3 下品な言葉でおっ勃たせるドS女

「はぁ!?」思わず大きな声が出た。「キャバクラにわらべ歌が伝わっているわけないだろう!」

「だから面白いんじゃないか! お前、そんな話を聞いたことあるか? 鉄砲で悪の組織を壊滅させるなんて風呂場に落ちている縮れ毛並みにクソありふれた話より、よっぽど興味深いだろうが」

「そんな荒唐無稽な!」

「荒唐無稽はどっちも一緒だろ。大切なのは面白いかどうかなんだよ」

「面白い物語を作るにはリアリティも必要だ」

「そうだな。しかしだからといってリアリティのために面白さを犠牲にしていいわけじゃない。わかるか。大法螺をつくから細かなリアリティが映える。すべては法螺のため。常に面白さが第一優先事項なんだよ」

「いや、だけど……」

「お前だってそう思ってるから、俺みたいな、茶碗にこびりついた飯粒程度の語彙力の奴を作家に設定してんだろ? ハナからリアリティを求める読者なんか相手にしてないんだよ、お前の作風は。俺がここにいるのがその証拠だ」

 クソ。なんだか自分が間違っているような気がしてきた……いや、ダメだ。流されるな。こいつは自分の意見を押し通したいだけだ。そのためにもっともらしい屁理屈をこねてるだけなんだ。

「しかし飲み屋ビルにわらべ歌はシリアスな世界観を揺るがすほどのあり得なさじゃないか。こんな冗談のような設定を通すのであれば、物語全体がお笑いのようなテイストになりかねない」

「ユーモアは嫌いか」

「ユーモアは好きだ。でも書いたことはない。苦手だから」

「へえ……そうなのか」男は言った。「なんでだ?」

 僕は高校に入学した朝のことを思い出していた。僕はクラスの中心人物になるべく、率先して周囲に声をかけるつもりだった。それもテレビ番組で司会をつとめるお笑い芸人のように、ユーモアをまじえてブンブン回していこうと思っていたのだ。そんな柄でもないのに。いわゆる高校デビューというやつを初日にぶちかまそうとしていた。読者を掴みたければ一行目から事件を起こせ、というわけだ。実際、僕にとって事件になった。望んだ形とは違ったが。教師が現れるまでの時間、僕はまず後ろの席の男子に軽い調子で声をかけた。無論、自分なりのユーモアもふんだんにまぶして。しかし、あとですぐにわかることだが、彼は僕以上に物静かで思慮深い生徒だった。つまり反応はいまいち。苦笑いを見せるだけ。しかしここでやめるわけにはいかない。僕は横の女子にも話を振った。ユーモアは絶好調。しかし彼女は押し黙ったあと、楽しんでいない女子の常套句「そうなんだね」の一言を発した。自分が盛大に浮き始めていることに気づいた僕は焦った。取り返さなければ。僕はさらに前の席の生徒に話をふった。ダメだ。そしてその横、その前……。僕の声だけが響く教室。ふと輪の外側にいる生徒に目をむけると、その顔には「あんな寒い奴には関わりたくない」と書かれていた。そして僕はようやく黙り、今後スクールカーストの最下層になることを悟った。

「ユーモアってちょっと特殊なんだよ。なんというか……面白いか面白くないかがはっきりしている。笑えるか笑えないかだから。前にギャグがスベりまくっている小説を読んだことがあってさ。自分のことのように胃がキリキリしたよ。公開処刑を見ているみたいで」

「よくわからん」男は難解な数式の証明を聞いているかのように顔をしかめていた。「それはユーモアのない小説を書いているのと何が違うんだ?」

「それは、えっと……」何が違うんだろうか。

「どんな小説だって、それが面白い作品なのか、尻拭きについたクソなのかはきっちり読み手に判断される。何も変わらない。誰かに読んでもらう以上、自分のセンスや考え方、なんなら恥を大勢の前で晒すことになるのは当然じゃないか」男は真面目な表情で言った。「小説を書くことは常に公開処刑なんだよ」

 その言葉に僕は言い返せなかった。心のどこかで批評を恐れているのかもしれないと思ったからだ。

「そういう小説を書いたことはあるのか?」

「いや……」

「一度書いてみればいいじゃないか。やってみなきゃわからん。手足をバタつかせて、もがいているうちに泳ぎを覚えることもあるしな」男は言った。「もう基礎は十分だし。お前ならやれるさ」

 なるほど、飴とムチを使い分けてくるわけか。僕は少し考えた。そして最後には勝負に降参するかのように溜め息をついた。「わかった。一度、書き直してみるよ」

「まあ、ものはためしさ」男は軽くうなずいた。「明日また来る」

 男はそう言って立ち上がると、ソファーの後ろを通り、廊下へのドアをへ向かった。こいつは毎晩ここにやってくるのだろうか。そして毎晩僕の小説に物言いをつけて、僕に説教をする気だろうか。そして小説に関するいろいろなことを教えてくれるのだろうか。彼は言っていた。僕の教育係だと。

 男はドアを開くと振り返った。「ああ、そうだ。酒は置いていく。サービスだ」そして出て行った。玄関の扉が開いた音はしなかったが、男がすでに消えていることには自信があった。

「必ず書き直すよ」


 さて、ここまで読んでくれたあなたに最後のアドバイスを送ろう。厄介ごとに出くわすと気が滅入るものだが、その中にはうまく利用すればチャンスに生まれ変わるものもある。

 翌日、さっそく僕は一日かけて主人公をSっ気強めの美女に書き直した。


(完)

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