第21話 ガメルの違和感
「ただいま」
「おかえりなさい!今日もお疲れ様でしたリオン様!」
宿屋の女主人ランカさんが弾けるような笑顔で出迎えてくれる、客が俺たちしかいないことも相まって、ますます実家に帰ってきたような感覚に陥る。
「おおリオン殿!今日もお疲れ様ですじゃ」
「おつかれでーす」
ルネとマルスさんは、広間に置かれた机の上に内職の道具を広げて一緒に作業をしていた。出迎え方のテンションの落差は気になるものの、俺は何も言わず今日得たゴールドをルネに渡す。
「あ、どもです。ええと、これこれこれくらいっと。大分稼げるようになってきたんじゃないですか?リオンさん」
「ああおかげさまでな。それよりも、金勘定の管理はルネを信頼して任せたんだから、きっちりやってくれよ?」
「分かってますって、あまり見くびらないでいただきたいものですよ。私だってちゃんとやる時はやりますよ」
信用すると決めたけれど、やっぱり頭が痛いのは変わらない。俺は眉間をぐっとつまんで、少しでも頭痛を収めようとした。
俺はパーティーの財布をルネに任せると決めた。生命線ともいえるパーティーの共同財産をルネに任せることに、最初はものすごくためらったが、とある事情からルネに任せてしまった方がいいと考え、きっぱりと割り切った。
その事情というのは、一つはルネの給金の支払い、もう一つはマルスさんの生活必需品の買い出しの知識が俺にないことだった。
ルネの介護士としての報酬は、もう自分で勝手に取っておいてもらうことに決めた。いちいち俺が手渡しすると、俺の精神衛生上まったくよくないからだ。毎度毎度青筋立てながら給料を渡していては、いつか血管がはち切れてしまいそうだ。
マルスさんの方は、どうしても年齢が年齢なので、都度必要なものが多々でてくる。その時に、俺ではどれがマルスさんに適しているものなのかどうかの判断ができなかった。その点、専属の介護士であるルネならば慣れていて知識もある。だから思い切って丸投げをした。
何もかも一人でできる訳じゃない。ルネの立場はあまりにも微妙なものだが、仲間と認めたからには俺の方からも歩み寄っていかなければならない。信頼関係の構築は急務だ。
「リオン様、先にお食事にされますか?お風呂のご用意もできていますが」
「あーそうですね。先に汚れを落としてきます。汗でべたべた。それに埃まみれですから」
「分かりました。ごゆっくりどうぞ。お食事のご用意もしておきますのでいつでもお声がけください」
何故だろうか、最近やけに人の優しさが目に染みるようになった気がする。俺はランカさんに涙を見られないよう、そそくさと風呂場へ向かって一日の疲れをゆっくり湯の中に溶かした。
「美味いっ!」
「喜んでいただけて何よりです」
「労働の後っていうのもあるけど、それ抜きにしてもランカさんのご飯は本当に美味いなあ」
「リオン様はお世辞がお上手ですね。はいおかわりどうぞ、大盛です」
「ありがとう」
俺たちは食卓を囲んで四人で食事をしている、もう最近はずっとこうだ。他の客がいないからって流石にそれはと、ランカさんも最初は断っていたが、マルスさんが人が多い方が食事は楽しいと、何度も誘ってついにこの形に落ち着いた。
ここまでくると本当にもう一つの我が家のようだ。ただ、他の客が来なさ過ぎて、ランカさんの宿屋としての経営状況に不安を覚える。
勇者優待宿で閑古鳥が鳴いている状況は、ガメルで活動する勇者の少なさを意味していて、これは異常なことだった。その原因であるガメルの勇者。俺は先ほど目にした彼女のことを思い返していた。
自国の勇者が魔王討伐に旅立つことなく、依頼だけを片っ端から解決して支持を集めていた。理由は不明。公認勇者は原則として、魔王討伐の任を受けたら旅立たねばならないことになっている。だからこれは明確な協定違反だ。
しかし不思議なのは、何故ガメルの勇者はここにとどまり続けているのか、だ。旅立ちに際して多少の準備期間を設けることもあるらしいが、その間、勇者は国から一切の援助を受けることはできない。
そも常日頃から魔王復活に備えておくのが勇者候補生の義務であり、それに間に合わせられなかったとなれば自己責任になる。公認勇者が、勇者活動をしないのなら働いていないのも同然だ、税金の無駄遣いをする訳にはいかない。
だから活動資金のために、集まってくる依頼を解決して報奨金を得ているのだろうが、それはまったく根本的な解決にはならない。魔王ある限り魔物は力を増し続ける。自国民、ひいては世界から魔物の被害を減らすためには、とにかく各地で勇者たちが戦い続ける他ないのだ。
大体報奨金をかき集めなくたって、普通に勇者活動をしていれば自国から援助がでる。俺たちにはまったくでないけど、ガメルは事情が異なる。国は潤沢な資金をもっているし、国民には活気もあって経済も好調だ。港には各国の船がどんどん出入りする、その税収もいいだろう。
ジョンさんが感じ取ったきな臭さ、俺が思っているものとは種類が違いそうだが、とにかくガメルの現状には違和感がある。そんなことを考えていると、ルネが話しかけてきた。
「どうかしましたか?リオンさん。さっきから黙って百面相して、気味悪いんですけど」
「だから思っててもはっきり言うなって、傷つくだろうが。俺は割と繊細ぞ?」
「しかしリオン殿、わしも見ておったが何か悩み事があるように見えましたがの」
「ああいえ、悩みというか謎というか、ちょっと考え事を…」
そうして話しているうちにあることを思い付いた。俺は二人からランカさんに会話の矛先を切り替えた。
「ランカさん、この国の統治者って誰ですか?」
「王様ですよ。ヴィルヘルム・メラ・ガメル様です。先王様の長兄で、先王様が崩御なされた後、跡を継いで国王となられました」
「ふむ」
「突然なんですかリオンさん、この国の王様がどうかしましたか?」
「ちょっと会いに行ってみるかと思ってね、それなら名前を知っておかないと失礼だろ」
俺がそう言うとルネが心底驚いたような、呆れたような表情を見せた。なんだよ、と聞くと首をぶんぶんと振ってからルネが答える。
「正気ですかリオンさん!?流石に王様を相手取るのはマズいですよ!?」
「お前は俺が何をすると思ってるんだ!!」
「リ、リオン様、いかにお客様といえど、国に仇をなすとなると私としても通報をせざるをえません…」
「ほらランカさんが本気にしちゃった!お前絶対何も考えずに引っ掻き回しただろ!」
ぺろっと舌を出すルネにイラっとしながらも、俺は咳払いをして空気を変えつつ考えを話した。
「別に物騒な話じゃない。国や自治体等コミュニティのトップと謁見するのは、勇者に与えられた特権の一つだ。様々な事情や都合で面通ししておかないと不都合な場合ってのがあるからな」
「事情?」
「ルネちゃんや。魔王復活の際には、国は垣根を越えて手を取り合わねばならん、例えば普段、戦争状態にある国に出向かわねばならぬ場合もあるのじゃ。そんな時、余計な軋轢を避けるためにも、その国で選ばれた勇者が敵国の指導者に頭を下げるのは、国民感情に効果がある。本音はどうであろうとものう」
「へえ、何だか世界の危機を前にして、ややこしいですね。馬鹿馬鹿しいとも言えますが」
「勇者が魔王を倒せば、その危機も終わる。そうしたらまた日常が戻ってくるからな。まだ争うのかって個人的にはうんざりもするけど、それに文句を言ったり解決するのは勇者の仕事じゃない。国同士の話だ」
あまり政治を語っても意味がない、それに気分もよくない。とにかく俺は近いうちにガメル王と謁見する旨を仲間たちに伝えた。この邂逅によって、少しでもガメルに感じている違和感の答えについて分かるといいのだが、俺はそんなことを考えながら気持ちを引き締め直した。
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