第6話 王子の私の配下の女の子が全員NTRれているんだけど手を出しただけの覚悟はあるんだよね?
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↓「プロローグ」
「あの黒髪の妖艶なエルフたちはどうにかなりませんか。我が軍の男の損失のほとんどが彼女らに攫さらわれたものなのですよ」
私は傍に立つ、私よりも背が高く、そして髪の長い、人に依っては幽鬼のようにも見られかねない透き通った肌の女に問いかけた。窓の鎧戸を締め切った暗い部屋の中でその姿はいくらか光を放っているようにも見えた。
「あれは根が色欲旺盛なハスレのエルフたちだからのう。妖精界へ連れ去るものだから、まだオークに捕まった女の方が取返し易い」
「オークたちは呪いで人の女を襲うだけです。元は気高い種族です」
「オークの事は、坊ぼうならようわかっておろうな」
坊ぼう――この女には以前からそう呼ばれていた。初めて出会ったのは私がまだ七つの頃だった。ただ、成人した今でも未だに名を呼んでくれない。
「それで……属州総督府へ向かわせた将官たちの現況は把握できたのですか?」
「ああ。ちゃんとこの目で見、この耳で聞いてきたよ? ククッ」
上擦るように笑いを隠し切れない様子の高い声で、そう女は返した。
「勿体ぶらないでお話しください、エルラ様」
「おやおや? もっと親しみを込めてくれないと。儂わしに労ねぎらいはないのかえ?」
「……調べてくれてありがとう、感謝する。エルラ」
ふむ――と得心し、鼻を鳴らして頷くエルラと呼んだ女。
「将官らはどやつもこやつも篭絡されておったよ。もちろん女としてな」
「まさか……エイリスもなのか!?」
「ああ。坊の大事な幼馴染は最初に目を付けられておったからのう。将来の誓いを主神あるじがみにどう言い訳するのやら。泣くのか喚くのか、或いは潔く自刃するのか。今から楽しみだねえ」
ククク――と、笑いを抑えきれず、エルラは背を丸くする。
まさかあのエイリスが……。彼女は私を支え続けてくれた大事な人だった。
「エルラ様。アイゼ様のお気持ちもお察し下さい」
そう口を挟んだ女。簡素ではあるが布をふんだんに使った彼女の衣装は、ふくよかな彼女の身体を艶めかしく包んでいた。
「いや、良いのです聖女様。国の存亡のために名乗りを上げてくれたのは彼女らです。責められるべきは私です」
「アイゼ様……」
慈しみの溢れる眼差しを向けてくださる聖女様。
「軍に復帰しておる将官も篭絡されたと考えるべきかの。まあ、あちらに居おる将官も全員が全員と言う訳ではないが、属州総督はかなりの性豪ということよの」
「性豪などと……気楽なものだ。人間同士でこのような諍いを起こしている余裕など無いというのに……」
我が国は長年に渡って魔王軍の侵攻を常に最前線で防いでいた。国が亡べば魔王軍は要衝を抜け、人間の住む土地を北へ南へと進軍するだろう。私は北西の高地ハイランドの蛮族諸国を説得し、この聖女様の協力を得ていた。ただ、高地の防衛は比較的容易なこともあってそれ以上の協力は得られていなかった。
南西は帝国属州プロウィンキアへと至る。私はその属州総督へ協力を仰いだのだ。スワルタリア属州は豊かな大穀倉地。そこを統治する属州総督は権威的で、拝金的で、あまり気持ちの良い相手ではなかった。だが、わが国――タルサリアは戦士の国であるものの人は少ない。人的な余裕と富を携える属州からの協力は必須だった。
『誉に名高いタルサリアの軍を観たい』
そう言った属州総督は、前線の要衝へと赴いた。
私はこの要衝の重要性を説き、帝国属州の防衛のためにもこの地の維持は必要だと念を押した。だが、属州総督は私の言葉に適当に相槌を打つだけ。その目は我が軍の将兵たちを向いていた。
タルサリアには、魔族が死ぬときに残す『魔石』を元に魔剣を作る技術があった。ただ、その代わり人的資源に乏しかった。女でも優れた腕を持つ者は兵士となり、さらに『祝福』に目覚めた者は男女を問わず戦士長へ、将官へと取り立てていた。
『将兵を我が総督府へ招いて、ぜひに話を聞きたい。その上で協力させてもらおう』
思いがけない言葉を貰った私は、すぐに吟詩の得意な文官を見繕おうとしたが、属州総督はそれを制止する。そして――
『その娘とその娘、それからその娘が具合が良さそうだ』
――などと、女将官や兵士を勝手に見繕い始めたのだ。あまりの身勝手さに私は呆れかえってしまったが、指さされた一人、エイリスが国のためと、その任に就くことを承諾したのだ。
「……であれば、わたくしが総督府へと向かい、将官たちを守りましょう」
思いもしなかったその聖女様の提案は私を驚かせた。
「しかし!――」
聖女様は私を制する。
「地母神様の聖女を甘く見ないでくださいまし。力及ぶ限り、彼女らを守って差し上げましょう。あなた様の大事な人も」
「そのように言われますが……」
彼女も同様に篭絡されてしまうのではないかという不安が過よぎる。
「大丈夫。手は考えておられるのですよね、エルラ様?」
聖女様がエルラを見やると、エルラは薄ら笑いを見せる。
「坊が覇道を歩むことも厭わぬと言うのであれば、策はある」
「タルサリアの民を救えるのであれば、私は何者にでもなろう」
「よかろう。アイゼ・タルサリスよ。先代タルサリア王の息子よ。其方そなたをその祝福と共に歴史に名を遺す大悪人に仕立て上げてやろう」
「御心のままに。エルフの女王よ」
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↓「第1話 王弟殿下」
私は兄である先代のタルサリア王の元、王を支え続けてきた。長く王弟殿下などと呼ばれてきた私は、王が私の息子へと変わった今でも王弟殿下などと呼ばれる。先代の王の時代を懐かしむかのように。
私は王位を直接息子へと譲り、継がなかった。旧王都が滅んだとき、兄が魔族に討たれたとき、その最後の一粒種ひとつぶだねであるアイゼ王子が魔族に連れ去られたという目撃を信じ、前線に立ち続けたかったのだ。
前線を押し上げ、ついに王子を取り戻した時は既に4年近い月日が流れていた。
◇◇◇◇◇
「ゆぅとろわ、るはうぐるぃ?」
鼻に掛かるような音や痰を吐こうかと言うような不快な音、時には唇を震わせるような音を交え、魔族の言葉を話すアイゼ王子に私も、そして周りの誰もが困惑した。7歳になってすぐに魔族に攫われた王子は魔族に育てられ、すっかり人の言葉を忘れてしまっていたのだった。
ただ、素行が魔族のように乱暴なわけではなかった。
常に落ち着いていて腹が減っても騒ぎ立てることなく、我々の言葉に耳を傾け、食事こそナイフ一本しか使わなかったが、姿勢正しく静かに食べていた。
◇◇◇◇◇
「オークの言葉なんだって!」
城の侍女の娘であったエイリスはアイゼ王子と同い年で、小さい頃から王子の遊び相手として傍に置かれていた。王都が落ちたときは偶然都を離れていたため無事だったが、アイゼ王子が捕らわれたと聞いて私と同じく酷く胸を痛めていたそうだ。それから彼女は剣の腕を上げたらしい。
そのエイリスが戻ってきたアイゼ王子に付きっきりで面倒を見、辛抱強く言葉を交わしていた。そして今、侍女である母親にそう話しかけていた。
「悪鬼オークだと!?」
私はエイリスとその母親の会話に割り込んだ。
「はい、殿下。アイゼ……アイゼ王子殿下が、お、おっしゃるには……」
「よいよい。王子の事は普段通り話してよい」
「は、はい、殿下。ア、アイゼは私たちの言葉は分かるそうです。オークの言葉しか喋れないだけで。オークは魔族デオフォルではなく、冥府アビスの誇り高い種族なのだそうです」
「馬鹿な! 悪鬼オークは女を捕らえて犯す野蛮な存在だ!」
ひっ――私が声を荒げたことでエイリスは怯えた。私は無礼を詫び、話の続きを促した。
「オークはもともとアイキという種族だそうです。オルクスという魔族デオフォルの『祝福』で呪われているのだそうです。その呪いがオークをそのような行動へと突き動かすのだそうです」
「呪いか……」
「その、アイゼも魔族の祝福を受けたと……」
「なんだと!?」
私はエイリスと共にアイゼ王子から話を聞いた。王子はエイリスとの会話で少しずつ人の言葉を取り戻していった。王子は囚われていた間、オークの族長に育てられていた。その中でオークたちの言葉を覚え、彼らを理解していったと言う。
アイゼ王子はまた、我々が『魔族』と十把一絡じっぱひとからげにしていた存在について詳しく教示してくれた。魔王ダイナストに支配された異界の高位存在が魔族デオフォル。魔族デオフォルが使役する異界の存在がエルフやオークなのだそうだ。
我々が『魔族』と呼んでいたその多くが使役された存在だった。そしてそれらの使役された存在は魔族デオフォルの影響を大きく受け、さらには複数居る魔王ダイナストの性質が魔族デオフォル全体の性質を決めるという。私には到底理解が及ばなかった。
そして同じオルクスから受けたアイゼ王子の呪いは、王子の成人と共に顕現されると知った…………。
◇◇◇◇◇
アイゼ王子の呪いを解く方法を探し、私は高地ハイランドの蛮族へと辿り着いた。蛮族には呪いを専門とした『魔女』という特異な存在が居り、彼女らの導きで王子は蛮族の信仰する地母神の祝福を受けたのだった。
呪いの影響こそ無くなったものの、アイゼ王子には君主としての特別な力は何もなかった。我が兄のように『名君』の祝福に目覚めたわけでも無い。エイリスのように自らの努力に依って『剣士』のような祝福を得ることもなかったし、魔術に秀でていたわけでも無かった。ただそれでも王子は努力を怠ることは無かった。戦略・戦術を学び、時には高地ハイランドの蛮族へ、時には帝国属州プロウィンキアへと教えを請いに赴いた。
◇◇◇◇◇
王子が15才の夏、ついに我々は支配的な地位にある魔族の一人を倒し、小さな妖精フェイの氏族をひとつ、解き放った。ゴブリンと呼ばれたその妖精は小さい割に力が強く、とにかく数が多かった。解放と共にそのゴブリンの一氏族は戦場から姿を消した。
次に倒した有力な魔族はノッカーと呼ばれる穴掘り妖精の一氏族を支配していた。穴掘り妖精は魔王軍に豊富な鉱物資源を齎もたらしていた。その一部を削いだのだ。
確かに我々はそうやって魔王軍の力を削いでいたが、魔王軍の抜けた穴は別の魔族がすぐに埋めた。新しく派遣された魔族は以前よりも強力な配下を従えていることも多い。数多くの魔剣を打っても、それを振るう者がタルサリアには居なかった。
王子は帝国属州プロウィンキアへ協力を願い出た。交渉の甲斐もあり、属州へと赴いたエイリスたちは多くの兵士を貸与され、兵糧などの物資を齎した。それはまた、次々と襲い来る魔王軍を退けるに十分な力だった。
◇◇◇◇◇
王子が16才の秋の事だった。
魔王軍が引き連れてきた長蛇ワームと呼ばれた長大な怪物の群れは我が軍に大きな被害を齎もたらした。それは単純に相手が強かったというだけではない。『祝福』を受けた将官があまりにも不足していたことが大きかった。
属州から送られてくる兵士たちは訓練こそ受け、砦の建設などは得意としていたものの、戦歴は無きに等しく、ましてや我々の軍のように『祝福』に目覚めた者など居なかった。神々が授けてくれる『祝福』の力は大きい。人知を超える力を発揮し、怪物どもを薙ぐ。
我々はそれらの将官を戦闘で失ったわけではなかった。女性将官がたびたび属州総督府に戦況の報告に呼ばれ、不在が重なったのだ。さらには将官の総督府滞在が長引き、戻ってきたとしてもエイリスのようにアイゼ王子に対して余所余所しくなる者も居た。そのためもあって我が軍には属州総督の悪い噂が流れるようになった。
◇◇◇◇◇
王子が17才の春。女性将官の不在が続く中、属州総督府へ赴いた高地ハイランドの聖女様が帰ってこなくなった。こちらから聖女様の帰還を要請しても総督府からは本人の希望で滞在されているとしか返ってこなかった。
そんな中、事故は起こった。少数の精鋭を連れて前線の偵察に出ていた王子が魔王軍に捕らえられてしまったのだ!
普段であれば『祝福』を授かった精鋭たちが魔王軍の雑兵に後れを取ることなどありえないのだが、その時は相手が悪かった。魔術を使うエルフの一団に遭遇したのだ。地母神の力で常に王子を守り続けた聖女様が不在だったことも大きい。王子を救えなかった精鋭の話では、有り余る魔力で50尺を超える巨体となったエルフたちに襲われたのだという。
私は絶望に打ちひしがれるとともに、属州総督府へ全ての将官を即刻送り返してもらえるよう要請した。
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↓「第2話 エイリス 1」
私はタルサリアの王城へ仕える侍女の母の元に生まれた。
父の顔は覚えていない。戦場でエルフに攫われたとしか聞いていない。
私が幼い頃、王都は魔族の手に落ちた。当時、遊び相手として仕えていた王子殿下は魔族に攫われてしまった。大切な人を再び奪われた私は、王子殿下を取り戻すため主神あるじがみ様に誓った。
――王子殿下のため、未来永劫この身全てを捧げます。
主神様は私に『剣士』の祝福を授けてくれることで応えてくれた。
◇◇◇◇◇
私の剣の腕の上達を待つことなく、王子殿下は王弟殿下によって魔王領より救出された。
3年と半ぶりの王子殿下は逞しく成長されていた。大人たちは王子殿下の変わり様に驚いていたが、話す言葉こそ違えど王子殿下は以前の王子殿下のままだった。私は皆が見捨てる中、辛抱強く、王子との会話を続けた。そしてある日――
「えい……りす?」
「アイゼ!?」
たどたどしくはあった。けれど王子殿下は……アイゼは人間らしい発音で私の名を呼んでくれた。
◇◇◇◇◇
徐々に人間らしい発音に慣れていき、会話ができるようになったアイゼ。それもそのはず、アイゼは最初から私たちの言葉を理解していた。そのことを母に伝えていると、王弟殿下の耳にも入った。王弟殿下がアイゼと話すと、アイゼの方はどんどん難しい言葉を使いこなせるようになった。幼い私と違って徐々に大人びてくるアイゼに少しだけ嫉妬したが――
「エイリスのお陰だよ」
その言葉が嬉しかった。
「私はアイゼが居なくなった時、未来永劫アイゼのために身を捧げると誓ったの。王弟殿下が先に見つけちゃったけど、見つからなくても私がきっと探し出してみせるって思ってたんだよ」
アイゼは驚いていたが、それは本心だった。
◇◇◇◇◇
成長したアイゼは本来の明晰さを王都の重鎮たちに見せつけていった。魔族の戦い方や性質を理解し、対策を練り、国の護りをより強固なものとした。
守りに徹し、徐々に領土を失うしかなかった魔族との戦いくさは、多くの亡国を生んだ。今では低地ローランドのめぼしい国はタルサリア一国のみとなっていた。魔王軍の侵略が始まって以来のその状況を、王子はついに攻勢に転じる事さえ可能としたのだ。
「赤帽子レッドキャップは任せよ! オークは侮るな! 必ず複数人で当たれ!」
『加速』で宙を舞った私は200尺ほど奥に居た赤い頭巾カルを被ったゴブリンへと跳躍した。一足飛びに目の前に現れた私へ目を見開く赤帽子レッドキャップ。魔剣慟哭スルスカリが呻り、その首を刎ねた。
アイゼの言った通りだった。ゴブリンたちは群れると恐ろしいが率いる者が居なくなれば脆い。散らしさえすれば本来の臆病な性質が表に出る――そうアイゼは言った。魔剣スルスカリで宙を薙ぐと敵の心を揺さぶる恐ろしい嘆きが響き渡る。途端、周囲のゴブリンどもは右往左往し始めた。
「勝負せよ!」
戦場で目立つ上背のオークに切っ先を向け、オークの視線がこちらに向いたのを確認すると剣を持つ手で胸を叩く。するとそのオークは真っ直ぐにこちらへ向かってきた。間に立つ、邪魔なゴブリンを斬り伏せながら。
アイゼの話では、オークは本来誇り高い種族。女を襲うのは呪いに依る破壊衝動のせいであり、こうして彼らなりの作法で自負心を刺激してやれば、必ず一対一の戦いになり、邪魔する者は味方と言えど斬り伏せる。尤も、勝負に負けようものなら私の貞操など容易に踏みにじられるだろうが、こちらとて負けてやる気はない。
名乗りらしき声をあげるオーク。言葉は分らないが同じ戦士として想像は付く。
「名はエイリス・スカーハス! 愛する者の剣として、いざ尋常に勝負せん!」
名乗りを返し、魔剣スルスカリを手に討ちかかった!
◇◇◇◇◇
勝負の末、倒れたオークの喉元に剣を突きつけるとその屈強なオークは手斧を取り落とした。
「去れゾナイ!」
アイゼに教わったオークの言葉でそう告げると、そのオークは巨躯をもたげ、去っていった。オークの一団もそれに続く。オークはなるべく殺したくない――アイゼの望みであり、私も今、オークと戦って同じ思いに至った。
◇◇◇◇◇
アイゼの戦略で多くの魔族を討ち取った。だが、魔王軍の総力はアイゼでも計り知れなかった。中でも厄介なのが黒い髪のエルフたちだ。あれらはタルサリアの男を魅了し貪る。アイゼの話では、本質からしてそういう氏族なのだそうだ。加えてエルフは魔術を得意とする。障壁は魔剣の力でも容易に通らず、放つ稲妻は大勢の兵士を巻き込む。
魔術を得意とする相手は魔剣を揃えただけでは勝てない。魔除けアミュレットの製作には富が必要だった。
◇◇◇◇◇
「その娘とその娘、それからその娘が具合が良さそうだ」
私を指さすその男のいやらしい視線にぞっとした。
タルサリアの南西に控える帝国のスワルタリア属州。その総督であるアウグスト・エタニスという男は体は大きいくせに着ぶくれしたようにたるんでいて、手の平は子供のように無垢。剣の一振りも手にしたことが無いように見えた。
「なぁに、戦場の話を聞くにしても女の声の方が耳当たりが良いだろう? 兵と富を提供しようと言うのだ。こちらとしても、現状と提供しただけの成果を教えて貰わねば、身を切る甲斐が無い」
アイゼは困惑していた。当然だろう。本来ならこれは文官の役目だ。だけど――
「確実な支援を頂けるのでしたら、その任を私が務めます。タルサリアのために」
私は名乗りを上げ、他二名の女兵士を伴って属州総督府へ向かう事となった。
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↓「第3話 エイリス 2」
スワルタリア属州は想像を遥かに超えた豊かな土地だった。属州内での馬車の移動は、整備された街道ゆえ快適だったし、地平線の果てまで続くのが全て麦畑だと聞かされた時には、どれだけ大勢の人々を養っているのかと驚いた。一年の収穫でタルサリアの全ての住人を100年と言わず養えそうに思えた。
総督は帰路の途中で街道の拡張工事を視察していった。そこで工事に当たっていたのは属州の軍団兵士たちだったが、その数にまず驚かされた。そして軍団が寝泊まりしていた場所は、最初、そういう町なのかと思ったがそうではなかった。そこはあくまで臨時の施設であり、ここ最近作られたばかりだというのだ。行く行くは宿場として用いられるというが、工事のためだけに町まで作ってしまうとは。
総督府のある町は、守りはそれほどでもない代わり、整然としていて美しかった。道路は馬車が何台も行き交えるように広く、人の歩く道と分かれていた。目的に依り、町がいくつもの区画に分けられていて、物資の流れが整備されているのだそうだ。
我々はどこかの宿に泊まるのかと思ったが、そうではなかった。総督府に隣接する建物で、三名それぞれに部屋を割り当てられ、数名の侍女を付けられた。ふんだんに金銀を用いて装飾された部屋で、柔らかく良い匂いのするベッド、それから個別の部屋に湯の沸く風呂まで用意されていた。部屋に着くなり私は侍女たちに風呂で体の隅々まで洗われた。タルサリアでは王族でもこれほどの生活はできないだろう。
◇◇◇◇◇
「あの、このような高価なお召し物は私には……」
南方で作られる柔らかな絹という素材で仕立てられた服を着せられた。比較的冷涼なこの季節にこんな薄衣をと思ったが、想像よりも温かく、肌触りが心地良かった。宝石のちりばめられた装飾品で身を飾り、用意された靴は履き心地の良い布の靴だった。
そうして着飾らされたのは私だけではなく、付き添った二人の兵士も同じだった。私たちは、総督の部屋へと招かれた。
「好きに座るがよい」
総督の部屋には低いテーブルにいくつかの長椅子しかなかった。
タルサリアの王城のように大きなテーブルを皆で囲んで座るような宴とは違っていた。テーブルの上には瑞々しい果物が幾種類も彩り豊かに皿に盛られていた。肉は一口で食べられるほどに切り分けられ、こちらもいくつかの漬け汁ソースが用意されていた。真っ白いパンは焼きたての匂いがした。
総督はと言うと、簡素な服を着て長椅子で横になっていた。肉を指でつまみ、ソースに漬け、口に運び指を舐めていた。あまりにもだらしなく、その姿は私たちを困惑させたが、いつまでも立っている訳にはいかず、私は総督の向かいの長椅子に座る。二人の兵士も私に続いた。
「好きに食え。遠慮はいらん、こんなものいくらでもある」
私は見慣れぬ果物の中から摘まみやすそうな一粒をもぐと、口に入れた。それは戦士の国に育った私にはあまりに甘く、香り高い果物だった。
「――今年の葡萄は出来が良い。口に合うならこちらもどうだ」
侍女が杯に注いでくれたのは紫色のとろりとした液体だった。香かぐわしさは先ほどの物よりも強かった。流し込んだ口の中にはこの世の物とも思えない刺激が広がった。舌をとろけさせる甘さや舌先に心地よい酸味、口蓋をくすぐる泡、ふわりと鼻腔へ広がる香りに意識が飛びそうなほどだった。
「これは……酒? でしょうか」
酒と言うにはあまりに甘く、タルサリアの麦酒に比べて口当たりが良かった。
「ああ。素晴らしいだろう。帝国の技術の粋だ。奇跡のようなこの酒のこの時を閉じ込める。この酒瓶無くしてはこの酒は味わえない」
総督は自慢げに玻璃の酒瓶を手にする。
「酒は戦士としての判断を狂わせます故、遠慮させていただきます」
「ここは戦場ではない。儂も其方らを酔わせてどうこうする気はない。安心せよ。そして戦場での話を聞かせてくれ。その口を潤すのが目的だ」
その言葉を聞き、付き添った二人の兵士たちも私に続くと、ご馳走と美酒に驚嘆の声を上げていた。無理もない。どの漬け汁ソースもこれまで口にしたことのない味で、それぞれにおいしかったし、白いパンは割ると中身が驚くほど美しく、そして柔らかかったからだ。
◇◇◇◇◇
私たちは四半月程をそのような環境で戦場での様子を語って過ごした。総督は戦場での話をとても喜び、子供のようにはしゃいだ。我々の誉を称え、タルサリアを称えた。その様子に私たちもつい饒舌になってしまう。総督府での生活は悪くなかった。
悪くなかった故、私は剣の腕が鈍るのを恐れ、暇さえあれば早朝からでも剣を振っていた。ただ、その様子は屋敷や町の者からすると奇異に映ったようだ。総督からは苦言を呈された。残念だが、ここに居る間はここの空気に合わせるしかなかった。
やがてタルサリアへ帰る頃になると、ようやく窮屈な生活から抜け出せると言う想いしかなかったのだが、二人の兵士は違ったようだ。
一人の兵士は総督に誘われ、もうしばらく属州に留まることとなった。そしてもう一人の兵士は、居留を希望したが総督に受け入れられなかったようだ。酷く残念がっていた。
私はタルサリアへ戻らない事そのものに驚いたが、大勢の兵士を貸与され、食料と魔除けアミュレットの製作に欠かせない金銀と宝石の積み込まれた馬車の車列を前に、受け入れるしかなかった。
◇◇◇◇◇
訓練の行き届いた帝国の軍団兵たちは旅人が半月かかると言われる道程を、装備を携え誰も脱落することなく、余裕さえ見せながら一月ひとつき待たずに踏破してしまった。我々の軍団であればひと月半か、あるいはふた月かかるのではなかろうか。整備された街道というのも大きかったが、何にもまして彼らの訓練の賜物だろう。
今回の成果をアイゼはとても喜んでくれた。無理をさせた――と労いたわってくれた。けれどその実じつ、属州では怠惰な生活を送るだけだったのが申し訳なかった。そして兵士を一人、残すことになってしまったことを詫びた。
軍団兵たちはタルサリアへ着くなり、前線に町をひとつ築いた。地を均し守りを固め、さらには食料や物資を備蓄し、寝泊まりしたり前線で負傷した兵士を癒すための建物をいくつも築いた。
我々に欠けていたものを補うように、アイゼの指示のもと、属州の兵士たちはよく動いてくれた。前線では我々の軍団ほど勇猛では無かったものの、負傷者の処置や後送には手慣れていた。集団で規律を守って動くことを得意とし、前線では強固な壁として役割を果たしてくれた。また、中には戦いの中で我々と同様に『祝福』を授かる者まで現れた。ただ、惜しむらくはその『祝福』を活かせるような組織形態ではなかったことだ。
◇◇◇◇◇
タルサリアへ戻り、ふた月ほど経った頃、属州より使いが現れた。属州の兵士たちの働きぶりを聞きたいと、私を名指ししてきたのだ。加えて最低でも二名の従者を望んでいた。当然のように女ということを指定して。
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