第7話 とある瀬戸際騎士の左遷珍道中

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↓「第1話 レギナの町で」

 男は街道を歩いていた。薄雲が点在する空は澄みわたり、やや冷たい風が点在する樹木の葉をざわめかせる。男の他にもまばらに歩いている人がいて、まれに馬車や騎馬が男の傍を通り抜ける。男の身なりは、薄手のコートの下は年季の入った革鎧、腰に長剣、肩に皮袋と、パッと見た目は普通の旅人だ。くせっ毛の金髪でサファイア色の鋭い目をした男の名は、レオンハルト=フォン=レンシェール。齢は30半ば。壮年期に入るこの男の職業は「役人」である。もともと王国の騎士団に属していたのだが、家庭の事情で出仕を頻繁に滞らせてしまったため、家族ともども辺境の屯所勤めを命じられてしまい、今まさにそこへ向かっている途中なのである。


「何年かかってもいいから、がんばって行ってくれたまえ」


と上司が肩を叩いて渡してくれたのは、飢え死にしないで済む程度のわずかな旅費だけで、馬車はおろか驢馬すらも与えてくれなかった。


「不義理をしたら、こんなもんか」


とあきらめの境地で、このありがたくない辞令を受け取ったのである。


 今は、王都を出発して2つ目の宿場町へ向かっているところだ。まだまだ先は長い。なんせこの王国は、近隣では最大の勢力を誇っているので、版図も広い。東西の国境にある城塞までなら街道が整備されているが、目的地の北方の辺境へは途中までしか街道が整備されておらず、道なき道を切り開いて進んで行かねばならない。だから、寄り道もせずまっすぐに目的地まで向かったとしても、徒歩だとゆうに半年以上はかかる。気分転換にしては長い旅路にうんざりするのだが、同行者がいることがせめてもの救いだった。


「レギナって、どんなところなのですか」


 レオンハルトに尋ねてきたのは、まだ幼さが残る少年だった。白銀のプレートアーマーの上に純白のマントを翻させ、由緒ありそうな長剣を背負っている。レオンハルトと同じくせっ毛の金髪だが彼の髪は輝かんばかりの豊かなもので、耳の先端が尖っているところからエルフの血を引いていることが分かる。また、レオンハルトと同じサファイア色の目でもパッチリとした大きな瞳をしているので、いかにも貴族の子弟のように見える。だが、彼は貴族の子弟ではない。彼の名はコンラート=フォン=レンシェール。実はレオンハルトの一人息子である。そして、この息子がレオンハルト左遷の最大の原因だった。息子が幼い頃に妻が謎の失踪をし、少ない親類も既に亡くしていたので、レオンハルトが一人でコンラートを育てた。時折近所の人が助けてくれたものの、息子が病気になったりして何か問題が起きるたびに休みを取ったため、騎士団の中でのレオンハルトの評判は芳しくなかった。そんな中、たまたま用事でレオンハルトがコンラートを連れて騎士団に出仕した時、コンラートが剣と魔法の比類ない才能の一部を披露してしまったため、まだ10歳にもかかわらずコンラートは騎士団に入団することになり、未だに十人長の父親を差し置いてたった1年で百人長に抜擢されてしまった。容貌にも才能にも恵まれたコンラートは、王国の中で注目を浴びる存在となり、宮廷内でも喝采を浴びるようになったのだが、これがいけなかった。王太子、すなわち国王の後継者に嫉妬され嫌われたのである。王太子がコンラートに勝っているところは血統だけで、個人レベルの心技体に容貌どれをとってもコンラートよりはるかに劣っていた。極端に言えば、コンラートが登場してからは見向きもされなくなったことが面白くない。そこで、陰険さだけはコンラートより1億倍勝っている王太子は一計を案じた。評判がよくない父親を左遷させることにしたのである。そうすると、まだ子供のコンラートは父親についていくしかないので、王都から姿を消してくれる。直接コンラートを閑職に回してしまえば、王太子の嫉妬による人事であることが露骨になる。これを聞いた国王は、あまりの息子の陰険さに驚きはしたものの全く意に介さず、数分後にはコンラートのことなど完全に忘れてしまっていた。その結果、レオンハルトは息子と二人、北方の辺境へ旅立つことになってしまったのである。


 それはさておき、自分よりもはるかに身なりが整っている息子の問いかけを受けたレオンハルトは、にこやかに答えた。


「まぁ、にぎやかなところだよ」


「そうなんだ。お祭り、やってたら嬉しいなぁ」


「…うーん、やってるだろうね。お祭り」


「わーい、楽しみです」


 ボロッボロの革鎧を着た壮年の男と、きらびやかな白銀の鎧を着た少年。まるで若君とその従者みたいな親子は、まもなくレギナの町へ着こうとしていた。




 レギナの町の歴史は古く、数百年前に栄えた帝国の残滓が色濃く残っている…と言えば聞こえはいいが、極端に言えば貧民や乞食、ならず者が居ついている汚い町である。もちろん善良な市民もいるが、下層民の居住区が他の町に比べて広い。従って、賭博場や酒舗、売春宿などが多く集まって猥雑に「にぎやか」で、貧民同士のいさかいがあちこちで起こっているので、毎日のように喧嘩「祭り」がある。レオンハルトたちが訪れた時も期待通りに「にぎやか」で「お祭り」騒ぎが起きていた。


「…なんだか、思っていたのと違いますぅ」


とコンラートは不潔な街におかんむりの様子。その様子を苦笑いしながら眺めたレオンハルトは、当座の宿を探す。ケチな上司が旅費をケチったせいで大した宿に泊まることはできないが、こんな物騒な街で野宿なんてすると、とても眠れたものではない。自分一人だけならまだしも、愛する息子に危険が及ぶとなると…って名のある騎士団の百人長なのだからいらん心配か…、なんて考えながらレギナの町のメインストリートを歩く。街の顔なのにボロッボロの建物が所狭しとひしめいており、時折異臭も鼻につく。歩く人々の姿も薄汚れていて、長居をしたいとは思えない街だ。そんな時、向かいからガラの悪そうな三人組が歩いてきた。丸腰だがガタイの良い大男、目つきの悪い小男、ひょろっとしているが長剣をひっさげている剣士もどきが、道を塞ぐようにして並んで歩いている。すれ違い様、レオンハルトは彼らを避けようとしたのだが、大男が意図的にレオンハルトに寄ってきて体がぶつかった。


「おいゴルゥアァァ、何してけつかんねん」


 大男がギョロ目を見開いてレオンハルトを睨みつけた。一般市民だったら震え上がってしまう威勢だが、レオンハルトには通用しない。


「とても強そうなのに、この程度でそんなに痛かったのか?すまんね。急いでいるから」


「ゴルゥアァァ、謝って済むとでも思っているんかァァ?」


「あぁん…」


 偉そうに絡んでくる大男を殺気を放った眼光で睨みつけ、その喉笛かっ切って二度としゃべれなくしてやろうかグルゥアァァ!と啖呵を切ってやろうとしたとき、レオンハルトはハッとなって隣のコンラートをチラ見した。無垢なサファイア色の大きな瞳が心配そうに父を見つめている。レオンハルトは数回まばたきをして呼吸を整えた。


「…ぶつかったくらいなのだから、謝れば済む話でしょ。私も痛かったのだから、お互いさまということで…」


「そんなので俺様の気が済むと思っているのか?」


「困った人だな。どうすれば気が済むんだ?」


「そうだなぁ…」


と大男は言うと、コンラートの方を向いた。


「このお嬢ちゃんに酌でもしてもらおうか、ゲヘヘヘ」


「…んだとお!」


 レオンハルトは息子を庇って大男に立ちはだかった。


「ナメた口を……っと、それだけは勘弁してくれんか」


「ふざけんなァ」


と叫ぶと大男はレオンハルトに殴りかかった。一般市民だったら頬にこぶしを受けて吹き飛んだであろうが、レオンハルトには通用しない。避けただけでなく、レオンハルトは大男の腹を思い切り殴りつけた。


「ゲボアァァ」


 大男は胃液を吐きながら地面に倒れ込んだ。それを見て驚いた小男と剣士もどき。小男は硬直したままだが剣士もどきは抜刀し、


「よそ者が、ナメたことすんじゃねぇ!」


と叫んでレオンハルトに斬りかかった。するとガキーンと金属がぶつかる派手な音が響き渡る。剣士もどきの斬撃を防いだのは抜刀したコンラートだった。


「いい大人なのに、感心できませんね」


と静かな声でつぶやくと、コンラートは呪文の詠唱を始めた。コンラートは父の勤務中、近所の教会に預けられることが多かったので、神聖魔法の手ほどきを受けている。程なく詠唱が完了して魔法が発動した。おだやかな光が小男と剣士もどきを包み込んだかと思うと、二人はそのまま力なく座り込んでしまった。


「さすがだなクルト。助かったよ、ありがとう」


「たいしたことではありません。僕はまだ、お父さまのような立派な騎士には程遠いです」


 コンラートのキラキラした目で見つめられたレオンハルトは、バツが悪そうに頭をかいた。




 程なく適当な宿が見つかり、夕食等を済ませると、コンラートはパジャマに着替えて寝る準備を始めた。ところがレオンハルトは、革鎧を脱いでいるが普段着のままだ。


「お父さま。まだお休みにならないのですか?」


「ん、ああ」


 数秒レオンハルトの視線が部屋を彷徨った。そして上ずった声で答えた。


「…真夜中になると、大人の紳士だけが集まる教会に行って、お務めを果たさなければならない。クルトが寝付くまでは傍にいるし、すぐに帰って来るよ」


「僕も行きたいなぁ」


「まだ、だめだ。子供は夜、良く寝ることがお務めだ」


「はぁい。でも、早く帰って来て下さいね」


「もちろんさ」


晴れ晴れとした笑顔をコンラートに向けた。そして息子が寝静まったことを確認すると、レオンハルトは夜の「お務め」を果たすために喧騒溢れる街へと足を踏み出した。


______________________________________

↓「第2話 居酒屋にて」

 長く続いている古い町であるレギナで夜のお務めに励んでいるレオンハルトは、妓館で大当たりを引き大満足で一軒の酒場に入った。カウンターとテーブル席が3つほどの、手ごろな広さだ。店員に促されてカウンター席に座ったレオンハルトは、麦酒と適当なつまみを頼み、妓館での甘いひと時の余韻に浸っていた。ジョッキを半分くらい空けたとき、この酒場に一人の男が入ってきた。


「…ん、ドワーフか…」


 レオンハルトが見たのは、やや尖った耳にギョロリとした目、黒褐色のボサボサの毛髪と口ひげ、服の上からでもはっきり分かるくらい丸太のような腕と脚をしており、それに見合った体躯をしているが背が子供くらいの小男だった。この世界には、人間とは違うが人間のような種族が存在しており、この小男は誰が見ても分かるくらいドワーフであることが分かる。背の丈と同じくらいの巨大な斧を背負っているこの男は、空席であるレオンハルトの右隣に座り、麦酒をオーダーすると深いため息をついた。


「ふぅ、ここは一体どこなんだ」


 こんな独り言をつぶやいてしまうくらいに、途方に暮れている様子。いい思いをして気が大きくなっているレオンハルトは、このドワーフに声をかけた。


「お困りのようだね。どうしたんだい」


「おおっ、やっと親切な人が現れた~~!」


 ギョロリとした目を潤ませながら手を握ってきたので、レオンハルトはぎょっとした。


「ちょ、ちょ、ちょっと、な何を」


「親切な人、どうかシサクの村までワシを案内してくれんか?」


「はぁ?」


 聞きなれない地名だ。響きからすると目的地である北方の辺境みたいだが。


 レオンハルトが引いてしまっているのに気付いているのか分からないが、ドワーフは必死に訴えた。


「金鉱山を掘っていたのはいいのだが、深く掘っているうちにゴブリンのゴキブリどもがワシの坑道に住み着きやがったんだ。こんなふざけた話があるか?頭にきたワシは逃げるゴキブリどもを駆逐して回ったんじゃが、気付いたら地上に出ていて、しかも見たことのない場所にいて、何日も彷徨っているうちにこんなところに来てしまったんじゃ。まだ金を掘っている最中だし、何としても坑道へ帰りたんじゃ。褒美だったら、この金細工をやるから」


 ゴブリンとは、じめじめとした暗い森に住みついている汚い亜人種である。ドワーフとはとても仲が悪い。 


 ドワーフは懐から手のひらサイズのペンダントを取り出し、無理やりレオンハルトに握らせた。仕方なくレオンハルトは金細工を眺めたのだが、目を見張った。所々に宝石がちりばめられた金のペンダント。相当な額で売れそうだ。


「おぬしも旅の途中だと見た。寄り道になるが、ワシに付き合ってくれんか?」


「うーむ」


 レオンハルトは唸った。くそ安い路銀しかくれなかったところに加えて「夜のお務め」で散財してしまったから、手持ちの金がさびしくなっているのは事実だ。しかも、この町であれば装飾品を買い取る店だってあるだろう。うまくいけば今の手持ちの倍以上の金が手に入るかもしれない。ただ問題は…


「マスター、王国の地図があるところ知らないか?」


 真向かいでつまみを黙々と作っている、無愛想で朴訥そうな人相の悪いマスターにレオンハルトは尋ねた。近隣しか描かれていない簡単な絵地図だって、なかなか手に入らない高級品だ。それを、王国全域が記された地図なんて、王都だったらあるだろうけど、こんな街にあるとは思えない。ダメでもともとだが、目的地のシサクの場所が分からなければ、答えようがない。


 マスターは、つまみを作っている手を止めると水で手を洗い流し、背後にある棚の扉を開けて中から紙に包まれた鍋らしきものを取り出した。丁寧に包装紙をはがしていくと、中から年季の入った土鍋が出て来た。煮物でも作るのかと思ったら、マスターは土鍋を脇にやって包装紙のシワを伸ばし始めた。ある程度綺麗になった包装紙をマスターはレオンハルトに差し出した。


「あるよ」


 はぁ?と思って手に取ると、それはまぎれもない王国全体の地図だった。しかも、この時代にしてはかなり精密なものだ。驚くレオンハルトに構わず、マスターは地図の一点を指差した。


「シサクは、ここ」


 マスターが指した場所は、ここレギナとレオンハルトたちの目的地を結ぶ道から、東に逸れたところだった。道も通っていそうだし、遠回りだがロスは1週間程度で済みそうだ。ならば、余計にかかる旅費を換金したペンダントの代金から差し引いても十分以上にお釣りがくる。となると話は早い。


「そこだったら、俺たちの旅の途中だ。その話、乗った」


「おお、そうか。引き受けてくれるか。ありがとう、ありがとう」


「うわっ、もういいから」


 またドワーフが手を握ってきたので、慌ててレオンハルトは振り払った。そして再びマスターの方を向いた。


「ところで、このペンダントを換金できるところ知らない?」


 マスターは、つまみを作っている手を止めると水で手を洗い流し、背後にある棚の引き出しを開けると、紙とペンを取り出して何やら書き始めた。そしてその紙をレオンハルトに差し出した。


「できるよ」


「えっ。ここで換金できるの?」


 書かれている金額は、レオンハルトの想像をはるかに超えていた。マスターが人相の悪い顔でじっと見つめるので、レオンハルトは珍しく緊張してしまった。


「で、では、これでお願いします」


「勘定の時に差額を払おう」


「ありがとうございます。では、ついでにこの地図も頂けないかな」


「それは、サービスだ」


「えっ」


 こんな精巧な地図がタダ?どういうことかと理由を尋ねると


「版画だ。いくらでもある」


 とのこと。何で商売にしないのかレオンハルトは尋ねようとしたが止めた。野暮というものだ。


「では、乾杯しよう。これからの旅の安全を祈って」


 ドワーフがジョッキを高らかと掲げた。ドワーフと言えば大酒呑みで有名だ。こりゃ夜が明けるまで帰れないなとレオンハルトは腹をくくったのだが…


「ぐおー」


 このドワーフはジョッキ一杯を空けるまでもなくカウンターに打ち伏し、大きないびきをかいて寝てしまった。


「どうすりゃいいんじゃ、こりゃあ」


 このドワーフの宿の場所はおろか、名前すら分からない。レオンハルトは頭を抱えた。


______________________________________

↓「第3話 クマが出た」

 たった一杯の麦酒で酔いつぶれたドワーフを置いて宿に戻ったレオンハルトは翌朝、息子のコンラートを連れて居酒屋サンジョルジュを再訪した。閉店後のサンジョルジュには、営業中の騒然さに隠されていた店内レイアウトの重厚さがしみじみと感じられる。照明や机などの調度品は、相当の年月にわたって使い込まれているのが分かるが、手入れが行き届いているのでそれ自体が美術品のようだ。店内に誰もいなかったのでレオンハルトは奥の部屋に向かって誰何すると、マスターに伴われてドワーフが姿を現した。


「昨日は、酒に溺れてしまって大変申し訳ない。いつも一杯飲むと記憶がなくなるのじゃ。大酒呑んで暴れまわって迷惑をかけているようなんじゃけど、おぬしは大丈夫だったか」


 申し訳なさそうな表情でドワーフはレオンハルトを眺めている。名前も宿泊先も知らされずにいきなり寝られてしまったことには困ったけど、このまま店に置いたままにしていいとマスターに言われたから迷惑を受けたというほどではない。これまで酒を呑むたびに、暴れられて迷惑を受けたと周りから言われ、迷惑料として呑み代を払わされていたんだろうなと思うと、レオンハルトはこのドワーフが哀れに思えてきた。


「今まではどうだったか知らないけど、今回はすぐに寝てしまったから何も迷惑を受けてない。気にしないでくれ。それよりも、まだ名前を聞いていないのだが」


「そうだった。今まで名乗りもせずに申し訳ない。ワシの名はグラクス。シサクのグラクスじゃ」


「グラクスか。私はレオンハルト。そしてあそこにいる彼が、私の息子のクルト」


 レオンハルトは、もの珍しそうに店内を見回っている息子を呼び寄せてグラクスに紹介した。呼び寄せられたコンラートは行儀よくグラクスにお辞儀をした。


「コンラートです。よろしくお願いします」


「な、何じゃ、このお坊ちゃまは。あんた、みすぼらしい格好してるけど、実はどっかの貴族様なのか」


「いやぁ、貴族ではないんだけどね。クルトはハルシュタット騎士団の百人長なんだ」


「はぁ?ハルシュタットの百人長?この子が?」


 ギョロ目を大きく見開いてグラクスはコンラートをまじまじと眺めた。つま先から手の指先そして頭髪までしげしげと眺めたグラクスは、背負っているコンラートの長剣に目が留まった。


「背負っている剣じゃが、もしかしてアロンダイトか」


「よく御存じですね。主教様からお預かりしている大切な剣です」


「すまんが、鞘から剣を抜いて見せてもらうわけにはいかんかの」


「構いませんよ」


 コンラートは背負っている剣を抜くと、グラクスに差し出した。パッと見た感じでは、ちょっと値の張る剣くらいにしか見えないが、良く見ると細やかな彫刻や宝石がちりばめられていて年季の入った名剣の趣がある。


「これがアロンダイトか。見るのは初めてじゃ。いにしえの剣なのに、まるで新品のようじゃ」


「グラクスさん、詳しいんですね」


「そりゃそうじゃ。遥か祖先のドワーフの刀鍛冶が作ったとされる伝説の名剣じゃからな。アロンダイトを知らないドワーフはおらんじゃろうて」


 と言うと、グラクスはコンラートにうやうやしく剣を返した。剣を受け取ったコンラートは鞘に納めた。


「グラクスさんのことは父から伺いました。お困りの方に手を差し伸べるのは騎士の務め。父ともども、グラクスさんの帰郷のお手伝いをさせてもらいます」


「ご丁寧にどうも。それにしてもクルトは父君を尊敬しているのだな」


「はい。父のような立派な騎士になることが夢です」


「立派な騎士ねぇ…」


 道案内は有償だし、夜中に酒をかっくらって遊び呆けてたくせに…と白い目でグラクスはレオンハルトを見た。そんな視線に気づかないふりをして、グラクスから視線を逸らしたレオンハルトは、


「夜のお務めで知り合った仲だからねぇ」


とつぶやくと、それを聞いたコンラートはグラクスに熱い視線を送った。


「グラクスさんも夜のお務めをなさっておられたのですか。ご苦労様です」


「いっいや…それほどのことでは…」


 まさか麦酒一杯でひっくり返って寝ていたなんて言えない。グラクスは恨めしそうに舌を出しているレオンハルトを睨んだ。自分の仲間に引き込むことが出来たことに満足したレオンハルトは、無言で店内の清掃に励んでいるマスターに声をかけた。


「何から何まで世話になりました。ありがとう」


「あぁ」


 マスターはポケットから小さな紙の束を取り出すと、それをレオンハルトに差し出した。


「餞別だ。とっとけ」


「何ですか、これは」


「…割引チケットだ」


「…あ、ありがとう」


 この店に来ることは当面ないだろうけどなぁと思ったが、レオンハルトはありがたく頂戴し割引チケットを皮袋にしまいこんだ。




 レオンハルトたち3人は当面の保存食など必要な品を買い求めると、レギナの町をあとにして北への旅路についた。目指すはシサクの村。順調にいけば2ヶ月ほどでたどり着ける、ハズなのだが…。でろでろでろでーん。おやくそくの、ワンダリングモンスター現る。そう。レギナより北は、オオカミやクマのようなケダモノやゴブリンなどの亜人種だけでなく、妖怪や怪物がたびたび出る危険地帯だ。だから、普通の旅人は剣士や魔法使いの類を雇って用心棒にするのだが、レオンハルトたちは自分たち自身が用心棒のようなもの。彼らは身構えた。出てきたのはクマが1匹。


「よーし。今日の晩メシはクマ鍋だ」


 背中に背負った大きな斧を構えたグラクスは、クマに向かって突進した。グラクスの只ならぬ気魄に気押されたのか、クマの反応が一歩遅れた。グラクスに繰り出そうとしたクマの腕が斧で両断されてしまい、クマは激痛で叫び声を上げる。のたうつクマの様子などお構いなしにグラクスは第二撃を放つ。グラクスの斬撃は正確にクマの首をとらえ、一瞬でクマ退治が終了した。


「あんた、すげえな」


 剣に手をかけただけで終わったレオンハルトは、グラクスに賛辞を送った。斧に付いた血糊をふき取るグラクスは、


「それじゃ、肉を捌くのは頼むぞ」


と言い残して、薪になるものを探しに、ふらっとどこかに行ってしまった。本当にクマ鍋にするみたいだ。


「鍋なんか、あったか?」


「…さぁ」


 父親の疑問を軽く受け流したコンラートは、はっとなって父に訴えた。


「グラクスさん放っておいたら、迷子になっちゃうんじゃないですか?」


「そうだった。クルト、すまんがグラクスについて行ってくれ。肉は捌いておくから」


「分かりました」


 そう言い残して、コンラートはグラクスの後を追った。


______________________________________「第四話 聖騎士」以降は、こちらで!

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