第23話 最低最悪下心
ガメル王城、リオンが立ち去った後。王の執務室では、ヴィルヘルム王とヴェーネが二人でいた。ヴェーネは小柄な体をヴィルヘルムの膝の上に乗せて、一緒に椅子に座っている。
「ねえパパ、あーし今度はこのアクセサリーが欲しいなあ」
「そうかそうか。よしよしパパが何でも買ってあげようね」
ヴェーネがヴィルヘルムにおねだりしたアクセサリーの値段は、もしリオンが目にしようものなら卒倒するような値段のものだった。王は顔をだらしなくとろけさせ、高価なアクセサリーを買うためのゴールドをポンとヴェーネに渡した。
「きゃー!流石パパ!太っ腹でかっこいい!」
「そ、そう?でへ、でへへへっ」
気持ちの悪いニヤケ面をしながら、ヴィルヘルムはそーっとヴェーネの太ももに手を伸ばした。しかしその手が柔らかな太ももに触れることはなく、途中でヴェーネに叩かれて止められた。
「ちょっと、あーしそういうの嫌いって前にも言ったでしょ?」
「で、でもヴェーネちゃん。パパ今まで散々お金出してきたんだし、そろそろ…」
ヴィルヘルムが鼻息を荒くしながらそう言うと、ヴェーネは目から大粒の涙を流してわんわんと泣いた。
「酷いよ、パパはあーしのことそういう目でしか見てなかったんだ!あーしはパパのこと信頼してたのに!エッチな目でしか見てなかったんだ!」
「ああ、ご、ごめんよヴェーネちゃん。あ、謝るから泣かないで」
うろたえて謝るヴィルヘルムであったが、ヴェーネは中々泣き止むことがなかった。ヴィルヘルムは困った顔で頭を掻きながら、そうだと思いついて手を叩いた。
「ま、前にヴェーネちゃんが欲しいって言っていたあのバッグ!あれを買ってプレゼントしてあげるよ!だから、ね、泣かないで」
「…本当に?」
「う、うん。勿論だよ」
「わーい!パパ大好き!」
ヴェーネはすぐさま泣き止んでヴィルヘルムの腕に抱きついた。わざと豊満な胸を押し当ててやると、ヴィルヘルムは鼻の下を伸ばし切って、鼻息をさらに荒くさせた。
「あ、そうだ。ねえパパ、最近依頼の件数多くない?あーし疲れちゃったんだけど」
「ああごめんねえ。どうしても勇者として活動している実績がないとダメなんだよ。そうだな、お付きの兵士を増やしてあげるよ、だからヴェーネちゃんは何もしなくていいからね」
「ねえ?パパが頼むからあーし勇者になったけど、なんか活動も地味だし退屈だよね。皆があーしのこと可愛いって褒めてくれるから、そこは嬉しいけどさ」
「ごめんごめん、退屈だろうけど我慢してよ。その代わりお金は使い放題だからさ、一杯欲しい物買ってあげられるよ」
「流石パパ!期待してるからね!」
ヴィルヘルムは抱きつくヴェーネにもう一度そっと手を伸ばした。しかしやはり手は途中で叩き落とされた。ニヤケ面で笑ってごまかしてはいるが、心の中ではさっさと体中を触らせろと思っていた。
何故ヴェーネを勇者にしたのか、それはヴィルヘルムが国の金を自由に使えるよう、大義名分にするためであった。統治者である王であっても、国費を自由にできる訳ではない。むしろ王であるからこそ、常に金の動きは監視、把握されている。
勇者への支援と援助、これは国民にとって、実に分かりやすい正義の投資だった。そして勇者の活動を通じて、見目のよいヴェーネを人気者にすれば、ヴィルヘルムが彼女に流す金はもっと自由にできた。
それだけでも呆れるものだが、もっと呆れかえるのは、ヴィルヘルムは金を自らの懐には一切入れず、すべてヴェーネのために使っているということだった。要するにこれは国費を使ったパパ活である。
そもそもヴェーネはガメル出身の人間ではない、別の国から渡ってきた者だった。その目的は次の搾取先を探すこと、そして選ばれたのがヴィルヘルム王であった。ヴィルヘルムは何とかヴェーネの心を自分につなぎとめるために、わがままな要望に応えきるだけの資金が必要になった。
そのための裏工作が行われ、ガメルの勇者候補筆頭はその座を追いやられた。表向きには心を病んで引きこもっているとされているが、本当はすでに海の底で魚の餌になっていた。勇者の席を空けるために始末されたのだ。
他の候補生たちもあらゆる難癖をつけて候補から排除した。当然文句と批判は出たが、強く抗議した何人かが、いつの間にか消えていなくなっていたことに恐怖を覚え、候補生たちは身の危険を感じてガメルを去った。
そうしてヴィルヘルムは、無理やり空けた勇者の座にヴェーネをつかせることに成功した。彼女には戦う能力が皆無であったので、私兵を何十人とつかせて、その者らに依頼の解決をさせた。それをヴェーネの功績に見せるように工作も行われた。
私兵には報酬がたんまりと支払われた。幸いガメルの経済は好調であり、その人気ぶりから、勇者への資金投入を咎めるものはいない。こうして正義の看板を掲げたパパ活勇者ヴェーネが誕生した。
金の流れの仕組みを作ったのはヴィルヘルムだが、そうするように仕向けたのはヴェーネだった。自分が関与しているとまでは言えないギリギリのラインでヴィルヘルムを操り、パパ活の資金をどんどん吐き出させていた。ヴェーネには搾取するものとしての稀有な才能があった。
国民はまだ、このパパ活勇者の実態を知らない。
「あ゛ー疲れた。レダ、肩揉んでよ肩」
ヴェーネはヴィルヘルムが用意した豪邸に帰ると、自分のお付きの剣士であるレダに声をかけた。大柄で岩石のように屈強な体を持つ大男レダは、非常に繊細な力加減でヴェーネの肩を揉んだ。
「うんうん。気持ちいい気持ちいい。あんた見た目の割に力加減上手よね」
「…あざす」
「相変わらず体はでかいくせに声は小さいんだから。ま、その控えめな性格あたしは嫌いじゃないわ。あなたは強くて有能だし、あたしのこといやらしい目で見てこないしね」
「…自分には恐れ多いすから」
「あんたは本当に謙虚でいいわ。それに比べてあのエロジジイ!触るなって言ってるのに隙あらばべたべた触ってこようとしやがって!大体あいつ最初に会ってからまた太ってるのよ?ぶくぶくぶくぶくよくあそこまで膨れられるものね!キモイ!」
「…噂では、幸せ太りと言っているそうす」
レダの言葉にヴェーネは全身鳥肌が立った。元から気持ち悪かったのに、最近は輪をかけて気持ち悪くなっている。ヴェーネは大きくため息をついた。
「はあ、そろそろ潮時かなあ。あのエロジジイの魂胆は見え見えだし、あんまりひとところで稼ぎすぎるのもよくないのよね」
それを聞いてレダは黙った。ただし肩を揉む手は止めなかった。
「何よ?何か言いなさいよ」
「…寂しくなるす」
「ぷっ!はははっ!!あんた本当に可愛いわね!はー、面白い。本気でそう思ってるところがまた可愛いわ。心配しなくても、しばらくはここでお人形さんやっててあげる。あのエロジジイからはまだまだ絞れそうだからね」
「…あざす」
ヴェーネは笑いながら肩に置かれたレダの手をぽんぽんと叩いた。そうするとかあっと熱を持つ、レダは恥ずかしくなるとすぐに態度などに表れるので、それも面白がった。
「そうだ、あんたさ、リオン・ミネルヴァって知ってる?」
「…アームルートの勇者す。最近、ガメルに滞在してるす」
「何かそうらしいわね。他の勇者はとっとといなくなったのに、あいつらだけまだ居座ってるらしいわ。ここに居たって依頼もないし、情報も集まらないってのに。変な奴よね」
「…聞いたところによると、日雇いの仕事で滞在費を稼いでるらしいす」
「マジで?うわー貧乏くさい。でもどうしてそこまでしてここに留まるのかしら?」
「…そこまでは自分も知らないす」
レダに肩を揉ませながら、ヴェーネは手の爪を爪やすりで磨いた。考え事をする時に爪をいじるのが彼女の癖だった。勇者リオン、どんな人物か知らないが、ヴェーネにとって他人の価値は二つに一つだ。
自分にとって役立つか、害になるか。それがヴェーネのもつ人への評価基準だった。それを知るためにも少し探りを入れる必要がある、そう考えながらヴェーネは磨いた爪に息をふっと吹きかけた。
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