第10話 再生の絵筆 ◆とある画家視点

 私の名前はエドワード。画家だ。しかし、最近はもう画家を辞めようかと考えている。残念ながら、自分には才能がないのだと思ったから。


 コンクールでの敗北を重ねるごとに、自信は徐々に失われていった。今回も、また入賞することは出来ずに、評価を得ることができなかった。この結果により、仕事の依頼も減るだろうな。


 上位入賞者の作品をチェックしてみたけど、正直なところ、技術的には自分の方が優れていると感じていた。もしかしたら、裏取引で入選作品が決まっているのではないか。才能や技術ではなく、コネによって選ばれているのではないかと邪推した。


 だが、冷静に考えたら、それは自分の思い上がりだったのかもしれない。自信過剰で愚かな凡才が、入賞者を僻んで言い訳しているだけ。事実、これまで行われてきたコンクールで入賞できていないのだから。


 コンクール会場の片隅に展示された、誰にも見向きもされない自分の作品を見つめながら、私は絶望感に打ちのめされていた。才能のない自分が評価を得ようなどと、無謀なことだったのだ。自分の作品は優れているなんて希望は捨てるべき。そう突きつけられているような気がした。


 そんな事を考えている時、一人の少女が立ち止まった。傍らには侍女が数人控えている。どうやら貴族の令嬢らしい。彼女が、私の作品をじっと見つめている。きっと平凡で価値のない絵、なんて評価を下すのだろう。


 自己嫌悪に陥っていた私はネガティブに考えて、そんな予想をしていた。そこに、ふと彼女の呟く声が届いた。


「素敵な絵」


 その言葉に、私は我を忘れて立ち上がる。侍女たちが警戒していることにも気付かないまま、彼女に近づいていった。作品を鑑賞していた少女が気付いて、振り返る。視線が合った。


「こちらの作品の、作者様ですか?」


 彼女が尋ねた。


「あ、あぁ。そうだ。その絵は、私が描いた」


 私は答える。


「とても素敵な絵だと思います。心が落ち着いて、ずっと見ていたくなるような」


 彼女の言葉が、私の胸に深く沁みわたる。こんな風に評価されたのは、生まれて初めてのことだった。少女の、とてもピュアな思いが伝わってくる。それだけで、絵を書いた意味があったと思える。


「ありがとう。そんなに評価してくれて、とても嬉しい。良ければ、その作品は君にプレゼントするよ。受け取ってもらえるかな?」

「よろしいのですか? 譲ってくださるなんて、とても嬉しいです」


 彼女が心から喜んでくれたことに、私も喜びを感じた。そんな君だからこそ、私の絵を受け取ってほしいと思った。


「おそらく、その作品が最後になるだろうから。大切にしてくれると嬉しい」


 才能のない自分は、もう画家を続ける意味はない。そう考えていた私だったけど、最後にこんなに評価してくれる人と出会えたことに、心から感謝していた。


「最後だなんて、どうしてですか?」

「自分に才能がないことに、気付いたから」


 私は言った。


「そんな、もったいないです!」


 彼女は悲しそうな表情を浮かべる。その表情を見て、私の決意は揺らいだ。だが、絵を描くことを諦める理由は、他にもあったのだ。とても恥ずかしい理由が。


「実は、画材を買う余裕もないんだ。生活していくのも困難な状況で、だから……」

「素人の私が言うのもなんですが、あなたには才能があると思いますよ。それなのに辞めてしまうなんて、本当にもったいない。画材がないのであれば、私の持っている物をお譲りします。それを使って、もう一度挑戦してみてくれませんか?」


 その提案に、私は希望を感じた。だけど。


「いいのか? こんな、出会ったばかりの男を信じて」

「また、あなたの描く絵を見たいと思いました。それに、私が持っている画材も私が使うよりも有効活用しててくれそうですから。あなたに譲ります」


 とても期待されている。彼女のその言葉に、私の中で再び絵を描きたいという情熱が燃え上がった。絵を描くことは今でも大好きなのだ。本当は辞めたくない。それが私の本心だった。彼女が、その思いを呼び覚ましてくれたのだ。


「ありがとう。そこまで言ってくれるなら、もう少し頑張ってみるよ」

「はい! 応援しています」


 こうして私は、次のコンクールに向けて、新たな決意で挑戦することを心に誓った。後日、彼女から譲り受けた絵筆は想像以上に高価なもので、私に対する大きな期待を感じずにはいられなかった。


 彼女の期待に応えるためにも、私はこれまで以上の覚悟を持って創作活動に打ち込んだ。完成した作品は、今までにないぐらい納得のいくクオリティ。これなら、もしかして認めてもらえるのでは。そんな充実感があった。


 そして迎えた絵画コンクール当日。審査結果の発表で、私の名前が呼ばれた時は、信じられない思いだった。念願の入賞を果たしたのだ。


 喜びを抑えきれない私は、真っ先に彼女のことを思い出した。


 私に再び、画家として生きるためのチャンスをくれた、ヴィオラ嬢には感謝しかない。この感謝を伝えるため、全身全霊を込めて制作した渾身の絵画を彼女に贈った。


 まさかその絵が、上級貴族の目に留まり、パトロンになっていただけるキッカケになるとは夢にも思わなかった。


 今では精神的にも経済的にも、充実した日々を送れるようになった。そうなったのは、紛れもなくヴィオラ嬢のおかげ。


 振り返れば、才能のない自分を見限ろうとしていた時、私の作品を真っ先に認めてくれたのはヴィオラ嬢だった。彼女は私に新たな人生を与えてくれた恩人である。


 この恩は、私の残りの人生をかけても報いきれないほど大きい。これからは画家として、ヴィオラ嬢の期待に応えられるよう、さらなる高みを目指して精進していこうと心に誓うのだった。

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