第11話 芸術の情熱◆とある貴族視点

 パーティーの最中、一瞬息が止まるような絵画に出会った。思わず立ち止まって、その作品をじっくりと鑑賞する。私も見たことのない作品が、なぜこんなところに。


 一見すると素朴な風景画。しかし、よく観察してみると分かる。深みのある色彩、巧みな筆使い、そしてなによりも作品から溢れ出る感情の力強さがある。これほどの傑作を、私は見たことがない。


「いかがなされましたか?」


 声をかけてきたのは、今夜の主催者であるローゼンバーグ家の当主だ。私は、彼が近づいてくることにも気付かないほど夢中になっていたようだ。


「あ、ああ。この作品がとても素晴らしくて。この作品は、どこで手に入れたものか聞いてもよろしいか?」

「これですか。私の娘が親しくしている画家からプレゼントされたものなんです」


 これが、プレゼントされたものなのか。一体、どの画家から?


「その画家の名は?」

「確か、エドワード、だったと記憶しております」


 聞き慣れない名前だ。新進気鋭の才能なのだろうか。私は作品の前に立ち、感銘を語った。


 色彩の織りなす調和、大胆でいて繊細な筆触、そしてキャンバスから伝わってくる魂の震え。この画家は、技術という枠を超えた表現力を持っている。


「この作品について、もっと話したいことがある。この作品をプレゼントされたという、君の娘と面会の場を設けてもらえないだろうか?」

「娘との面会ですか? かしこまりました。すぐに手配いたします」

「すまない。手間をかける」


 言葉を選ばず直接的に頼んでしまった。本来なら、然るべき手続きを踏むべきなのだが、私はこの衝動を抑えきれない。今すぐ作品と、その作者について、詳しく知りたくなってしまった。




 パーティーの最中にもかかわらず、ローゼンバーグ家の当主は快く面会の段取りを整えてくれた。案内された部屋で私を待っていたのは、まだあどけなさの残る少女。彼女がエドワードという画家を見出したのか。なんという慧眼だろう。


「お初にお目にかかります。私はヴィオラ。どうぞ、お見知りおきを」


 挨拶を交わし、私は単刀直入に切り出した。


「エドワードという画家の作品を、ぜひ譲っていただきたい。私は、あの絵に心を奪われてしまったのです」

「そんなに気に入ってくださったのですね」


 ヴィオラ嬢は、しばし考え込むように目を伏せる。やがて、微笑みを浮かべてこう言った。


「ありがとう! それでは、代金は幾らほど――」

「いえ、お金はけっこうです。差し上げますわ」

「な!?」


 譲ってくれると言った時も驚いたが、それを無償で譲るなんて言い出したので、私はさらに驚いた。信じられない。あれほどの傑作を、無償で譲るというのか。


「あの絵の価値を、君は理解しているのか?」

「はい。私は芸術についての知識は浅いですが、エドワードがあの作品にどれほどの情熱を注いだかは、理解しているつもりです」

「ならば、なぜ……」

「貴方様があの作品を心から欲しておられる。強く願う方がいらっしゃるなら、譲るべきだと考えたのです」


 なるほど、彼女はそういう考えの持ち主なのだ。私は感銘を受けつつ、頷いた。


「ただ一つ、条件がございます」


 ヴィオラ嬢が言う。


「なんだろうか? 望みがあれば聞こう」

「作品を譲る前に、エドワードの意向を確認させてください。それから、もしよろしければ、今後も彼に仕事を依頼していただけますと幸いです」

「それは、もちろん!」


 その提案に、私は喜んで同意した。むしろ、私にとっても大きなメリットだ。才能ある画家の力を借りられるのは、望外の幸運。



 その後、エドワードとの対面は、ヴィオラ嬢の計らいで実現した。初めての依頼となる仕事は上々の出来で、私は大いに満足した。パーティー会場で見初めた作品も、無事に譲り受けることができた。


 才能ある画家を世に送り出して、私に貴重な作品をもたらしてくれたヴィオラ嬢。その恩義は計り知れない。無償で受けるわけにはいかない。




 私はヴィオラ嬢に、エルドラド鉱山の所有権を贈呈した。それは私の保有する財産の中でも価値あるものだが、彼女への恩返しとしてはまだ足りないとさえ感じる。


「これは、作品の代価ではない。君への感謝の印だ。だから、遠慮なくお受け取ってくれ」

「鉱山の所有権だなんて、そんな! お受けできません」


 受け取ることを躊躇うヴィオラ嬢を、私は言葉巧みに説得した。そして、なんとか受け取ってもらうことに成功した。


 その後、彼女が鉱山の所有権を、また別の誰かに譲ったと聞いた時には驚いた。だが、どうやらヴィオラ嬢の役に立ったようなので、良かったと思う。

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