第26話 遠ざかる脅威
リリアンの名を呼ぶ声の主は、私の予想通りルーカス様だった。
彼は人混みをかきわけるようにして近づいてくると、リリアンを庇うように立ち、ジェイミー様と向かい合った。
「ルーカス殿」
「ジェイミー殿」
侯爵家当主であるジェイミー様と、公爵家当主を継ぐ予定だけど、まだ爵位は継承していないルーカス様が、緊張感に包まれながら挨拶を交わす。
「申し訳ない。リリアンを近づけてしまって」
ルーカス様は、頭を下げて謝罪の言葉を口にした。その声は、彼の誇りを飲み込むようにして、低く響いた。
「謝る必要はないわよ、ルーカス様!」
しかし、リリアンが口を挟む。まるで、自分が悪くないと言わんばかりに、高い声で叫んだ。
「黙っていろ、リリアン!」
「っ!」
ルーカス様の怒号が、会場に響き渡った。その大声に、周囲の視線が一斉にこちらに向けられる。リリアンは、驚いた表情で黙った。
私の知っている二人は仲睦まじい関係だったけれど、さすがにリリアンが接近禁止を破ってしまったことについて、ルーカス様も重く受け止めているようだ。彼の怒りは、本物だった。
「謝罪は必要ない。さっさと彼女を連れて離れてください」
ジェイミー様が冷たい口調で言い放つ。その声は、氷のように冷たく、鋭い刃物のように切れ味があった。
「わ、わかった。今回は本当に申し訳ない」
「だから、謝罪は結構。正式に抗議させてもらうつもりですから」
「……ああ、わかっている」
そういった後、ルーカス様は背後のリリアンに鋭い視線を向ける。何か言おうとしたリリアンは、その目に射抜かれたように黙り込んだ。
そのまま、ルーカス様はリリアンの腕を取り、足早に会場から立ち去っていった。
ようやく、騒動が収まったかと思われた時、ジェイミー様が私に振り向いた。その表情は、申し訳なさそうに歪んでいた。
「すまない。こんなことになるなんて思わなかった」
申し訳なさそうな表情を浮かべるジェイミー様に、私は慌てて頭を振る。
「そんな! ジェイミー様は何も悪くないですよ」
むしろ、私の身内の問題に巻き込んでしまったことが心苦しい。妹の常軌を逸した行動のせいで、ジェイミー様にこれ以上の心労をかけたくない。
「今回の件は、しっかりと抗議するつもりだ。今後は二度と、あの令嬢が君に近づけないようにする」
ジェイミー様の力強い言葉に、私は感謝の気持ちでいっぱいになる。
「ありがとうございます。とても心強いです」
頼もしい言葉だった。彼と一緒なら、私は安心できる。
「それから、あんな状況だったが、君の言葉は嬉しかった。俺も、ヴィオラのことを心から愛しているよ」
「あ、は、はい……」
ジェイミー様の告白に、顔が熱くなるのを感じた。先ほど、私は勢いで愛の告白をしてしまったのだ。本心ではあるが、改めて言葉にされると恥ずかしい。頬に、熱い血がのぼっていくのがわかる。
「私も、ジェイミー様のことを、誰よりも愛しています」
恥ずかしさに目を伏せながら、精一杯の想いを伝えた。心臓が、早鐘を打つように高鳴っていた。
しばらくしてから、落ち着きを取り戻した。ジェイミー様は、ちょっとした騒ぎになってしまったことを主催者に軽く謝罪してから、知人の貴族たちにも簡単に事情を説明した。
皆、驚きと心配の表情を浮かべながらも、私を励ますように、皆は優しく微笑んでくれた。
「何かあればいつでも仰ってください。微力ながら、お力添えさせていただきます」
「ヴィオラ嬢のためなら、何でもお申し付けを」
「私たちも助けてもらったので、今度が我々が君を助けられるように」
協力を約束してくれる心強い味方に囲まれ、私の不安は完全に解消された。突然の出来事に戸惑いを隠せなかったが、もう何も恐れることはない。
それから数日後、ルーカス様とリリアンの二人が辺境の地に送られるという話を聞いた。物理的に離すことで、接触できないようにするそうだ。あんな騒動が二度と起きないように、確実な対策が取られたようだ。
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