第19話 もう終わりだ…。
ガメルの豪華絢爛な街並みはただ歩いているだけで圧倒される。とっぷりと日が暮れても街中には所せましに明かりが灯っており、まるで昼のようだった。屈強な肉体を誇る船乗りや、難しそうな顔をして海図に線を引く航海士、じゃらじゃらと豪華な宝飾品を身に着けているでっぷりとした体の見るからに偉そうな人など、あらゆる人々がまだまだ一日は終わらないとでもいうように活動していた。
「でっけえ灯台だな」
港にはガメルを象徴するかのような大きな灯台が建っている。港から離れた場所からも見えるし目立つので、まさしくガメルのランドマークといったところだ。
マルセエスも騒がしい国だったが、ガメルはより騒がしい国だった。特に酒場の盛り上がり方など見たことのないものであり、船乗りたちが酒を飲み肩を組み歌って踊って騒いでいた。それがそこら中にある酒場から聞こえてくるのだからうるさいはずだ。
「ダメだ人が多すぎて目が回る。早いところ宿を見つけよう」
「賛成です。うるさすぎてあそこのバカ共にエクスプロージョン撃ちこむとこでした」
「活気のあるよい国ですじゃ。どれ、わしも混ざってこようかの」
「ああダメだ。マルスおじいちゃんうるさすぎてこっちの声ぜんぜん聞こえてないや」
ルネはマルスさんの耳元に近づくと思い切り声を張り上げた。それを何回か繰り返した後、ようやくマルスさんはうんうんと頷いた。
あちこち歩きまわってからようやく勇者優待の宿を見つけるとそこに入る。しかしやけに静かで人の気配がまったくなく、入店を報せるドアベルが鳴ったというのにカウンターに誰かが出てくる様子はなかった。
仕方がないのでカウンター机の上にある呼び鈴を鳴らした。すると奥から「えっ!?」という驚く声が聞こえてきて、それからバタバタと慌ただしくする音がした。
「す、すみません気が付かなくって遅くなりました。まさかお客さんが来るとは思ってなくて」
奥から出てきたのは宿屋の女主人だった。年頃若くまだまだ経験が浅いのか、わたわたとしながら忙しなく作業をしている。こちらの不安そうな目に気が付いたのか、頭を掻きながら彼女は口を開いた。
「申し訳ありません。先日亡くなった母からこの宿を引き継いだばかりでして、まだまだ慣れないことも多くて…」
「いえ、それはご愁傷様でした」
「ああお気になさらないでください。大往生でしたから。要領のいい人でしてね、死ぬ前にやっておくこと全部済ませてなんの憂いもなくぽっくりと逝ってしまいましたよ。あははは」
「はあ…、そ、そうですか」
参ったな、ものすごくマイペースな人だ。これでは少しも話が進まないぞと不安を覚えた。二重の意味で。
「あのどうでもいい雑談は結構ですのでとっとと部屋用意してくれませんか?」
不安的中。ルネが苛立って我慢できずに声を上げた。黙っていてほしかったなという願いは儚く消える。
「え!?泊まるんですか!?」
「は!?ここ宿屋でしょ?」
「いや宿なら他にいいところがいっぱいあるし、どうしてそっち行かないのかなって」
ルネは俺の肩を叩いてから背中に手を置き前へ押し出した。負かされてやんのと思う反面、面倒事の押し付け先は俺なんだなと肩を落とした。
「あの、ここって勇者優待の宿ですよね?」
「そうですよ。だから人気ないけどギリギリ生き残ってます」
「俺はアームルート公認勇者のリオン、二人は仲間のマルスさんにルネです。部屋を用意してもらえませんか?」
「勇者様!?またまたご冗談でしょ?」
俺は黙って公認勇者の証を提示した。それを見てようやく女主人は顔色を変えた。
「ほ、本物だあ!も、申し訳ございません!まさか今本物の勇者様がいらっしゃるとは思ってもみなくって…。す、すぐにお部屋へご案内いたします!あ、一泊ですか?」
「いえ長期滞在を」
「ええ!?マジですか?はあ、そうですかそうですか。分かりました」
一体何なんだこの人は!流石に俺もそう叫びそうになった。やる気がないんだかマイペースなんだか知らないが、この宿がガラガラで閑古鳥が鳴いている理由はよく分かる。そんな対応だった。
「いやあお待たせしてすみませんねえ。でも本当に二部屋でよかったんですか?三部屋ご用意できますよ?」
「大丈夫です。むしろマルスさんとルネは相部屋の方が都合いいので」
「え?ああ、なるほど」
階段を上るマルスさんの介助をするルネを見て察したのか、女主人は何度か頷いた。
「しかし失礼ながら誰もいませんね。他の勇者パーティーは依頼などで出払っているんですか?」
「いえうちの宿泊客は今はあなたたちだけですよ。だから全部屋空いているのでいくらでも部屋はご用意できるんですよ。これからもお客様が来る見込みもないですし、折角なので一番いい部屋にしておきました。勿論料金は普通の部屋と一緒ですよ。ごあんしん…」
「ちょっと待ってください」
話の内容を流石に聞き流せなくて俺は無理やり話を遮った。
「え?もしかして普通の部屋がよかったですか?」
「そっちじゃなくて!え?客って俺たちだけなんですか?他の勇者パーティーは一組もいない?」
「ええいませんよ。最近はずっとそんな調子です。だから本物の勇者様たちが来られてびっくりしたんですよ」
まさかと俺は思った。流石にそんなことはありえない、ここが滅茶苦茶酷い宿だったとしてもだ。
魔王の拠点である魔王城は、世界のどこに出現したのか分からない。だから各国の勇者たちは世界中を旅してまわり、人々の困りごとなどを解決しながら情報収集を進める。そうして手がかりを得て、勇者の使命である魔王城発見の道筋を見つけていかなければならない。
だから魔王復活の際には、どんな小国や辺鄙な場所にある村落にも必ず勇者が立ち寄り活動をしている。確かにあまりにも人のいない場所であれば一組もいないという状況がありえるかもしれないが、ここガメルでその状況は考えられなかった。
「ほ、他の優待宿には流石に宿泊している勇者がいるんですよね?」
「いいえ、どこも同じですよ。まあうちと違って他の宿は人気があるから、勇者様以外のお客様が来てくれてますけどね」
「てことはガメルには勇者がいない…?一体どうなっているんだ?」
あまりにもあり得ないことなので俺は率直な疑問を口に出した。しかし女主人は「えっ?」と声を上げてから言う。
「いやいやガメルにも勇者様はいますよ」
「それは俺たちだってオチはやめてくださいよ」
「オチ?何をおっしゃっているのかよく分かりませんが、今ガメルでは、ガメル公認の勇者様が活動していらっしゃります。とても強くて頼りになるお方で、この国一番の人気者なんですよ」
自国の勇者の話が出てくるとは思わず、俺はそれからはずっと言葉を失ったままであった。今この国にいる勇者パーティーはガメルの勇者に俺たちだけ、それはとても異様な状況だった。
活動拠点を確保した俺たちは依頼を受けに役所へ向かった。とにもかくにもまずは路銀の確保だ。と、…そう思っていたのだが。
「依頼がまったくないってどういうことですか!?」
「言葉通りの意味ですよ。今あなたにご紹介できる依頼はありません」
「いやいやいや、流石にそんなことありえないでしょう!」
「それがあり得るんです。ここに寄せられる依頼はすべて、ガメル公認の勇者様が迅速に解決してくださるんです。どんな魔物も鎧袖一触で、他の勇者の出る幕はないんですよ」
謎のガメルの勇者のせいで依頼ゼロ。聞くところによると、すべての困りごとを片っ端から解決していってしまうらしい。誰よりも素早く魔物を退治して、どんな困りごとも完璧に対処する。
ガメルに他の勇者がいないのはすごくシンプルな理由だった。ここではガメルの勇者以外必要とされていない。それが理由だ。
困っている人がいないことはとてもいいことだ。勇者として喜ばしい。しかし俺たちにとってこの事実は最悪の状況であった。ここで報奨金が得られなければたちまち路銀が尽きる。まさかの冒険終了の危機が、魔物の脅威ではなく他の優秀な勇者のせいという前代未聞の珍事態であった。
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