第28話 月夜の来訪者
ガメルの公認勇者であるヴェーネは、戦闘経験皆無の見せかけ勇者であった。ガメルの国王ヴィルヘルムをパパと呼び、身に着けている装備は、どれも高価で豪華絢爛、事実が明らかになった今、その関係性を怪しまれない方がおかしい。
俺は敢えて国民の前でそれを暴いた。ガメルに集まる依頼は、すべてヴェーネが解決していた。これでは他の勇者が、ガメルで活動ができないままだった。まあ、俺が困ったからという理由は…その、否定しきれない。
ともかく中々の大事にしてしまったので、国も民も王城も政治も大混乱になった。様々な機関が調査に入ることになったので、結局俺が依頼を受けられる状況にはならなかった。なので今日も元気に肉体労働だ!辛い…。
「なるほどなぁ、俺が感じていたきな臭さってのは、あの嬢ちゃんが戦ったことすらねえってところだったんだなあ」
「まったくの皆無とまでは判断しきれませんが、少なくとも、自分で魔物を仕留めたことはないと思います。それは断言します」
「勇者だろうが何だろうが、せっせと働いてりゃそれなりに個人の色ってもんが出てくる。曖昧な表現かもしれんが、こいつがのし上がってきた俺の持論だ。それが感じられなかったから、俺はあまり好きになれなかったんだろうな」
休憩時間、俺はジョンさんに事の経緯を説明した。ヴェーネのことを疑問に思う切っ掛けを作ってくれたのは、ジョンさんの言葉があったからだ。そのお礼にはならないだろうけど、俺が感じたこと、経験したことを細かく話す。
ジョンさんは、種族がヴェーネと同じハーフリングで、種族間の特徴を周囲に馬鹿にされながら、それでもと歯を食いしばって成り上がってきた叩き上げの人だ。彼なりの経験則から、ヴェーネに感じ入る何かがあったのだろう。
「しかし戦ったことがないなんて、そんなもんよく気が付いたな。訓練を受けていりゃ分かるもんなのか?」
「いやあどうでしょう。見た目だけで、その人が持つ本当の実力が分かるなんてことは、ないと思います」
俺はその最たる例を間近で見ている。マルスさんのことだ。自分で言うのもおかしいが、説得力はどっさり有り余ると思う。
「所々怪しいなと思わせるものはありましたが、結局は足使って探りを入れて、全部確認した上で判断しました。見せかけだったけど、ヴェーネには実績がありましたから」
「ああ、依頼を全部解決してたやつだろ?どういうからくりだったんだろうな」
「何てことない理由ですよ。マンパワーでごり押ししてたんです。ヴィルヘルム王とその私兵を使ってね。人海戦術ですよ」
「下らねえオチだが、納得だな。あの嬢ちゃんの身一つで、ガメル中の依頼を解決して回るなんて、普通に考えたらできるわきゃねえこった。すごい奴だって噂に尾ひれがついて、俺たちが勝手な理想を持ったから、誰も見抜けなかったんだろうな」
俺としては、恐らくそう思わせるように仕向ける裏工作も、ヴィルヘルムがしていたと考えていた。いや、もしかしたらヴェーネが入れ知恵していたのかもしれない。どちらにせよ、これから調査が進めばはっきりとするだろう。
「さ、それはそれとして仕事だ仕事!お前さんと働けるのも、後少しなんだろう?そこそこものになってきたし、雇ってやってもよかったんだが、勇者の使命ってやつがあるなら、そっちが最優先だな」
「本当にもう…、お世話になりました。色々ご迷惑もおかけしてしまって」
「馬鹿言うな。勇者様なんて大層なご使命を背負ってようが、お前さんはまだまだ子どもだよ。失敗して、失敗して、転んでも立ち上がって、真っすぐ進んで行きゃあいいってもんだ。勇者の旅路に幸あれってな。なんて、こんなこと言うのは俺の柄じゃねえや」
ジョンさんは、俺の背中をパシッと叩くと、そのままどこかへ行ってしまった。多分、彼なりの照れ隠しなのだろう。去っていく背にお世話になりましたと頭を下げると、俺は休憩を終えて仕事に戻った。
給料をもらって宿へと戻る。いつも通りランカさんが出迎えてくれたのだが、何だか今日は、いつも以上に食欲を刺激する匂いが、部屋から漂ってきていた。それもそのはずで、食卓には豪勢な料理がずらりと並べられていた。
「わっ、これどうしたの?何かのお祝い?」
「送別会です!リオン様たちがそろそろ旅立たれるとお聞きしたので、私に何かできることはないかと考えて、張り切って用意いたしました。皆様と一緒に過ごした日々が、とても楽しかったので、これはそのお礼です」
「そんな、お世話になったのはこっちの方なのに」
「いえ、そんなことはありません。恥ずかしながら私、母から引き継いだこの宿屋を、ずっと手放そうと考えていました。宿屋の経営なんて、暇な時にちょっと手伝っていたくらいで、よく分かっていなかったし、とりあえず最低限雨風をしのげる場所にしておけば、国から勇者優待宿屋の補助金が出るってことで、宿を開け続けることにしてたんです。だからまあ評判は言わずもがなですよ」
結構とんでもないことをぶっちゃけるなと思ったが、そういえばガメルに来たばかりの時、ランカさんの対応は酷いものだった。思い返すと今の言葉にも納得できた。
「人がまったく来なくても、店がつぶれないよう維持するためにお金は入ってきました。免税もされるし。仕組みは分からないけど、不労所得やったーって喜んでました」
「あ、あはは…」
「でもこうしてリオン様たちがいらしてくださり、長期滞在の内に交流を重ね、私は何となくですけど、おもてなしの心の素晴らしさと面白さが分かってきました。宿屋の店主として、ちゃんとやっていこうって思えたんです」
その目はやる気に満ちており、表情はきらきらと輝いて見えた。みなぎるやる気が言葉ではなく、心に伝わってくる。
「それに、家族が長く続けてきた宿屋の歴史を、私の代でパッと手放すのもよくないなって思ったんです。仕事をしていくうちに、先代である母、それより前の主人、もっともっと前の人たちが、この宿をとても大切にしてきたんだなって思い知りました。微力ながらも、私もその一翼を担えたらいいなって思います」
「…とてもいい考えだと思います。きっとお母さまたちもお喜びになると思いますよ。ランカさんの頑張りを、見ていてくれているはずです」
見ていてくれているはず、いや、見ていてほしい、それが俺の本音だ。いまだに勇者らしいことはできていないけれど、俺も伝説の勇者ラオルの名と、その血脈に恥じない勇者になりたいと思っている。
「二人とも、いつまで玄関先でおしゃべりを続けるつもりですか?早いところこっち来てくださいよ!これだけの料理を前にして、待ては酷いですよ、待ちきれないです!それに何だったら、マルスおじいちゃんは、すでにうつらうつらしてますよ!」
「それ待ち切れてないんじゃなくて、眠いだけだろうが!分かった分かった。手洗ってくるから待っててくれよ」
確かにこのまま待たせていると、マルスさんは寝てしまいかねない。折角ランカさんが送別会を催してくれたんだ、全員参加でないと味気ない。
それから俺たちは、ランカさんが用意してくれたごちそうに、思う存分舌鼓を打った。どの料理も美味しいし温かい、疲れた体にも心にも染み渡るような、とても素敵なおもてなしだった。
ランカさんなら、きっとこの宿屋を繁盛させることができる。彼女が俺たちの旅の成功を願ってくれる代わりに、俺は彼女の未来の成功を願って乾杯をした。
飲めや歌えやの送別会を終え、ふと目を覚ますと、俺はいつの間にかベッドの上にいた。騒ぎすぎて記憶にないが、会がお開きになった後、何とか寝床まではと自力で戻ってきたのだろう。
まだまだ真夜中だ。しかし今夜は月明りが強く、眩しいくらいだった。俺は差し込む光りをカーテンでさえぎろうと思い、窓に近づいた。
「どうも、お元気?そこどいておいてもらえる?」
誰かの気配と声がして、俺は窓から離れた。その後すぐに、屋根からロープが垂れてきた。それを伝って下りてきて、部屋の中に入ってきたものは、思いがけない人物だった。
「ヴェーネ!?どうしてここに…」
「シッ!静かにしてよね、誰かに気づかれたらまずいんだから。夜も遅いけれど、話をしましょう?リオン。あたしとあなた、二人きりでね」
突如現れたヴェーネ、彼女の背後を眩しい月明りが照らす。それは彼女のもつ、妖しげな美しさをより際立たせていた。
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