第30話 逃げたパパ活勇者、断罪される王
ヴェーネ逃亡のニュースが大々的に報じられたのは、俺と邂逅したあの夜から、次の日の夕方ごろであった。本当に、まんまと逃げおおせたことに悔しさは感じていたが、不思議と驚きはなかった。
「やはり逃げましたか」
「ええ、恐らくすでに準備はしてあったんでしょう。決闘からも逃げ出す算段があったようなので」
俺はマルスさんと、街の一角にあるカフェテラスにいた。そこで一緒に、新聞でそのニュースを見ていた。しかしどこに逃げようと、すでに手配がなされているはずだ、到底逃げ切れるとは思えないが、ヴェーネだからなあ。
「リオン殿」
「え?あ、はい」
「そう苦虫を嚙み潰したような顔をせずともよいのでは?あなたの働きで、ヴィルヘルムの勇者制度を不正利用した犯罪は暴けた。これでガメルにも勇者が戻ってきますぞ」
マルスさんの言っていることにも一理ある。新聞に掲載されていた大きなニュースは、ヴェーネのことだけではなかった。
ヴィルヘルムはヴェーネへ資金を援助するために、様々な犯罪を犯していた。寵愛するヴェーネを、国の代表と言える勇者の席に据え、勇者への支援という形で、多額の国費を使い込んでいた。
勇者への支援は、国民からすれば当たり前のこと。それが人気者であれば、なおさら口を出すものは少なくなる。実際地域の平穏を守っていたのだから、華々しい見目も相まって人気が出ない訳もない。実情は、ヴェーネではなく王の私兵が依頼を解決していたのだが、困っている人にとって、誰がなどはどうでもいいことだろう。
ガメルで訓練に勤しんでいた他の勇者候補生たちは、王の手で追いやられ、勇者を目指す権利さえ取り上げられた。候補者の中で、一番勇者に近いと言われていたものは、暗殺され、秘密裏に海の底へ沈められた。捜索の結果、骨がいくつか見つかっただけで、後は何も残っていなかったらしい。
様々な裏工作を行ったいたヴィルヘルム、そのすべてがヴェーネへ金を貢ぐためというもの、これで怒らないというのが無理な話だ、ガメルは今、荒れに荒れていた。
「ヴィルヘルムは、あの女に騙されたという主張を続けているようですね。だけど事件に関わった私兵たちは、皆ヴェーネを支持し、ヴィルヘルムへの不支持を決めている。証言も、ヴィルヘルムの犯罪を告発するものばかりです」
「リオン殿が聞いた通り、あの子は人心を掴む力に長けているのでしょうな。主君を裏切らせるなど、そう簡単にはできますまいて」
「…ガメルはこれからどうなるのかな」
勇者の活動を王が妨害するなど、前代未聞の事件だ、ガメルはこれから、国際的にも責任を追及され、その立場を危うくすることになるだろう。先のことは何も分からないが、いい結果になることを想像する方が難しい。
私欲のため、国の軍事力を投入した行為も非常に不味い、大問題だ。勇者制度に対して、真っ向から喧嘩を売るようなもので、この禁を破った罰は高くつくはずだ。
「わしも案じる気持ちは分かりますじゃ。しかしリオン殿、ガメルの問題はガメルのもの、わしら、ましてや他国の勇者が口を出すことではありますまい。リオン殿のおかげで、また他国の勇者がガメルでの活動を再開できる、それがすべてですじゃ」
「そう、だといいですね。でも、どちらかというと、俺のおかげというより、マルスさんのおかげだと思いますけど?」
「何を仰りますことやら、知恵を絞り、協力を求め、自ら交渉に臨み結果を残した。これがリオン殿の功績でないとは言わせませんぞ。わしはただ鋼の棒きれを振り回していただけに過ぎませぬ、ほっほっほ」
それがすごいことなんだけどなあ、そう思ったが、嬉しそうに笑うマルスさんを見て、俺は指摘することをやめた。マルスさんは、本気で俺の手柄だと思ってくれているし、心の底からそれを喜んでくれていると伝わってくる。そのことが何よりも嬉しい。
「おーい!リオンさん、マルスおじいちゃん!こっちは買い物終わりましたよ」
「あ、お疲れ様ルネ。じゃ、俺も行ってくるかな」
買い出しを終えたルネと、交代するかたちで俺は立ち上がった。マルスさんを一人にはしておけないので、交互に用事を済ませる。
「確か王城に行くんですよね、リオンさんなんかが何しに行くんですか?」
「なんかってなんだよ!俺は今回、正式に呼び出されてるの」
「まさかとうとう…」
「とうとうなんだよ、犯罪を犯したとかじゃねえぞ!」
「分かってますよ。行くならさっさと行ってください」
こいつめ…、怒りに拳を握りしめたが、それを解いて「行ってきます」と手を振った。これがルネなりのコミュニケーションの取り方だ、諦めて受け入れていくしかない。俺はその後、足早に王城へと向かった。
リオンを見送った後、空いた席にルネが座った。店員を呼び、紅茶を注文する。買い込んだ荷物を置くと、ふーっと息を吐いた。
「悪いねえルネちゃん。わしも手伝えたらよかったのじゃが」
「いいんですよ、これも仕事の内です。それよりマルスおじいちゃん、あなたそれ、食べましたね?」
ルネの指摘にギクッとするマルス、目の前の皿には、ケーキを食べた跡が残っている。
「甘い物が好きなのは知ってますけど、食べ過ぎちゃダメですよ?まったくリオンさんは役に立ちませんね、見張ってろと言ったのに」
「いやいやルネちゃん。リオン殿を責めないでおくれ、わしがどうしてもとわがまま言ったのじゃ」
マルスは必死な様子でリオンを擁護した。それを見て、仕方がないというようにルネがため息をついた。
「ケーキ、どれが美味しかったですか?」
「モンブランが絶品じゃ、後タルトも」
「じゃあ私も何か頼もうかな、マルスおじいちゃんはもうダメですからね?食べたのが一個だけだったなら許そうかと思ってましたが、油断しましたね」
はっとした表情で口元を抑えるマルス、ルネの策略にまんまとハマり、口を滑らせ、しょんぼりと肩を落とすのだった。
「しかし解せませんね、ヴィルヘルムは、どうしてそこまであの女に入れ込んでいたのでしょう」
ケーキに乗った苺をフォークで一突きして、ルネが唐突に呟いた。マルスはその問いかけに、肩をすくめて答える。
「…真意は誰にも分からないじゃろう、だがのう、何となくじゃがわしには彼の気持ちが分かるよ。当たっているかは分からないがの」
「気持ちって?」
「孤独は辛い。時として、どんな災厄よりも」
「マルスおじいちゃん…」
そう語るマルスは、悲壮感に満ちていた。しかし次にはパッと表情を明るくして、いつものにこやかな顔に戻る。
「その点、わしにはルネちゃんがいてくれた。それに今はリオン殿もおる。夢に見た勇者の仲間にもなれた。今は幸せでいっぱいじゃ」
「…私としては、こんな危険な旅さっさと止めたいですよ。他の勇者が、さくっと魔王だか何だかを倒してくれることを願ってます」
「いやいや、それは違うぞい。魔王を倒し、人々の希望の光となるのはリオン殿しかおらん!わしは最後までリオン殿にお仕えし、微力ながら、この力を勇者殿のためにお使いするのじゃ!」
マルスはどこまでもやる気に満ちていた。そんな様子を見て、ルネは困ったような笑顔を浮かべた。
リオンの消えかけのろうそくの火のような、頼りない光では、とてもではないが人々の希望になるなんて無理だと、ルネはそう思った。そもそも現在のリオンは、折れた剣に力を吸い取られ続けていて、大幅に弱体化してしまっている。
呪いの剣がリオンから離れる様子もないし、力が元に戻る見込みも今のところなかった。ルネはリオンにも、大怪我する前に旅をやめてほしいと考えていた。
「って、どうして私がリオンさんなんか心配しなくちゃいけないんですか!」
ルネはそう声を上げながら、思い切りケーキを半分に切った。突然の行動に、マルスがおびえた目でルネを見る。
「ど、どうしたのじゃルネちゃん。びっくりしたあ、心臓止まるかと思ったぞい」
「ごめんなさい、つい。それよりもほら、切り分けたこっちの方、食べていいですよ。さっきからずっと物欲しそうに見ていたでしょ?」
「いいの!?」
子どものように目を輝かせてマルスが聞いた。どうぞと、切り分けたケーキをルネがマルスに渡した。嬉しそうにはしゃぐ様子を見て、ルネは微笑む。
「ゴウカバで、何かいい解決策が見つかるといいけど…。あのままじゃリオンさん、役立たずも役立たずですからね」
ルネはそう呟いて静かに紅茶を口にした。
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