第25話 もう譲らない

 楽しんでいた気持ちが、一瞬にして凍りついたように感じた。


「お姉様、何をそんなに驚いているの? 久しぶりの再会だもの。せっかくだから、ゆっくりお話ししましょう」


 リリアンは甘ったるい声で話しかけてくる。まるで普段通りの様子。まるで何事もなかったかのような態度に、私は戸惑いを隠せなかった。


 戸惑いの中、口を開く。出てきた言葉は、頭に思っていたことと同じもの。


「リリアン、一体どうしてあなたがここに……」


 その時、颯爽とした身のこなしで、ジェイミー様が私の前に出てきた。身を挺して私を守るように、リリアンと対峙する。


 リリアンの視線が遮られると、その矛先がジェイミー様に向けられた。それだけで、私の気持ちが少し楽になる。彼がいてくれることが、頼もしい。


「あら、あなたがお姉様の新しい婚約者なのね。ぜひ仲良くしましょう」


 媚びるような口調だったが、ジェイミー様は微動だにしなかった。


「君と仲良くするつもりは一切ないよ」


 私は初めて聞く、ジェイミー様の威圧するような声だった。背後からは彼の表情は見えないけれど、きっと厳しい目つきになっていると思った。


 きっぱりと言い放ったジェイミー様。その言葉に、リリアンの笑みが僅かに歪む。こんなに真っ向から拒絶されるとは、予想外だったのだろう。


「まあ、せっかく協力してあげようと思ったのに」

「どういう思考でそんなことを言ったのか理解に苦しむけど、君の協力は必要ないと断言しよう」

「本当に残念ね」


 リリアンは嘆くように言ったが、その目には怒りのようなものが宿っていた。


「ヴィオラと君の接触禁止は、ローゼンバーグ家とヴァレンタイン家に正式に伝えたはずだが、聞いていないのか?」


 ジェイミー様の問いかけ。私も同じことを訊きたかった。


「もちろん、聞いたわ。でも、姉妹の仲を引き裂くなんて酷すぎると思って。だからお姉様の姿を見かけたから、話しかけたのよ。きっとお話すれば、わかりあえるはずだから」

「……」


 禁止を承知で無視したというのか。ここまでするとは思わず、言葉を失う。大事になりかねない。


「君の婚約者は? 一緒ではないようだが」


 ジェイミー様が問う。リリアンは、可愛らしく首を


「ルーカス様は挨拶回りで忙しくて。将来の公爵としての務めがあるから」


 ならば、なぜリリアンは彼の側にいないのだろう。疑問が次から次へと湧いてくる。


「そんなことより、お姉様」


 少し立ち位置をずらして、無理やり私を見つめてくるリリアン。


「実は、ジェイミー様のこと気に入ったのよ。だから、いつもみたいに譲ってもらえない?」

「は?」


 耳を疑う発言。既に婚約者がいる身で、何を言い出すのか。つい先程、本人からも拒否されて、それなのに何も気にしていない。彼女の言動や行動が、本当に理解不能だった。


 理解できなくても、私の答えは既に決まっている。リリアンに婚約者がいなかったとしても、今なら私がジェイミー様を譲ることなどありえない。


 かつてないほどの強い想いが、胸の奥から沸き上がってくる。


 私は生まれて初めて、ここまで強く執着した。誰にも譲りたくない。妹にも、他の女性にも絶対に譲るつもりはなかった。そんな気持ちにさせてくれた相手を、誰にも渡したくない。だって私が一番、彼と一緒に居たいと願っているのだから。


「お断りします」

「えっ?」


 覚悟を、毅然とした姿勢で示す。リリアンを真っ直ぐ見据える。


「言っておくけれど、私はジェイミー様を心から愛しているの。たとえ妹のあなたが何と言おうと、譲る気はないわ」

「お姉様……、っ!」


 ジェイミー様のことだけじゃない。彼からの助言で、あの時に決意した意思を全てリリアンにぶつける。

 

「もう私は、あなたに何かを譲る気はないの」


 リリアンの顔が歪んだ。腹が立っているというような表情だった。私からの拒絶は、彼女の想定外だったのだろう。


「リリアン!」


 突如、男性の声が会場に響き渡った。低く不機嫌そうな声。聞き覚えがある声。

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