ち上がり、珍しくお茶を淹れてくれた、マジか!
私達は話しあった結果、王女様の首から上だけ先に、形成手術を施す事にした。
そして、ミラ伯母様にも手伝って貰おうって事になった。
「問題は左目なんだよね~」
「核が、ひと欠片でも残ってれば良かったんだけどな…」
叔父様の言う通りなのよ。
上級ポーションは、完全に失った臓器までは、再生出来ない。
首から下なら、他の動物から媒体を貰って、形成する事も可能だけど…
表面的な事なら簡単なんだけど、中は複雑過ぎるのだ。
特に首から上は、媒体を使っても再生させる事が出来ない。
分かってはいるけど、どうしても王女様を完全体にしてから、王都へ帰してあげたいんだよね。
「右目半分こにして増やす?」
私は、無い物強請りをしてみた。
「ははは、右目だけ2玉になるだけだろ、笑わせんなよ」
「だよね~」
そうなのだ、目玉は身体から離れた時点で再生不可になる。
くっ付いてる状態で増やしたって、どっちも右目だから意味ないんだよ。
治療院の後は、ミラ伯母様の所に来た。
王女様の形成手術の手伝いをお願いする為なんだけど、薬草畑を見回したのに、姿が見えない。
「何処行ったんだろ?」
クレアが呟いた時、モンステルの森の中から、大きな火柱が上がった。
「マーカスさんだ、行ってみよう」
私達はポチにまたがって、まだ黒煙が立ち上ってる付近を上空から見下ろした。
「こっちこっち!」
伯母様が両手をブンブン振ってたから、私達はポチから飛び降りて、走り寄った。
「大丈夫?怪我してない」
「私は平気、それより魔晶石大量だよ」
煤だらけになりながら、火柱で焼け野原になった辺りを指さしたので、見てみると…
魔晶石を集めてるマーカスさんが、血だらけじゃん!
「酷い傷、何があったの?」
「あははは、襲われたべさ」
「額から血が噴き出てるって、笑ってる場合じゃないでしょ」
私はマジックボックスに保管してたポーションを、伯母様に手渡した。
「助かったよ、ありがとね。なんか急だったからさ、手持ち使い果たしちゃって」
そう言いながら、マーカスさんの手当てを始める。
私達も、魔晶石の回収を手伝いながら、事のあらましを聞いた。
薬草を収穫してる時、突然不穏な気配を感じて森に入ったら、魔物が大量発生してたんだって!
ほっとく訳にいかんし討伐始めたんだけど、数は多いし中級もいるしで、参ったよって笑ってた。
「そんな事って今迄にあった?」
私は不思議に思い、聞いてみたけど…
「初めてだよ。魔物ってさ、集団行動しないと思ってたんだけどね?」
伯母様も首を傾げてた。
近くで擬態してる事はあるけど、一緒に行動するなんておかしい。
やっぱ森で異変が起きてるのかな?
「取り合えず、二人共無事で良かったよ!」
領地内で採れた魔晶石は、伯爵領の所有物となる為、必ずオルテンシア家で回収してる。
回収した魔晶石は国が全て買い取ってて、売上金の一部が採取した者に還元されるのだ。
私はちゃんと記録を取り、伯母様に控えを渡したよ。
親戚だけど、なあなあにはしないのだ!
これも領主の務めだからね、領主は私じゃないけど…
「あ!忘れる所だったよ。ミラ伯母様、王女様の形成手術手伝って」
「いいよ~いつ?」
即答ありがたい。
「まだ決めて無いの。首から上だけなんだけど、出来るだけ早くしてあげたいんだよね」
「へ~。どんな様子なの?」
私は、首から上だけ、見たまんまの説明をした。
身体の方は、ここじゃ話せないと思ったんだよね。
何となくだけど、誰かに見られてる気がしたから。
私達はまだ、モンステルの森の中に居たのだ。
「あっ!!!」
辺りを警戒してたら、クレアが声を上げた。
「どした!」
伯母様もビックリしてる。
「お茶会!」
「そうでした!忘れてたよ、遅刻しちゃう」
私達は伯母様達と別れて、急いで帰宅したのだった。
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