第4話 オルテンシア家の兄妹

王弟一行の旅程は順調に進んでいたが…

王弟は不愉快を隠そうともせず、案内された侯爵邸の一室で、屋敷の主に苦言を呈している。

先触れを出していたにも拘わらず、侯爵の娘がリシャーナと対面するなり、口から泡を吹き失神してしまったのだ。

大人でさえ、悲鳴をあげ失神する者がいるのだから、子供なら無理も無い。

それを分かっていたから悲劇を避ける為、面会出来る者を最低限にするよう通告していたのに、侯爵は守らなかった。


ここへ来る迄に幾つかの領地を訪問したが、何処も皆似たような失態を侵している。

娘ならルイフォードの正式な婚約者に、息子なら側近として召し抱えて貰う為にと…

彼らが手ぐすね引き、待っていたのには理由があった。

王都から、最短でオルテンシア伯爵領へ向かう為に選んだ領地は、王族との関わりが希薄だからだ。

その為、近付きになる機会を失いたくない一心での行動が、仇となってしまった。

まさかルイフォードが常にリシャーナの傍に居る等とは、夢にも思わなかったのだろう。

侯爵の娘もまた悪評高い田舎の伯爵令嬢などより、自身の方が余程婚約者に相応しいと思いあがっていたのかも知れない。


王族は早い段階で婚約者を決める風習がある。

それは王族との婚約を望む者が多く、婚約者を決めないと歳の近い貴族令息や令嬢達が、自身の婚約者を決めずに待ってしまうからだ。

その結果婚期を逃してしまった者は、意図しない婚姻を結ぶ羽目になってしまう。

それを分かっていても尚、王族と言う肩書は魅力的なのだろう。

早々に婚約者を決める事は、彼らに幸せな結婚をして貰う為の、配慮でもあった。


では何故、未だルイフォードに正式な婚約者が、いないのか?

それは、相手方との取り決めの問題であった。

婚約者候補の令嬢は居るが、正式な発表はしていない。

ならばまだチャンスはあると、求婚してくる令嬢が、後を絶たないのである。

しかし、ルイフォードは頑なに拒絶した。

まだ幼子だった時、盗賊から救ってくれた恩人がいる。

その恩を仇で返す事はしない、例えどんな悪女だったとしても彼の孫娘と婚約し、結婚すると誓っていたのだ。

それは、王弟一家の望みでもある。


ルイフォードは、ここでもかと辟易していた。

王弟の意思に背いて迄言い寄って来る者などに、興味を示す筈がなかったのだ。

そしてリシャーナに、視線を落とす。

王都にいる時は、ずっと一緒にいてあげられなかった分、旅行中は傍に居ると決めていた。

「リーシャ…僕のせいで、嫌な思いをさせた。」

妹は何も言わない。

表情も変わらないが、お兄様のせいでは無いと、言ってくれている気がした。

「ごめんね」

物言わぬ妹を、そっと抱きしめて許しを乞う。


リシャーナは僅かに動く右手で、ルイフォードの体をトン…トン…と、ゆっくり優しく触れてくれる。

ルイフォードは込み上げて来る涙を、唇を噛んで堪えた。

何故、リーシャが苦しまなければならない。

どうして、皆リーシャを拒絶する!

どんな姿になったとしても、僕のたった一人の、大切な妹なのに…


ルイフォードは、これから滞在する伯爵家の事を考えた。

そこには、悪評まみれの婚約者候補が居る。

実際会うのは初めてだ。

噂を真に受けている訳ではないが、煙の無い所に火は立たぬ。

リシャーナの姿を見た時、どんな反応をするのだろう。

口汚く罵られたとしたら、耐えられるのか?

どのみち学園で顔を会わせる事になるだろう、卒業後は伴侶となる人なのだから、耐えなければならないと…

頭では理解していても、心が追い付いて来なかった。

ルイフォードもまだ13歳の少年なのだから、これから会う婚約者候補に頭を悩ませるのも、仕方のない事だった。






今日はポチと魔物討伐してから、お土産配りにやって来た。

「ミラ伯母様~~~!自称行方不明伯父様からのお土産を、持って来たよ~」

私は大声で、畑仕事をしてる伯母様に声をかけた。

「お~!ありがとね~ちょっと待ってて、今行くから~」

伯母様は、手をブンブン降って答えてくれたので、先に家の中で待つ事にした。

勝手知ったる他人の我が家、である…他人じゃないけど。


父様は、五人兄弟の四番目だ。

気付いたら爵位を継ぐ筈の兄妹が居なくて、仕方なく領主をやってるの(笑)

一番上の兄は世界を旅してる自称行方不明だが、こうして特産品を送って来てくれる自由人だ。

ミラ伯母様は二番目で、初級薬術師で、私の師匠だ。

駆け落ちしま~すって、農夫の旦那様と結婚したけど、割と近くで薬草畑を作ってる。

仲良し夫婦だ子供も二人いて、家族で畑仕事をしてた。


「待たせたね…お?珍しい薬草じゃないか」

ミラ伯母様は目敏い。

私もだけど、薬草の事になるとおしゃべりが止まらなくなる。

伯父様は、旅先で見つけたこの国では手に入らない、貴重な苗を送ってくれたのだ。

「これさ、成長が滅茶苦茶早いんだって。見て!」

私は自称行方不明からの説明書を渡した。

「へ~独特な臭いだけど、味は悪くないね」

あ、食べた!

「え~私も食べたい!我慢してたのに~」

ごめんごめんって笑ってたけど、私が食べちゃったら植える物が無くなるから我慢した。

それからはどんな薬が出来るだとか、あんなのが作りたいとか話に花が咲いて、気が付いたら結構な時間が過ぎちゃってたみたい。


「ティア、のんびりしててええんか?今日は偉い人が来るんだべ」

心配そうに声をかけてくれたのは、伯母様の旦那様、マーカスさんだ。

「忘れてた!ルーク叔父様の所にも行かなきゃだったわ、クレアと待ち合わせてるの。また来るね」

私は慌てて支度する、偉い人の事はどうでもいいけど、クレアを待たせるのは嫌だ。

「気い付けてな」

「あんた、誰の心配してんのさ。お遣いついでに、魔物討伐して来るような娘だよ?」

ミラ伯母様は、ケラケラ笑ってる。

「ティアは年頃の娘だべ、変な虫が付いたら困るべさ」

「ありがとね~変な虫に気を付けて帰るよ~」

私は手を振って挨拶してから、叔父様の家に急いだ。


ルーク叔父様は三番目で、奥様と治療院をやってるんだけど…

診察してるより、研究に没頭してる事のが、多い気がする。

初級医術師で、私とクレアの師匠だ!

師匠何人いるんだよって?四人だよ。

「お土産持って来たよ~、クレアは居る?」

研究室の窓越しに叔父様が見えたので、そのまま声をかけた。


「おまえな~何時も玄関から入って来いと言ってるだろ、プライバシーの侵害だぞ?」

転移を乱用するなって言われたけど、聞いてないも~ん、クレアはまだ来てなさそう…

床には自称行方不明が送って来る世界中の医術書が乱雑に積みあがってて、足の踏み場を探すのが大変だ。

私は本を避けて、お土産を置いてから木箱に腰かけた。

お土産の中に新しい本を見つけたので、ペラペラめくりながら声をかける。


「ねえ知ってた?王女様って、まだ体が不自由なんだって、流動食食べてるらしいよ。一体何したら、そんな大火傷すんのかな」

叔父様は顕微鏡を覗いてたけど、やめて振り向いた。

 「王都で騒ぎになってた、魔力暴走の話か?」

「他領じゃ暴動まで起きたって奴?唯の噂にそんな振り回されるもんなの」

うちもだけど、爺様ん所の領民だって、他人事だったよ。

護符が足りないならって、余ってるの神殿に返してくれる人までいた位。

お陰様で大量に在庫を抱えてた魔力暴走用の護符が、ぼった来るような値段でも飛ぶように売れた。

うちの事貧乏貴族ってバカにするだけあって、他領のお貴族様は皆お金持ちだったよ。

そんで儲かったお金で、老朽化してた神殿を建て替えられて、お父様がご機嫌になってた。

公共事業に出すお金は、幾らあっても足りないからね。

……この本なかなか面白いな、借りてくか。


「人は、見えない物に恐怖を感じる生き物だからな…聖女でも治せなかったとなりゃ、パニックにもなるだろ」

「ええ~二度目の魔力暴走なんて話、いろんな本見たけど何処にもそんな記述なかったよ。もっとこう…別の何かじゃない?」

私は魔物から採れた、でっかい魔晶石を思い出した。

「あ~…。僕も調べたんだけど、幼児期の魔力暴走とは違うと思うぞ」

「なんだと思ってんの、魔物と関係ある?」

「それは、分からん…ただ、兄さんから変な話を聞いたんだ。西の国で魔力暴走を装った、怪しい実験をしてるとか…なんとか?」

「何それ!!」

「詳しくは知らんけど、実験が事実なら、物騒な事するよな~」


叔父様は、読んだら返せよって言って、また顕微鏡を覗きだした。

本の事しっかり見られてた…チッ

「待って!それって、王女様と関わりあったら国際問題じゃない?」

「何が国際問題?」

クレアが戻って来た。

 「お帰り~叔母様元気だった?」

クレアのお母様はばちっこ末っ子だ、自称行方不明のお土産を持ってくついでに、里帰りしてたの。

「うん元気。相変わらずだった」

「西の国で魔力暴走を装った、怪しい実験をしてるらしいよ、それで王女様が被害受けてたら、大変じゃないって話」

「何それ!!」


叔父様が突然笑い出した。

「やっぱお前たち似てるな~」

「「何処が~???」」

突拍子もない言葉に、興味津々である。

「そお言う所だよ」

叔父様はクツクツ笑いながら、顕微鏡を覗きこむ。

「何見てるの?」

クレアは顕微鏡の中が気になったようだ、叔父様を押し退けて覗き込んでる。

「お前達もう帰れよ、晩飯食べ損ねるぞ」

叔父様は、私達が邪魔になったようだ。

「え~」


グイっと叔父様に押し退けられて、クレアはご立腹だ。

これ以上此処にいても有益な情報は貰えなさそうなので、帰る事にした。

叔父様は手だけ振って、顕微鏡から目を離さなかった。

「ねぇ…顕微鏡に何あったの?」

私は今更気になったので、クレアに聞いてみる。

「なんか、面白いの!」

目をキラキラさせて教えてくれたけど…それ答えになってないよね?

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