例の青い星までの地図を探し求めている

 夕日が沈み、夜闇に烏の声響いた。



 居酒屋【異界神殿】を目指して、河今治と清見は、背中に生えた漆黒の色の羽で空を翔けた。下町のまばゆい明りを一身に受けながら、河今治は、先を飛ぶ清見に声を飛ばした。



「あの、清見さん!」

「なに?」

「聞きたいことって、何ですか?」


 清見は、振り返ろうとせず、ただひたすらに行く先のギラギラとした街明かりを臨んでいた。


「――この世界、なんか、おかしいと思いませんか?」


 背後を飛ぶ河今治を気にする素振りなしに、清見はつづけた。



「こんなヘンテコなお面をつけるなんて、誰が決めたんですかね?靴舐めるっていう常識、衛生観念終わってませんか?」

「清美さん……まさか、あなたも……」

「はい。私も、あなたがよく知る【日本】から来ました」



 河今治の口はポカンと開け放ったままに、閉じることを忘れてしまった。


「そ、そうだよな……リンゴの皮が通貨になってるなんて、おかしいよな……」

「そうですよね。酸っぱい臭いに慣れるのに、時間かかりましたよ、ほんとに」



 清美の言葉の末尾には、静かなる怒りが垣間見えた。彼女は、こんな世界のことを『おかしい』と言って、不満を隠しきれないご様子。


 河今治は、世界に対する違和感を共有できることがあまりに嬉しく、目尻に涙を溜めた。



「ど、どうすれば、元の日本に戻れるんだ……?」

「それは、こちら聞きたいことです。もう二か月も、こんな狂った世界に取り残されてるんですよ。河今治さんは?」

「いや……俺は、今日来たばっかりだ」

「はあ。そうですか」



 同じ境遇の人間に巡り会った清美であったが、脱出の糸口を掴めそうにない、河今治の力ない細い声に、肩をがくっと落とした。


「とりあえず、お互い、積もったものがありますよね。それを含めて、飲みながら話しましょう」

「あ、ああ……それがいいよな……」



 河今治と清美は、狐のお面が列を成す居酒屋【異界神殿】の軒先に降り立った。




****




 金曜の夜のということもあって、店内はワイワイと混雑していた。


「あ、お面、外していいんですね」


 周囲を一瞥した河今治は、胸を撫で下ろした。なぜなら、周囲の人々――清見も含めて、お面を顔から外して、テーブルの上か、あるいは椅子の端に置いていたからである。


「このお面、蒸れるから嫌いなんですよね」


 

 清見は、『ユートピアいかがですか』と書かれたポケットティッシュで頬や鼻筋を拭いた。目元に引いた


「清美さんは、この世界から出たいと思う……よな?」


 河今治は、先だって運ばれてきた唐揚げをつまみながら、清見に恐る恐る訊いてみた。



「ふう……当たり前じゃないですか。慣れる部分はあれど、元の世界のほうが良いに決まってます」

「だよな」

「知ってますか?この世界、子どもが粘土で作られているんですよ」

「ね……粘土……!?」


 いつもの愚痴を言う清美の姿が見られて安心していた河今治は、次いで、頬をグッとこぶしで押される感覚を味わう。


 子どもが粘土によって作られるとは、これ如何に……



「セックスって、この世界では、快楽のための行為に過ぎないらしいんですよ。子供を作るっていう、生殖の目的が失われていて、その代わりに、粘土で子どもが生み出されているんですよ」

「はぁ?どういうこと?全然分らんや」


 まったく理解に至らない河今治は、次いで運ばれてきた中ジョッキに入った黄金の色のビールで、落ち着かない心を洗い流した。



 口だけの説明では納得していない様子の同期を見かねて、清見はスマホを取り出し、『子ども 生産方法』とブラウザの検索に入力した。


 表示された画像が、河今治の呆けた顔の前に示された。



「粘土をよくこねます。形を整えながら、四肢と胴体と頭部を作ります。この際に骨と血肉を加えて、臓器を流し込み、最期にオーブンで焼いて固めて、【魂】をこめれば完成です……?はぁ!?」


 画面の説明文を一読した河今治は、絶句する。



 スマホの画面に映し出されていたのは、この世界における子どもの生々しい「生産」手順であった。


 両親が協力して、生々しい桃色の人間の肉を、粘土細工の体にペタペタと貼り付けている子どもの「原形」。胸部や腹には、ぽっかりとテニスボール大の穴が開いていて、そこから腸や胃、心臓などをバケツで「流し込んでいる」。



「その……なんだ、俺たちが知ってる子づくりより、もっとずっと、グロいな……」



 図らずとも、目線を下げた河今治。唐揚げに寄り添ったレモンの黄色を見ていると、心は多少落ち着いた。


「うまく形が整っていなかったり、頭が小さかったり、臓器のつくりに不備があると、【失敗作】ができ上がってしまって、捨てられるとか」

「倫理感、どうなってるんだ……?」



 それは、いわゆる子捨てなのではないかと、河今治はおぞましく思って、身を震わせた。


 こんな両親の恣意、勝手、造形の上手さ下手さによって生まれた子どもたちは、果たして幸せなのだろうか……?



「まだまだ、この世界は狂っています。それを確かめるために明日、私と街を歩いてみませんか?」

「ああ……そうだな。そうさせてもらう」


 河今治は、白いワイシャツにドバドバとハイボールを溢しながらジョッキを傾けた清美との約束を果たした。



――明日、土曜日は、この世界の先輩である清美に、この世界の案内を含め、いろいろとお世話になろう。


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