第2話 逃げるんだよ!あくしろよ!

 怪物の言葉を聞いた瞬間、体の硬直が解ける。

 現実を理解する間もなく、本能が体を突き動かす。


「…あ、ああああぁー!」


 おおよそ女子とは思えない悲鳴を上げながら、今まで出したことのないの無いスピードで目の前の怪物から逃げる。


 …止まったら確実に死ぬ!


(何あれ何あれ何あれ!?)


 あんなの、初めて見た!

 フィクションでしか見たこと無いぞあんな怪物!?

 …しかも、明確に私を狙ってきた。


 なんで?私なにかした!?


(…もしかして祠か?私が祠を壊したと思ってる!?)


 なんということでしょう。

 祠を壊したバカ共と間違えられて、こんな怪物に命を狙われるなんて。


 …ていうか、何で私なんだ?

 私、祠を片付けた側なんですけど?

 怪物アンタに感謝される立場なんですけど!?


(…今からそう言って、許してもらえないかな?)


 …なんか、行ける気がしてきた。


 そうだよ、怪物に話は通じないって誰が決めたんだ?

 人間は言葉を操り人の心を繋いできたじゃないか!


 であれば、人の姿をしている怪物にも話が通じるはず!

 暴力なんて野蛮だ、古来より人間は対話で問題を解決してきた。


 これなら、行ける!


 そう考え、後ろをチラリと振り返ってみると。


「コロ ス 殺 ス」


 心做しか、先程より殺る気をみなぎらせた怪物が猛スピードで追って来ていた。


 視線をそっと前に戻し、逃げるスピードを上げる。


 …誰だよ、自分を殺しにかかってくる怪物に話が通じるって言ったの。

 対話なんかで解決できるわけ無いだろ、いい加減にしろ。


(っていうか、そろそろヤバイな。)


 体力の限界が近づいている。


 部活に入らず、バイトに応募しまくったツケか。

 …こんな事になるなら、体育の授業を真面目に受けとくんだった。


(このまま、家に向かって走るか?)


 …いや、無理だ。

 このままじゃ、家に着くまでに追いつかれる。

 あと、家の近くにあの怪物を連れて行くっていう選択肢は無い。


 …クソォ、なんでこんな事になってんだ!


 次から、祠が壊れていても無視してやる!

 良かれと思ってやったのに!


 そう思いながら怪物から逃げていると、視界の先に良いものが見えた。


(…これなら、怪物アイツから逃げられるかも!)





 夜の街を一台の自転車が猛スピードで走り抜ける。


 本来であれば人通りが多く、車が行交うこの場所でこんなスピードを出せば事故は確実だが、人の影すら見えない今の状況では、何も問題なかった。


「バカがよぉ〜、甲冑なんか着たロートルが現代の利器に適うわけ無いだろ!」


 遠ざかっていく怪物を見ながら、安堵の声を漏らす。


 …正直、危ないところだった。

 運よく鍵のついていない自転車を見つけていなければ、今頃どうなっていたか。


(とりあえず、このまま怪物アイツから距離を取ろう。)


 今はこの状況をどうするか、考える時間が必要だ。

 これだけ移動しても人影が見当たらないことから、この状況は怪物ヤツの仕業でほぼ確実。


 …ていうか、現状で分かってる事がそれぐらいしか無い。

 他のことは何一つとしてわかんないし。


(甲冑なんか着てたし、祠に封じられてた昔の悪霊とか?)


 そんな事を考えながら、怪物の位置を確認するため後ろを向く。


「…あれ、いない?」


 さっきまで猛スピードで私を追ってきた怪物の姿はどこにもなかった。


(…撒いたか!?)




 そう思った瞬間、


 …何を言ってるか分からないと思うが、私も分からない。

 ただ、そう表現するしかない感覚が私を包んだその時。


 ズキリと今までに感じたことのない痛みが左目に走った。


「ギャーーー!痛っだい!!!」


 痛った!は?めちゃくちゃ痛いんですけど!?

 危うく自転車から落ちそうになるくらい、痛かったんですけど!?!?


 …いや、待て、落ち着け。

 さっきの感覚や、この目の痛みは怪物ヤツの仕業かもしれない。

 もしかしたら、また何か仕掛けてくる可能性だってある。


 そう思って、私は周りを警戒し始めた。しかし、


(…あ、あれー?なんにも起きない?)


 警戒していた怪物からの追撃はなく、姿も見えない。


 それどころか、しんと静まり返っていた街は賑やかな声が溢れ始め、人通りが多く車が行交う、いつも通りの状況に戻っていた。


 …え、もしかして逃げ切れた?

 まさか、さっきの目潰しで満足したとか?


 辺りを見渡せば、私がよく知っている光景が目に入ってくる。


 飲んだくれている大人達。

 夜中にデートをするリア充。

 ケバイ化粧をして街を歩くオバサン達。


 …本当に、帰ってこれたんだ。

 良かった、妹より先に死ぬところだった。


(…あ、自転車を止めないと。)


 人がいない時ならまだしも、今の状況で自転車を漕げば確実に事故る。

 もう怪物アイツはいないんだし、生きている幸せをゆっくり噛み締めよう。


 そう思って、スピードを落としたのが結果的には良かった。

 まぁ、不幸中の幸いって言った方が正しいかもだけど。


「――――殺 ス」

「…………は!?」


 なぜなら、自転車のスピードを落としたその瞬間。

 怪物ヤツは目の前にいたのだから。


「…ぐえっ!」


 自転車の前輪が破壊され、体が地面に投げ飛ばされた。

 体がめちゃくちゃ痛いけど、運が良かった。

 あのままスピードを落とさなければ、体が真っ二つになってた。


「…クソ、逃げ切れたと思ったのに。」

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