第31話 スライム決戦

 王城に呼び出された俺に待っていたのは、ヴィルヘルムの悪事を暴いたことへの謝礼金だった。これで必死に働いて貯めたゴールドと合わせると、またしても懐がかなり温かくなる。思いがけない収入だったが、正直とても嬉しかった。


 憂いは多く残ったが、俺たちはガメルを旅立った。向かう先はゴウカバ、本来の目的地だ。俺たちがガメルに滞在している間に、街道の修繕も終わり、馬車の往来も再開していた。


 ガメルからゴウカバは、そこまで遠く離れてはいない。しかし馬車でも2、3日はかかる。夜は馬車を止め、キャンプをして朝を待つ。真っ暗な道を進むのは危険だ。


 その際、周囲の安全を確保するために、魔物を一定数排除する必要がある。今までは、馬車付きの傭兵に任せきりだったが、今回俺はその役目を買って出た。割り振られた箇所を巡回し、魔物を見つけた。


「いたぞ、スライムだ」

「へえあれがそうなんですね」


 ずるずると半液体の体を引きずりながら移動するスライム、魔物の中で、間違いなく弱い部類に入る。しかし今の俺には強敵も強敵だった。


「いいか?マルスさんの出番は本当に最終手段だからな。できるだけ、俺かルネで倒す。でも前に出るのは俺だ、ルネはマルスさんにくっついて守ってくれ」

「そのために買った盾です。で、勝算は?」

「ある…ような、ないような…」

「よし!マルスおじいちゃん出番です!」

「わー!待て待て!何とか頑張るから!ね、頑張るからさ!」


 俺はルネのことを必死で止めて、折れた剣を鞘から抜いた。そして息を整えると、スライムへ吶喊した。




 スライムの体はほぼ液体で構成されている。それでも体の形を丸く保てているのは、薄くて伸縮性のある、丈夫な被膜が張っているからだ。


 この被膜と液体の体のおかげで、スライムは斬撃や打撃にはめっぽう強い、刺突で被膜を破るのが有効だが、再生能力が高いので、素早く攻撃をして致命傷を与える必要がある。


 スライムの主な攻撃方法は、体当たり、そして酸の体液を飛ばすものだ。伸縮性のある被膜を生かした体当たりは、威力も速度も申し分ない。質量も重く、まともに食らえば装備の上からでも、骨折は免れない。


 酸を飛ばす攻撃は、あまり積極的に行うことはない。体を構成している液体を減らす行為は、寿命を縮めることにつながる。追い詰められた時の最終手段のようなものだ。スライムは、体当たりで敵を弱らせ、のしかかって敵を被膜の中に取り込み窒息させ、体液の酸で溶かして養分にする生態を持つ。


 一見、弱点が少なそうに感じるが、実は大きな弱点がある。スライムの被膜は攻撃魔法に弱く、その体液は更に魔法の影響を受けやすい。つまり、アウトレンジから一方的に攻撃することができる魔法使いにとっては、スライムは無力に等しい魔物だった。


 それにいくら丈夫な被膜といえど、耐久力には限度がある。問答無用で叩き潰されれば死んでしまうし、容易く斬り裂く剣の腕前があれば敵ではない。槍や弓矢での攻撃にも弱く、反撃する間も与えられず倒されてしまう。


 だが今のリオンには、そのすべてが欠けていた。被膜を突き通す切っ先はなく、切断するための刃は折れていて短い、魔法の威力はお遊びレベルで、唯一放てるファイヤーボールも、スライムを蒸発させることなど夢のまた夢だ。


 ではどうするか、リオンはそれを考えなくてはならない。今使える力で自分にできることを、考えて考えて実行する必要があった。


 ルネのエクスプロージョンは、使えないこともないが狙いが定まらない。そして万が一、スライムの攻撃がルネとマルスへと向かうと、慣れない防御に専念するため、余計に使い物にならない。


 そこでリオンは、狙いはつけなくていいので、自分が突撃してからエクスプロージョンを撃つようにと、ルネに指示を出していた。詠唱の時間を与えるため、リオンが吶喊してスライムの気を引いた。


 スライムは、ぐぐっと力を込めると、びょんびょんと体当たりを繰り返す。しかしいくら素早い動きとはいえ、その軌道は極めて直線的だ、避けるだけならば弱体化しているリオンにもできる。


「リオンさん!どいてください!」


 詠唱を終えたルネはリオンに合図した。それを受けてリオンはスライムから飛びのく、ルネが放ったエクスプロージョンの魔法は、スライム後方の地面を大きく吹き飛ばした。


「うーん、やっぱり当たらないなあ。これでいいんですか、リオンさん!」

「当ててくれてもよかったけどな!でもナイスだ!」


 爆発に気を取られたスライムに、リオンは再度突撃した。右手の剣を逆手に持ち、左手には、発動直前のファイヤーボールを準備してある。


 リオンは折れた剣の角を使って、スライムの被膜を突き刺し地面に縫い留めた。そうして固定したスライムめがけて、左腕を振りかぶり思い切り殴りつけた。


 この打撃はスライムにとってまるで意味はなく、少しのダメージにもならない。むしろ、リオンが近づいてきたのはスライムにとって好都合だった。


 スライムは、殴りつけてきた左手を体内に取り込んだ。酸の体液が皮膚を溶かし、リオンの顔は苦痛に歪んだ。しかし、これこそがリオンの待っていた瞬間だった。


「中から焼かれろ!」


 リオンの放ったファイヤーボールがスライムの体内に放たれた。いくらリオンの魔法の威力が低いとはいえ、体液に直接魔法を当てられるとひとたまりもない。スライムの体は、体中からボワッと燃え上がった。


 左手を引き抜いたリオンは、すかさずヒールで応急処置をした。ただれた皮膚がジリジリと痛む、しかし、何とかスライムを倒すことができたと、リオンは胸をなでおろした。




 スライムとの戦いを終えると、ルネが無言のまま近づいてきた。右手を振り上げたので、勝利のハイタッチでもするのかと思い、俺も右手を上げた。


 しかし思い切り振り下ろされた右手は俺の頬を打った。ぶたれたことに戸惑っていると、ルネに胸ぐらをつかまれた。


「バカですかあなたは!!早く左手を診せてください!!」

「は、はい…」

「ああもう!酸でやけどしているじゃないですか!あんな無茶苦茶な戦い方して!バカっ!!」

「す、すみません…。でもこれしか思いつかなくて…」

「バカはそこでヒールをかけ続けていてください!私は使えそうな薬草を探してきます!」


 それだけ言うとルネは手を放して行ってしまった。ぽかんとする俺の肩を、いつの間にか背後にいたマルスさんがぽんと叩いた。




 食事の時間だというのに、俺はルネと二人でテントの中にいた。外からいい匂いが漂ってきて、腹の虫がぐぅと鳴いた。


「うるさいですよ」

「仕方ないだろ、俺が言っても聞かないんだ」

「腹の虫もしつけられないから、その折れた剣に呪われるんですよ」

「いや意味分からんて…」


 ルネは俺に背を向けたまま、何やらゴリゴリと音を立てて作業している。手早く摘み取ってきた薬草を足しては、指折り数えて順序を空で確認していた。


「よし、これでこれを足すと、できた!」


 こちらに向き直ると、ルネの手に乳鉢があり、その中に塗り薬が出来上がっていた。これは霊薬の調合、錬金術だ。ルネはこんなことができたのか、それともこれも介護用に覚えたのだろうか。しかし今は、それよりも気になることがあった。


「最後ぼわっと煙上がったけど、それ大丈夫なやつ?」

「大丈夫ですよ。…多分」

「自信なさげに多分って言われると怖いんだけど」

「ごちゃごちゃうるさい。いいから左手出してください」


 怒った顔が怖くて、俺は素直に左手を差し出した。ルネに腕を掴まれて、ぐいっと引き寄せされる。そして問答無用で左手に薬を塗りたくられた。痛むかもしれないと、ギュッと目を閉じていたのだが、全然痛くないどころか、薬を塗られていくほど痛みが引いていく。


「すごいな、こんなに即効性があるのか」

「そんなに酷くないやけどでしたし、応急処置でへなちょこヒールをかけ続けていましたからね。後はと…」


 ルネは包帯を取り出すと、薬を塗りたくった左手にぐるぐると巻き付け始めた。手際もいいし、上手いものだと感心した。


「はい、これで一晩たてば綺麗に治りますよ」

「おおー、ありがとうルネ」

「別にいいです。バカすぎて見ていられなかっただけですから」


 相変わらず手厳しい、だけど手当された包帯を巻かれた左手を見ると、怪我をしたというのに嬉しかった。


「何ですかニヤニヤして、気持ち悪いです」

「いいだろ、嬉しいんだから」

「怪我をして嬉しいって、変態ですか?」

「ははっ、かもな」


 実際、あのスライムに対しての攻略法は、怪我することを前提に考えすぎていた。確実に仕留められる方法を考えてのことだったが、バカと罵られても仕方ない。


「…リオンさん」

「うん?」

「…いえ、何でもありません。それよりお腹すきました。先に行ってます」

「あっ、ちょっ俺も…」


 一緒にと言い終わる前にルネはテントを出ていってしまった。最後、彼女が何を言おうとしたのかが気になったが、俺の腹の虫がもう我慢できないと騒ぐ、まあ今度でいいか、そう思い俺も続いてテントから出て夕食にありついた。

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