嶋くんの三者面談

「やっぱり、母、来れませんでした」


県(あがた)先生は言う。


「ほな先生と二人で喋るかあ」


現在我が校では3年生を対象に卒業後の進路を保護者も交えて話し合う、いわゆる三者面談が行われている。

今日は嶋家の番なのだが、まあ、あの母親なので家から出すべきではない。


「で……嶋の進路希望調査が……これね」


母に無理をさせる気も無いし、というか人前で粗相をされたり、薬の副作用で意識不明になられたりしたら僕が恥をかく。


「よろしくお願いします」


知らない人だらけの環境なら平気だったかも知れない。

だがここは狭い村に位置する公立中学校。

誰しもが一歩間違えれば腫れ物だ。


「朝日が第一志望かいな」


朝日というのは県立朝日高校のことで、僕の家からほどほど近く、偏差値もまともな高校だ。


「嶋の成績やともうちょい上も狙えるぞ」


母の病気は進行する一方。

父の仕事は忙しくなる一方。

姉の助力も期待できない。

父方の親戚は祖父母がすでに他界していたりして近くに住んでいない。

母方の親族などほぼ会ったこともない。

あの女はどこ出身なのだ。

あいつ自分の出身地をまだ言えるのか。


「朝日がいいんです」


「で、東が第二志望で、鶴巻が第三か。この辺は普通か」


東高校も鶴巻高校も、僕の家から自転車で30分以内で通える学校だ。


「市立とか、何なら奈良学園とかいう選択肢もあるけど……家の人は何て言ってんのぉ?」

「親は……何も言ってきません」


担任の県先生にも、母の病状は伝えていない。

言えばいいのだが、恥がある。


「うーん……またお母さんか、お父さんでも来れる日にもう1回面談でけへんかな」


あと3年経ったら、高校でも大学進学に向けて三者面談があるだろう。

その場にも、当然父も母も来ない。

そもそも僕は進学ができるのだろうか。

田舎なので、めぼしい大学は近くにない。

どうしようもない馬鹿大学であれば探せばあるのかも知れないが、そんな大学、卒業して何になる。


「それじゃ、嶋は今日は帰宅してオッケー!」


というか、大学生活がイメージできないのだ。

父はずっとこの村で生きてきて、高卒。

母の経歴はよく判らない。

父に聞けば知っているのか。

姉は大学に行っているが、僕とは遠く離れた場所で何となく楽しそうにしている、という事しか分からない。


「ありがとうございました」


高校を卒業したらこの村の役場ででも働くか。

しかし、いつだったか深夜に消臭スプレーが必要になって近場のコンビニまで向かう途中に役場の前を通り過ぎた。

庁舎の灯りが、ついていた。

給料は安くても許せるが残業の多い職場は困る。

僕が怠け者だからではない。


「この季節なるとこの時間でも明るいな。まあ気ぃ付けて帰り」


僕に選択肢などあるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年11月3日 20:00
2024年11月8日 20:00
2024年11月9日 20:00

おなじ深さで会いましょう ハヤシケイスケ @KeisukeHayashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画