第22話 パパと呼ばれている王
城に出向いて謁見を申し込む、それは受け入れられて順当に処理は進んだが、最後の最後で調整が済まないだとか言われて待ちぼうける。
結局しばらくは相手からの連絡待ちということになってしまい、俺はまたしても肉体労働にいそしんでいた。腹立たしくはあったが、やむを得ない。我慢して我慢して、ようやく返事がきたのは五日後のことだった。
その対応の遅さに俺もキレかけていたが、もっとキレていたのはルネだった。何様のつもりですかと、ありとあらゆる罵詈雑言を吐くので、俺の怒りは収まって逆にスンッと落ち着いてしまった。
どうして俺よりルネが怒っているのか、予想ではあるが彼女は待たされるのが嫌いなのだろう、それが自分のことでなくともだ。俺も怒りたかったのに、それよりも怒っているルネを見てしまっては気持ちも萎えてしまう。
そんなぐだついた空気の中、俺は支度を整えると王城へと向かった。さて、どんな人が出てくるのかと、少しだけ楽しみに思った。
王の執務室へと案内された。中に入るとヴィルヘルム王が座って待っていた。俺は丁寧にお辞儀をして自己紹介をすると、顔を上げて彼の姿をまじまじと見た。
たぷっとした二重あご、でっぷりとした腹、身なり服装こそ整えられ高貴そうな雰囲気をまとっているものの。全体的に見るとだらしがない印象が強かった。年齢は確か四十半ばという話を聞いたが、この様子で長生きできるのかと不安になる有様だった。
「ふむ、君がアームルートの勇者かね。噂は聞き及んでいるよ、何でも伝説の剣に選ばれたとか」
細い目がこちらを捉えた。その視線は上から下までくまなく俺のことを舐め回すように観察していた。
「しかしこの場で帯剣とは、いささかマナー違反ではないかね?」
「ご指摘その通りでございます。しかしこの剣は我が先祖の宝、そして家族に流れる血の誇りであります。勇者の魂そのものなのでございます。誰かに預けることも、置いていくこともできない。無礼ではありますが、この剣の誇りを穢すような真似は絶対に致しません」
よくもまあスラスラとこんな嘘を言えるものだと、自分で自分に感心した。本当は、単純にどこか遠くへ置いておいても戻ってきてしまうので、俺から離れて保管しておけないだけだ。誇りは確かにある、ついでに変な呪いもあるけど。
「まあもっともな言い分かもしれぬな。長い間、その剣は誰も手にすることを許されなかった。それが今、魔王復活に際して勇者ラオルの子孫の手に渡った。これほど運命めいたこともそうあるまいよ」
「ご理解いただき、誠に感謝申し上げます」
「して、今日はどのような用件で参ったのかね?何か私に聞きたいことがあるという話だが…」
ようやく話の本筋に入れそうだ。俺は単刀直入に言った。
「実はこの国の勇者について聞きたいことがあります」
「な、なに?は、話というのはヴェーネのことなのか?」
ヴェーネ、それがガメルの勇者の名前らしい。しかしヴィルヘルム王はやけに慌てた様子を見せている。ただ勇者のことを話題に出しただけなのになんだ?変な反応をするなと思っていると、グラスに水を注いで一気に飲み干し、無理やり頭を切り替えたようだ。
「して、我が国の勇者に何か?」
落ち着きは取り戻したようだが、目には戸惑いや怒りのような感情が見えた。細くて見えにくいけれど、俺が勇者の話題を切り出したことで、何か感情を強く揺さぶるものがあったようだ。
「失礼を承知で申し上げますが、何故ガメルの勇者はいまだ旅立つことなくとどまっておられるのですか?依頼を解決し、ガメルに平和と安寧をもたらしていることは重々承知しておりますが、この状況はあまりに度が過ぎているでしょう」
「君に我が国のことを口出しする権利はない」
「勿論その通りです。しかし協定違反を通報する義務はあります。その意味、皆まで言わずともお判りになるのでは?」
今度はあからさまに怒りの色を顔ににじませた。それでも取り乱しきらない忍耐強さは、流石為政者といったところか。
「確かにこの状況が褒められたものではないことは分かっている。しかしそうも言っていられない事情があってな」
「と仰りますと?」
「本来のガメルの勇者候補筆頭の者は、任命直前になって辞退を申し出てきた。ガメル一の強者だ、それに勇者にふさわしい好人物でもあった。しかし頑なに勇者になるのを了承しなくてな。挙句には心を病んでしまったのだ」
勇者になれば死出の旅を覚悟せねばならない、辞退するその気持ちは分からないでもなかった。しかし任命直前になってそこまでの心変わりがあるだろうか、そう疑問に思う。
ガメルの勇者選定基準は把握していないが、任命前ということは、ほぼその人で決まっていたということだ。試験にしろ武芸試合にしろ、辞退した人は、他の候補生を退け勇者に選ばれようと励んでいたはずだ。心変わりするにしても、それはもっと前にできるだろう。
「急遽選ばれたヴェーネはまだ経験浅く、勇者としての心構えも甘く未熟でな。しばらくは手元に置いて鍛える必要があったのだ。依頼解決は勇者の自覚を育てさせるのに一番効果的だ、そうだろう?」
「それは…、そうですが。しかし候補の二番手が実力不足というのはいささか…」
「いや、ヴェーネは私が見出した逸材だ。彼女には勇者として天性の素質がある。ガメルを代表する存在にふさわしい。他の候補生たちも納得してくれた。だから彼女のために自ら身を引いたのだ」
ヴィルヘルム王の話は、納得できそうで納得できない内容だった。どうにも腑に落ちないことばかりだが、なくはない、というのも頭に浮かぶ。
と、いうのもご先祖様のラオルも、最初からアームルートの勇者に選ばれていた訳ではなかった。そもそも彼は選ばれてすらいない。
彼は人々と世界の危機に勝手に立ち上がっただけなのだ。そして彼の奮起を助けたのがかつてのアームルート王、ラオルの友人でもあった人だ。状況が似ているとまではいえないが、危機に際して王が才能を見出し、直接勇者を選ぶという前例はあった。
だがしかし、彼女はどうにも…。それを思い返しながら次の言葉を考えていると、執務室の扉がノックされた。王から目で「いいか」と聞かれたので、頷いて答える。入れとヴィルヘルム王が言うと側近の方がピシッと敬礼をしながら入室してきた。
「何だ。今私はアームルートの勇者殿と話している、火急の用件でないのなら下がれ」
「失礼いたしました。しかしその火急の用件でして…」
側近の方はちらりとこちらに目線を向けた。断る理由もない、俺はどうぞと言って報告してくれと促した。
「お心遣い痛み入ります」
そう深々と頭を下げた後、ヴィルヘルム王の側へ寄り、耳打ちをして報告を告げた。小声であり、口元を隠されていたのではっきりとしたことは分からなかったが、ヴェーネの名前を上げていることだけは聞き取ることができた。
「何っ?それは本当か?」
「ええ」
「分かった。下がっていいぞ」
「失礼いたしました」
ヴィルヘルム王は側近が去った後、俺の方へ向き直ってから話を切り出した。今までは険しい表情をしていたのだが、話を聞いてからは、どこか少し嬉しそうに見える。どうしてこうも表情に変化が?そう思った。
「すまないなリオン殿、急用が入った。十分な説明とはいかなかったかもしれぬが、こちらの事情はすべて明かした。その上で通報したいのならするがよい。私にそれを止める権限はない」
「…いえ、事情は把握いたしましたので、これ以上のことは何も。不躾な質問にお答えくださり感謝いたします」
「構わんよ、同じ勇者ならば疑問に思って当然だ、私が配慮に欠けていたのだ、そのことを謝罪するよ」
そうして俺が執務室を出ると、ある人物と鉢合わせた。ガメルの勇者ヴェーネだ、こちらに気が付くと愛らしい笑顔を向けてぺこりとお辞儀をした。そして王の執務室へ入っていった。扉の前には側近が立ちはだかって辺りを警戒している。
俺はそれを怪しく思い、とっさにその場から立ち去るふりをした。
「どうかされましたか?」
「すみません靴紐が、すぐに結び直しますので」
見送りの兵をごまかして、全身の神経を集中させて聞き耳を立てる。靴紐を結ぶ間という短い時間だったが、王の執務室から気になる文言が一言だけ聞こえてきた。
「もうよろしいでしょうか?」
「ええ、すみませんお待たせしてしまって」
兵は明らかにイラついていて、俺を早くここから遠ざけたいという態度を隠さない。これ以上は引っ張れないなと判断し、大人しく後に続いた。
最後に聞こえてきたのは女性の声で「パパ」と呼ぶものだった。あの執務室の場で女性はヴェーネしかいない。だからパパと呼ばれていたのはヴィルヘルム王だ。いよいよこの厚遇ぶりもきな臭さのピークに達したな、俺はそう思った。
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