第20話 ガメルの勇者
ガメルでの生活が始まった。しかし今の俺たちはお世辞にも勇者活動を行っているとはいえない、何故ならば。
「おい新人!それ運んだら今度はこっちだ!急げよ!」
「はいっ!」
俺は今、商船の荷の積み込みと積み下ろしの日雇い仕事をしているからだ。理由はもちろん金、金、金。とにかく金が足りないのだ。流れ出るのは汗か涙か、いやさそのどちらもだろう。
結局どれだけ待っていても依頼は一つも受けられなかった。本当にどの依頼もすぐに解決されてしまうし、そもそもガメルの勇者を直接指名している依頼も多くて、受ける以前の問題であった。
これは本来許されていない行為だ、しかしそれを取り締まる権利が勇者側にある訳ではない。国が責任をもって対処しなければならない問題だ。しかしガメルの勇者の人気ぶりはすさまじいもので、国民感情に配慮してか国はこの問題を黙認している。
という訳で俺は一人、額に汗しながら金を稼いでいる。幸いここでは日雇いの仕事はたくさんあって困らない。いや、困らねえじゃねえよ!バカ!俺のバカ!志は常に勇者であれ俺よ。
「ふう…。それにしても力仕事にもようやく慣れてきたな」
任されていた仕事が終わり休憩時間に入って一息つく。同じ作業の繰り返しでこり固まった体をストレッチしてほぐしていると、雇い主のジョンさんが声をかけてきた。
「よお、またお前さんかい。最近よおく顔見るなあ」
「あははすみません、またお世話になっています」
「別に仕事してくれるなら誰だって俺は構わねえよ。ほら、んなことより水分ちゃんと取っておけよ」
ジョンさんはわざわざ飲み物をもってきてくれた。お礼を言って受け取ると、俺はそれを一気に喉へ流し込む。疲れ切った体には、まるで乾いた土に水をまいたときのように染みわたっていく。
「ぶはぁっ!美味い!」
「しかし勇者ってのも大変だな。魔王を退治する以外にも、こうしてせっせと働かなきゃならんのかね」
「いやあ本当はそんなことないんですけどね。一体どうしてこんなことになっているのやら」
ちなみにルネは雇われてもすぐに口の悪さが災いしてクビになった。働く先々でそんなことを繰り返したものだから、いつの間にかブラックリスト入りしてどこも雇ってくれなくってしまった。
マルスさんはやる気こそ満ち溢れていたが、そもそも力仕事ばかりの募集が集まっていて、ご老体が雇われるはずもなかった。どうみても無理させたら怪我すると判断されてしまう。マルスさんが戦闘モードの時は力仕事もできるのだろうか、そう考えもしたが仕事の度に抜刀していては完全にヤバい人だ。
そういった経緯でまとまったゴールドを稼ぐには俺が肉体労働するしかなかった。二人には宿でちまちまと内職をしてもらっているが、二束三文にしかならない。
「それにしても、最初はお前さんが勇者だっていうのも俺は疑ったもんだぜ。体はがっしりと鍛えられている割に、何やらせても非力も非力だったからな。一つ二つ荷を運べば大汗かいてへばりやがる。いつもそんなようじゃ戦いにならんだろってな」
「その節は大変ご迷惑をおかけしました…」
俺は今でも絶賛弱体化中で、折れた剣にガンガン精気と魔力を吸われ続けている。最初のうちは重い荷物を持ち上げることすらできず、軽くて小さなものですら二往復で限界がきていた。
しかし一緒に働いている人たちから重い荷物の持ち上げ方のコツを聞いたり、作業時に使える効率のいい体の使い方を教わるうち。弱体化した体でも重くて大きい荷物を運べたり、長時間働いても疲れにくい体の使い方を覚えてきた。
おかげさまで弱体化した非力な体でもそこそこ働けるようになった。それでも一緒に働いている人たちの半分程度の作業効率だが、日に日に弱体化した体に慣れてきている自分がいることを実感する。
「ま、俺も本当はお前さんにそんな偉いこと言えるような立場じゃねえよ。この仕事を始めた時、俺も同業者に散々なめられたんさ。お前みたいなチビに力仕事は無理だってな」
「…何ですかそれ。酷いですよそんな言い草」
俺がそう言うと、なぜかジョンさんは笑い声をあげた。
「あっはっは!どうして俺が言われたことに、お前がそんなに怖い顔してんだよ!もう昔の話だ、気にしちゃいねえよ。ハーフリングに力仕事は無理だって散々馬鹿にされた俺も、地道な努力を続けて今や社長だ。今度は馬鹿にしてきた奴らを雇う立場になった。意趣返しはこれで十分だよ」
でも気持ちは嬉しかったぜ、ありがとな。ジョンさんはそう付け加えてから、俺の頭を乱雑にわしゃわしゃと撫でた。そして休憩終わったらすぐに戻ってこいよと言い残して立ち去っていった。
ヒューマン、エルフ、ドワーフ、ハーフリング。ひとまとめに人と称される中でも、それらは四種族に分けられている。それぞれに身体的な特徴が色々とあって、ハーフリングで特に挙げられる特徴は、ネガティブなものでいえば低身長と膂力の弱さだろう。
大体のハーフリングは、ヒューマンの子どもくらいの身長で成長が止まる。一部例外もあるが、大抵のハーフリングの特徴がこれだ。そして外見や肉体年齢の老化が遅く、いつまでも若々しい見た目をしていることも共通している。
だからハーフリングは成人していても子どもに間違われやすい。よくよく見ればちゃんと判別できるのだが、パッと見ただけではヒューマンの子どもと差があまりないのだ。そのせいで心無いものに差別的な言葉を投げかけられることもある、酷い話だ。
膂力の弱さも種族の共通した特徴だ。鍛えられないこともないが、どうあがいても他の三種族に追いつくことがない。勿論個人差はあるが、やっぱりそれは一部の例外だけの話だ。
しかし膂力は弱いが、手先が器用で俊敏だ。特に器用さは他種族から抜きんでており、ハーフリングの職人が手掛ける服飾品は高品質で非常に高値がつく。世界中で衣服の供給を行う大企業はハーフリングが作り上げており、世界中どの種族のスタンダードになるまでのし上がった。
その他精密作業の分野でもハーフリングは活躍しているが、ジョンさんのように力仕事でハーフリングが成功するパターンは珍しい。それだけに努力と試行錯誤を続けて、小柄な体と頼りない膂力という評価を覆した苦労がうかがい知れた。そのひたむきな姿勢からは学べることが多くあった。
「さあてもうひと頑張りしますか!」
俺は立ち上がると両頬をぱんぱんと叩いて気合を入れ直した。そして怒声飛び交う作業現場へと戻る。一刻も早く勇者活動に戻るためにも頑張れ俺!そう自分を鼓舞した。
今日もまた一日の仕事を終えて給料をもらえる時がやってきた。これが最近で一番の楽しみになりつつある。早いところ抜け出さねばヤバい、本気で。
しかし手渡されるゴールドの重みを感じた時の幸福感はたまらないものがある。誰か手遅れになる前に俺を勇者に引き戻してくれ、マジで。
俺が勇者としての使命と賃金をもらう幸福のはざまでせめぎ合っていると、街中が突然わっと沸いた。なんの騒ぎかと困惑していると、そんな俺に気が付いたのかジョンさんが教えてくれた。
「ありゃあ多分ガメルの勇者が帰ってきたんだろう。姿を見せた時の出迎えはいつもあんな感じだ」
「そうなんですか?言われてみると、結構長い間ガメルに滞在していましたが、勇者の姿を見たのは初めてですね」
「滅多に姿を見せないからな。たまにああして国民の期待に応えるためにど派手に凱旋してくるんだよ。またまた依頼を解決してきましたって、偉そうにアピールするようにな」
ジョンさんの言葉に若干の粗っぽさを感じて俺は聞いた。
「ジョンさんはあまりガメルの勇者は好きじゃないんですか?」
「人々の困りごとを解決してご立派なことだとは思うがな。あの勇者どうもきなくせえぜ。確信がある訳じゃない勝手な推測だが、俺は何だか好かないねえ」
「きな臭い?」
「言葉で説明するのは難しい、だが同じ勇者なら姿を見りゃなにか思うところあるだろ。もうお前は上がりでいいから一目見てこいよ。ガメルの勇者様ってやつをさ」
俺はジョンさんにそう言われ、折角なのでガメルの勇者を見に行くことにした。群がる人だかりを何とかかき分けて、ようやくその姿が見える場所に出ることができた。
それはちょうど俺の正面を横切るところだった。美しさの中に愛らしさも感じる蠱惑的な顔立ち、小柄な身の丈とその身長ほどの長さのあるふわふわとうねる亜麻色の髪、彼女の柔和な笑顔は人の心をぐっと惹きつける魅力があった。
ふわりと花のような香りがした。それがさっそうと前を横切る彼女、ガメルの勇者から香るものであると気づくのは容易であった。そこで俺はジョンさんのきな臭さの意味を理解した。
「あれが魔物とやりあった後だっていうのか…」
どんな依頼を終えてきたにせよ、彼女は何もかもがあまりにも美しすぎた。血なまぐささひとつさせていないのは不自然極まりない、確かにきな臭いなと俺は鼻の頭をこすった。
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