さぷらいずど・ゆう

 俺らは反射的に駆け出していた!

 でも、どこに!? この封鎖された闘技場に脱出口なんてない! こうなったらられる前に――

「おーい? どうしたぁ? まだ本番前だぞぉ?」

 揶揄うような観客の声で、やっと正気へ戻る。

 は身動きすらしてない! というか俺らを認識したのかすら疑問だ!

「な、なんで……あの人が!? これって初級のクエストなんじゃ?」

 ノンの疑問に確かめてみるべく、黒コートを羽織った胸が豊満な青年の名前を探る。

 その頭上へ『名前:ルシェフ』に『所属:目覚めさせる者たちエゲイルタイ』と浮かび上がった。間違いない、本人だ。

 しかし、『世界サーバー支配』に取り掛かるような集団のリーダーが、どうやって初級のクエストを?

 ……いや、このゲームはレベル制じゃない!

 経験点を支払って能力値を伸ばしたり、異能に覚醒したり、アシスト・スキルを解放な方式だ。

 でも仮に、まったく経験値を使用してなかったら? 貯め込むばかりで?

 つまり、廃人プレイヤーが膨大な経験点の必要な異能解放を目指し、辛抱強く稼ぎ続けてたら?

 殺された記憶トラウマが蘇っただけじゃない。ルシェフを見て気圧されてしまうのは――

 その狂気を隠しきれてないからか!?

 きっとルシェフは、いつか世界サーバー激変の異能を開花させる。間違いない。もう問題は、それがなのかだ。


「……ボクら気付かれてないみたいだね」

「だな。というか……雑魚過ぎて注意すら惹けなかったな」

 ノンの小声へ、俺も抑えた声で応じる。なにが悔しいって、これを幸運と考えなきゃならないことか。

「とにかく今日のところは目立たないように御茶を濁s――」

「ちょっと貴方達! 聞こえてますの?」

 誰だよ! 一日で起きることとしては十二分で、もう御腹一杯なんだけど!

 そんな気持ちを精一杯に隠しながら振り返ると、そこに両性具有の麗人とは別方向な幻想ファンタジーが仁王立ちしていた。

 そうドリル・ツイン・テールが! ……そういう異能なのか!?

 ミニのビスチェ・ドレスという出で立ちなのに、育ちの良さそうな雰囲気で砕けちゃってない。

 ただレイピアに小楯という武装の組み合わせからは、軽い舐めプ臭を感じた。……ビジュアル優先派なのかもしれないけど。

 名前を浮かび上がらせてみれば『名前:娟珠えんじゅ』に『所属:百合の園』とある。

「のんびりしてたら始まってしまいます! 私達がパーティを組んであげますから、受け入れて下さいまし」

 ……私?と思って後を見れば、一人連れが――

 なんと両目をパッツン前髪で隠した、おかっぱの子が!

 絶対、こいつらの外見は、異能の前提条件だろう! 間違いない! なにより、あざと過ぎる!

「あ、あの……闘技場とかのイベントでは……個々の主義主張や怨恨を、持ち込まない習慣……だそうです」

 そんなの建前に決まっている。が、あるとないとじゃ大違いだ。初心者ニューピーな俺らは、黙って従っておくべきだろう。

 パッツン前髪の子――名前は『ファルファッラ』だった――のパーティ要請を受け入れつつ、娟珠へ握手の手を差し出す。

 共闘のイベントだし、いまだけでも仲良くしなきゃだ。

 が、なぜか顔を真っ赤にした娟珠は、つーっと距離をとって握手を拒否しやがった!

 いや、これ……もしかして?

「ご、ごめんね! 娟珠……男の人が苦手なんだ」

 ファルファッラが謝罪とばかり、宙に浮いた俺の手を握り返す。次いでノンと。

「苦手なんかじゃ、ありませんわ! 家には男の使用人もおりますし!

 で、でも……と、殿方の手をとるなんて……は、恥ずかしくて……――」

 なるほど。これ中の人は、そうとうな御嬢様だったり?

 もう責め立てるより、そっとしておくべきな気がした。……下手をしなくてもイジメになりそうだし。

 ただノンが微妙な顔をしてるのは、またも男の子と勘違いされたからだろう。

「それより始まる前に、お願いがありましてよ! もしボスからレアドロップがでたら、私共ので買い取らさせていただけます?」

「……ねえ、ハルト? 『ライン』って、なに?」

「ゲームにもよるけど、ギルドや徒党クラン単位での連合とか同盟とかだな。『百合の園』さん?が入ってるんだろ、たぶん」

「私達『百合の園』は、『目覚めさせる者たちエゲイルタイ』と相互不可侵条約を結んでるの。あそこの人達、ここのレアドロップを掻き集めてるみたいで……」

 ノンに反応しないよう釘を刺すべく、足を踏もうとしたら……逆に踏み返された! おい、いまので『オーラ総量』減ったぞ!?

「構わないぜ。もちろん、相場での買取というか――分配を約束してくれるのなら。

 ここはOKするしかないんだよ、ノン。仮に俺らがドロップ獲れても、四人パーティの二人分だから、半分しか権利がない。

 もう半分に相当な代金を用意できない以上、最初っから『分配貰う』の一択なのさ」

 まったく見当外れな説得で、逆にノンは肯いた。……まあ、渋々? あとで説明を求められそうだ、これは。

「承諾してくれれば、ラインの誰がドロップしても分配を貰えるから、確率は高くなるよ」

 ファルファッラも取り成してくれたけれど、ノンが不満なのは『目覚めさせる者たちエゲイルタイ』に助力となるからだろう。

 しかし、世界サーバーの政治にまで巻き込まれたくない。ここは目立たないのを最優先とすべきだった。

「ルシェフ様も、遠くから拝見してる分には眼福なのですが……」

「良い主張もされてるけど……それでも……」

 それに俺らとゲーム開始時期に違いのなさそうな二人ですら、ルシェフ達を厄介集団と考えて?

 意外と「ごめんね」で「いいよ」も成立しかねないノンの方が、根深くはなかったり?


 ……そんな消化不良な思いを抱えたままのカウントダウン開始となった。

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